第34話 恋愛バトルロイヤル
俺と神宮路さんの婚約発表から1週間が経った。
発表翌日はワイドショーでも大きく取り上げられ、「今最も熱い男・前園瑞貴がまさかの高校生結婚」とか、「この現代で家同士が決めた婚約者?!」とか、「仰天! お相手の神宮路家の上級国民ぶり」など、まるで芸能人の熱愛報道のように報じられた。
だが神宮路さんの情報が明らかになればなるほど、その完璧超人ぶりに「彼女なら仕方がないか」という空気が支配的になってきたが、テレビに映る俺の姿はその辺にいるただの男子高校生であり、敦史が言うような超絶イケメンでも何でもない。
アリスレーゼの言う「俺にかけられた魔法」が何なのか未だ分からないが、俺はメディアの論調には違和感しか感じられず、神宮路さんのあまりのハイスペックぶりにただ尻込みするしかなかった。
そんな神宮路さんとはこの一週間でかなり距離感が縮まり、休み時間ごとに俺の席にやって来ては他愛のない雑談をしていくようになった。
今朝もホームルーム前の僅かな時間に、派閥の女子たちを引き連れてやって来た神宮路さんが俺の胸元に手を伸ばして、
「おはよう瑞貴君。ネクタイが少し曲がっているので直して差し上げますわね」
そう言って俺のネクタイを外すと丁寧につけ直してくれるのだが、それを見ていた敦史が叫び声を上げ、
「もううんざりだっ! 新婚ごっこは家でやれ!」
「新婚って・・・いや何かすまん」
「そこで謝るなよ! 彼女いない歴=年齢の俺がみじめになるから、せめてツッコミで返してくれ・・・」
「そんな芸人みたいに言われても・・・何かすまん」
俺のリアクションが気に入らなかったようで敦史はそのまま机にうつ伏せてしまったが、ここからが母さんの作り上げた「恋愛バトルロイヤル」の恐ろしいところだった。
神宮路さんの行動に、アリスレーゼが不機嫌そうに頬を膨らませると、わざわざ間に割り込んで来て俺の制服のジャケットを脱がせ始めたのだ。
「ミズキ、あなたのジャケットに埃がついているので、わたくしが取ってさしあげます」
「いいよそんなことしなくても・・・ひょっとして、神宮路さんに対抗しているのか?」
「対抗って・・・そ、そ、そんな訳ないでしょっ! わたくしは姉として、弟の面倒を見ているだけです。勘違いしないでくださいませっ」
「お、おう・・・すまない」
そしてアリスレーゼが自分の席で俺のジャケットの埃を懸命に取っていると今度は愛梨が出てきて、
「お兄、愛梨はズボンの埃を取ってあげるね。だから早くそれ脱いで」
「アホか! 教室でズボンを脱げるわけないだろ!」
「じゃあそのままでいいよ。すぐに終わるからジッとしててね」
そう言って愛梨が俺の足下に跪くと、ハンカチで俺の股間をゴシゴシと拭き始めた。
「だアッ! 変なところを触るなよ愛梨!」
そんな風に女子3人が俺の周りで騒ぎ出すと、決まって葵さんが怒り出すのだ。
「いい加減にしなさいあなたたち! 学校は男女がいちゃつく場所じゃないのよ。特に神宮路さんは完全にルール違反。アウトよア・ウ・ト!」
仁王立ちで警告する葵さんに、神宮路さんが猛然と言い返す。
「学校が勉強する場所であることは、葵さんなんかに教わらなくても存じ上げておりましてよ。わたくしはただ瑞貴君のネクタイを直して差し上げただけで、過剰なコンタクトを取っているのは瑞貴君の姉妹の方ではありませんか。注意なさるならそちらが先でしょ」
「ぐぬぬ・・・まあいいわ。そんな態度を取れるのも今日が最後。昨日水島さんが退院したから、早速例の約束を果たすわよ」
「もちろんですわ葵さん。ですので明日からはわたくしたち夫婦の邪魔は一切しないでくださいませ」
「ああっ! 自分の口から夫婦って言った! 調子に乗りやがって、この女・・・」
この一週間、毎日口論するようになった二人だったが、今朝は掴み合いのケンカになりそうだったので、仕方なく間に入ることにした。
「二人ともやめろよ。葵さんは公安職員だから神宮路さんとの雇用関係がないのは分かってるけど、それにしても仲が悪すぎだろ。上層部からの指示でボディーガードをやってるんだから、ちゃんと仕事をしろ」
「もうっ、また瑞貴は神宮路さんの味方ばかりする。たまには親友の私の味方もしてよね」
「お、おう・・・」
そう言って葵さんは口をとんがらせて俺に拗ねてみせるが、最近転校してきたばかりなのにまるで10年来の親友のような馴れ馴れしさだ。それを愛梨がジト目で怪しんでいる。
・・・葵さんってこんなキャラだっけ?
そんな俺たちを遠巻きに見ているクラスメイトの反応は、男女で珍しく一致していた。
クラスの女子たちは、婚約発表後すぐに派閥の領袖である神宮路さんへの支持を表明し、彼女の献身ぶりやアリスレーゼたちのリアクションを楽しんでいる。
一方の男子たちも、神宮路さんは最初から自分たちの手の届く存在ではなかったため、俺とくっついてくれたことをむしろ狂喜乱舞していた。
神宮路さんは最強の虫除けらしく、自分たちに彼女ができるチャンスが巡ってきたと、教室内は妙な活気を呈していたのだ。
そんなクラスの男子たちが、突然ざわめき始める。誰かが教室に入ってきたらしい。
「おい見ろよあの子。あんな美少女、うちのクラスにいたっけ・・・」
「クラスを間違えたんじゃないのか? いや待てよ、あのカバンについたダサいキーホルダーに見覚えが」
「おい、ひょっとしてあいつ水島じゃないのか?」
「まさか・・・髪型や服装、雰囲気がまるで違うが」
そんな色めき立つ男子たちの間を通って、水島さんが自分の席にカバンを置いた。
始業時間ギリギリに登校するクセは相変わらずで、イジメられっ子の自己防衛だと本人は笑っていたが、今日の水島さんはいつものオドオドとした雰囲気はなく、どこか吹っ切れたような爽やかさだった。
そして俺の前に立つと、ニッコリと笑って挨拶をしてくれた。
「おはよう前園くん!」
以前の水島さんは、前髪に目が半分隠れていて少し暗い印象だったが、入院中に髪を大胆にカットしたらしく、今日は大きな瞳がぱっちりと輝いていた。
スカートの丈も他の女子と同じぐらい短くなっていて、薄っすらと健康的なメイクで彼女の表情にも自信に満ちた雰囲気が感じられる。
「水島さんおはよう。少し髪型を変えたんだね」
「前園くんに気に入ってもらおうと思って、お母さんと研究したの。どう似合ってるかな?」
「すごくかわいいし、見違えたよ」
「うれしい! 前園くんがかわいいって言ってくれた。私、前園くんの好みに全部合わせるから、気になるところは何でも言ってね」
「お、おう・・・でもどうしてそんなことを」
「それはもちろん前園くんに気に入ってもらうためだけど、神宮路さんとの婚約発表を聞いた時に気がついたことがあったの」
「気がついたこと?」
「何があっても、私の気持ちは変わらないってこと」
「水島さんの気持ち・・・」
「京都のあの事件でオークたちに囲まれた時に私が言ったこと、それは今でも変わってないよ」
「水島さんそれは・・・」
控えめな水島さんのことだから、神宮路さんとの話を聞いたら、きっと自分の気持ちを抑え込んで以前と同じような関係に戻ると俺は勝手に思っていた。
だが、彼女は俺の目の前でハッキリと告げた。
「前園くんが神宮路さんと婚約しようと、他の女の子とお付き合いを始めようと、私のこの気持ちは絶対に変わらない。どんな関係でも受け入れるから、ずっと傍であなたを守らせて」
「ちょっと待てっ! ここは教室・・・」
俺は慌てて止めようとしたが、クラスのみんなが見ている前で水島さんは堂々と宣言してしまった。
もちろん教室はハチの巣をつつくような大騒ぎだ。
「きゃーっ! あれって公開告白よね!」
「許嫁の神宮路さんの目の前で堂々と愛人宣言するなんて、ちょっと信じられないわね・・・」
「ほんと。つい最近まで葛城さんたちにイジメられていたとは思えないほどの強心臓ね」
女子たちが呆気に取られつつも、次の瞬間には新たな参戦者の登場に目を輝かせる一方、男子たちは絶望に項垂れるしかなかった。
「うわあぁ・・・水島がかわいくなったと思ったら、速攻で前園が持って行っちゃったよ」
「畜生、一生の不覚! こんなことなら最初から水島に行っとけばよかった。葛城たちのイジメから助けていたのが俺だったらきっと今頃は・・・くそっ!」
「くう・・・もったいねえ! 髪型変えるだけでこんなにかわいくなるなんて、どうして俺は水島の本質を見抜けなかったんだ。俺のアホーっ!」
そんな大騒ぎのクラスメイトとは対照的に、神宮路さんの反応はとても冷静だった。
「退院おめでとう水島さん。随分と大胆な性格になられたようですが、今日の放課後は公安の研究所に参りますので、あなたもついていらっしゃい」
「私にも連絡があったから、もちろんそのつもりよ」
アリスレーゼと愛梨も水島さんを取り囲んで、
「かなでさん、あなた本気でミズキを奪いとるつもりのようね。ですがどなたが相手でもわたくし、絶対に負けませんから。・・・もっ、もちろん姉としてよ」
「お兄を守るのは愛梨の役目なの。水島さんなんかに愛梨のポジションは絶対に渡さないから」
「二人とも勘違いしないで。私は前園くんを奪ったりなんかしないし、彼に選んでもらえるとも思っていない。私は彼の傍にずっと居たいだけなの。だから私の居場所を奪わないで・・・」
「「くっ・・・この子強い」」
そんなやり取りを真っ青な表情で見つめていた葵さんが、辛うじて聞こえるような小声でつぶやいた。
「この子、完全に一皮むけたわね。瑞貴を独占しないという意思表明は、ひょっとすると最強の戦略なのかもしれない。侮れない子・・・水島かなで」
腕を組んで戦況分析を始めた葵さんだが、いつの間にか朝のホームルームが始まっていた。
教壇では副担任の母さんが呆然とした表情で俺たちの様子を見ていたが、俺の目線に気がつくと慌てて表情を変えてニヤリと笑い、口元が「計画通り」と動いてサムズアップしてみせた。
まさか母さんは、こんな状況になるのを全く想定していなかったとか・・・。
おいおい、一体どうしてくれるんだよこれ。
俺はため息をつきながら周りを見渡す。
この一週間で正妻の風格さえ漂い始めた神宮路さんと、なぜかそれに対抗心を燃やす葵さん。
俺と同じ恋愛初心者ながら必死に巻き返しを図ろうとするアリスレーゼと、妹という立場を完全に忘れて暴走する愛梨。
ただ傍に居させて欲しいと懇願する水島さんと、父さんが選んだ婚約者で幼馴染みの神無月弥生。
俺は高校卒業までに、この6人の中からたった一人を選ばなければならない。逆に言えば、残りの5人を振らなければならないのだ。
「一体どんな地獄だよっ!」
次回、思念波工学研究所。
お楽しみに。




