第39話 古代の神々と多重する世界
ヒッグスが再び地下の独房に戻され、本日の模擬戦は全て終了した。
俺の模擬戦中、ずっと爆睡していたアリスレーゼと愛梨が起き上がるとフラフラとシャワールームに向かって歩いて行き、今日出番のなかった敦史は後日クレー射撃場で雨宮主幹と訓練を行うことが決まった。
「もう夜になっちゃったし、今日は研究所に泊まって行くんでしょ。ならこの後、思念波工学の基礎理論の講義をしてあげようか」
「え、今からですか・・・どうする母さん」
「そうね、私は聞きたいけど、あなたたちは疲れていると思うし任せるわ」
「そうだな・・・せっかくだし俺は聞いてみたいな。でも女子は多分無理そうだし、ここからは自由参加でいいんじゃないか」
「了解よ。じゃあ参加できる人は今から私の研究室に来なさい。それとヒッグスは本当にいらないの?」
「オークなんか、いらないに決まってるだろ」
「そう残念ね・・・彼は私たちの言うことは全然聞かないし、いろんな意味で危険な存在だから、もうこの研究所には置いておけないのよ。明日、殺処分にするしかないか・・・」
「え? 殺処分って冗談じゃなかったのかよ・・・。アイツは俺に懐いてるし、殺してしまうのはさすがにかわいそうだろ。・・・もう仕方ないなあ、俺が引き受けてやるよ」
「あらよかった。じゃあアイツの世話をよろしくね」
俺はこういう話が本当に苦手で、保健所で殺処分を待つ捨て犬とかを全部助けてやりたい性格なのだが、ヒッグスってどのくらい飯を食うんだろう・・・。
◇
既に夜も8時を過ぎ、一部宿直の研究スタッフを除き全員が退庁した。だが雨宮主幹は「時間は山ほどあるわね」と呟いて、楽しそうに端末を操作している。
そのうち研究室には俺と敦史、母さん、水島さん、それに医務室から復帰した神宮路さんの5人が集まり夜の特別講義が始まった。
「・・・ということで思念波とは全ての生命体が持つ魂の構成物質であり、他の物質との相互作用はこれまでほとんど観測されませんでした。しかし一部物質とは相互作用を引き起こすことが発見され、これが従来から存在を予言されていたダークマターの正体ではないかとされています」
「「「・・・・・」」」
「思念波が物理量として計測が可能になったことで、これまで科学的に説明がつかなかった様々な現象が、新たに科学の範疇に加わることになりました。その最たるものが一部の超常現象で、例えばラップ音と呼ばれる現象は・・・」
「「「・・・・・」」」
俺たちは静かに講義を聞いていたのだが、雨宮主幹が徐々に不機嫌そうになると途中で講義をやめてしまった。どうやら俺たちの態度に不満があるらしい。
そして彼女は完全に黙り込んでしまい、何やら端末を操作し始めたのだが、しばらくすると彼女が俺たちに向き直り全く違う話を始めた。
「思念波工学の基礎理論は、高校生にはまだ難し過ぎたかもしれないから、もっと面白い話をしてあげる。世界各地には様々な神話が残されているけど、それらに共通点があるのは知ってる?」
「神話って、イザナギやイザナミ的なあれですか?」
「そう、今のは日本神話ね。他にも北欧神話とかギリシャ神話などがあって、たくさんの神々が登場してはいろんな物語を紡いでいるの」
「神話って意外と面白いんですよね。神様が人間臭くて、彼らがやらかした事件が様々な教訓になっていて、古代社会の規律を説いているんですよね」
「瑞貴君よく知ってるわね。でもそれっておかしな話だと思わない?」
「え?」
「だって神様なんて人間より遥かに高位の全知全能の存在のはずなのに、やってることは意外とバカなことばかり。それが古代神話と一神教の教義との違いであり特徴でもあるのだけれど」
「人間臭いのは当たり前の話で、神様なんか本当にいるわけないし、昔の人が創作した物語なら大体こんな物じゃないですか」
「あら、随分醒めた考え方をするのね。じゃあ本当に神様が存在したとしたらどうかしら?」
「・・・神様が本当にいたら? そんなこと考えたこともなかったけど」
「日本人は無宗教の人が多いし万物に八百万の神が宿っていると何となく感じている人がほとんどだから、欧米みたいに神様の存在を真正面から向き合う人って本当に少ないと思う」
「いや、だって神様だよ。そんなのいるわけ・・・」
「そう、いるわけないと思うのが21世紀の日本人の発想よね。幽霊なんて何かの見間違い、UFOはただのプラズマ現象。オカルト的な物はこれまで全て科学で否定されて来たけど本当にそうなのかしら」
「え・・・そんなの常識じゃ」
「その常識というのが曲者で、そういったオカルト現象はこれまで物理的な計測ができなかったから否定されただけなの。科学では再現性が必要で、同じ条件下なら誰がやっても同じ結果が観測されなければならないからね」
「確かにそういった話って「あの時は確かに」的な事が多いよな」
「そういうこと。じゃあもし、これらのオカルト現象が数値データとして計測可能になって、誰がやっても実験室で再現できたとしたらどうなると思う?」
「科学的にその存在が証明される」
「その通り。それが思念波工学の出発点よ」
「そういうことか。でもまさか、神の存在が科学的に証明されたりとかは、さすがに・・・」
「残念ながらそこまでには至ってないけれど、目星は既についているのよ」
「目星がついてるのかよっ! そ、それでその神様はどこに居るんだ」
「もちろんこの世界のどこかだけど、私たちが考えているのは人間の集合的無意識の奥深くよ」
「集合的無意識って?」
「ドイツの心理学者ユングが提唱した仮説よ。簡単に言えば個人の精神の奥深くでは他人の精神とつながっていて、これによって人間は生まれながらに社会的な規範が備わっているという考え方。その集合的無意識は部族や民族、人類全体規模で広がっていて、さらには時代を超越した共通意識として個人の精神に大きく作用しているのよ」
「そんなものが存在するのか・・・」
「だから世界の古代神話にはどこか共通点があって、ヨーロッパと日本という地理的に離れた場所であっても、登場する神様のキャラクターや、引き起こされるエピソードに不思議な共通点が現れる」
「まさかそんな・・・」
「実際に各国の神話を読み比べれば、似たようなエピソードを簡単に探し出すことができるわ。そしてそんな数多ある神話の中で私が着目したのはインド神話」
「インド神話? 聞いたことがないけど・・・」
「そんなことないわよ。インド神話は仏教に形を変えて日本に伝来してるし、例えば七福神の宝船にはインド神話の神々が乗っているのよ」
「え? あれってインド神話だったの」
「仏教自体は宗教というよりかなり哲学寄りで、そもそも神様を信仰する物でもないんだけど、釈迦が悟りを開いた当時のインドはバラモン教の影響を強く受けていて、民衆に布教していく際の説法の中に、神話の要素が散りばめられて行ったのだと思う」
「そうなってくると俺にはもう区別がつかないな」
「ほとんどの人がそうだと思うし、そうやって集合的無意識の中に神話の要素が定着していったのよ。それから何千年にも渡ってアジア人の心に深く根付いてきたインド神話こそが、我々日本人に観測可能な神様の有力候補の一つであり、思念波工学はそれを解明するために日々進化を続けているのよ」
「凄い。神の存在を科学で証明する日が来るとは」
「興味がわいた? でもこの話には続きがあるの」
「続き? 早く教えてくださいよ!」
「ええいいわよ。北欧神話もそうだけど、インド神話は神々の戦いの描写がとにかくすごいのよ」
「ラグナロクとかなら、RPGでよく出て来るけど」
「それは北欧神話ね。インド神話ならインドラの矢とかが有名で、一説によれば古代インドで実際に行われた核戦争を描写したものだと言われているわ」
「古代核戦争・・・まさか」
「核戦争はさすがに私もどうかと思うけど、似たような戦争は実際に行われたのだと思う」
「でも古代人の戦争なんて、石斧とか鉄槍が関の山で火薬すらなかった時代でしょ」
「まさにそういう所よ。古代人が空想でそんな描写ができるとは思えないし、実際に起きたことを叙述したと考える方がしっくり来る。そしてそんな壮大な戦争も思念波を使えば可能だと思わない?」
「思念波弾が飛び交えば、古代といえども戦争の規模は格段に大きくなり、一般人から見れば神々の戦いにも見えるかも知れない」
「そうね。ここまで来れば「古代インドでは思念波兵器が身近に使われていた」と考えるのが素直だけど、大規模な戦争の名残となる遺跡がまだ発見されていないのが難点ね。モヘンジョダロが惜しかったけど」
「ではやはり神話は古代人の創作ということに」
「だから古代の人たちに創作であれは書けないって。そこでもう一つの仮説の登場。「古代の神々の戦争は異世界で行われていた」というのはどうかしら」
「異世界ってまたそんな荒唐無稽な仮説を・・・いやオーク騎士団が実際に転移して来ているし、今となってはそう考える方がしっくり来る」
それにアリスレーゼも異世界から来た王女であり、そこは魔法が支配する世界だ。これはいよいよ雨宮主幹の説に信ぴょう性が出て来た。
俺が納得すると、雨宮主幹が満足そうに話を締めくくった。
「どうやら理解してもらえたみたいで嬉しいわ。私はこの学説を唱えて日本学術会から異端者のレッテルを貼られた訳だけど、私はこう思うのよ。数千年、いえもしかしたら1万年以上の昔に異世界人の集団がこの地球にやって来て、当時の人類に自分たちの物語を伝えたのかもしれない。それが神話になって集合的無意識の中に刻まれていき、異世界人は地球人類の神になっていった。どう、面白かった?」
「ええ! 面白い講義をありがとうございました」
「さあ夜も遅くなったし、今日はゲストルームに泊まって行って、明日あのオークを連れて帰ってね」
「・・・そう言えば俺はヒッグスを貰ったんだった。アイツをどうやって家に連れて帰るか、そもそもどこで飼うかとかエサ代のこととか、うわぁ一気に現実に戻されてしまった・・・ガクッ」
次回もお楽しみに




