第40話 ゲストルームの夜(男子部屋)
俺たちが今夜泊まる研究所のゲストルームは、その名のイメージとは大きく異なり、研究者が仮眠をとるだけのただの大部屋だった。
部屋の端っこに積み上げられたせんべい布団を勝手に敷いて寝るだけのシンプルなシステムで、研究者の男女比率が男性側に大きく傾いているためか、部屋の大きさは男性用の方が広くなっている。
俺と敦史は、既に眠っている他の研究者の邪魔にならないように布団を並べてさっさと寝ることにしたのだが、すぐに寝付けなかった俺たちはいつの間にか雑談を始めていた。
「なあ瑞貴、神宮路がお前の婚約者だと聞いた時は、本当に驚いたよ」
「俺もビックリしたよ。神宮路さんは始めから知っていたらしいが、俺は今になって聞かされたからな」
「だが今日の模擬戦を見ていると、婚約者のはずの神宮路がお前を奪われまいと必死に戦っていたし、他の女子たちも全く可能性を捨て去っていない。こんなのさすがにおかしいし、裏があるなら教えてくれよ」
「裏か。だがかなり込み入った話になるが・・・」
「分かってるさ。そもそも神宮路との婚約をお前自身が10年以上も知らされていない時点で明らかにおかしな話だし、陰謀めいたものすら感じるからな。俺で良ければ相談に乗るよ」
「・・・そうだな。敦史には知っていてもらった方がいいし、ここだけの話だけど実は・・・」
そして俺は敦史に、母さんから聞いた婚約者にまつわる過去の経緯と、そのカウンター作戦として母さんが考えた「恋愛バトルロイヤル戦略」を語った。
「まさかそんな大変なことになっていたとはな。姉妹との関係も容認するエカテリーナ様の自由恋愛主義には正直首をひねるが、お前のオヤジが後ろ盾になっているという幼馴染の神無月弥生も含めて6人の中から1人を選ぶのは相当もめるぞ」
「ほんと、参ったよもう。「好きだから告白する」みたいな普通の恋愛を俺も経験してみたかったが、今の俺に許されているのは前園家や神宮路家、いやマスコミまで口を出してくる中で「結婚相手」を選ぶことだけなんだよ・・・」
「うげえ・・・そう聞くとマジでキツいな。いつもはお前のことを羨ましいと思っていたが、今回ばかりは同情するよ」
「俺もついこの前までは「早く彼女が欲しいな」って思ってたけど、俺が求めていたのはこういうのじゃないんだよっ!」
「確かにコレジャナイ感が半端ないな。でも彼女か。念のために聞いておきたいんだが、色んな事情を抜きにした場合、お前はその6人の中で誰が好きなんだ、正直に言え」
「誰が好きか・・・か。俺はこれまで恋愛とは無縁の世界で生きて来て、モテ始めたのもこの1、2か月の話だから、今の気持ちが真実の愛と言えるのかどうか全くわからないが、それでもいいか?」
「真実の愛って、重いよお前っ! もうちょっと気楽な感じて「この子ちょっと可愛いな」とか「この子といると楽しいな」ぐらいで言うと誰なんだよ」
「ちょっと可愛いどころか、全員すごい美少女だよ」
「それな」
「でも、一緒にいると楽しいという意味ではやっぱり水島さんかな。一緒にいると安心するし、彼女となら高校生らしい普通の恋愛ができそうな気がする」
「水島かあ。あいつ髪型や服装を変えたら急にかわいくなったし、とことん尽くしてくれるタイプだから、もし俺がお前でも「あり中のあり」だな。逆に聞くと神宮路のどこがダメなんだ」
「ダメじゃないさ。彼女はとても素晴らしい女性だし見た目も性格も俺の理想のタイプだよ。だけど彼女は完璧すぎて、俺とはつり合いが取れないんだ」
「そんなことないって。お前だって成績は優秀だし、客観的に見れば水島よりも神宮路の方がずっとお似合いだよ。学園一の理想のカップルだ」
「そこが俺にはピンとこないところなんだよ」
「そういやお前って、自分の姿がちゃんと認識できないんだったな。あとは葵と神無月という幼馴染みの二人だが、こいつらはどうなんだ?」
「葵さんは彼女というより友達として付き合う方が楽しそうだな。実は彼女といると幼馴染の弥生のことを思い出すんだ。もちろん葵さんの方が圧倒的に美人で弥生とは似ても似つかないんだけど」
「ふーん、その幼馴染みはあまり可愛くないのか」
「小学校低学年までの記憶しかないが、あいつはいつも薄汚れた服を着て鼻を垂らした近所のガキ大将で、ずっと男だと思っていたよ」
「なんだその女は・・・そんなのが婚約者というのも厄介だが、その4人に二人の姉妹の合わせた6人か」
「愛梨については妹だから恋愛感情は全くないんだけど、アリスレーゼのことは実は気になっている。俺は彼女を守ってやらなければならないからな」
「自分の姉さんを守るって、そんなの彼氏に任せておけばいいじゃないか。前園家はブラコン、シスコンだらけでどうかしてるぞ」
「・・・・・」
「どうした、何か言いたいことでもあるのか」
「・・・秘密にしておいて欲しいんだけど、少し話を聞いてくれるか」
「今さらだな。深刻な話のようだが、俺は何を聞いても秘密は絶対に守る。だから何でも言え」
「実は・・・アリスレーゼは本当の姉ではないんだ」
「・・・やっぱりそう来たか。血のつながらない義理の姉との一つ屋根の下生活って、ラブコメでよくあるシチュエーションだけど、彼女はどうして前園家にやってきたんだ。ハーフでも無さそうだしエカテリーナ様の遠い親戚とか何かか?」
「いや、ヨーロッパから来たというのも実はウソで、本当は異世界から日本に逃げて来た王女殿下なんだ」
「はあ? いくら何でもそりゃ話を盛りすぎだろ」
「本当だよ。ていうかこんなことで俺が敦史にウソをつく必要があるか?」
「・・・マジなのか」
「バカげた話だし、俺も最初は信じられなかったよ。だが京都を襲撃したオーク騎士団がどこから来たか、それを考えれば納得できるだろ」
「あの巨大な転移陣・・・つまり異世界転移か」
「そうだ。あのオーク騎士団と同じ世界から来たのかはまだわからないが、アリスレーゼは自分の世界にもオークが存在したと言っていた」
「アリスレーゼ様がまさか異世界人だったとは・・・お前んちは外国人やハーフばかりだから、彼女が紛れ込んでいてもまるで気が付かなかった。だが言われて見ればアリスレーゼ様はエカテリーナ様とそこまで似ているわけではないしな」
「それを言ったら、俺なんかもっと似てないよ・・・いや俺が見ている自分自身の姿がおかしいのか」
「お前の姿を一言で言えば「黒髪王子」というニックネームがぴったりの超絶イケメンだよ。ただエカテリーナ様に似てるかと言われればそれほど似てないし、まさかお前も異世界人なのか?」
「アホか。うちの親族からは俺は父さん似で、愛梨が母さん似だと言われているよ」
「お前の父親って理事長の息子だろ。まあハーフだしお前はそっちに似たという事か。納得」
その後もアリスレーゼがウチに来てから起こった様々なエピソードを話していると、敦史が俺の話を途中で遮って勝手に話をまとめ出した。
「もう十分だ。それ以上惚気話を聞かされたら、胸焼けで頭がおかしくなりそうだ。話をまとめるとお前はアリスレーゼ様のことが好きなんだが、それに気づいた時には他の子からも好意を寄せられていて、さらには婚約者問題まで勃発してしまったため誰も選べなくなってしまった。違うか?」
「いやその・・・アリスレーゼのことは好きという訳ではなく、どちらかと言えば嫌いではない程度というか・・・あの・・・その・・・」
「アホかっ。さっきからアリスレーゼ様のことばかり楽しそうに話してたくせに、今さらかよ」
「それは俺に初めてできた異性の友達だし・・・」
「異性の友達ね、まあいい。じゃあ仮にこのまま神宮路と結婚したとして、お前はアリスレーゼ様を手放して他の男に譲ることができるのか」
「絶対にダメだ。彼女を守れるのは俺しかいないし、他の男にそれを任せる気など毛頭ない。それは敦史、お前であってもだ!」
「お、おう・・・誰もそこまで聞いてないし、お前からアリスレーゼ様を奪おうなんて恐ろしいこと、全く考えてないから安心しろ。そして俺に作戦があるが、聞いてみるか?」
「作戦があるなら、是非教えてくれ!」
「今からいう作戦は男にとってかなり都合のいい作戦だから、嫌ならハッキリ断ってくれ。その前に前提を整理するが、お前はアリスレーゼ様が好きだが一緒にいて一番落ち着けるし楽しいのは水島だ。理想のタイプは神宮路だが彼女はスペックが高過ぎて婚約者だと言われても気後れしてしまう。葵と神無月に恋愛感情はなく友人なら大歓迎。そして愛梨ちゃんは妹だから論外。これで合っているか」
「大体あってるが、アリスレーゼのことは別に好きという訳ではなく・・・嫌いではないぐらいの・・・」
「うぜえ・・・そして今の前提でお前が高校卒業時に利益を最大化する方法はずばりこうだ」
「ごくり・・・」
「アリスレーゼ様は戸籍上も姉であるため、この関係を利用して彼女込みで受け入れてくれる結婚相手を選ぶ。その対象は愛梨ちゃんを除く4人だが、水島と葵の二人は除外して構わない」
「え・・・なぜ水島さんを」
「あいつは放っておいても勝手についてくるし、どんな関係でも受け入れてくれるだろう」
「そんな不誠実なマネができるわけないだろ!」
「だが水島をフッたとして、アイツが別の男に幸せを見出だせるとは思えない。下手したら自殺するぞ」
「自殺っ! だ、だったら俺は水島さんと」
「神宮路だって同じことだよ! しかもコイツの場合は神宮路家と大企業がバックについていて、お前たち二人で決められる問題ではなくなってるんだよ」
「そ、そうなんだよな・・・」
「だからこの話は最初から二択でしかなく、本命が神宮路で対抗が神無月だ。そこはお前の父親の政治力に期待するところ大だけどな」
「父さんは海外勤務のただの商社マンだし、政治力なんかないぞ」
「いや神無月が今でも婚約者として関係者に認識されていて、高校卒業までの猶予期間が設定されている時点で、必ずしもそうとはいえない」
「言われてみればそうかも知れない・・・敦史、お前頭がいいな。でも父さんとは連絡がとれないし、今の俺の現状をどこまで認識しているのかわからないが」
「だが高校卒業時点では必ず顔を出すはずだ。そしてもしアリスレーゼ様と水島の二人をセットで受け入れてくれるのが神無月だけだった時には、お前の父親に頑張って周囲の説得をやってもらうしかない」
「あの弥生が俺の嫁・・・プッ! ちょっと想像つかないがその時はそうするよ。まあ敦史の作戦は確かに男にとって都合が良すぎるし、俺としてもそんなゲス野郎に成り下がりたくはないが、この作戦しかないというのも理解はできた」
「そういうことだ。俺はお前に全面的に協力するから困ったことがあったら何でも言ってくれ。そして愛梨ちゃんを俺にくれ」
「お前の狙いは、結局それかよ!」
その時、部屋の中で誰かが大声をあげた。
「うるせえ! 何時だと思ってるんだ!」
見るとさっきまでイビキをかいていた研究者が起き上がって俺たちを睨み付けていた。
「さっきから話を聞いていれば、女の話ばかりじゃねえか。こっちとら男ばかりの研究生活で浮いた話なんか全くねえんだぞ、この野郎」
「「す、すみません・・・もう寝ます」」
「おう、とっとと寝ろ!」
次回は女子部屋の話
お楽しみに




