第38話 蛮族の勇者
俺の模擬戦の相手として連れて来られたのは、葵さんが以前捕獲に成功していたオークだった。
身体の数ヵ所に思念波補助デバイスを埋め込まれ、危険と判断された時は直ちに処分できるよう安全措置が取られているそうだが、京都で戦ったオークに比べてもさらに一回り大きいその個体は、ヒッグスという名前のオーク騎士団の副騎士団長だった。
そいつが今、戦意をむき出しにして俺の目の前に立っている。
「・・・貴様がワシの相手か。まだオシメの取れていないガキと戦うのは騎士の名折れだが、これも虜囚の務め。さあ本気でかかって来い! さもなければその首をへし折ってやるぞ!」
「こいつ言葉が通じるのか・・・でも雨宮主幹、こんなのと模擬戦をして本当に大丈夫なんですか?」
「それはあなた次第よ。さっきも言った通り物理攻撃はカットされないから下手をしたら死ぬわね。それにこの個体はオークの中でも別格。覚悟を決めなさい」
「覚悟を決めろって・・・模擬戦とは言えこれは本気でやらないとな」
そんな雨宮主幹の言葉に、試合を終えたばかりの水島さんが俺と一緒に戦おうとするが、
「いや水島さんはそこで見ていてくれ。コイツを倒せないようなら俺はまだ戦力としては物足りないということなんだろう」
仲間の女子たちは5人とも俺の想像をはるかに超えて強かった。だったら俺も、ここで本気を見せるしかない。
そんな覚悟を読み取った母さんが、
「しっかり頑張るのよ瑞貴。あなたは世界最強へと至った高貴なる血族の末裔なんだから、オークごときに負けるはずがないわよ!」
「お、おう・・・何を言ってるのかよくわからんが、とにかく頑張ってみるよ母さん」
高貴なる血族の末裔って、いい年して中二病発症かよ。また「なろう小説」を読んで感化されたな。
試合開始のブザーが鳴り、それと同時に訓練場中央で向かい合ったヒッグスが巨大なこん棒を振り上げると、俺をめがけて一気に振り下ろした。
俺は超速モードでヒッグスの攻撃を観察する。彼の持つこん棒は金属製で表面が滑らかに加工されていることから、元々彼が持っていた物ではなくこの研究所で与えられた物だと思われる。
そのこん棒が俺の展開したバリアーにぶつかると、鋭い金属音とともにとてつもない衝撃が俺を襲った。
「うわっ!」
身体に直接触れたわけでもないのに、視界に火花が飛び散り鼻の奥に鉄の匂いが漂い始めた。そして俺の身体は宙を舞い、訓練所の壁に到達して背中を強打。肺が圧迫されて一時的に呼吸困難に陥った。
「ガハッ! ・・・はあ、はあっ・・・」
こいつ・・・本当に強い!
京都でのオーク戦を思い出してもここまで強い個体は存在しなかった。コイツの攻撃を真正面から受けるのは危険だ。
そう判断した俺は鼻血を拭いながら立ち上がると、ヒット&アウェイで敵を翻弄すべくヒッグスとの間合いを一気に詰めると、心臓めがけて掌打を放った。
これは呼吸の乱れが影響する「気」で強化した掌打ではなく、デバイスで増幅した俺の念動力によって、バリアーを透過して与える物理攻撃だ。
「ぐふっ・・・」
攻撃が命中して一瞬顔を歪めるヒッグス。だがそれほどダメージを受けなかったのか、すぐにこん棒に力を込めると俺の顔面めがけて振り抜いてきた。
「速いっ!」
恐ろしいほど加速したこん棒から辛くも逃れてオークの間合いから離れた俺は、体勢を立て直して再度攻撃を加えるために敵の隙を窺う。
すると後ろから雨宮主幹の声が聞こえた。
「その調子よ瑞貴君。これは模擬戦、つまり念動力による戦闘技術を磨くものだから、今の攻撃をそのまま続けなさい。でもヒッグスの防御力も並大抵ではないから、彼を倒すにはもう少し工夫が必要ね」
「了解です、雨宮主幹」
雨宮主幹の言う通り、ただ攻撃を当てるだけではこのオークは倒せない。
・・・さてどうするか。
爺さんからはこれまで「気」つまり思念波で強化した格闘術を叩き込まれてきた。だが「念動力」という勝手の違う力を行使するには、確かに一工夫が必要。
この両者の違いは、敵の体内に自分の「気」を送り込んでダメージを与えられるかそうでないかであり、念動力はバリアーを無視して物理攻撃のみを加えるわけだから、「気」を使わず通常の格闘技によって素手で倒すイメージに近い。
だから基本に立ち戻って、煌流翔波拳の格闘技としての動きをすればいいはずだが、その場合は徹底した急所狙いが必要。
でもオークの急所って人間と同じでいいのか?
そんな俺の考えを見透かしたように、雨宮主幹がもう一つアドバイスをしてくれた。
「オークは「謎のモンスター」ではなく「亜人種」、つまり遺伝子的にはヒトに極めて近い類人猿なのよ。だから急所は人間と同じと考えて間違いないわ」
「オークはヒトの亜種・・・了解です雨宮主幹」
そして俺は、物心がついた頃からずっと続けて来た煌流翔波拳の修行を思い出し、基本に忠実に攻防を繰り広げた。
やってみると念動力の性質はやはり単純で、バリアーで敵の攻撃を防ぎつつ、自分の攻撃はそれを透過して敵にダメージを与えられるという、いわゆるチート能力だった。
それを身体に理解させれば、次はこの巨体の敵にどうやってダメージを蓄積させるかということを考えればよかった。
だがそこがまさに難題で、このヒッグスというオークはただの力任せのモンスターではなく、長年に渡って修行を積み重ねた歴戦の騎士だった。
そのためスピードで遥かに上回るはずの俺の攻撃を的確に予測し、その先を読んでことごとく防ぎきり、さらには速攻でカウンター攻撃を放ってくる始末だ。
「こんな化け物を葵さんはよく捕獲できたもんだな。ほんと感心するよ」
その何気なく発した言葉に、ヒッグスが反応した。
「ほう・・・ワシを捕らえたあの女戦士は、アオイという名だったのか」
鋭い攻撃を繰り出しながらも、ヒッグスは興味深そうに俺に話しかける。
「ああ、彼女はエースの葵菖蒲。興味があるのか」
「ワシは彼女との再戦をずっと願っていたが、彼女からは拒否され続けた。今日は模擬戦だと聞いて、ようやくワシの望みが叶ったものと期待して来てみたが、残念ながら彼女はいないようだな」
「葵さんと再戦を・・・つまり自分を捕獲した彼女にここで恨みを晴らそうと考えていたのか」
だがヒッグスは俺の問いに答える代わりに、強烈な一撃を返してきた。
「うがっ!」
これまでで一番強烈な打撃に俺の身体がギシギシと悲鳴を上げる。そんな俺に容赦なく矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくるヒッグス。
「ワシは誉れ高き蛮族の勇者ヒッグス。人間どもは我らを蛮族と罵るが、それは腕力ではかなわぬ人間どもの僻みであり、だからこそワシらは蛮族と呼ばれることを誇りに生きて来た」
「だからどうした」
「ゆえにこのワシを腕力でねじ伏せたあの女戦士を、真の勇者と感服こそすれ、恨みを晴らそうなどと邪心を抱く道理がない」
「真の勇者。つまり葵さんの実力を認めていると」
「もちろんだとも。我らオーク騎士団に単身突撃し、ワシを生け捕りにして部隊を全滅に追いやった力量は見事と言う他あるまい」
「葵さん・・・すげえな」
俺が感心すると、ヒッグスも少し嬉しそうに頷いて話を続けた。
「人間どもは魔法を駆使してワシらオークを蹂躙してきたが、彼女はそんな小細工抜きで真正面から肉弾戦を挑んできた。そして彼女はワシを腕力のみで倒したただ一人の女となった」
「つまり葵さんはメスのオークより強いと・・・」
「あんな女は初めてで、ワシは彼女に惚れた。彼女と再戦を願うは求婚のためであり、彼女に勝って妻に娶ることができればオーク騎士団の再興も夢ではない」
「妻に娶るって・・・オークが葵さんをか?!」
とんでもない発言がヒッグスの口から飛び出してきたが、葵さんはこのことを知っているのだろうか。
もちろん俺は人の恋路を邪魔するつもりはないが、葵さんは俺のことが好きだと言っていたし、葵さんとヒッグスじゃ美女と野獣にもほどがある。
何の権利もないかもしれないが、俺は葵さんがこのオークと結ばれるのだけは絶対にダメな気がした。
「葵さんをお前に渡すわけにはいかないっ!」
「ほう、やはり貴様も彼女を娶るつもりだったようだな。・・・面白い! ならば貴様を倒して、彼女への求婚の証としようぞ!」
俺の背後では、母さんと雨宮主幹が腹を抱えて笑う声が聞こえてきたが、今はそんなことよりも目の前で恐ろしいまでのオーラを放つオークの勇者ヒッグスを倒すことに集中する。
「行くぞ、ヒッグス!」
「かかってこい小僧っ!」
◇
ヒッグスとの長い戦いによりデバイスの使い方にも慣れてきた俺は、水島さんと同様にバリアーを自由自在に使えるようになっていた。
バリアーには相手のバリアーを侵食して無効化する働きもあり、防御力の薄くなった箇所には前園家秘伝のオーラ攻撃を叩き込むことができ、それ以外の場所には念動力による物理攻撃が有効なため、2つの攻撃方法を上手く切り替えながらヒッグスを攻め立てた。
そして戦術のバリエーションが増えたことで相手の意表を突いたり型を崩す攻撃が可能となり、俺のスピードが格段に活きてきた。
こうしてじりじりとヒッグスを追い詰めた結果、訓練所の壁際まで追い込むことに成功した俺は、最早逃げ場のないヒッグスに対しバリアー越しに彼の首元に右手を添えた。
「チェックメイトだ。俺がこのまま念動力を発動させれば貴様の頸動脈が切れて即死する。降参しろ」
「・・・見事なり小僧。降参だ」
「よし、俺の勝ちだな」
そしてヒッグスの間合いから離れると、彼はその場で片膝をついて明瞭な声でこう宣言した。
「我が名はヒッグス、栄光あるオーク騎士団の副騎士団長にして、蛮族の勇者の二つ名を関する者。その名にかけて、我は貴君に対し絶対の忠誠を誓おう」
「はあ? 何言ってるんだよ、お前・・・」
「ワシを力でねじ伏せたのだから、貴君こそ我が主にふさわしいと言っている。ついては名を教えてくれ」
「ええぇ・・・忠誠とかはいらないけど言われてみれば自己紹介はまだだったな。俺は明稜学園高等部2年A組の前園瑞貴だ」
「マエゾノミズキ、実にいい名だ。ではミズキ殿、今日からワシを貴君の臣下の末席に加えてほしい」
「だから俺は騎士じゃないし忠誠も臣下もいらない。そもそもお前はオークじゃねえか」
「騎士道に種族など関係ない。我がオーク騎士団国は既に滅びて主君は打ち首、今は人間どもの配下として望まぬ戦いを強いられている。そしてむざむざと生き長らえたワシはこうして虜囚と成り下がって生き恥を晒している。だが死に場所を求めてやって来たはずのこの未開の地で、ワシは真に仕えるべき主を得ることができた。これほど喜ばしいこともあるまい」
「なんだそりゃ・・・やたらと深い事情がありそうだけど、とにかく主君とか臣下とかはやめてくれ」
俺がヒッグスの忠誠を必死に断っていると、母さんと雨宮主幹が大笑いしながらこちらにやって来た。
「もうっ! ただの模擬戦なのに瑞貴はどうして母さんたちを笑わせるのよ! ここはオークと嫁を取り合ったり心を通わせたりする場面じゃないでしょっ! 腹筋が崩壊するからやめて」
「アリスちゃんといい瑞貴君といい二人ともどうしてこんなに天然なのかしら。お似合いのカップル過ぎるから、もう結婚しちゃえば?」
「ダメよ雨宮さん。こんな天然ボケ同士のカップルが結婚したら、誰もツッコむ人がいなくて収拾がつかなくなるわよ」
「別にいいじゃない、それで二人が幸せなら」
「それもそうか・・・ところでこのオークも面白いわね。オークなんて繁殖力しか能のないモンスターだと思ってたけど、こんなストイックな騎士も中にはいたのね」
「私もコイツがこんなキャラだとは全然知らなかったの。コイツって私たちの言うことは全然聞かないし、生体検査も終わって使い道もなくなったから、処分してしまおうかと考えていたところよ。研究所ではもういらないから瑞貴君にあげる。最後までちゃんと面倒をみてね」
「えっ! 本当に貰ってしまっていいんですか?! よかったじゃない瑞貴、オークを貰えるなんて滅多にないことよ。雨宮さんにちゃんとお礼を言いなさい」
勝手に話を進める二人に俺は慌てて叫んだ。
「ちょっと待ってくれよ二人とも! オークをペットみたいに言わないで欲しいし、俺はこんなゴツいヤツ絶対に要らないから!」
次回もお楽しみに




