第37話 水島かなでの復讐
5人の戦闘員を引き連れた鮫島が、ニタニタと笑いながら俺に近づいてくると、顔を鼻先まで近づけて凄んでみせた。
「おい前園ぉ! 周りに女を侍らせて調子に乗ってんじゃねえよコラぁ!」
敵意むき出しの鮫島を後ろの5人が慌てて引き離すが、俺はなぜ鮫島がここにいるのか理解できず、雨宮主幹に振り返った。
「指名手配犯の鮫島が、どうしてこの研究所に」
「詳しい事情は私も知らないんだけど、あなたたちの上官である藤間君が彼の才能を見出してここに連れてきたのよ。それからずっと「打倒前園」を掲げてこの訓練場で鍛えていたんだけど、たぶんあなたたちが来ていることを誰かから聞いて、模擬戦でもしに来たんでしょ。どう彼とやってみる?」
「やってみるって・・・コイツ指名手配犯だし」
「どうした、かかって来いよ前園ぉ! それとも前回のはただのまぐれで、泣いて土下座して俺様の許しを乞おうってか? だがお前だけはぜってぇ許さねえ。ぶっ殺してやる!」
戦闘員たちに羽交い絞めにされながらも俺につかみかかろうとする鮫島は、どうやら俺と戦うことしか眼中にないようだ。
このままだと場が収まらないし、仕方ないから模擬戦の相手になろうと返事をしかけたその時、
「この人とは私が戦います」
「水島さん?」
そう言って俺の隣に立った水島さんは鮫島をじっと見つめて静かに闘志を燃やしている。一方の鮫島は、水島さんを鬱陶しそうにしながら、
「ああん? 誰だよこの女は。てめえは邪魔だから、どっか行ってろシッシッ」
そう言って右手で追い払う仕草をする鮫島。
だが水島さんはそれを意に介さず俺に向き直ると、
「こんな人と戦っても、前園くんに得る物なんか何もないと思う。だからここは私に任せて」
「んだとコラァ!」
「だって水島さんは以前コイツに」
「前園くんが傍に居てくれるから、私はもう大丈夫。それにここでこの人を倒せば前に進めると思うの」
「水島さん・・・」
「人の話を聞けよコラァ! あと俺の目の前でイチャつくんじゃねえっ!」
「分かったよ水島さん。何かあったらすぐに参戦するから思い切ってやれ!」
「前園くん、私がんばるからちゃんと見ててね!」
「もちろんだよ」
「イチャつくなって言ってんだろ、このガキャあ! ・・・お前らまとめてぶっ殺す!」
怒りを爆発させる鮫島に、だが水島さんはゆっくり前に歩き出すと、彼に向かって平然と言った。
「私が相手よ、指名手配犯さん」
「このアマぁ・・・死ねっ!」
鮫島はそう言うと、試合開始の合図も待たずにノーモーションで思念波弾を発射した。
こっそり攻撃準備をしていたのか、それともこれがヤツの能力なのか、禍々しいオーラを放つ光弾があっという間に水島さんを直撃する。
だが、
パシュッ!
水島さんが左手で触れると、その光弾は一瞬にして四散してしまった。
「なん、だ、と・・・バカな」
自分の攻撃を簡単に防いだ目の前の少女に、信じられないといった表情の鮫島が辛うじて問いかける。
「何をやったんだ、貴様・・・」
「別に何もしてない。あなたの攻撃なんか私には通用しない。避けるまでもないってことよ!」
「んだとコラアッ!」
感情を表に出さないもののあえて挑発的な言葉で返す水島さんに、キレた鮫島が思念波弾を連射する。
「おらおらおらおらおらーっ!」
さっきの女子4人の模擬戦でも見ることができなかった鮫島の連射速度。そのあまりの速さに俺が驚いていると、雨宮主幹が解説を始めた。
「鮫島の能力は見ての通り、思念波弾の連射よ」
「やはり鮫島の能力。以前戦った時も思念波弾を連射していたことを思い出したが、あの時よりもさらに速く、一発一発も強力になっている」
「彼はあなたに負けたのがよほど悔しくて、かなりトレーニングを積んだみたいね。それと彼にはもう一つ能力があって、後ろにいる5人の戦闘員の思念波エネルギーを吸収して自分のモノにできるのよ。だからあれだけの攻撃が可能なの」
「河原で戦った時「元◯玉」とか叫んでいたが、適当に戦っていたのではなく、本能で自分の能力を理解していたのか・・・だとすると水島さんが危ない!」
「彼女なら大丈夫。大人しく見ていなさい」
「でも・・・」
鮫島の連射を真正面から受けている水島さんは、姿勢を低くしてただひたすら耐えている。そんな彼女に容赦なく思念波弾を浴びせかける鮫島は、我を忘れて攻撃に没頭していた。
「おらおら、どうした女ぁっ! 俺の攻撃に手も足も出ないだろう」
鮫島はどうやら相手を痛めつけることで喜びを感じるタイプのようで、水島さんを一方的に攻めるその顔は恍惚としていた。
「ウヒヒヒ、ヒャッハーッ! 気持ちいいぜーっ!」
亀のようにじっと耐える水島さんに信じられないほど大量の思念波弾をぶつける鮫島。だが攻撃に没頭するあまり一度にエネルギーを使いすぎたのか、後ろの戦闘員が一人また一人と脱落して脇に下がって行く。
それに伴い連射速度が明らかに鈍って来た鮫島は、だが未だ健在な水島さんを見て次第にその表情を強張らせていく。
「そんなバカな・・・これだけの攻撃を受けているのに、なぜお前にはギブアップ判定が出されていない」
模擬戦では思念波攻撃によるリアルダメージはシステムで自動的にカットされ、代わりにAIによるダメージ計算が行われる。
つまり水島さんはこれだけの攻撃を受けていても、戦闘不能になるほどのダメージは受けていないとシステムが判定したことになる。
そんな彼女はゆっくりと立ち上がると、見下すような冷たい瞳で鮫島に答えた。
「だから最初に言ったでしょ。あなたの攻撃なんか、この私には通用しないと」
「俺の攻撃が・・・通用しない・・・」
水島さんの言葉はハッタリではなく事実。
愕然とする鮫島に彼女はさらに追い打ちをかける。
「じゃあ次は私の攻撃の番ね。あなたには恨みがあるから、ここで全部晴らさせてもらう。覚悟してっ!」
「俺に恨みだと? 何のことだ!」
「ふーん、私のことを覚えてないんだ。あの日の夜、河原で私を乱暴しようとしたくせに」
「あの日の夜・・・河原・・・お前はまさか・・・」
「やっと思い出したようね。葛城さんと共謀して私を拉致し、金づるとして身体を売らせようした指名手配犯の鮫島さん」
「お前はあの日の獲物の小便臭えダセえパンツはいてた地味子か。金づるの顔なんざイチイチ覚えちゃいねえが、随分といい女になったじゃねえか」
「獲物か・・・。あなたに乱暴されて人生を壊された女の子たちには心から同情するし、前園くんに助けて貰えた私は本当に幸運だった。今もこうして無事だしこれから思う存分あなたに仕返しができるから」
内向的でいつもオドオドしていて、自分に自信のない水島さんだが、今の彼女は全くの別人。
鮫島に対して怒りを隠さず、攻撃の手が止まってしまった鮫島に向かって、ゆっくりと近づいて行く。
「ま、待てっ! 仕返しって何をする気だ」
「決まってるでしょ、あなたをぶん殴るのよ」
「てめえがこの俺様をぶん殴るだと? なら3倍にして返してやるから覚悟して・・・ガハッ!」
水島さん脅そうとした鮫島だったが、その言葉が終わるより先に水島さんが攻撃を開始した。
まだ二人の距離は離れていて、互いの間合いに入っていなかったはずなのに、鮫島が勢いよく宙を舞うと背中から勢いよく床に叩き落とされた。
「グハッ・・・ち、ちょっと待て、一体今何をしたんだ・・・グハーッ!」
再び見えない何かでぶっ飛ばされた鮫島が、今度は左方向へと床を転がって行く。
「がはっ! ぐぼっ! あがーっ!」
まるでピンボールの玉のように休むことなく床を転がり続ける鮫島は、顔が赤く腫れあがって額から血が流れ出し、手足も不自然な方向に曲がって激痛に声を張り上げている。
「雨宮主幹、模擬戦での思念波攻撃はリアルダメージを与えられないはずなのに、どうして・・・」
「さっきの女子4人の模擬戦でもわかる通り、格闘戦による物理攻撃は普通に通るからよ」
「ですが水島さんのあれは、明らかに思念波攻撃」
「いいえ、かなでちゃんはバリアーを武器に使って、物理攻撃をしているのよ。だから思念波攻撃とみなされずシステムによるダメージカットもダメージ計算も行われないの。つまり本人がギブアップするか気絶するまで戦いは続くわ」
「あれが物理攻撃・・・」
「だってバリアーって物理攻撃を防御できるんだし、逆に使えば相手を物理的に攻撃できるのが道理。もちろん純粋な物理攻撃ではないからシステムでダメージカットすることも可能だけど、今回はあえてそれをやらなかったのよ」
「・・・どうして」
「だってアイツは女の敵でしょ! 若い女の子たちを消耗品のように扱い、金を稼がせた後はさっさとポイ捨てするようなヤツ、とっとと刑務所に放り込んで、一生閉じ込めておけばいいのよ!」
「俺もそう思いますが、だったらどうして警察は彼を戦闘員なんかにしたんですか!」
「出向者の私が知るわけないでしょ! まあそれだけ能力者が不足してるってことだと思うけど、彼の場合は戦闘員にならなければ即刻逮捕されるし、オーク騎士団の襲撃があった際は真っ先に最前線で戦わされるはずよ。ふん、いい気味ね!」
「そ、そうですか・・・」
雨宮主幹は鮫島のことをハッキリと嫌悪しており、周りの戦闘員たちもどうやら気持ちは同じらしい。
なぜなら一方的にやられている鮫島を応援する戦闘員はただの一人もおらず、水島さんの猛攻に拍手喝采を送っている。
そんな水島さんが鮫島に問いかける。
「あなたに食い物にされてきた女の子の悔しさが、これで少しは理解できた?」
「わ、悪かった・・・頼むからもう勘弁してくれ」
「まだダメ。今までのは私以外の女の子たちの分で、私の仕返しはまだこれからだもん」
「ひ、ひいーっ、もう許してくれ。ぎゃーっ!」
「これは葛城さんを通して私から奪った10数万円分の恨みよ。私のお金を何に使ったのか言いなさい!」
「真央からもらったはした金の使い道なんか、イチイチ覚えてねえよ・・・うがーっ!」
「そう・・・じゃあ今からまとめて身体で返してもらうね。次は河原で私の服を力ずくで引き裂いた分!」
「おごーーっ!」
「そして私の下着をダサいって笑いながら、みんなで乱暴しようとした分よっ!」
「うぎゃーーーっ!」
目に涙を浮かべた水島さんが最後に放ったバリアー攻撃は、鮫島を訓練場の壁まで軽々と弾き飛ばした。そして水島さんのバリアーとの間でサンドイッチになった鮫島は、壁に張り付いたまま大量に血を流して、意識を消失させた。
そこでようやく試合を止めた雨宮主幹は、至急鮫島を治療するよう医療チームに命じると、水島さんの右手を取って高々と掲げた。
「勝者、水島かなでっ!」
「「「うおーーーーっ!」」」
水島さんのあまりの豹変ぶりに、俺と敦史が呆気に取られている一方、この場にいる全ての戦闘員が大歓声で水島さんの勝利を祝福した。
ていうか鮫島はあの状態で本当に生きているのか?
未だ戦闘員たちの熱狂が冷めやらぬ中、雨宮主幹が俺たちに話しかける。
「女子は全員終わったから、残ってるのはあなたたち男子二人だけね。でも「死んでも構わない戦闘員」があっさりリタイアしちゃったし、全力をぶつけられる相手がいなくなっちゃったわね」
「「鮫島はそういう扱いだったのかよ!」」
俺と敦史が同時にツッコミを入れると、
「冗談に決まってるでしょ。でも今ので分かったと思うけど、ここにいるのは志願して戦闘員になった警察官ばかりだから、半ば徴兵みたいに連れてこられた犯罪者の鮫島とはチームを組むのを嫌がっていたのよ。彼には安心して背中を任せられないからね」
「自分の命をかけた任務だからこそ、信頼できる仲間としか仕事ができない・・・か。能力者だからと言って誰でも戦闘員にすれば済む話ではないんですね」
「でもあなたたちの相手はどうしようか。敦史きゅんには私がプライベートレッスンで手取り足取り教えてあげられるけど、瑞貴君にはさすがにねえ・・・」
「ぷ、プライベートレッスン?!」
アリスレーゼたちをチラッと見た雨宮主幹に、敦史が妙に嬉しそうな顔をしている。コイツ、雨宮主幹に一体何を期待してるんだよ・・・。
そんな雨宮主幹はしばらく何かを考えた後、俺の方に向き直っていい笑顔で言った。
「瑞貴君にピッタリの相手が、一匹だけいたわ!」
「俺にピッタリの相手・・・しかも一匹って?」
そしてスタッフに向けて指示を出した。
「地下の独房にいるオーク副騎士団長のヒッグスをここに連れて来なさい」
「了解しました、雨宮主幹」
・・・え?
俺の模擬戦の相手は、戦闘員じゃなくオークなの?
次回、まさかの対オーク戦。
お楽しみに。




