第42話 グランディア帝国
見ると、アリスレーゼは顔から血の気が引いて身体も少し震えている。俺は小声で彼女に尋ねる。
「その国って確か、アリスレーゼの国を滅ぼした」
「ええ。帝国ではありませんでしたが、グランディア王国と何か関係があるのかも知れません」
「じゃあリッターの正体ってまさか・・・」
だが俺たちの話が聞こえたのか、ヒッグスがアリスレーゼに向き直ると、
「ワシはどうにも地獄耳で、お二人の会話が聞こえてしまいました。もし人違いならお許しいただきたいのだが、あなたはティアローズ王国のアリスレーゼ王女殿下ではありませんか」
「・・・どうしてわたくしのことを」
「ワシの故郷「オーク騎士団国」は、ティアローズ王国とグランディア王国に挟まれた場所にあり、両国の戦争に巻き込まれ滅ぼされてしまったのです」
「グランディア王国との国境には辺境に巣くうオークどものコロニーしかないはず・・・まさか、あれって国だったの?」
「辺境のオークども・・・懐かしい響きですな。確かにティアローズ王国と我が騎士団国は良好な関係ではなかったが、それも種族が異なる故に致し方のないこと。我らから見ても、ティアローズ王国は常に侵略の意図を隠さない侵略者だった」
「それはあなたたちが街を襲撃して略奪を働いたり、婦女子に乱暴してコロニーに連れ帰ってしまうから、討伐隊を送り込んだだけのことです」
「略奪ではなく国境線の小競り合いであり、乱暴ではなく求愛行為だ。なのに我らを虐殺したり奴隷として売りさばくのは、さすがに騎士道精神にもとるのではないのか。特に冒険者などという卑劣な野蛮人をけしかけるティアローズ王国が世界の盟主とは片腹痛い」
「虐殺ではなく、異形の怪物を討伐したまでのこと。それに冒険者のしたことなど我が王国には何の責任もございません」
「やはりティアローズ王国とは話が通じんな。なら、ここで会ったが100年目、今すぐその首をへし折ってやろうかっ!」
「やれるものならやって見なさい!」
言うが早いか、アリスレーゼの全身を膨大なオーラが渦を巻き、ヒッグスもバリアーを展開して臨戦態勢を整える。
その余波で部屋全体が共振してモニターの一部がダウンする。そこでやっと我に返ると、俺は慌てて二人を止めた。
「二人ともやめろ! アリスレーゼもヒッグスも、直ちに臨戦態勢を解け!」
「だってミズキ、このオークがわたくしを・・・」
「はっ! ミズキ殿の仰せのままに」
ヒッグスがすぐに引き下がり俺の足下に跪いたが、アリスレーゼはまだ臨戦態勢を解こうとしない。
俺はヒッグスを庇うため彼女の前で両腕を広げた。
「落ち着くんだアリスレーゼ。過去の経緯は色々あると思うが、ここは日本で今は仲間だ。それにグランディア王国は共通の敵だろ」
「それはそうなのですが、オークどもは長年に渡って我が王国に対する略奪行為を・・・」
「それは分かったが、お互いの国はもう存在しない。それより今は名古屋に襲来したリッターについて議論すべきではないのか」
「そうね・・・ティアローズ王国はもう存在しないのよね。ヒッグス、過去の行いを許したわけではありませんが今は棚に上げて目の前の敵に対処しましょう」
「・・・ワシもティアローズ王国には恨みが山ほどあるが、ミズキ殿に免じて今は何も言うまい」
どうにか矛を収めた二人だったが、今の話は分析ルームにいる全員に聞かれてしまった。
だがアリスレーゼの正体に驚いているのは雨宮主幹と研究員たちだけで、他のみんなは平然としている。
「神宮路さんは驚かないのか?」
「実は昨夜、アリスレーゼ様からご自分の正体を明かしていただいたのです」
「俺も敦史には話をしておいたんだが、まさかアリスレーゼとヒッグスが同じ世界の、しかも隣の国同士とは思わなかった」
「ですが雨宮主幹に聞かれてしまいましたが、よろしいのですか」
「よくはないが、聞かれたものは仕方がない」
そう言って雨宮主幹の方を振り返ると、彼女は興味深そうに笑っていた。
「私たちには公務員法の守秘義務があるから、勝手にリークなんかしないし安心して。でもアリスちゃんが異世界人だったことには驚いたけど、これでリッターの正体が判明するわね。まずはヒッグス、あなたから詳しく話を聞きたいのだけれど」
「よかろう。ミズキ殿の頼みだからな」
そしてヒッグスが語ったのは実に酷い話だった。
オーク騎士団国は小さな騎士領が集まった封建国家で、首領は騎士団長が務めていた。そしてヒッグスも有力な領主の一人として騎士たちを抱えていた。
そんな騎士団国はティアローズ王国との間で長年の間小競り合いを続けており、そこへ近年急成長を遂げた新興国グランディア王国が同盟を持ちかけてきた。
ティアローズ王国への対処に困っていた騎士団長が渡りに船と応じたが、これが罠だった。
騎士団国から大量の軍事物資を得た上に悠々と領内を通過したグランディア王国軍は、その直後、首領の騎士団長を暗殺すると副騎士団長の一人を新たな首領に任命した。
だが他の副騎士団長が黙ってみている訳がなく、有力者同士の反目を煽って内戦状態を作り出したグランディア王国は、騎士団同士を自滅させてついには騎士団国を乗っ取ってしまった。
その後、ティアローズ王国も滅ぼして国号を「グランディア帝国」に変更。帝都を旧ティアローズ王城に移転して世界征服に向けて覇を唱えた。
「こうしてワシたちオーク騎士団は帝国の先兵として各地の戦場に送り込まれることとなったのだが、数多の戦場の中でも絶対に生きて戻れないと恐れられていたのが、このミズキ殿の国だった」
「この日本が、帝国の侵略を受けているのか・・・」
「帝国の侵略目的は分からんが、この戦場では湯水のように兵力が損耗するため、繁殖力旺盛で頑強なワシらオークが率先して送り込まれたのだ」
「なるほどね。私たちは「意思疎通のできない危険なUMAを駆除せよ」という上からの命令に従っていただけだけど、あなたたちオークには地獄の戦場に見えていたのね」
雨宮主幹が腕を組みながらヒッグスの話に納得していたが、一方アリスレーゼは不安そうな顔を覗かせながらヒッグスに尋ねた。
「もしご存知なら教えてほしいのですが、ティアローズ王国の臣民も他国へ侵略するための先兵として使われているのですか」
「いや、それはない。あの国の貴族どもは民衆を守らず一目散に逃亡したため、先兵にできるようなまともな騎士団は一つも残っていなかった。だから民衆は貴族どもの代わりに重税を押し付けられ、帝国による侵略戦争の戦費を賄わされている。公式には二等国民の扱いだが、事実上の奴隷だな」
「騎士団が一つも残っていなかった・・・ではお兄様たちは無事に逃げられたのですね」
「お兄様・・・つまり第一王子のマクシミリアンならランツァー王国の庇護のもとティアローズ王国再興に向けて挙兵した。だが多勢に無勢で、早晩グランディア帝国に滅ぼされるだろう」
「そんな・・・」
「ふん・・・民衆の境遇よりも王侯貴族どもの命の方が心配か。ならとっととランツァー王国に向かって、マクシミリアンと合流すれば良かろう」
「お兄様と合流って、そんなのできるわけが・・・」
「ヴェイン伯爵は転移陣を使って行き来しているのだから、魔法大国ティアローズ王国の王女殿下なら方法はいくらでもあるだろう。ワシらオークには知る術もないことだがな」
「転移魔法・・・ティアローズ王国に帰る・・・このわたくしが?」
そう呟いたきりアリスレーゼは何も話さなくなったが、今まで考えもしなかったアリスレーゼの帰還の可能性に、俺の心は大きな不安と寂しさに襲われた。
ヒッグスの話が終わり、雨宮主幹と研究員たちはその情報を元に分析作業を開始し、指令本部や現場指揮官からの問い合わせに対応する。
その間俺たちはモニターに映し出される情報を静かに見ていたが、街中に入り込んでしまった敵を掃討するのに苦労している様子が画面のデータからでも読み取れた。
正確な被害状況はまだ分からないが、どうやら市民が次々と犠牲になり街はパニックになってるらしい。
その時、雨宮主幹のどなり声が聞こえた。
「自衛隊が出動できないってどういうことよ!」
どうやらインカム越しに、小野島室長とやりあっているようだ。
「市街地に対戦車ヘリは出動できないって、そんなの当たり前でしょ! だったら別の武器を使うなりしてリッターを鎮圧すればいいじゃないの」
怒りが収まらない雨宮主幹が、インカム越しに小野島室長の説明に耳を傾ける。
「・・・ええ・・・ええ・・・支持率って何よそれ。野党が自衛隊の出動に断固反対していて内閣不信任案をちらつかせている? それで官邸が及び腰になってるらしい? バカじゃないのっ!」
雨宮主幹が完全にケンカ腰になって一方的に小野島室長を攻め立てたが、しばらくして急に声が止むと、見る見る顔が青ざめていった。
「・・・なんですって・・・今度は大阪にリッターが現れた。最悪じゃない・・・」
その後京都と神戸にもリッターが襲来し、規模としては前回の京都の時よりかなり小規模だったが、いずれも繁華街を直接狙った戦術になす術がなかった。
小野島室長の命令ですぐに研究所を後にした俺たちは、都内の駐屯地で待機して東京への襲撃に備えた。
だが週末の日本を突如襲った「リッター同時多発襲撃事件」は被害が西日本にのみに集中し、結局俺達の出番はなかった。
次回から、第1部明稜学園編クライマックス
そして物語は第2部へ
お楽しみに




