第26話 修学旅行の始まり(後編)
修学旅行1日目は、何事もなく平穏に終わった。
京都に着くと駅近くのホテルにチェックインし、すぐに班ごとに分かれて京都市内の観光に出発した。
初日の俺たちは、清水寺から平安神宮まで北上する定番コースで、そこから大学を抜けて御所に入ると、鴨川沿いを南下して河原町周辺を適当に散策した。
見学場所やタイミングは班ごとにバラバラだが、各班のスケジュールはあらかじめ提出されているため、引率の教師や学級委員長たちが主な名所に点在して、生徒たちがトラブルに巻き込まれないようにサポートしている。
だが俺たちA組1班だけは、マスコミに騒がれることになった原因である俺たちがいるため、副担任の母さんと1年A組学級委員長の愛梨の二人がすぐ後ろに随行している。
つまり俺だけが、家族同伴の修学旅行という残念なことになっている。
ただ俺たちも対策は講じていて、俺とアリスレーゼは髪形を少し変えたり伊達メガネをつけたりして簡単な変装をしている。
加えて、アリスレーゼからもらった指輪に備わった認識阻害の魔法を発動させているため、半径10数メートル以内に入ると俺たちのことをよく知らない他人は顔がうまく認識が出来なくなってしまうのだ。
葵さんも簡単な変装を施してはいるものの、こちらは認識阻害の魔法がかかっていないため、一般の観光客が彼女に気づいてサインを求められたりしている。
葵さんは「何で自分だけ」と不思議がっていたが、さすがにアリスレーゼの秘密は話せないし、芸能人にでもなった気分で少し楽しい。
それでも何の混乱もなく一日目の見学を終えた俺たちは、無事ホテルへと帰還する。夕食を取った後はホテル内で自由時間を過ごし、就寝時刻の10時になると各自、自分の部屋へと戻っていく。
ちなみに部屋はツインルームで、ウチのグループは俺と敦史、アリスレーゼと水島さん、神宮路さんと葵さんという組み合わせになっている。
俺は敦史と部屋に戻ると、手早くシャワーを済ませてベッドに転がり、しばらく雑談をして過ごした。
当然こんな早い時間に眠れるはずもなく、いつものメンバーとホテルを抜け出して京都の旨いラーメン屋にでも行こうかとか、それなら野郎なんか誘わずクラスの女子を誘って遊びに行こうぜとか、くだらない話で盛り上がっていたが、そんな雑談はいつの間にか愛梨の話になっていた。
「なあ瑞貴、愛梨ちゃんはこのまま彼氏も作らずに、ずっとお前に付きまとってるつもりなのかな。そんなことしても、お前に彼女が出来てしまえばどうしようもないのにな」
「俺も同じことを言ってるんだが、あいつは俺の言うことを全然聞かないんだよ」
「だよな、見てればわかるよ。俺は高校入学組だから最近の愛梨ちゃんしか知らないが、昔からこんな感じだったのか?」
「そうだな、物心ついた頃からずっとこんな感じだ。最近は特にひどくなった気もするが・・・」
「小さい頃ならわかるけど、高校になってからひどくなるなんてかなりの重症だな。お前の両親は愛梨ちゃんのことを注意しないのか」
「父さんがたまに注意してたけど最近は全く家にいないし、母さんはガチヲタだから「愛梨はブラコンだからこれが普通よ」って笑って済ませるんだ。それでも最近は愛梨と衝突することが多くなったが」
「なんだ、諸悪の根源はエカテリーナ様かよ・・・。だがな瑞貴、エカテリーナ様がガチヲタというのは、どうも俺たちの勘違いらしいぞ」
「え・・・どういうことだ?」
「ウチのクラスの田口が言ってたんだが、エカテリーナ様は口ではオタクっぽいことを言ってるけど、あいつには「こちら側の人間」には感じられないらしい。よくわからんけど」
「あのガチヲタの田口がそんなことを・・・だが母さんは家でなろうばかり読んでいるんだが」
「別になろうを読んでいるからオタクという訳でもないだろう。ファンタジー作品以外にもあらゆる分野の小説があそこには揃っているんだから」
「まあ確かに・・・だが母さんがガチヲタじゃないとして、それの何が問題なんだよ」
「問題という訳じゃないんだけど、お前の話を聞いてて何か辻褄が合わねえなと思って」
「辻褄が合わない?」
「つまり『愛梨ちゃんがブラコンだから仕方がないと許容していたのはエカテリーナ様がオタクだから』、その理屈が通らなくならねえか? 少なくともお前の父親は愛梨ちゃんを注意していた訳だし、それでもオタクのふりをしてまで愛梨ちゃんのブラコンを認めるのは、ちょっと変だろ」
「考えたこともなかったが、そう言われると変だな」
「まあ田口がそう言ってたってだけで、エカテリーナ様がオタクであることに変わりないかも知れないし、たぶん俺の考えすぎだろう。理由はどうあれ、お前んちは父親不在が理由で今の状態になってしまったと言えると思う。姉さんのアリスレーゼ様までブラコンを発動させてお前にべったりだしな」
「姉さんが俺にべったりなのは、たぶんブラコンとは別のものだよ」
「別のもの? 何だよそれ」
「・・・今はまだ言えないが、姉さんにはちょっと特殊な事情があるんだよ」
「ふーん・・・まあ今は無理に聞かないけど、どう見てもあれはお前のことを異性として意識しているぞ。それも愛梨ちゃん以上にな」
「異性としてか。やっぱり敦史にもそう見えるか」
「ということは、お前にもその自覚はあったのか」
「もしかしてそうなんじゃないかとは思っていたが、俺なんかを好きになる理由が全くないし、俺の勘違いだと思っていた」
「俺なんかをって、お前・・・」
俺のその言葉に、敦史はなぜか難しい顔をして少し考え込んだ。そして俺に向き直るとある質問をした。
「なあ瑞貴。クラスの女子たちがお前のファンクラブを作ったことについて、どう考えている」
「それはたぶん、俺がマスコミに騒がれてるから何となく作ってみただけなんだろ。どうせすぐに飽きて、以前のように俺のことなんか見向きもしなくなるさ」
「お前、マジでそう思っているのか・・・いや、こうなってしまった原因は俺たちにもあるんだが、それにしてもこれは酷いな・・・」
「・・・何が酷いんだよ敦史。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「ハッキリって・・・じゃあさ、普通に恋バナでもしてみようか。愛梨ちゃんとアリスレーゼ様のことはとりあえず忘れるとして、今のお前がすぐにでも彼女にできるクラスメイトは水島と葵の二人だ。お前ならどっちと付き合いたい?」
「今すぐ付き合うって、さすがに葵さんは俺の彼女にはなってくれないだろ。それに水島さんだって、俺に助けられたことに恩義を感じて友達になってくれたわけだし、そこで俺が調子にのって彼女になってくれなんて告白したら、絶対にキモイって思われるぞ」
「はあ・・・、お前は頭がいいし観察力もある方だと思っていたが、恋愛関係については本当にダメだな。葵は男子全員と分け隔てなく接してはいるが、俺が見たところお前のことをかなり気に入っている。そして水島に至ってはもう完全にお前の言いなりだ。あいつに頼めばそれこそ何でも・・・お、おい何だこれは」
敦史が何かを言いかけた瞬間、恐ろしいほどの殺気が部屋全体に充満した。
俺たちはベッドから飛び起きると、バスルームやクローゼットの中、ベッドの下からソファーの裏まで、人が隠れていそうなあらゆる場所を確認した。
だが部屋の中には誰もおらず、ホテルの廊下や窓の外にも怪しい人物どころか人っ子一人いなかった。
「ふう・・・、今の殺気は一体何だったんだ。愛梨が忍び込んでいたのかと思ったが、部屋には誰も隠れていなかったし、だが盗聴器を仕掛けられている可能性もあるから愛梨を刺激するような発言は慎んでくれ」
「はあ?! お前の妹は、ホテルに盗聴器を仕掛けるようなヤバい奴なのかよ!」
呆れる敦史に無言でうなずくと、俺は自分のベッド周辺に漂う「気」の残り香を確かめながら、ゆっくりとそこに腰かけた。
殺気を感じた際、ほんの一瞬だが強大な気を感じた俺は、この部屋を監視していたのが愛梨ではなくアリスレーゼである可能性も考えていた。
でも一体どうして彼女が・・・。
だが誰が聞いているかも分からないこの部屋で雑談を続ける気にはなれず、連れの部屋にでも移動してから話の続きをしようということになった。
俺はバスルームの鏡の前でさっと髪をとかして服装を簡単に整えると、それを後ろから覗いていた敦史が何気なくつぶやいた。
だがその一言は、俺自身の存在を揺るがせる大きなきっかけとなった。
「お前って本当にイケメンだよな。さすが前園家の血筋というか、俺もそんな顔に生まれたかったよ」
「俺がイケメンだと? 何言ってるんだよ敦史、この平凡な顔のどこがイケメンなんだ」
「はあ? お前こそ何言ってんだよ・・・いい加減にしないとしまいには怒るぞ!」
「何でお前が怒るんだよ! 冗談言われてからかわれてるのは俺の方だぞ!」
「冗談だとっ! ・・・いやいやちょっと待て瑞貴。ひょっとしてお前、本気で自分の顔を平凡だと思っているのか? ウソだよな」
「ウソなもんか。愛梨や母さんたちと違って、俺の顔はどっからどう見ても平凡。ていうか、何の特徴もないじゃないか」
「何の特徴もないって・・・それ、冗談じゃなく本気で言ってるんだよな、お前は」
ついさっきまで苛立ちを顕わにしていた敦史が急に真剣な顔をすると、また何かを考え始めた。
「おい、どうしたんだよ敦史。急に黙り込んで」
「・・・なあ瑞貴、お前に質問だけど、ウチの学園で一番イケメンなのは誰だ?」
「また質問かよ。・・・そうだな、一番のイケメンといえば2年B組の芹沢翔也だろ。神宮路さんと同じ生徒会役員で次の生徒会長選を彼女と争うライバルだ。クラス委員長を兼任しているところも同じで、実は神宮路さんと付き合ってるんじゃないかとの噂もある」
「なるほど、お前は目が悪いのかと思ったがそうでもないらしい。お前の言う通り、芹沢はウチの学園で二番目にイケメンだ。もちろんお前が一番だがな」
「アホか敦史、お前こそ眼科で診てもらった方がいいぞ。よく見てみろよ俺の顔を。これのどこが芹沢みたいなイケメンなんだよ」
俺は鏡越しに敦史の顔を見てそう言った。鏡に並ぶ俺と敦史を比べてみても、敦史の方がよほどイケメンだと俺は思う。だが敦史はまだ納得いかないようで、
「念のために確認するが、お前は冗談じゃなく本気でそう思ってるんだな」
「もちろん本気だ。敦史、お前も冗談を言ってるわけではないんだな」
「もちろん。何だったら愛梨ちゃんにかけて誓おう。俺は一切冗談なんか言ってないし、お前は間違いなく芹沢以上のイケメンだ」
「・・・だとしたら、この鏡に映ってる俺の顔は一体何なんだよ」
俺たちは互いにウソを言っていないことは確認できたが、二人の認識がここまで食い違っている理由までは分からなかった。
だが敦史の認識が正しければ、鏡を通して俺が見ている自分の顔は、一体誰の顔なんだ・・・。
次回もお楽しみに。




