第31話 エピローグ②
水島さんのお見舞いに行った翌日の放課後、爺さんから呼び出しを受けた俺と母さんは、2人で前園家本宅を訪れた。
応接室に入ると、部屋のソファーには爺さんの他にもう一人、見慣れない老紳士が座っていた。
「おう来たか瑞貴。エカテリーナちゃんも忙しいところすまんな。二人ともそこに座ってくれ」
急に不機嫌そうな表情に変えた母さんに疑問を感じつつ、二人でソファーに座るとすぐに老紳士がにこやかに話しかけてきた。
「久しぶりだな瑞貴君。最近はテレビで君の顔を見る機会が増えてしまったが、こうして直接会うのは10年ぶりになると思う」
「はあどうも・・・」
誰だっけこの人。
彼は俺のことをよく知っているようだが、この親しげな態度はおそらく、親戚の誰かだと思うが・・・。
そんな俺の様子にピンと来た爺さんが、
「前に会ったのが小学校に入る前だったので、瑞貴は覚えていないかも知れないな。この男は神宮路蒼天、神宮路電子工業の会長じゃよ」
「ええっ! すると神宮路さやかさんの・・・」
「左様。お前のクラスメイトの神宮路さやか嬢は、この男の孫娘じゃよ」
「は、初めまして神宮路会長。いや、お久しぶり?」
俺は小さい頃に会ったことがあるそうだが、そう言えばこの二人は古くからの友人で、その伝手もあって神宮路さんはうちの学園に入学したのだった。
俺が慌てて挨拶をすると、神宮路会長がにこやかに微笑みながら改めて俺に話しかけた。
「うっかり自己紹介もせずに、いきなり話しかけてすまなかったな。それにしても京都ではリッター襲撃に遭遇して大変だっただろう」
「ええ。でもさやかさんは、いつもと変わらず冷静に動いてくれて、乗客の命も救ってくれました」
「そうかそうか。うちのさやかには思念波補助デバイスのモニターとして性能テストに参加させていたが、思わぬところでそれが役に立ったようだな」
神宮路会長が満足そうにうなずくと、俺は今日ここに呼ばれた理由を尋ねた。
「ひょっとして、思念波補助デバイスのことで俺に話があるのでしょうか」
俺は思念波弾を上手く使いこなせず、結局マナキャノンで戦っていた。おそらくデバイスの改良点について話を聞きたいのかもしれない。
だが神宮路会長は首を横にふると、
「いや今日はそんな話ではなく、君と直接話をしてみたかっただけなのだが、どうやら私が考えていたよりしっかりした青年に成長したようで安心した」
「いえ、そんな・・・」
そう言って目を細めて喜ぶ神宮路会長が爺さんと顔を見合わせると、爺さんは俺にとんでもないことを言い出した。
「瑞貴には今まで黙っておったが、さやか嬢はお前の許嫁なのじゃ」
「許嫁? ・・・ええっ! おい爺さん今なんて」
「さやか嬢はお前の婚約者だと言っておる。理由があってお前には高校を卒業するまで教える予定はなかったのじゃが、事情が変わりこのタイミングで婚約発表をせざるを得なくなった」
「ちょっと待てよ爺さん。神宮路さんが俺の婚約者なんて一言も聞いてないぞ」
「だから今話したのじゃ。実際に結婚するのは大学を卒業してからになるが、折角の機会じゃ、残りの高校生活を婚約者同士、仲睦まじく過ごすがよい」
「いきなり仲睦まじくって言われても・・・そうだ、神宮路さんはこのことを知っているのか。彼女だって俺みたいな男が婚約者だって突然言われても、絶対に嫌がると思うが」
すると神宮路会長が、
「さやかなら、瑞貴君が自分の婚約者であることを、小学校に入る前から知っておるぞ」
「・・・え?」
「だから明稜学園中等部に入学した時はとても喜んでいたし、学園での君の様子を私に話すときの顔はとても生き生きとしておる」
「でも俺がさやかさんと話をするようになったのは、つい最近のことで・・・」
「それは妹の愛梨君が、女子生徒全員を君の周りから遠ざけていたからだろ。さやかとの婚約を非公表にしていたから、君の貞操を守るためにはそれしか方法がなかったそうだからな」
「俺の貞操って・・・ええっ?! 愛梨のあれって、そういうことだったのか」
17歳にして初めて知った妹の真実に俺が衝撃を受けていると、爺さんは大きくうなずき、母さんは困ったような表情をしていた。
愛梨の行動の裏にこんな真実が隠されていたとは。だが今は愛梨のことよりも、俺と神宮路さんとの婚約の話だ。
「この婚約って、もう決まったことなのか?」
俺が確認すると爺さんは真面目な顔でうなずいた。
「婚約自体は10年前に既に決定しているが、実際に結婚するのは大学卒業後であり、やむを得ない理由で婚約が解消される可能性もゼロではない」
「どんな理由だと婚約解消になるんだ」
「この婚約は家同士で交わされたものだから、例えばさやか嬢が前園家に相応しくないとか、逆にお前が神宮路家に相応しくないないとかだな」
「神宮路さんは、頭脳、性格、容姿のどれをとってもトップクラスの完璧超人。前園家に相応しくないなんて絶対にあり得ないんだが」
「だろうな。むしろお前が神宮路家に相応しくないという理由で断られる方が可能性が高いだろう」
だが神宮路会長は首を横に降り、
「さやかは、瑞貴君は自分の伴侶として申し分ないと言っておった。すでに二人でうちの会社を継ぐ決意をしており、経営ビジョンを私に相談して来るほどだ」
「二人で会社を継ぐって、まさかこの俺が神宮路電子工業の経営をするのですか?」
「さやかはそのつもりだが、うちの会社では不服か」
「いやいやいや、さやかさんも神宮路電子工業も自分には分不相応というか、身に余るというか・・・」
「はっはっはっ! 今日いきなり聞かされたのだから戸惑うのも無理はない。何度も言っておるが、実際にさやかと結婚するのは大学卒業後だから、それまでに決めればいい。ただし婚約の事実だけはわが社のホームページで報道発表したいと思う」
「俺たちの婚約を神宮路電子工業のホームページで。何で?」
「さっきも言ったように事情が変わったからだ。MEGA御武倫や総合格闘技との戦い、そしてオーク騎士団襲撃事件での君の活躍で、メディアは君をヒーローに祭り上げてしまった」
「・・・はあ」
「オールドメディアに対しては、我々スポンサー側の力を使ってある程度抑えることは可能性だが、ネットはそうはいかん。ネットを中心に小学生から大学生、会社員から主婦まで幅広い層の女性に君の人気は急上昇しており、明稜学園でも君のファンクラブが雨後の筍のようにできているそうじゃないか」
「うちのクラスの女子が俺のファンクラブを作ったのは認識してましたが、まさかそこまでとは・・・」
「我々はもはや愛梨君一人では君を守り切れないと判断し、過ちが起きてしまう前にさやかとの婚約を発表して手を打つことに決めたのだよ」
「ええぇ・・・」
その後の話はあまり覚えていないが「神宮路さんと結婚するかは大学卒業までに決めればいいから、婚約発表だけはさせてほしい」と、爺さんと神宮路会長の二人に結局押し切られてしまった。
話し合いが終わり家に帰ってきた俺と母さんは、無言のままリビングのテーブルに向かい合って座った。
母さんはどうやら俺たちの婚約には反対のようで、爺さんたちの前ではそれを口にすることはなかったものの、家に着いてしばらく何かを考えた後、テーブルを思いっきり叩くと突然声を上げた。
「よし、こうなったら愛梨とアリスちゃんに全部ありのままを話すわ! そして今後どうしたいのか、自分達で考えてもらうしかないわね!」
どこか吹っ切れた表情の母さんはそう言って気合いを入れると、家で待っていた愛梨とアリスレーゼをリビングに呼び、俺と神宮路さんとの話を打ち明けた。
その愛梨とアリスレーゼは、母さんの話にまるで正反対のリアクションを見せる。
真っ青になって茫然と宙を見つめるアリスレーゼに対し、愛梨は顔を真っ赤にして怒り出したのだ。
「何よその話! 愛梨は全然知らないよっ!」
爺さんたちの話では、愛梨は神宮路さんとの婚約を進めるためのボディーガードみたいな役割だったが、本人の認識ではどうやら違うらしい。
「私だって、神宮路さんとの婚約話をもうオープンにするなんて、お父様から今日聞かされてびっくりしたのよ」
「でもお母さんは愛梨に約束したよね。高校卒業まで野獣どもからお兄を守りきったら愛梨にくれるって。まさかお兄と神宮路さんの婚約のために、愛梨の純情を利用したんだ!」
「それは誤解よ愛梨! 私は神宮路さんとの婚約なんか最初から許可してないし、逆に瑞貴を愛梨にあげるとも言ってない。誰を選ぶかは瑞貴が決めることよ」
「ズルいっ! お母さんはいつもそうやって最後は逃げるんだから」
いつもの母さんと愛梨のケンカが始まったが、色々聞き捨てならない話も出てきたし、今回は俺も参戦させてもらう。
「ちょっと待てよ二人とも。愛梨は神宮路さんのために動いていた訳ではなさそうだし、母さんも婚約には反対だった。だったらなぜ愛梨をけしかけるようなマネをしたのか、理由がハッキリしない。俺にも分かるようにちゃんと事情を聞かせてくれ」
すると母さんは、真剣な表情で俺たち一人一人の顔を見ると、
「そうね。いい機会だからこれまで黙っていたことも含めて全部話してあげるわ」
エピローグがやたら長くなってしまいましたが、次回も続きます。
お楽しみに。




