第40話 ゲストルームの夜(女子部屋②)
さやかに対し強い罪悪感を覚えたアリスレーゼは、居ずまいを正すと頭を下げて彼女に謝罪した。
「さやか様にとってのわたくしは、将来の伴侶を横取りしようとする憎い恋敵だったのですね。それについては心よりお詫び申し上げますが、わたくしにとってのミズキはこの世界で頼れるたった一人の殿方であることもご理解いただきたいのです」
「・・・ぐすっ・・・ひっく・・・ううううっ」
だがアリスレーゼも瑞貴を譲ることはできなかったため、結局謝罪にはならず、みんなの前で泣き崩れるさやかにただ追い打ちをかけただけの結果となった。
「お姉・・・空気を読めない女・・・」
愛梨の呟きを最後に、さやかのすすり泣き以外何も聞こえなくなった女子部屋。
エカテリーナは審判に徹するため、なるべく話には加わらないよう我慢をしていたのだが、この状況にはさすがに居たたまれなくなり、さやかに謝罪した。
「本当にごめんなさいね、神宮路さん。私は自由恋愛が一番いいと思っていたからあなたと瑞貴との婚約を断固拒否したのだけれど、別にあなたのことが嫌いという訳ではないし、あなたが瑞貴のことを想ってくれていたことが分かって、とても嬉しいわ」
「ぐすっ・・・前園理事・・・」
同じく我慢できずに口を開いた愛梨も、
「愛梨はお兄の貞操を守るために、最も危険な存在だったあなたを徹底的にマークしていたの。だって知性も美貌も人望も全部持ってる大金持ちの社長令嬢なんて、いけ好かない女の代名詞じゃん。でも本音を聞いたら実は愛梨と同じだってことがわかったし、突然現れてお兄を奪い去ろうとするお姉のことが絶対に許せない気持ちもよく理解できる」
「ぐすっ・・・愛梨ちゃん・・・」
「でもね、神宮路さん。愛梨だって泣きたい気持ちを我慢しながら、母さんの仕掛けた恋愛バトルロイヤルに参加してるの。立場は違うけど早く泣き止んで戦いに復帰しなよ」
どうやら愛梨らしい言い回しでさやかを慰めようとしているらしく、それを理解した彼女は涙を拭いて顔を上げた。
「・・・ぐすっ・・・ありがとう愛梨ちゃん。・・・こんなことで泣いちゃって本当に恥ずかしいわね。わたくしも愛梨ちゃんみたいに強くならないと」
「分かればいいのよ。でもお兄は愛梨のものだから、最後には神宮路さんに泣いてもらうけど」
「いいえ。わたくしはもう泣いたりしないし、絶対に負けるつもりはありませんから。それにしても水島さんは本当に強いのですね」
涙を拭ったさやかは、アリスレーゼの参戦にも全く動じていないかなでに感心し、泣いてしまった自分を恥ずかしく感じていた。
だが話を振られたかなでは事も無げに、
「私は最初から自分が選ばれるとは思っていないし、どんな形でも彼の傍にいられればそれでいいの」
「え・・・それって瑞貴君の愛人になるってこと? そんなの絶対に認められないわ!」
「愛人・・・私は友人でも召使いでも何でもいいし、彼が望む関係をそのまま受け入れるだけ。だって私は彼のためなら何だってするし、彼のためだけに生きて行くってもう決めたから」
「ちょっと待って! 自分が何を言ってるのか分かってるの水島さん。あなたは自分の人生を一体何だと思っているのですか」
「これは神宮路さん、あなたが教えてくれたことよ。入院中に前園くんとあなたの婚約発表を聞いてとてもショックを受けたの。それでも私は前園くんと一緒にいたいと思って出した結論がこれよ」
「そんな・・・ですがよく考えてみて下さい。女性は男性の付属物ではなく対等なパートナーとして有るべきであり、愛人などといった前時代的な考え方は今の社会倫理において許されるものではございません」
「そんなの私には関係ない。もしあの時、前園君が助けてくれなかったら、今頃私は鮫島のオモチャにされて人生をメチャクチャにされていたと思うし、それを他の誰かが助けてくれたとも思えないもの。私にとって何の役にも立たない社会倫理なんかより、私を助けてくれた前園くんに全てを捧げたいの」
「・・・そこまで言いきれるなんて、水島さん、あなた本当に変わりましたね」
「ええ、それは自覚してる。葛城さんにイジメられていた頃の私はもうどこにも存在しない。今ここにいるのは、たとえオーク騎士団が相手であろうと前園くんの脅威となる存在は全て一掃する鉄壁の守護者、水島かなでよ」
「鉄壁の守護者・・・」
イジめられっ子だった彼女のあまりの豹変ぶりに、言葉を失ってしまったさやかだったが、なぜかアリスレーゼが申し訳なさそうに話に割り込んできた。
「ずっと気になっていたままお聞きするタイミングが見つからず、今の今まで放置していた疑問がございます。この機会に確認させていただけないでしょうか」
「な・・・なんでしょうかアリスレーゼ様」
とても言いづらそうに尋ねてくるアリスレーゼに、今度はどんな爆弾発言が彼女から飛び出すのか、最早嫌な予感しかないさやかだったが、
「ティアローズ王国では殿方は側室を持つことが普通ですが、日本では認められていないのですか?」
「はあ?! そ、そんなものは認められていません。戦前まではそういうものもあったようですが、戦後は諸外国に倣ってそういった因習は廃止になりました」
「やはり! そういうことだったのですね・・・」
「・・・何か問題でも」
深刻そうな顔をするアリスレーゼに、さやかは恐る恐る尋ねた。
「いえ、お母様の作り出した恋愛バトルロイヤル戦略の過酷さが今ようやく理解できました。6人の中から選ばれるのがたった一人だけだなんてそんな・・・」
「「「・・・・・」」」
今さらかよ!
全員が心の中で一斉にアリスレーゼにツッコミを入れたが、彼女の間の抜けた質問で空気が緩むと愛梨はさっきから全く発言のない弥生に対し攻撃を始めた。
「どうやらここに一人だけ場違いな人がいるみたい。ここにはお兄に対して並々ならぬ愛情を見せる恋する乙女しかいないはずなのに、葵さんはお兄にそこまでの思い入れがないみたい。もう愛梨たちの戦いから脱落してもいいのよ」
だが挑発を受けた弥生はニヤリと笑うと、満を持して愛梨に反論した。
「おあいにく様。私にだってみんなに負けないぐらい瑞貴に対する執着があるのよ」
「へえ・・・転校してきたばかりのあなたに、そんなものがあるとは思えないけど」
「あるわよっ! じゃあ愛梨ちゃんに教えてあげる。この私の彼に対する熱い想いをっ!」
そう言って大見えを切った弥生だったが、瑞貴の父親から「まだ名乗り出てはいけない」と釘を刺されたことを思いだし、急速にトーンが下がった。
「い、いっぱいあるもん・・・まだ言えないけど」
そんな弥生を見透かしたように、愛梨はここぞとばかりに攻撃を続けた。
「ふーん「まだ」言えないんだ。でもたくさんあるなら一つぐらいは言えるよね」
「そ、そうね・・・私だって神宮路さんと同じように瑞貴の写真を肌身離さず持ち歩いているし」
「写真ね・・・でもあなたが転校してきたのってつい最近のことだし、今の写真をこっそり持ち歩くぐらいクラスの女子たちだってやってることよ」
「そんなことないっ! 私の写真は・・・い、いえ、みんなと同じかもね。でも写真以外にもいろんなものを持ってるんだから」
「いろんなもの? 例えばどんな物があるのよ」
「例えば・・・あ、そうだ! 瑞貴と私の名前を相合傘で並べた刺しゅうを入れたハンカチとか、彫刻刀で「瑞貴命」って彫った鉛筆も持ってるわよ」
「キモッ! 学校の制服とか・・・まさか下着にまで刺しゅうをしてるんじゃないよね」
「ギクッ! し、下着なんかにするわけないでしょ」
「・・・してるんだ」
「・・・シテナイヨ」
ジト目で弥生を見つめる愛梨は、何かを確信したようにニヤリと笑うと、さらに質問を続けていく。
「そう言えばあんたと似たような感じの女を一人だけ知ってるんだけど、そいつはお兄が食べたアイスの棒をこっそり拾って自分の宝物にしてるんだよね。さすがにその女の執着心には負けるわね」
「何よ、そんなの全然大したことないじゃない。瑞貴のアイスの棒なら私だってたくさん持ってるわよ」
「へえ・・・持ってるんだ。でもその子は、お兄の使用済みのゴミをいっぱい集めて、それをナンバリングして管理してるのよ。いくらあんたでも、まさかそこまではしてないよね。つまりあんたの負けね」
「ええっ! 私と同じことをしてる女がこの世にもう一人いたなんて・・・くっ。でも私なんかもっと凄いんだから。瑞貴の使用済みコレクションの匂いを毎日楽しんでいるうちに、彼のちょっとした体臭の変化でその日の体調を判断できるようになったし、夜のおかずは匂いだけで十分なんだから」
「キモすぎっ! ていうか京都のホテルでお兄の部屋に忍び込んでたのはあんたでしょ! それ以外にもたびたびウチに侵入しようとして、いつも愛梨に阻まれていた能力者もズバリ葵さんだよね!」
「ギクギクッ! ワタシハナニモシラナイ・・・」
明らかに挙動不審な態度でこの場を誤魔化そうとする弥生に、今度はエカテリーナが不審な目を向ける。
「愛梨の言う通り、毎晩のようにウチを監視する目があったけど、あれって公安だったんだ。しかも葵さんは、ウチに侵入までしようとしてたの?」
「そうなんだよ、お母さん。隙あらばこの女がお兄の部屋に侵入しようとするから、愛梨が必死にそれを阻止してたの。おかげで寝不足だよ」
「ちょっと待って。まさか愛梨は毎晩のように瑞貴の部屋を見張っていたの」
「そんなの当然だよ。だって愛梨はお兄の貞操を守らないといけないし・・・」
「バカじゃないの二人とも! あなたたちがやってることは完全にストーカー行為よ! 同じ穴のムジナ」
「「ストーカー・・・えっ?」」
「でも愛梨のおかげで、私にもやっと葵さんの正体が分かったわ。あの小汚ない鼻たれ小僧がこんな綺麗な日本人形みたいになってるなんて、完全に詐欺ね」
「小汚ない鼻たれ小僧って・・・私のこと?」
「まあいいわ。ちょうどあなたに聞きたかったんだけど、あなたの様子を見ていると、神宮路家が婚約発表した後にあの人と連絡を取ったみたいね。妻であるこの私でも連絡が取れないのに、どういうことなの!」
「わ、私は神無月弥生ではなく・・・葵菖蒲です」
「そんなことはどうでもいいから、聞かれたことだけに答えなさいっ!」
「ひいっ! ・・・そ、それはお義父様から止められていて・・・いえ私は神無月弥生ではありませんが」
「ふーん、止められてるんだ。そもそもあの人は今どこにいるのよ。日本に帰ってるなら、どうして連絡の一つも寄越さないのよ!」
「そ、それは私にも・・・」
「ならあなたから連絡して頂戴! 日本にいるなら、ちゃんと家に帰って来なさいって!」
「それは無理ですーっ! だってお義父様からはまだ正体を明かさないように厳命されてるのに、お義母様にバレたなんて知れたら私の婚約者としての立場が」
「お黙りっ!」
完全に怒り心頭のエカテリーナに、女子部屋に緊張が走った。特に、本気で怒ったエカテリーナの恐ろしさを身を持って知っている愛梨は、顔を真っ青にして黙り込んだ。
だが一人だけキョトンとしているアリスレーゼが、
「お母様、一つだけ確認させていただきたいことがございます」
「何よアリスちゃん、こんな時に」
「今のお話を聞く限り、ミズキのもう一人の許嫁である神無月弥生という女性は、葵さんと同一人物いうことになりますが、その理解で間違いございませんか」
場の空気を全く読まないアリスレーゼの問いかけに愛梨は真っ青な顔で震えたが、案の定エカテリーナの怒りは爆発した。
「お黙りなさいアリスちゃん! あの人が黙ってろって言ったんだから今はその通りにしてあげましょう。この子は神無月弥生ではなく葵・菖・蒲よ。いいわねアリスちゃん。まったくあの人ったら、今度会ったら半殺しじゃ済まないからっ!」
「「もっ、申し訳ありませんでした!」」
エカテリーナの放つ禍々しいオーラに完全にビビったアリスレーゼと弥生は慌ててその場に土下座した。
そしてそのまま恋バナも終了し、全員布団に潜り込んでしまった。
次回から第3章の本題に進みます
お楽しみに




