第40話 ゲストルームの夜(女子部屋①)
長くなったので、2つに分けました。
研究者に叱られた瑞貴たちが慌てて布団に潜り込んだのと同じ頃、ちょうど女子部屋でも恋バナが始まろうとしていた。
こちらの部屋には部外者はおらず、狭い部屋に6人分の布団を敷き詰め、全員が顔を近くに寄せ合いながらも、しばらくの間沈黙が続いていた。
そう。瑞貴たちのような眠る前のひま潰しといった感じは一切なく、その雰囲気はまさに一触即発。
それぞれが自分の想いを心に秘めつつ、互いの出方を探り合う神経戦のような状況の中、最初の口火を切ったのは瑞貴の許嫁の一人、神宮路さやかだった。
普段は感情を表に出さないさやかは、内心穏やかではないものの、普段通りの冷静さを装うともう一人の婚約者である神無月弥生に話しかけた。
「コホン・・・本日の戦いはアリスレーゼ様に完敗いたしましたが、わたくしたちの勝負は持ち越しということでよろしいですか、葵さん」
突然話を振られた弥生は、少し考えた後、さやかに答えた。
「持ち越すのは別に構わないけど、今回は愛梨ちゃんも含めた3人がかりでアリスレーゼさんに負けたのだから、今後は私たち二人だけの戦いなんか無意味ね。水島さんもいるし、次からはこのブラコン姉から先に瑞貴を奪取した者の勝利ということでどうかしら」
「ですがアリスレーゼ様に勝つには、あの精神干渉攻撃【マリオネット】を打ち破る必要があります。これには単純な戦闘力では対抗できず、根本的な思念波強化が必要となるため、わたくしたちの卒業に間に合うかどうかわかりません」
「その場合は、「結婚相手を決める」というルールに従って、瑞貴の姉妹を除く私たち3人の中から瑞貴に選んでもらえばいいのよ」
「でしたら、最初から3人で戦った方がよいのでは」
「それは無理よ。だって今日の模擬戦のように、前園姉妹が絶対に参戦してくるわよ」
「・・・わかりました。葵さんの言う通りにするしかなさそうですね。結果論ですが、最強なのが瑞貴君のお姉様のアリスレーゼ様で本当に助かりました」
「瑞貴をあらゆる泥棒ネコから守る、最強の番犬といったところね」
そう言いながら警戒心と安堵の混じった複雑な表情をする二人に、その会話を黙って聞いていた愛梨は、何か言いたそうにしながらもただ口を閉じている。
一方、アリスレーゼはどうしても我慢しきれなかったのか、真剣な表情で話を切り出した。
「あの、すみません。実はこの場を借りて皆様に聞いていただきたいお話があるのですが」
「アリスちゃん!」
するとエカテリーナがすかさず首を横に振って、アリスレーゼの言葉を遮った。二人に余計な発言をしないよう釘を刺していたのはエカテリーナだったのだ。
だがアリスレーゼは毅然とした態度を示すと、
「いいえお母様。わたくしはここにいる皆様には真実を知っていただきたいのです。これから共に戦う仲間に隠し事など、わたくしには耐えられません」
「共に戦う仲間・・・そうね、この日本はもう平和ではなくなったのに、私ともあろう者がすっかり平和ボケしてたわね。私はもう止めないから、好きになさいアリスちゃん」
「ありがとう存じます、お母様。では皆様、わたくしが今から申し上げることはここだけの秘密ということにしてください」
彼女の言葉に全員が頷くと、アリスレーゼは自分の秘密を打ち明けた。
「実はわたくし、ミズキやアイリちゃんの本当の姉ではなく、別の世界から日本にやって来た者なのです」
「「「ええっ!」」」
別の世界。その言葉に全員が衝撃を受け言葉をつまらせる中、さやかだけが辛うじて言葉を発した。
「別の世界・・・つまりアリスレーゼ様はリッターということなのでしょうか」
そのさやかの「リッター」という言葉に、条件反射で反応した弥生が即座に布団から立ち上がると、アリスレーゼに向けてデバイスを起動した。
そして自身最大級のバリアーを展開して臨戦態勢を整えたのだが、弥生とほぼ同時にアリスレーゼの前に立ちはだかったエカテリーナが、そのバリアーを一瞬で破壊してしまった。
「ウソっ! 私のバリアーが・・・なんで?」
「前園理事がどうして能力を!」
「お母様、その力はまさか・・・」
エカテリーナの行動に衝撃を受ける弥生とさやか、そしてアリスレーゼ達であったが、
「仲間割れは止めなさいっ! 私のことより、ちゃんとみんなに話を聞いて欲しいんでしょアリスちゃん」
「そ、そうでした・・・。葵さん、そしてみなさんも聞いてください。わたくしはリッターが何者なのかを全く存じ上げませんし、もしかしたら同じ世界から来た可能性もゼロではありませんが、彼らに対して敵対する立場であることをこの場で表明いたします」
アリスレーゼの毅然とした態度に、警戒感を緩めたさやかが彼女に尋ねた。
「多重世界仮説・・・先ほどの雨宮主幹の講義にあった通り、異世界は一つであるとは限らないし異世界=リッターの図式は必ずしも成立しない」
「さやか様・・・」
「それに仮に同じ世界であったとしても、国が異なればその立場も大きく異なることでしょう。ちなみにアリスレーゼ様はどのような国にお住まいでしたの?」
どうやら敵ではないことを信じて貰えたアリスレーゼは、改めて自己紹介をした。
「わたくしの本当の名前はアリスレーゼ・ステラミリス・フィオ・ティアローズ。既に滅ぼされた祖国ティアローズ王国の第1王女をしておりました」
「ええっ! アリスレーゼ様は王女殿下だったのですか。これは大変失礼いたしました」
「いいえ失礼などそんな・・・それにわたくしは今は平民の身。実はわたくし、王国が滅びる際に母の命令で自害したのですが、なぜかこの日本で意識を取り戻して前園家に保護されたのです」
そしてアリスレーゼは、グランディア王国が突如国境線を越えて攻めてきた話や、両親が戦死して王国が滅びたこと、前園家に保護されてから日本で経験した様々な出来事をみんなに話して聞かせた。
アリスレーゼの話が一段落し、それを最後まで静かに聞いていたみんなを代表してさやかが応じた。
「そのような重大な秘密をわたくしたちにお話しいただき、大変感謝いたします。それにアリスレーゼ様の過酷な境遇と苦悩がよく理解できました。まさかそのような理不尽な侵略が実際に行われ、ご両親を始め多くの命が失われたなんて・・・」
「ご心配いただきありがとう存じます、さやか様。ですがわたくしの話はここからが本題で、実はミズキのことなのですが、つまり・・・あの・・・その」
頬を真っ赤にして恥ずかしそうにいい淀むアリスレーゼを見たさやかは、その瞬間、彼女が何を言いたかったのかを全て理解し、そして青ざめた。
アリスレーゼは瑞貴の姉なんかではなく、自分たちの強力なライバルだったのだ。
さやかはすぐに他の女子たちの反応を確認したが、弥生が呆然としている以外は誰も警戒感を示しておらず、アリスレーゼの参戦で最もダメージを受けるのがさやか自身であることを図らずも物語っていた。
「くっ・・・」
普段は決して感情を表に現さず、常に余裕を見せるさやかだったが、それは本来の彼女の性格でもなんでもなく、会社の経営に深く関与することが求められる創業家一族の後継者として、幼い頃から厳しい教育を受けた結果であった。
そして本来の彼女はとても心優しく、そして一途な恋をするごくありふれた一人の少女だったのだ。
そんな彼女の目に涙がじわりと浮かぶと、眠る時も肌身離さず身に着けていた小さな写真フォルダーを取り出してアリスレーゼに見せた。
「これは・・・ミズキでしょうか?」
写真の中で笑顔を見せる瑞貴は、幼いながらも今と変わらず精悍で、とても真っすぐな瞳をしている。
さやかは彼の写真を大切そうにそっと触れながら、
「これは彼がまだ6歳の頃の写真です。彼との婚約が決まり前園家から頂いたこの写真を、わたくしは今日までこうして大切に身に着けておりました」
「婚約者の写真を、それほどまで大切に・・・」
「はい。マスコミ報道では、今どき親から決められた許嫁との結婚など酷い人権侵害であり、憲法違反だなどとコメントされる評論家もいらっしゃいましたが、わたくしにとっての瑞貴君は初恋の相手であり、この10年間は彼にふさわしい女性になるためだけに自らを磨いて生きて来たのです」
「ですがさやか様はとても優秀なお方ですし、そのような努力をされていたとは信じられませんが・・・」
「いいえアリスレーゼ様、彼はわたくしの初恋の相手であると同時に人生の目標でもあったのです。お爺様は常々、瑞貴君と二人で会社を継いでほしいとおっしゃられました。これはつまり彼の能力を高く買ってらっしゃる証拠であり、逆にわたくし一人では会社を継ぐには足りないと評価された裏返しなのです」
「まさかそんなことは!」
「いいえ、中学生になって再会した瑞貴君を見てわたくしはそれを再認識いたしました。それまでのわたくしは知識の習得や学力向上、そして組織を動かすための帝王学を身につけて参りましたが、彼には周りの人間を惹きつけるオーラというか、人の上に立つカリスマのようなものを持っているのです。これは後天的には身に着けられない生まれ持っての力なのです」
「人の上に立つカリスマ・・・確かにミズキにはそれを強く感じます」
「王女殿下がそうおっしゃるのなら間違いないでしょう。ですのでわたくしは彼に恥じない妻となるため、今日まで懸命に自分を磨き続けておりました。なのにアリスレーゼ様のような強力なライバルが現れてしまい・・・わたくしは一体どうしたら・・・ぐすっ」
ついに涙が止まらなくなってしまったさやかに、アリスレーゼは慌ててフォローするが、
「さ、さやか様と同様にこのわたくしにも婚約者がおりましたが、彼のことはただ王家の血を維持するための配偶者としか考えたことがなく、さやか様もてっきりわたくしと同じだと思っておりました」
「何よそれ! 婚約者がいるならその彼と結婚すればいいじゃない! わたくしの瑞貴君を奪わないで!」
「さやか様・・・」
「うぐっ・・・うぐっ・・・うああああぁ」
そしてとうとう泣き崩れてしまったさやかに、全員が言葉を失ってしまった。
瑞貴との将来を夢見て、自分を強く律しながら今日まで生きてきたさやかは、それを全て無駄にしかねないアリスレーゼの登場に心の支えを失い、感情が溢れだしてしまった。
社長令嬢にして学園最高の美貌と学力を兼ね備え、次期生徒会長の最有力候補でもある神宮路さやか。
そんな彼女が初めて人前で泣いた瞬間であった。
次回もお楽しみに




