第27話 深夜の攻防戦
今は深夜1時を過ぎたあたり。
瑞貴と敦史が部屋に戻ってくると、歯も磨かずにそのままベッドに倒れ込むようにして眠ってしまった。今日は修学旅行の初日だし、きっと疲れていたのね。
でもさっきは本当に危なかった。
敦史のバカが、水島さんのことで余計なことを瑞貴に吹き込もうとしたから、私の殺気が思わず漏れてしまった。それを敏感に察知した二人が部屋を片っ端から調べ始めたので、私は慌てて逃げ出したのだ。
10時の就寝時間前からベッドの下に隠れ、二人の話も全て聞いていた私は、瑞貴がここを覗き込むより一瞬早く跳躍すると、バスルームの天井に忍者のように貼り付いた。
そして二人が部屋を出ていこうとベッドから立ち上がったタイミングで、再びベッドの下へと戻った。
そう、私の能力はテレポーテーション。
跳躍距離はせいぜい数メートルでしかも一度に大量の「気」を消費するため、燃費が悪くてそう何度も使用できる能力ではない。でも、元々の俊敏さに加えてこの能力を併用すれば、どんな敵も私を捕らえることなどできない。
だから公安の戦闘員仲間たちからは敬意を表して、「電光石火」の二つ名を冠して呼ばれることも多い。
そんな私にこの能力を使わせるなんて、さすがは雨宮主幹が認める能力者と言ったところね、この二人。
「でもとんでもない話を聞いてしまったな、私。瑞貴がそんなことになってたなんて、全然知らなかった」
二人が部屋を出ていった後も、私は瑞貴の秘密に衝撃を受けたまま、しばらくベッドの下から動くことができなかった。
瑞貴がまだ隣に住んでいた幼い頃の記憶しか、今の私には持ち合わせていなかったが、あの頃の瑞貴にはもう自分の姿が正しく認識できていなかったのかな。
だとしても、まだ幼かった私たちにはそんな違和感に気づくはずもなかっただろう。
「よっこらしょと」
その後、瑞貴たちが再び部屋に戻ってきたのが深夜12時半頃で、それから30分経過した今二人は完全に眠りの底に落ちてしまっている。
私はベッドの下から抜け出すと、念のために瑞貴が眠っていることを確認し、そのまま彼の布団の中に潜った。そして彼の背中にぴったりと寄り添うと、そこで大きく深呼吸をする。
すーっ・・・はあ・・・すーっ・・・はあ・・・。
「ああっ・・・瑞貴の香りが私の鼻いっぱいに広がって行く・・・」
瑞貴のほのかな体臭が私の鼻腔内の嗅覚細胞を刺激すると、そこから脳へ信号が瞬時に伝達され、脳内物質β-エンドルフィンが分泌された。
その結果、気絶しそうなほどの快感が私の全身を貫き、完全に頭が真っ白になっていた私が腕時計を確認した時には、軽く10分が経過した後だった。
「ふう・・・気持ちよかった。でもこの香りは本当に危険ね。この私だからまだこれで済んだけど、他の女だったら間違いなく妊娠するレベルだわ。瑞貴は女を狂わせる凶器か何かよね・・・あ、ちょっと待って、いやっ・・・あ、あ、あああああっ!」
また脳内物質が大量に分泌され始めて、頭が変になりそうなところをギリギリ堪えると、このままここにいるのは危険と判断。
再びベッドの下へと戻って行った。
「本当に危なかったわ・・・でもこのベッドの下でも十分に瑞貴を感じられるし、今夜はここで一晩明かすことにしましょう」
今回の修学旅行での私の真の目的は、京都の観光なんかではなく、瑞貴とともに夜を明かすことなのだ。
私の表向きの仕事は神宮路さやか嬢のボディーガードだが、夜間の警護活動は契約の範囲外だし、京都のホテルで彼女を襲うような敵も思い当たらない。
そもそも私の本来業務は前園瑞貴(と姉のアリスレーゼ)の監視であり、私が彼のベッドの下で一夜を明かすのは国家公務員としての「公務」と言っても過言ではないのだ。
自分の行動に正当性を見出だした私は、心行くまま至福の時を過ごそうとしていた。だがそれも束の間、この部屋に接近する怪しい影が迫っていた。
「・・・またあの女か、前園アリスレーゼ。昼間だけでは飽きたらず、夜まで瑞貴と一緒にいようという魂胆ね。でもこのホテルの扉はカードキーになっていて、今は2枚ともこの部屋の中にある。ホテルが持つマスターキーを使えば中に入れるけど、学校側と言えどもそれを渡すことはないのは、このホテルのセキュリティーポリシーで既に確認済みよ」
だがその足音が扉の前で止まると、「ピ」っと電子音が鳴り、鍵が解錠して扉がゆっくりと開いた。
「まさか!」
私は再びベッドの下から跳躍すると、バスルームの天井に貼り付いて彼女をやり過ごすことにした。
同室の水島さんが早くに寝てしまったものの、全然寝付けそうになかったわたくしは、ミズキに話し相手になってもらおうと彼の部屋を訪れることにした。
この修学旅行用にと、お母様が買ってくださった「スマホ」で彼を呼び出せば良かったのでしょうが、このわたくしに殿方をお誘いするようなことができるはずもありません。
ですがお爺様との秘密工作の日々で得たノウハウを活かし、彼のポケットからこっそりカードキーを拝借すると、魔法【ファントム】でカードキーの情報をコピーしてわたくしのカードキーに上書きしておいたのが役に立ちました。
ミズキはまだ起きているかしら。もし二人とも起きていたなら、伊藤君にお願いしてミズキと二人だけで話せる場所に・・・。
ちょっと待って。
「わたくしがそんなはしたないマネをできるわけないじゃない。なぜならわたくしは、神聖なるティアローズ王国第一王女・アリスレーゼ・ステラミリス・フィオ・ティアローズ・前園なのよ!」
思わず声が出てしまったわたくしは、慌てて周囲に人がいないか探った。
【マインドリーディング】
2か月間の修行でこの世界でも魔力のコントロールができるようになったわたくしは、マインドリーディングを発動させて周りの人々の思考を読み取った。
「ほとんどの人は眠ってますが、起きている人の中に今のわたくしの発言を聞いた人はいないようね」
ホッとしたわたくしは、そのままエレベータで移動すると、ミズキたちが宿泊する男子生徒のフロアーにやって来た。
女子生徒はこのフロアーへの立ち入りが禁止されているため、見回りの教師に見つからないように認識阻害の魔法を発動させて奥へと進んでいく。
そしてミズキの部屋の前へ到着したわたくしは、カードキーをかざして部屋のドアを解錠した。
扉をゆっくり開けると部屋の中は真っ暗で、微かなイビキが二つ聞こえる。二つ並んだ奥のベッドには、完全に熟睡しているミズキの姿があった。
だがそれと同時に、ほんの僅かだがミズキの周囲に彼のものとは違うタイプのマナが漂っていることに気が付いた。
「これはっ! ・・・かなりの使い手がここに侵入していたようね。本家の道場でも同じものを感じたことがあるから不審者という訳ではないと思うけど、兵衛先生とも少し違うし、一体誰のマナかしら」
少し考えたが正体が分からないし、ミズキもすでに熟睡していたため、このまま部屋に戻ることにした。
「うふふ、かわいい寝顔なのねミズキって」
最後にミズキの顔をじっくりと見たわたくしは、ゆっくりと顔を近づけると、その頬に口づけをした。
なぜそんな大胆なことができたのか自分でも分からないのだけれど、心臓が爆発しそうなほどドキドキして、顔が熱く火照ってきた。
「わたくし、なんとはしたないマネを!」
そして自分がしてしまったことがとても恥ずかしくなり、急いで自分の部屋に立ち去ろうとした。
だがその時、背後でドアをノックする音がした。
お兄のことが気になった愛梨は、お母さんが眠るのを待ってから部屋を抜け出すと、お兄の部屋にこっそりと向かった。
お兄の部屋には当然鍵がかかっているし、部屋の中に入るつもりはない。
扉の外からお兄がちゃんと眠っているのを確認するだけで愛梨は満足だし、それは今夜に限らず、愛梨が毎日こなしている日課でもあるのだ。
そしていつものようにお兄の部屋の扉に耳を近づけて中の様子を確認すると、まさか部屋の中に女の気配がしたのだ。
「・・・お兄がクラスの女を連れ込んだとか。いや、そんなマネをするのは敦史のヤツに違いない。あんの野郎・・・お兄を悪の道に誘いやがって!」
はやる気持ちを押さえて、努めて冷静に扉をノックした。たぶん引率教師の見回りだと勘違いした女子生徒は、取るものも取らずに部屋から飛び出すはずだ。
愛梨は中の様子を確かめるため再び扉に耳を近づけると、そのドアが突然開いた。
「アイリちゃん、どうしてここに」
バランスを崩してコケそうになりながら、なんとかギリギリバランスを取った愛梨は、その女子生徒がこともあろうにあの最凶の野獣であることに焦った。
「あんたこそ、どうしてここに。・・・まさかお兄の貞操をっ!」
「しーっ! 声が大きいわよ、アイリちゃん。そんなはしたないマネを、このわたくしができると思って」
「・・・確かにあんたは最も警戒すべき野獣だけど、そういう直接的な行為には絶対及ばないよね。もっと戦略的というか、ある日突然、愛梨から全部根こそぎ奪い去ってしまうような容赦のなさは感じるけど」
「そんなことより、あなたはなぜミズキの部屋に?」
「それはもちろんお兄を・・・ちょっと待って、何なのよこの匂いはっ!」
愛梨はお兄のベッドから漂う異臭を嗅ぎ分けると、ベッドの周りを調べ回った。すると、お兄の近くのシーツとベッドの下の2か所から異物を発見した。
「こっ、これって、発情したメスが放出する分泌液の匂いじゃん! まさかお姉・・・」
「ちっ、違いますっ! わたくしはまだ何もしておりませんっ! ほっぺに口づけをした以外は・・・」
「ああっ! つ、ついにお兄に手を出してしまったのね。いつかはこうなるって、あれだけお母さんに忠告したのに・・・でも今問題なのはこの分泌物が誰のものかということ。クンクン・・・これはお姉ではない別の女の匂いね」
「別の女の・・・待って! 実はミズキの周辺には残留マナの痕跡が残っていたのよ。するとわたくしたち以外の誰かが、まだこの部屋に潜んでいると」
「間違いないわね。でもこんな淫靡な匂いを残していくような危険な野獣は、今すぐ狩らないと!」
「全く同感だわ、アイリちゃん。ならばこのわたくしが不届きな大罪人を見つけ出しましょう」
【マインドリーディング】
お姉が魔法を発動すると、部屋いっぱいに真っ白い「気」が充満した。だが次の瞬間、廊下を走り去って行く誰かの足音が聞こえた。
すぐに廊下に出たものの、足音の持ち主は既に姿を消しており、その正体は結局分からず仕舞いだった。
「なんて、すばしっこい・・・」
「ということで、引率教師の補助者であるこの愛梨様がお兄の貞操を守ることにしたから、お姉は安心して部屋に戻ってていいよ」
「いいえ、敵は強力なマナの持ち主。ここはわたくしの方が確実にミズキを守ることができます。ですのでアイリちゃんは明日に備えて早く寝なさい」
「何言ってるの、あんたみたいな危険な害獣を一人残して、愛梨が部屋に戻れるわけないでしょ!」
「だから、わたくしがそんなはしたないマネができる訳ないと何度も言っているでしょ!」
「「むー・・・」」
「し、仕方がありませんね。ここは二人で見張るというのはいかがでしょうか」
「・・・仕方ないか。今夜のところは引き分けということで、お姉の提案に乗ることにするよ」
「では朝7時の起床まで1時間交代で見張りを行うことにいたしましょう」
翌朝少し早く目が覚めた俺は、昨夜の出来事を思い起こしていた。
「俺が見ている自分の顔が、本当の自分のものではなかったかもしれない。一体いつからこんなことになっていたのか」
俺はもう一度バスルームの鏡で確認しようと起き上がると、だが俺の隣にはなぜか愛梨が、そしてソファーにはアリスレーゼが、二人とも何かをやりきったような満足そうな顔で、完全に熟睡していた。
「お前ら、この部屋で何してるんだ! ていうか、鍵がかかっていたのにどうやって入ってきたんだ!」
俺の声に敦史も眠い目を擦って起き上がり、二人の姿を見て驚いた。
「おわーっ! な、なんで愛梨ちゃんとアリスレーゼ様がこんなところに!」
その後、二人がいないのに気がついた母さんが慌てて俺たちの部屋にやって来て、その場で二人をこっぴどく叱ったのは言うまでもない。
次回、物語は大きく進展します。
お楽しみに。




