第41話 オーク副騎士団長ヒッグスの加入
翌日。
オーク副騎士団長ヒッグスを譲り受けるため、雨宮主幹に連れられて研究所の地下に降りて行った俺たちは、その施設の厳重さに驚いていた。
そこは生体実験に使用される実験動物を飼育するための無菌状態に保たれたクリーンルームで、何層かのエアシャワーを潜り抜けてようやくたどり着いたヒッグスのいる区画では、先に来て準備をしていた研究員に拘束具を外されたヒッグスが、嬉しそうな顔で俺に近づいてきた。
そして足元に跪くと、
「これは我が主殿。このようなむさ苦しい場所にわざわざ足を運んでいただき、恐悦至極にござる」
「むさ苦しい場所ってなによ! クリーンルーム以上に清潔な場所は世界のどこにもないんだから!」
そんな雨宮主幹のツッコミが当然理解できないヒッグスに、俺は事情を話す。
「結局お前を譲り受けることに決めたよ。ただお前は身体がデカすぎてウチには入らないから、爺さんに頼んで本家の道場に住まわせることになった。爺さんの言うことを聞いてちゃんと大人しくしてるんだぞ」
それを聞いたヒッグスは涙を流して喜んだ。
「我が主よ! ワシの臣従を認めて下さるばかりか、主君家の本家に住まわせてくださるなど光栄の極み。これ以上ない厚遇をお与えいただき、この先何があろうともこのヒッグス、命を賭してミズキ殿にお仕えさせていただく所存っ!」
「イチイチ大袈裟だなあ・・・。主君とかそういうのはもういいから、もっと普通に話してくれよ」
「滅相もないっ! さあ何なりとこのヒッグスにお命じ下され。次はどこの国に攻め入るのですかっ!」
「物騒なこと言うなよ! とりあえず俺のことは瑞貴と呼んでくれ。後はそうだな・・・普通に言うことを聞いてくれたらそれでいいよ」
「承知しましたぞミズキ殿っ! では早速、主君家の本陣に入城しましょうぞ!」
「ダメだこりゃ・・・」
改めて俺は、ヒッグスに仲間たちを紹介した。するとヒッグスは葵さんの前に跪き、
「ようやくお会いすることができましたなアオイ殿」
「な、なによこいつ・・・大体、オークのくせに瑞貴の家に居候するなんて、図々しいのよ!」
今日は朝から元気のなかった葵さんが、不機嫌全開でヒッグスに毒づく。だがヒッグスは特に気にする様子もなく、葵さんに思いの丈を告白する。
「このヒッグス、これまで再三に渡ってアオイ殿との手合わせを願い出ておりましたが、一度も聞き届けて頂けず実に無念でござった」
「そう言えばあんたが私に会いたがってるって聞いていたけど、私に仕返しするつもりだったのね!」
「仕返しなんてとんでもない! 実はこのヒッグス、アオイ殿の強さに惚れ込み、妻として娶りたかっただけなのです」
「妻って・・・あんたと私が? い、嫌に決まってるでしょ! なんでオークなんかと・・・おえぇっ」
露骨に嫌な顔をする葵さんに対し、だがヒッグスは実に晴々しい顔でこう答えた。
「ですが昨日アオイ殿を賭けた一騎討ちをミズキ殿に挑み、華々しく破れ申した。結果アオイ殿はミズキ殿が娶られることに決まり、痛恨の極みではござったがミズキ殿ならアオイ殿を安心して任せられると、胸を撫で下ろしている次第」
「・・・えっ? も、もう一度言って!」
「つまり神聖なる「嫁取りの儀」にミズキ殿が見事勝利したため、騎士道精神に則りこのヒッグスは潔く身を引くことにしたのです。我が主君ミズキ殿とのご結婚、誠におめでとうございます」
「この私が瑞貴の嫁に確定・・・本当なの瑞貴っ!」
朝から死にそうな顔をしていた葵さんが急に元気を取り戻すと、キラキラした目で俺の答えを待ったが、当然その後ろでは残りの女性陣が俺を鋭い目で睨みつけている。
「ゴクリッ・・・じ、実はその、行きがかり上そうなってしまったというか・・・葵さんがオークと結ばれるのだけは色んな意味でアウトな気がしたから、コイツを倒してそれを阻止したんだけど・・・ダメ?」
「つまりオークから私を奪い返してくれたのよね! ええいいわよ瑞貴、私がお嫁さんになってあげるから今すぐ結婚しましょう!」
「いや誤解なんだよ葵さん・・・ってうわっ!」
俺を睨みつけていた愛梨、アリスレーゼ、神宮路さんの3人が葵さんを押しのけると、俺を取り囲んで一斉に声を上げた。
「どういうことなのか、ちゃんと説明してっ!」
「だ、だから葵さんをヒッグスから取り戻しただけで、結婚を決めたわけではないんだよ」
それでも納得のいかない3人が、すごい剣幕で俺を問い詰める。アリスレーゼが俺にヤキモチを妬いてくれているのは嬉しいが、いつも冷静な神宮路さんまで頬を膨らませて怒っているのは、ある意味新鮮だ。
昨夜何があったのか知らないが、突然雰囲気の変わった神宮路さんにドキドキしてると今度はヒッグスがすっくと立ちあがった。
2メートル30センチも身長がある巨大なヒッグスが俺を見下ろして、真剣な顔で俺に迫る。
「嫁取りの儀は神聖なる騎士の掟であり、神とも誓約を交わした決定事項。それを破ってアオイ殿を娶らないならば、必ずやミズキ殿に恐ろしい神罰が下ることとなりましょうぞ」
「神罰なんてそんなものあるわけが・・・」
「騎士道を軽んじてはなりません、主殿っ!」
「ひいっ!」
昨日の模擬戦でも見せなかったヒッグスのものすごい威圧感に、俺は思わず尻込みしてしまう。
「だが御安心召されい。アオイ殿をこのヒッグスめに御下賜頂ければ騎士道に反することにはなりませぬ。もちろんその場合、このヒッグス、有り難くアオイ殿を頂戴申し上げまする」
そう言って真っ直ぐな瞳で俺を見据えるヒッグス。騎士道のど真ん中をひた走る男の中の男の提案に、もちろん葵さんは真っ青な顔で反対する。
「オークの嫁なんか絶対に嫌っ! しかもこいつ普通の大きさじゃないし、絶対死んじゃう・・・」
「確かに葵さんの言う通り、葵さんとヒッグスとじゃ体格に差がありすぎて結婚なんかできるはずがない」
俺は頭に思い浮かんだ妄想を無理やりかき消すが、ヒッグスは俺が何を心配しているのか即座に察した。
「なるほど、ミズキ殿はそこを気にされてましたか。さすがは心優しき我が主殿。ですがご安心召されい、人間の身体というのは意外と柔軟性に富み、人間のメスを娶った仲間をこれまでたくさん見てきましたが、全員子宝に恵まれ幸せに暮らしておりまする」
「子宝っ! そんなの絶対嫌よ、助けて瑞貴ーっ!」
そう言って俺にしがみつく葵さん。
「わかったから離れてくれ葵さん。みんなが怖い顔で睨んでるし・・・もう仕方がないなあ。よく聞くのだヒッグス!」
「はっ!」
「人間界にも厳格なルールがあり、葵さんとの結婚はすぐにはできない。俺が結婚するのは大学の卒業後、つまりあと5年以上先になる。それまで嫁取りの儀の結論は保留とする。これは主君命令であるっ!」
「はっ! 人間界のルールで保留されるというなら、致し方ございませぬ。ではその卒業とやらの時にミズキ殿がアオイ殿を娶られるか、この不肖ヒッグスめにご下賜いただくかをお決めください」
「うむ・・・楽しみに待っているがよい」
日本のお家芸の「結論先延ばし作戦」発動により、なんとかこの場を収めた俺だったが、ヒッグスを連れて家に帰ろうとクリーンルームを出た所で、外で待っていた研究所のスタッフが雨宮主幹に駆け寄った。
「大変ですっ! リッターが名古屋に現れました!」
「何ですって!」
◇
リッター襲来の報を受けて雨宮主幹と共に研究所の一角にある分析ルームに入った俺たちは、部屋の後方にある座席に座ってモニターに映し出される情報を目で追いかけていく。
この分析ルームは公安UMA室総指令部とリアルタイムでリンクしており、総指令部に入った敵の映像や戦闘データ、街の被害状況などの各種情報が逐次転送されてくる。
それを数人の研究者が解析を進め、総指令部からの問い合わせに回答したり、分析結果を総司令部に報告したりする。その統括責任者が雨宮主幹で、彼らの後ろの座席にゆったり腰掛けながら、インカムを通して総司令部の小野島室長と直接会話をしている。
しばらくして雨宮主幹が会話を終えると、俺たちにも聞こえるように現在の対応状況の説明を始めた。
「総司令部からの情報によると、リッターは名古屋市の繁華街「栄通」に突如現れ、市民に危害を加えながら四方に散開。状況としては最悪ね」
「名古屋にもUMA室の戦闘員がいるんですよね」
「もちろんよ。でも戦闘員の数が足りないらしく、機動隊も動員して対応に当たっているけど、現状は抑えきれていないそうよ」
「でも京都の時みたいに自衛隊が出動すれば何とかなるのでは」
「そうね。前回同様、今回も治安出動命令が出るまで警察で時間稼ぎをすればいいと思う。日本の役所って最初の判断には凄く時間がかかるけど、2回目以降は前例が踏襲できるから意外と判断が早いのよ」
「なら安心ですね」
その後雨宮主幹は研究員たちと忙しそうに分析を進めていたが、何やら問題が発生したようで難しそうな顔で議論を始めた。そして何かに気付いた雨宮主幹は俺たちの後ろに座っているヒッグスに尋ねた。
「敵だったあなたにこんな質問をするのも都合のいい話だけど、できれば教えてくれない?」
遠慮がちに質問する雨宮主幹にヒッグスは、
「ミズキ殿の頼みなら答えてやらんでもないが」
「ヒッグス、雨宮主幹に協力してやれ」
「はっ、ミズキ殿っ! おい女、何でも聞くがいい」
「そう、助かったわ。では敵部隊の映像をモニターに映すから、彼らについて知っている情報を教えて」
そう言って中央のモニターの映像が切り替わると、そこにはオーク騎士団ではなく全く異なる部隊が映し出された。その敵兵はオークよりもずっと小柄の異形の怪物で、逃げ惑う市民に容赦なく襲い掛かっては、惨殺を繰り返していた。
それを見たヒッグスは、
「あれはオーガとゴブリンの混成部隊だ。オーガは我々オークより小柄だが戦闘力は極めて高く、一目置かざるを得ない存在だ。一方ゴブリンは単体での戦闘力は全く大したことないが、とにかく数が多く集団で襲われると我らオークでも簡単に足をすくわれる」
「つまり彼らはオーク騎士団ではないということね」
「そうだ。彼らがどこの部族なのかは知らないが、少なくとも我らオーク騎士団とは無関係だ」
「それは不味いわね・・・私たちはオークを脅威の対象として認定したのだけれど、彼らはオークと種族が異なることが明確。同じ国や組織の軍隊であれば話は早いのだけど、その可能性はないの?」
「それはない。我らオーク騎士団国には様々な種族が共に暮らしていたが、戦うのはオークのみ。おそらく彼らも我ら同様、人間どもに国を滅ぼされ、女子供を人質に取られて仕方なくこの地に先兵として送り込まれてきたのであろう」
「ええっ? あなたたちって自らの意思で日本に攻めて来たのではなく、無理やり連れて来られたの?」
「当たり前だ。ワシらは転移魔法が使えんし、そもそもここがどこなのかも知らん。ワシらを指揮していたのは人間の召喚士であり、今回の部隊もヤツが関係しているはずだ」
「どうしてそれを早く言わなかったのよっ!」
「我が主君ミズキ殿の頼みだから、今回は特別に教えてやったまでのこと」
「そうだったわね・・・ありがとう。でも言われてみれば、いつも大きな帽子に長い外套をまとった人間のような存在を戦場で見かけたけど、あれってやっぱり人間だったんだ」
「そうだ。ヤツはワシらの国を滅ぼしたグランディア帝国の大魔導士、ヴェイン伯爵だ」
そのヒッグスの言葉を聞いた瞬間、アリスレーゼが思わず叫んだ。
「グランディア帝国ですって!」
次回もお楽しみに




