第13話 さやかの甘い生活とアリスレーゼの心配事
ドルマン王国を出発して1週間。
南部異界門基地はドルマン王国が防衛の任に就くことになり、必要最小限の部隊だけを残した自衛隊は、油田を目指して大陸を北上していた。
それに同行するのは犬人族約3000名を擁するドルマン王国亜人解放軍と、同じく約3000名の鬼人族レジスタンスであり、その総勢は9000名にまで達していた。
だが亜人の軍隊は進軍速度が遅く、1週間たっても全行程の半分も進んでいなかった。
そんな大部隊が朝を迎えてそれぞれに朝食の準備を始めた頃、一台のトレーラーハウスでもその女主人が外出の準備を終えたところだった。
このトレーラーハウスは神宮路蒼天が孫娘のさやかのために異世界に持ち込ませたもので、各種医療設備の他、さやかが快適に過ごせるような居住空間が金に糸目をつけずに用意されていた。
中はもちろん男子禁制であり、長谷川さんを筆頭とする侍女たち、そして全員が女性の医療スタッフに囲まれた、まさに女だけの空間だった。
ただし婚約者の瑞貴だけはいつでも自由に入ることができ、毎朝7時ちょうどにさやかの部屋に来るのが日課となっていた。
今朝もさやかの寝室に入ってきた瑞貴は、侍女に着替えさせてもらってベッドに横たわっていたさやかを抱き抱えると、特注品の車いすにそっと乗せた。
そんなさやかは、恥ずかしそうに頬を赤く染めて、瑞貴に文句を言い始めた。
「・・・あの、瑞貴君。わたくしはもう一人で立つこともできますし、毎朝来ていただくのがとても申し訳ないのです。そろそろ止めていただけませんか」
だが瑞貴は首を横に振ると真剣な顔で、
「それはダメだ。さやかは俺のことなんか気にせず、自分の身体を治すことだけを考えていればいい」
「ですので、足の筋力もかなり落ちてきていますし、そろそろリハビリを始めた方がよろしいかと」
「リハビリはまだ早いと思うぞ。右腕のギブスも取れてないのに自分の足で歩いたら後遺症が残ってしまうかもしれない」
「ですが傷もだいぶ良くなってきましたし、歩く練習は可能だと主治医の先生も仰ってます」
「可能というのは、逆に言えばリスクがまだ残っているということだ。さやかには万に一つも後遺症が残ってはならないし、リスクを冒してまで歩く練習をする必要などない」
「そんな大袈裟な・・・」
「主治医の先生には後で相談しておくから、俺がいいと言うまでは絶対に車いすから降りるんじゃないぞ。行きたい場所があるなら俺が押してやるから遠慮なく言って欲しい」
「もうっ! いつも瑞貴君はそう言って一日中わたくしにつきっきりですし、夜ベッドに寝かせていただくのも瑞貴君が全部して下さるから、侍女たちに会わせる顔がございません! もう恥ずかしい・・・」
「恥ずかしいのは俺も同じだが、キミの身体が何より最優先なんだ。我慢してくれ」
「瑞貴君のバカ・・・」
耳を真っ赤にさせて、ぷいっと横を向いてしまったさやかだったが、侍女長の長谷川さんがクスクス笑いながら俺に教えてくれた。
「若旦那様がお戻りになられた後、さやかお嬢様はいつも嬉しそうに惚気話を始めるのですよ」
「え?」
「長谷川さん、言わないでっ!」
「うふふっ・・・瑞貴君が今日も優しくしてくれたとか、瑞貴君がこんな素敵な言葉をかけてくれたとか、毎日同じ話を聞かされる侍女は大変なのですよ」
「嫌あっ! 瑞貴君に余計なことを話さないで!」
「あらいいじゃありませんか。こんな仲睦まじいお二人なら、神宮路家の将来も安泰ですね」
「長谷川さんのいじわる・・・ぐすっ・・・ぐすっ」
「さやかが泣いてしまったじゃないか。さすがに俺も恥ずかしいし、もう勘弁してください長谷川さん」
「うふふ、承知いたしました。ですが若旦那様に知っておいて欲しかったのは、さやかお嬢様がご自分の役割を果たそうと何でも抱え込んでしまう危うさがあると言うことです」
「それはもちろん知っているが・・・」
「ですがお嬢様には「甘えたがり屋」の側面もあり、完全に心を許しておられる若旦那様なら、お嬢様を甘やかせてガス抜きして差し上げられると思うのです。どうかお嬢様を存分に甘やかせて下さい」
「そういうことか! さやかがこんな身体になった責任は俺にあるし、甘やかすのは俺に任せろ!」
そうして耳を真っ赤にして泣き出してしまったさやかの車椅子を押して外に連れ出すと、みんなの待つ朝食のテーブルへと向かった。
◇
自衛隊の野営地に設置された簡易式テーブルには、日本から持ち込んだ食料の他にドルマン王国から提供された食材を調理した朝食が並べられている。
それを自衛隊や亜人解放軍、レジスタンスたちが部隊ごとに集まって一斉に食事を始めるが、普段は自分の部隊にいるポーチ姫が、今日は親衛隊を引き連れて瑞貴たちの元を訪れていた。
そのためただでさえ女性比率の高かったUMA室戦闘員部隊(さやか侍女軍団を含む)にあって、敦史たちが救出した拉致女性で構成されるポーチ親衛隊が加わったことで、そこだけ女子の花園が出現していた。
たくさんのテーブルに分かれて始まった食事だったが、その一角では、さやかと愛梨が瑞貴の隣に座り、その向かいにかなでと弥生、そして母親のエカテリーナがテーブルを囲んでいる。
アリスレーゼはその隣のテーブルでポーチ姫と食事をとることになったのだが、とても幸せそうに食事をするさやかを見てポーチ姫がアリスレーゼに尋ねた。
「ねえアリスレーゼ様。こうしていると、まるでさやか嬢がミズキさんの正妻のように見えますが、どうしてそれを許しておられるのですか」
それを聞いたアリスレーゼが顔を真っ赤にして、
「わわわわわたくし、瑞貴なんかとは決してやましい関係ではございませんっ!」
するとポーチ姫がウンザリした顔でため息をつき、もう一度アリスレーゼに尋ねる。
「はあ・・・全くもう。アリスレーゼ様がミズキさんを王配として迎え入れようとしていることは、ドルマン王国の民衆なら誰でも知っている事実なのです。今さら否定されても遅いですし、さやか嬢とアリスレーゼ様の関係をきちんと教えてください」
ポーチ姫にハッキリ言われてしまったアリスレーゼはシュンとしながら、
「はい・・・元々さやか様が瑞貴の正式な婚約者だったのですが、そういったことを嫌ったお義母様の提案で、わたくしを含めた女の子全員が瑞貴を取り合う「恋愛バトルロイヤル」をしていたのです。つまりわたくしが横恋慕したと言うか・・・い、いえっ、瑞貴のことなんかなんとも思ってないんですからねっ!」
「横恋慕ですか・・・ですがそんなものミズキさんをティアローズ王国の王配にした上で、さやか嬢を側室にすれば全て解決するのではないのですか?」
「それはできません。日本の法律では重婚は認められておらず、一方ティアローズ王国は国の実態がなく、領土がない上に国民がわたくし一人しかいません」
「なるほど。ではミズキさんを私の王配にして、アリスレーゼ様とさやか嬢を側室として迎えましょうか」
「や、やめてください! これ以上ライバルが増えるのは困りますっ!」
「クスクス・・・冗談ですよアリスレーゼ様」
「え?」
「だって、アリスレーゼ様をドルマン王家の側室として迎え入れてしまえば、世界中の恨みを買ってしまいます。それこそグランディア帝国のように」
「そうなのですか?」
「ええ。それに私はドルマン王家最後の生き残りとして世継ぎをたくさんもうけなければなりませんので、私の王配には側室を絶対に認めませんから」
「よ、世継っ!」
「私はアリスレーゼ様と末永く友好関係を結ばせていただきたいので、ミズキさんには一切手を出さないことをここに約束いたします」
「よかったあ・・・い、いえっ! わたくしは瑞貴のことなんか何とも思ってないんですからねっ!」
「はいはい」
ニッコリ微笑んでアリスレーゼを適当にあしらったポーチ姫は、少し向こうの大きなテーブルに座る敦史と翔也を見ていた。
翔也の周りには親衛隊の女の子たちが取り囲んでワイワイ楽しそうに食事をしており、隅に追いやられた敦史が不満そうに朝食を口に詰め込んでいる。
「うふふっ、アツシがふてくされていますね。彼の周りには女の子が誰もいませんが、特定の相手はまだ決まっていないのですか?」
ポーチ姫が楽しそうに尋ねると、
「敦史さんは、わたくしの義理の妹である愛梨ちゃん一筋だったのですが、愛梨ちゃんの未来予知によるとどうやら瑞貴と本懐を遂げるようです」
「ええっ! 確かあの二人は兄妹だったはず・・・」
「予知の内容が一切明らかにされていないため、真偽のほどは全く分からないのですが、それを察した敦史さんはこの世界で新たな出会いを求める方向に切り替えたのです。先は長いようですが・・・」
アリスレーゼがため息をつくと、素早く食事を終えたポーチ姫が席から立ち上がった。
「それでは、一番の功労者なのに誰からも相手にされない気の毒なアツシを慰めに行ってまいります。失礼しますねアリスレーゼ様」
そう言って会釈をすると、ポーチ姫はとても楽しそうな笑顔で敦史の元に駆けて行った。
次回「ミケ王国」。お楽しみに。
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