第25話 異能者(中編)
試合はいよいよ最後の大将戦までやって来た。
チームの列に戻った俺は、道場中央に立つ葵さんの戦いを見届けるために姿勢を正す。
相手チームの大将は柔道着を着た大柄の男であり、向かいに立つ葵さんに戸惑いを隠せないでいる。
もとは師範代が相手だったのが、テレビ局の事情で突然相手が女子高生に変更になったのだから、いくらワイドショーの企画とは言え、気の毒である。
しかも勝って当たり前のこの対戦で、道場のギャラリーはおろか、おそらくお茶の間の視聴者も葵さんの勝利を応援していることだろう。
そんなやりにくさを漂わせる相手選手に対し、葵さんは制服のジャケットを脱いで上はシャツ一枚、下はスカートに体操着の短パンというラフな格好で試合に臨んでいる。
長い黒髪を愛梨から借りたゴムでくくってポニーテールにし、真剣な表情で相手に対峙するその姿は、まさに女性格闘家のそれだ。
可憐で凛々しいその姿に、レポーターの実況にも思わず熱がこもる。
「さあ煌流翔波拳チームの大将を務めるのは、黒髪王子のクラスメイトの女子高生、葵菖蒲ちゃんだっ! 彼女の実力は未知数ながらその構えからは武道の有段者の風格がどことなくにじみ出ています。対する異種格闘技チームの大将は、世界最強格闘技の一つとされるブラジリアン柔術だ!」
ブラジリアン柔術。
さすがにこの俺でも知っている超有名な格闘技だ。
寝技に優れ、一度技が極まると絶対に抜け出すことのできない組技系最強の格闘技であり、総合格闘技の選手の多くはこのブラジリアン柔術を習得して、自分の格闘技に取り入れていると聞く。
女子高生が戦う相手としては、キックボクシングやムエタイなどの打撃系は流石に危険で、相手の大将がそういった選手ならおそらく俺がこの大将戦を戦っていたのだろう。
その点、寝技主体のブラジリアン柔術だからこそ、彼女との対戦が可能と判断されたのだろうが、技が決まった時の絵面はかなり悪いような気がする。状況によっては、そのまま電波に乗せて放送できない場合もあり得るはずだ。
まあ仮に問題が生じれば、この試合を強行した爺さんとディレクターに責任を取らせればいいと思うが、そんな俺の心配をよそに、審判はあっさりと試合開始をコールした。
「試合、始めっ!」
全く隙のない構えを見せる相手選手に対し、葵さんは試合開始早々、打撃を主体としたヒット&アウェイ戦法で相手を翻弄していった。
柔道系の格闘家が相手の場合、自分の身体を掴まれたら最後であり、超重量級の柔道選手に対抗するためにはこういった戦法が一つの解となる。
だがこの戦法は、相手よりもスピードが格段に速くないと使えない上に、小柄で俊敏な選手にはパワーが足りないことが多く、防御力に勝る相手に十分なダメージを与えられない。
だが葵さんはスピードとパワーの両方を兼ね備えているようで、尋常ではない反応速度で相手選手の攻撃を回避しつつ、瞬時に相手死角に入り込むとズシリと重い打撃で確実にダメージを与えていった。
「あまりにも強すぎる・・・女子高生でこんな動きができるものなのか」
俺は葵さんの「気」の流れを追いかける。
彼女の身体の周りには黄色に輝く「気」がハッキリと見えるのだが、彼女がそれを攻撃や防御に利用する動きは確認できない。
にもかかわらず、俺とそれほど遜色のないスピードを実現できているのは、彼女の地力がけた外れに優れているということなのだろうが・・・本当にそうか?
「一体何者なんだ、彼女は・・・」
だが、相手選手も試合序盤こそ自分より遥かに小柄で一見非力な女子高生を相手に、無意識のうちに自分の実力をセーブしていたのだろうが、彼もプロの格闘家であり、葵さんの強さを身をもって実感した結果、完全に戦闘モードに切り替わった。
そしてその大柄な体格からは想像できないほど俊敏な動きとキレのいい技を見せ、すぐに試合展開を五分まで戻してきた。
「すげぇ・・・まさに大将戦にふさわしい激戦だ」
一進一退の攻防が続く試合にギャラリーの声援は最高潮に達し、最初は色眼鏡で見ていた感もあったレポーターも、その試合内容を熱く実況していた。
そんな展開がしばらく続いた後、ある一瞬の攻防で試合の流れは大きく傾いた。
決して油断したわけではなかったが、葵さんが相手選手に制服のスカートの裾を掴まれてしまったのだ。制服のまま戦ったがゆえに陥ったピンチだったが、そこからあっという間に、葵さんが追い込まれていく。
女性だからなのか、スカートを掴まれたことで一瞬身体が硬直したのを相手選手が見逃さず、絶好のチャンスが到来したと見ると、まるで詰将棋を指すように冷徹に関節技を展開していった。
何とかその状況から逃れようと、必死に動き回った葵さんだったが、結局道場の床に仰向けに組みひしがれ、マウントポジションを取られてしまう。
ギリギリと身体を締め上げられる葵さんは、そこから何とか抜け出そうと身体をねじったり足をばたつかせたりするが、その度にシャツの胸元が開けそうになったり、スカートがめくれて体操着が露わになる。
放送コードに触れるような事態にはまだなっていないが、絵面としては実に背徳感がにじみ出ていて、昼間のワイドショーで流す映像としては完全にアウトのような気がしてきた。
それはレポーターも感じていたようで、言葉を巧みに選んで当たり障りのない実況を行いつつ、ディレクターを呼んでこの試合を継続すべきか確認を始めた。
正直言ってもっとこの試合を見ていたかった俺が、ガッカリしてため息をつくと、隣の師範代も同じことを考えていたようで、
「やっぱり彼女に道着を貸してあげてから試合をすべきだったな。そこに誰も意見しなかったのは、まともな試合展開になるとは考えておらず、女子高生格闘家という絵が欲しかっただけなんだよな」
「師範代の言う通りだと思うが、だったら最初から爺さんとディレクターに意見を言ってくださいよ」
「・・・すまん」
バツが悪そうに頭を掻く師範代だったが、その次の瞬間には驚愕の表情に変わった。俺も慌ててその目線の先を振り向くと、そこでは信じられない光景が展開されていた。
依然として関節技を極められ窮地に陥っていた葵さんだったが、その身体から莫大な量の「気」を発生させたかと思うと、黄色い閃光が視界を埋め尽くした。
そしてその次の瞬間には、彼女は関節技から抜け出して、見る見るうちに今度は相手選手に対しマウントポジションを取り返したのだ。
「何だったんだあの閃光は。それに彼女の身体が一瞬消えたように見えたが・・・」
俺は師範代に確認するが、師範代も他の門下生たちも閃光に目がくらんで誰も彼女がどうやって寝技から脱出したのか見えなかったらしい。
だがそもそも閃光が見えたのはウチの門下生だけのようで、相手選手やギャラリーたちの中に、自分の目を気にする素振りを見せる人間は一人もいなかった。
そしてマウントを取った葵さんは、自分の体格では関節技を極めきれないと判断したのか、迷わず打撃技を選択して相手選手の顔面をひたすら殴り続けた。
ゴスッ! バキッ! ゴギャッ! ズゴッ!
いつ終わるとも知れない重い打撃が相手選手の顔を赤く血で染めていく。そして最早反撃の可能性がないことを悟った相手選手が、白旗を上げた。
「参った・・・ギブアップだ」
その瞬間、審判が試合を止めて葵さんの右手を高く掲げた。
「勝者、煌流翔波拳・葵菖蒲!」
「このような展開を誰が予想し得たでしょうかっ! ただのクラスメイトと思われた彼女が一度はブラジリアン柔術のマウントポジションに捕まりながら、そこから抜け出してからの鮮烈な逆転勝利。我々は葵菖蒲というニューヒロインの誕生を、幸運にも目撃したのかも知れません!」
一時は試合を終わらせようかと考えていたぐらいに絶望的な状況からの逆転劇に、レポーターも熱い言葉が止まらないようだ。そしてギャラリーたちも、可憐な少女が大男に逆転勝ちするという展開に、惜しみ無い拍手と熱い声援で彼女を祝福した。
もちろん俺たち全員が道場の中央に駆け寄ると、葵さんを取り囲んで祝福した。
「やったな葵さん! キミのおかげで道場の面目が保てたよ。爺さんに代わって礼を言う、ありがとう」
俺が礼を言うと葵さんは、
「そんなことより私の戦いをちゃんと見てくれた?」
「ああ、しっかり見せてもらったよ。キミが寝技から抜け出すところだけは残念ながらよく見えなかった。俺にはキミが一瞬消えたように見えたんだが・・・」
「ふーん・・・今の瑞貴にはまだ教えられないけど、いつか話せる時が来たら全部教えて上げてもいいわよ(私たちが結婚したら全部教えてあげるわね。だって私の全てはあなたのものだから!)」
「ああ、わかった。じゃあその時が来るのを楽しみにしているよ(きっと葵さんは、俺の実力がまだまだ足りないからもっと修行をしろと言いたいんだな。彼女に呆れられないよう、頑張って修行をするか)」
こうして突如始まった総合格闘技団体との試合は、俺たち煌流翔波拳チームの勝利で幕を閉じた。
道場ではまだ試合の撤収作業が行われていたが、俺たちは本宅の広間に場所を移して、本来の目的である修学旅行の打ち合わせをしていた。
そこに愛梨も加わって、いつもの座卓でガイドブックを広げてワイワイ議論が始まったのだが、葵さんの姿がさっきから見当たらない。
俺は神宮路さんにこっそり尋ねた。すると、
「葵さんは、さっきご家族からご連絡があって実家に戻られました。どうやら彼女の試合をテレビでご覧になられたお父様がとても心配されて、すぐ家に帰ってくるようおっしゃられたとのことです」
「確かにあんな試合をいきなり見せられたら、どんな親だって心配するだろう。でもこんな昼間っからワイドショーを見ている父親って、一体何の仕事についているんだろう。ラーメン屋とかかな?」
「さあ? わたくしも彼女のご実家のことは何も存じ上げませんので・・・」
2年A組の教室が一望できる例のマンションに戻った私は、頭を抱えて呆れかえっている藤間主任の前に座らされた。
「一体、何をやっているんだキミは! 転校初日からいきなり前園瑞貴と二人でテレビ出演するなど、本当に理解に苦しむ・・・」
「えーっと・・・その、ごめんなさい。私自身もどうしてこうなったのかわからないのだけど、瑞貴が困ってたからいても立ってもいられず、つい・・・」
「ついじゃない! マスコミに嗅ぎまわられて我々の秘密がバレたらどうするつもりなんだ。それどころか「リッター」の存在が公になってみろ、今の政権が吹っ飛ぶぐらいじゃすまない可能性もあるんだぞ!」
「・・・すみません。マスコミには露出しないよう、以後気をつけます」
「本当に頼むぞ神無月くん。・・・だが、前園瑞貴の戦闘データが取れたことは良かった。テレビカメラの映像しかないのが残念だが、それでも分かることは沢山ある。これについてはキミの成果として、室長にはちゃんと報告しておこう」
「ありがとうございます、藤間主任!」
「そのためには、今から研究所に行って彼のデータを分析するぞ。神無月くん、キミもついて来い」
「はい!」
次回後編です。
お楽しみに。




