第51話 逃亡①
長くなったので、2つに分けました。
その日の夜、神宮路さんとの結婚を許してもらうために、俺は前園家本宅へと向かった。
ウチの爺さんを始め、本家の人間は神宮路さんとの婚約を元々推していたので、彼らを説得するというより俺の両親を説得するための相談に行く方が近いが。
だが本宅の広間に入ると、そこには父さんを除いた爺さんの息子夫妻が集まっており、深刻な表情で話し合いを行っている最中だった。
「あれ? 全員そろって何やってるんだ」
「おう来たか瑞貴。愛梨もアリスちゃんも早く席に着きなさい」
爺さんに促されて俺たちは隅の席に座ると、伯母の幸子さんが熱いお茶を入れてくれ、それを飲みながら大人たちの話に耳を傾ける。
ちなみにこの場には、爺さんとウチの母さんの他に幸子さんの夫で葛城議員失職に伴い市会議員に当選したばかりの伯父の隆文さんと、別宅に住んでいて普段会う機会があまりない次男の孝治さん夫妻もいる。
そして話題は当然俺の婚約者の話・・・なんかではなく、アリスレーゼの処遇についてだった。
「エカテリーナちゃん、警察の事情聴取はどうだった。小野島室長は味方になってくれそうか」
一昨日、UMA室に呼ばれて俺たち家族4人が向かった警察庁は、某名探偵アニメで有名なあの建物ではなく、その隣の合同庁舎の上層階にあった。
最近知ったのだが、警察庁と警視庁は全く別の組織で、世界的に有名なあの建物は、東京都の警察である警視庁の持ち物だった。
そして初めて会う予定だった小野島室長がどんな人物か期待して行ったものの、またも議員レクが入ってしまい、代わりに課長補佐が対応してくれた。その課長補佐も議員対応が多いらしく、「勘弁してくれよ」と眠い目をこすりながら愚痴をこぼしていた。
「課長補佐さんの話では、アリスちゃんの件は警察の権限を完全に超えちゃってて、選挙の結果次第では高度な政治マターになるらしいです。「法律に従って適切に処理する」とは言ってくれましたが、霞が関用語で「一応頑張ってはみるけど政治家がごねれば無理」って意味ですよね。日本語って本当に難しいわ。お義父様の方はいかがでしたか」
「先生に相談したら、アリスちゃんを引き渡すようなことはしないと約束してくれた。じゃが今回の選挙はかなりの逆風が吹いていて、万が一の結果も十分想定されるそうじゃ」
「それって、与党が選挙に負けるってことですか? もしそうなったらアリスちゃんは・・・いえリッターとの戦いはどうなってしまうのかしら」
「先生がおっしゃるには、おそらく自衛隊の治安出動は発動されず、警察が主体となって治安維持に努めることになるだろうとのことだ。場合によってはリッターとの交渉を模索するため、留置所に入れてあるグランディア帝国騎士団を解放する可能性も高いそうだ」
「それってデモ隊の主張とそっくりそのままだけど、リッターが交渉に応じるあてはあるのかしら」
「知らん。先生は無責任な政党が政権を取ることを大変危惧されておられたが、与党の中にも大衆に迎合する動きが出ていて、選挙に勝っても負けても日本の舵取りはかなり難しくなるそうじゃ」
爺さんがそうため息をつくと、一族全員黙り込んでしまった。そんな中、長男の隆文伯父さんが、
「いやあ、今回の件で新人議員の僕もいきなり修羅場に立たされたよ。市会議員の中には日本政府がアリスレーゼ君を拉致したと本気で考えてる人達がいるし、そんな彼らを後押しする市民団体の怪しいことと言ったらないよ。とりあえず俺は何て答えればいいんだ」
「拉致なんかは事実無根だと言い張ればいいが、気になるのはアリスちゃんの戸籍を偽造した件じゃ。エカテリーナちゃん、大丈夫なのか?」
「その件については、UMA室の課長補佐さんには説明しておきました。随分と呆れた目で私のことを見ていたけど、私とアリスちゃんは本国の法律で養子縁組が成立した後に、欧州第三国経由で入国したことにして、書類上は合法となるよう手続してもらうことになりました」
「・・・旧共産圏の例の国か」
「ええ。このルートなら、左派政党にバレても絶対に手出しができないそうです。公安が何かアキレス腱を掴んでいるようです」
「ということだ隆文。後ろめたいことは警察が全て闇に葬ってくれるから、後はお前の力で市議会を抑え込めばいいだけだ。簡単だろ」
「またこれだよ・・・父さんはいつも面倒ごとを人に押し付けるんだから」
隆文伯父さんが両手を広げてため息をつき、それを次男夫妻が笑いながらなだめている。そんな息子たちを見て、爺さんはムッとした顔で母さんに尋ねた。
「それよりもだ、エカテリーナちゃん。あのバカ息子はまだ海外をほっつき歩いとるのか」
爺さんが音信不通の俺の父さんにお怒りだ。それに母さんも同調し、
「そうなのよお義父様。あの人ったらこの私にも連絡をよこさないし、アリスちゃんがうちの子になったこともまだ言ってないのよ」
「一体何をやっとるんだアイツはっ! どこにいるのか知らんが、今すぐここに呼びつけてやる!」
そう言って電話を手にした爺さん。だが母さんは、
「電話はつながらないし、メールを送ってもメーラーだえもんさんから返事が返って来るだけなんですよ。ただ神無月弥生だけは連絡が取れるようで、この前あの子を問いただしたんですが、あの人から固く口留めされているらしく、連絡先を教えてくれないんです」
「ほう、神無月弥生ってあの小汚いガキ大将か。あのガキのことを随分買っていたからな、あのバカ。じゃが連絡先を知っているならその坊主をここに連れて来て連絡させればいいじゃないか」
「それもそうね。愛梨ちゃん、あの子にここに来るように早く伝えて」
「うん、わかった」
話の流れから、俺の幼馴染をここに呼びつけることになったが、
「いやちょっと待てよ愛梨。神無月弥生ってもう10年以上も連絡を取ってないだろ。それなのに何で愛梨があいつの連絡先を知ってるんだ」
「え・・・それはその」
俺の質問に口ごもる愛梨の代わりに母さんが、
「今すぐ会わせてあげるから、愛梨じゃなく本人と話をなさい。それより今日神宮路さんのお見舞いに行ったのよね。あの子の具合はどうだった?」
「・・・え?」
ドキン・・・ドキン・・・ドキン
いきなり神宮路さんの話をふられた俺は、まだ心の準備もできておらず、どこから話すべきかすら決めていなかった。
「えーっと・・・あの、その・・・ええっと・・・」
彼女を選んだことをどうやって母さんに説明するか、頭をフル回転させるがちっとも考えがまとまらず、考えれば考えるほど頭が真っ白になって何を言っていいのか分からなくなってしまった。
だが、慌てふためく俺の様子を見た母さんがため息を一つつくと、
「そう・・・瑞貴は神宮路さんを選んだのね。彼女を治療してる時に結局こうなるんじゃないかと思っていたけど、全くしょうがない子ね・・・」
「え? どうしてわかったの」
「あなたの焦り方と愛梨やアリスちゃんの落胆ぶりを見てたら、こんなのサルでもわかるでしょ」
「サルでもわかるって・・・」
「でもね瑞貴、あの子が死にかけたのはあなたのせいでも何でもなく、ただの戦闘の結果によるものなの。もし誰かが責任を取るのであれば、それは彼女を戦闘員にした日本政府であって、一緒に戦った同僚が責任を取る必要はないのよ」
「でも彼女は俺の婚約者だし、怪我をしたから婚約破棄なんて酷いこと、できるわけないじゃないか」
「じゃあアリスちゃんや他の子はどうするのよ」
「愛梨とアリスレーゼは神宮路家が一緒に引き取ってくれるって言うし、他の子はその・・・」
「瑞貴・・・あなたには大人のしがらみを一切抜きにして、自分に正直に生きてほしかったの。でも今のあなたは高校生らしい純粋な気持ちではなく、そんなしがらみの中で神宮路さんを選んだとしか思えないの。それは母さんの望んでいたことではないわ」
「母さん・・・」
やはり母さんは神宮路さんとの結婚には反対のようだが、爺さんたち他の親族全員は俺の話にホッとした様子だった。
「そう言ってやるなアリスちゃん。瑞貴はよく考えた上でさやか嬢との結婚を選んだんだ。人生、純愛だけが至上のものではなく、その答えは人の数だけ存在するというものじゃよ」
「ですがお義父様、神宮路さやかは瑞貴の幼いころに大人の事情だけで押し付けた婚約者です」
「きっかけはそうかもしれんが、そうと知らずにクラスメートとして共に学び、最後に決めたのは瑞貴自身じゃないか。なあエカテリーナちゃん、高校生はもう子供じゃない、立派な大人なんじゃ。それから瑞貴、よく決心したな」
「爺さん・・・」
「お義父様・・・」
俺が相談するまでもなく爺さんが母さんを説得してくれた。それでも母さんは納得していないが。
「それになエカテリーナちゃん。今のアリスちゃんには日本政府より神宮路家を後見人にした方がはるかに頼りになるぞ」
「それは政権交代後の・・・」
「そうだ。神宮路蒼天は同盟国政府にも顔が利くし、脳内お花畑化した危うい日本など捨てて、亡命という手段も取れる。実際、思念波技術は各国が喉から手が出るほど欲しい技術だし、アリスちゃんには人並み外れた思念波の才能もある。我ら前園家と神宮路家が共にあれば、どこの国でも三顧の礼で迎え入れてくれるはずじゃ」
「お義父様・・・私はそういう所が嫌なんです。瑞貴を売ったみたいで全く納得できませんが・・・安全に亡命するにはそれしかないのも確かだけど」
「エカテリーナちゃんよ、恋愛と結婚は違うものだと割りきってはもらえんかのう・・・」
そこで愛梨が深刻そうな表情で話に割って入った。
「神無月弥生と連絡が取れたんだけど、筑波の研究所にいるらしくてこっちには来れないって。どうやら招集命令が出てるみたいでUMA室戦闘員が各地の駐屯地に集められているそうたけど、愛梨たちには何も来てないよね」
「えっ!? なんで弥生のやつが筑波にいるんだよ。あいつも戦闘員になってたのかよ。知らなかった」
「・・・お兄、そんなことはどうでもいいから、お兄の端末には招集命令が来てたりする?」
「そんなもの来てないが、アリスレーゼはどうだ?」
「わたくしの所にも何も来ておりません・・・」
俺はすぐに敦史に連絡を取った。すると、
『俺は今、都内の駐屯地に着いた所だ。芹沢も今一緒にいるんだけど、藤間主任たちは別行動だ』
「俺たちには招集命令が来てないんたけど・・・」
『おかしいな。総司令部からは近く発生するリッターの大攻勢に備えて、自衛隊との合同演習を行うって連絡が入ったけど、ひょっとすると瑞貴たちは訓練を免除されたのかもな』
「合同演習か・・・わかった。サンキューな敦史」
『おうよ』
敦史との通話を切ると、だが広間のみんなはさっきとはうって変わって深刻な表情をしていた。俺たちだけが招集から外された理由に何やら不穏な空気を感じ取ったからだ。
その時アリスレーゼの端末に一通のメールが届いた。たがそこに書かれていた文面に彼女の顔から血の気が引いていった。
「出頭命令・・・」
アリスレーゼが見せてくれたその文面には、彼女を戦闘員から解任すると共に、明日の朝10時に警察庁まで出頭するように書かれた指示文書だった。
それを見た爺さんは、
「すぐに逃げるんだ! ワシが神宮寺会長に話をつけておくから、今すぐヤツの別荘に向かえ」
それに呼応するように母さんも、
「行くわよ、みんな! 母さんの車は警察にマークされてるから、タクシーを使って逃げるわよ!」
その後俺たちはとるものを取らず本宅からこっそり出発すると、アリスレーゼの認識阻害魔法で警察の目を避けながら駅まで出て、タクシーを西へ走らせた。
次回もお楽しみに




