第25話 異能者(前編)
さあここからは俺の試合だ。
目の前に対峙する副将は、相手チーム5人の中でもある意味一番目立っていた男だ。それはさっきの相撲レスラーより大男という訳でも、逆に小柄過ぎるという訳でもない。
他の4人は、種目こそ違えどそれぞれ格闘家にふさわしい道着を着ているのだが、この中肉中背の男はそれとは全く異なる服装をしていた。
この副将が着ている物、それは道着ではなく軍服。それも今からゲリラ戦でも始めようかというような、特殊部隊風のものだ。
ここでレポーターの実況が始まった。
「お茶の間の皆様、お待たせしました。あの半グレ集団・MEGA御武倫を片っ端から血祭りにあげた謎の男子高校生、黒髪王子こと前園瑞貴の試合がいよいよ始まります。そして彼に対するのはロシア軍特殊部隊御用達の世界最強格闘技の一つ、システマだ!」
システマ? ・・・なんだそれ。
聞いたことのない格闘技だが、軍用格闘術は戦場での実戦を意識して様々な格闘技を組み合わせて作られたものだと聞く。
「それでは、試合始めっ!」
審判が試合開始をコールし、俺は普段通りの構えを取った。
どんな相手であろうと俺は全力を尽くすのみだが、この軍服の副将はさっきの相撲レスラーのように相手をバカにしたような態度を取ることもなく、自然体で俺と向かい合っている。
ジッと見つめるその視線は、こちらの動きを一瞬たりとも見逃さないよう監視しているようでもあり、それでいて全身からは無駄な力が抜けていて、柳のようにわずかに揺れているようにも見える。
この男、強い・・・。
こうやってプロの格闘家と実際に対峙すると、相手の強さが嫌というほど感じられてしまう。さっき師範代がいきなり全力を出したのも分かる気がしてきた。
当然俺も最初から全力で行くため、丹田に意識を集中して一気に「気」を解放した。そして全身のチャクラに循環させて、身体全体を鋭敏な刃物のように研ぎ澄ませていく。
よし準備は整った・・・行くぞっ!
「うおーーーーっ!」
青色の気が俺の周りを竜巻のように吹き上がると、世界全体がコマ送りのようにゆっくりと流れ始めた。
俺の耳にはもうレポーターの声が聞こえなくなり、その代わりに相手選手の心臓の鼓動や息遣いをハッキリと捉えた。
その鼓動はとても静かに、そしてリズミカルに時を刻み、それに合わせて呼吸が乱れることなくゆったりと繰り返される。
すでに試合開始はコールされているものの、俺が気を練っている間も相手選手はそれを妨害しようとはせず、その様子をじっと見ているだけだった。
システマという格闘技の特徴かもしれないが、相手選手は自分から動くつもりがないらしく、俺の攻撃を待っている。
仮にこのまま俺が動かなければ、相手選手も攻撃をしてくることなく試合は引き分けに終わる。
つまり相手チームの勝利だ。
「なら遠慮なく!」
俺は両足に気を移動させると、爆発的な加速力を生み出して一気に相手の懐に入った。そして青く光輝く右掌打を繰り出して、相手の胸部中央に叩き込んだ。
「ハッ!」
俺が加速を開始してから掌打を撃ち出すまでに要した時間はわずかコンマ数秒。
普通の人間では到底反応できない速度で放ったその一撃は、だが相手選手の身体がゆらりと右へ移動すると、胸部に接触する一瞬前にそれを身体全体で絡めとり、俺は右肘と手首を同時に掴まれた。
「マズイ、骨を砕かれる」
相手のカウンター技が完全に極まる前に、俺は全ての「気」を右手に集中させてそれを一気に発散。なんとか相手の身体を跳ね除けた。
そして勢いのままに相手の間合いから脱出すると、すぐに相手の方に向き直って構え直した。
このほんの1~2秒の攻防で、俺は自分の限界とも思えるほどの高速移動と気功術を展開したが、相手はほとんど身体を動かさず、全てに対処して見せた。
「何だったんだ今の動きは・・・相手は完全に受け身だったのに、確実に俺を仕留めにきやがった」
その後も違うパターンで何度攻撃を繰り返しても、全て紙一重でかわされた上に、俺の動きを上手く利用してダメージを与えようとして来る。その全てが関節技を使った危険極まりない攻撃だ。
「これが軍用格闘術・・・敵を確実に制圧するために生み出されたロシアの実戦兵器か」
この格闘技の恐ろしい所は、相手選手が自然体のままほとんどその場を動かず、同じテンポで楽に呼吸を続けているのに対し、俺は呼吸が完全に乱れて「気」の集中が出来なくなっている。
つまり俺が攻撃を繰り出すほど、「気」を乱されて本来の力が発揮できなくなり、どんどんじり貧へと追い込まれていく。そしてすぐに5分が経過して俺たちの敗北が確定するだろう。
このままでは俺の勝ち筋はほとんどないが、かといって他の攻め手を思いつかない。
「どうすることもできないか・・・いや違うな」
ここはロシアの戦場ではなく、負けても命を奪われることのないテレビのワイドショーの試合。だったら俺の強みを全て出し尽くして、精一杯戦うのみだ。
そう吹っ切れた俺は、呼吸を整えて最初から「気」を練り直した。
相手選手が「気」を使っている形跡はないため、唯一の勝機はやはり「気」の使い方にあるのだ。
俺はさっきよりも大量の気を身体中からかき集め、さらには大気や地面から、そしてギャラリーのみんなが自然に発散している「気」も取り込んでいく。
それを全身に循環させ、俺の強みであるスピードに全てを投じる。
行くぞっ!
俺のやるべきことはたった一つ、それはとにかく速く動いて手数を稼ぎ、受け身に徹する相手選手のアクションを無理やりにでも引き出すことだ。
そして繰り出した攻撃は途中でキャンセルし、続けざまに別の攻撃を開始することで、相手もそれに対応せざるを得なくさせ、こちらのペースへと誘い込む。
とにかく速く、速く、速く、速くっ!
1ラウンド5分の短期決戦は、容赦なく終わりへと近づき、俺は焦る気持ちを抑えながら限界まで気を高めてより一層加速していく。
道場の壁時計の秒針は、その動きを止めているかのように遅くなり、相手選手の動作にもぎこちなさが目立ち始めた。
相手のリズムに変化が生じ、呼吸が乱れ、心臓の鼓動が高まり、その表情に焦りの色が浮かび始める。俺は自分の作戦に手ごたえを感じ、さらにどこまでも加速していった。
そしてその瞬間が訪れた。
俺の動きに完全について来れなくなった相手選手の背後を取ると、俺は全ての気を右手に集中させ、その無防備な背中を青く輝く掌打で思いきり撃ち抜いた。
ズドーーンッ!
「ぐはっ!」
青色の「気」が、まるで槍のように相手の身体を貫くと、そのまま青い閃光となって道場の障子を突き破り、どこかへ飛んで行った。
それと同時に相手選手が膝から崩れ落ちると、そのまま床に倒れ伏して意識を失った。
突然訪れた戦いの結末に、審判が試合続行不能を即時に判断。俺の右手を高々と掲げた。
「勝者、煌流翔波拳・前園瑞貴!」
その瞬間、道場は割れんばかりの歓声に包まれた。レポーターが俺の勝利に絶叫し、ギャラリーたちは惜しみない拍手と声援を上げた。
「我々はとんでもない瞬間を目の当たりにしました。やはり黒髪王子の実力は本物っ! テレビカメラでも捉えることができない恐るべきスピードで相手を翻弄し、ロシアの軍用格闘技システマをものの見事に粉砕しました! 半グレ集団を壊滅に追い込んだ強さが、今まさに証明されたのです!」
鳴り止まない拍手と声援の中、俺が一礼して戻ろうとすると、みんなが俺の元に駆け寄ってきた。
「すげえぞ瑞貴! お前って本当に強かったんだな。後でサインくれよ」
「お兄、超カッコよかったよっ!」
「お疲れ様ミズキ。また一段と強いオーラが出せるようになったのね。わたくしも負けてられないわ」
「前園くん・・・おめでとう」
「前園君、プロの格闘家に勝つなんて相当なものよ。わたくしあなたのことを見直しましたわ」
敦史と愛梨が俺に抱きつき、アリスレーゼと水島さんと神宮路さんの3人が笑顔で俺を祝福してくれた。
「ありがとうみんな。なんとか勝つことができたよ」
これで2勝2敗の五分になり、勝敗の行方は最後の大将戦に委ねられた。
俺は未だに正座を崩さず、真っすぐに俺を見ている葵さんの元に近付いて言った。
「キミの言うとおり、俺は勝って来たぞ」
すると葵さんは嬉しそうにほほ笑んで、
「瑞貴の強さを確認できて本当によかったわ。これで私も心置きなく本気を出せる・・・だから瑞貴、その目で私の戦いをしっかりと見ていてね」
「ああ、もちろんだ。思う存分戦って来い!」
次回、神無月弥生の能力が炸裂する。
お楽しみに。
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