第23話 謎の編入生
神宮路邸での修学旅行打合せ会の翌朝、水島さんが早速ウチにやってきた。
ちょうど朝飯が終わり、みんなが学校の準備をしようと立ち上がったところで、母さんに迎え入れられた水島さんがアリスレーゼと3人で2階に上がっていく姿に、愛梨が絶句した。
「お兄・・・なんで水島さんがウチに」
「昨日の夜、お前が部屋に閉じこもっていたからまだ言ってなかったが、今日から愛梨の代わりに水島さんがアリスレーゼの着替えを手伝うことになったんだ。お前はいつも嫌がってたし、これでやっと解放されるじゃないか」
「だ、だからってなんで水島さんなのよっ!」
「水島さんは学校でアリスレーゼの体操服を着替えさせているし、慣れてるんだよ」
「そんなことを聞いてるんじゃなくて、あの女だけでも大変なのにもう一匹猛獣を増やさないでって文句を言ってるの! お兄は愛梨を殺す気なの?」
「またそういうことを。それに水島さんは猛獣というより、ウサギみたいな小動物系じゃないかな」
「ウサギ! お兄にはあの女がそんなに可愛く見えてるんだ。でもねお兄、ああいう女ほど一度走り出したら止まらなくなって、あり得ないほど大胆な行動に出るから一番危険なのよ。愛梨、ちょっと水島さんと話をつけてくる」
「おい待てよ愛梨!」
完全に頭に血が上った愛梨は、俺の制止を聞かず、ドタバタと2階にかけ登って行った。
俺は学校の準備が終わってリビングでみんなを待っていると、アリスレーゼと水島さんが仲良く話をしながら2階から降りて来た。その後ろを、母さんにブツブツ文句を言いながら愛梨が半泣きで降りて来る。
勢いよく文句を言いに行ったものの、結局いつものように母さんに言い負かされたのだろうが、愛梨は俺に駆け寄ると、腕にしっかりとしがみついて母さんに向けて叫んだ。
「お母さんがそのつもりなら、愛梨にだって覚悟があるんだからね! お兄は絶対に渡さないから!」
愛梨はそう言うと、俺を引っ張ってワゴンの3列目シートに乗り込んだ。一体、母さんとどんなやり取りがあったんだ・・・。
2年A組の教室が一望できる例のマンションに戻って来た私は、既に窓際に座って望遠レンズの調整をしていた藤間主任に挨拶をした。
「おはようございます、藤間主任」
「神無月くんか、おはよう。早速昨日の件だが、室長から潜入捜査の許可が下りた」
「ありがとうございます。それで室長は何かおっしゃってましたか」
「ああ。潜入捜査に当たって室長からいくつか条件が出されたので、それを踏まえて作戦を考えた」
「条件って?」
「そんな特別なものではない。前園家はそもそも公安の捜査対象ではないため、我々がマークしていることは絶対知られてはならないと念を押された。特に前園家当主の克己は政府に太いコネクションがあり、その長男も地方選に出馬予定という有力者。下手に知られるとかなりマズいことになると気にされていた」
「要するにバレなきゃいいわけね」
「ああ。それともう一つ、キミがまだ未成年にもかかわらず公安の戦闘員をしていることも知られてはいけない。特に、前園家にキミが神無月弥生であることを知られるのは絶対にダメだ」
「・・・むむう、せっかく瑞貴に再会できたのにつまらないわね。でも室長の命令なら仕方ないし、昔に比べて見違えるほど綺麗になった私は、正体を言わなきゃ絶対に気付かれないと思う」
「それを自分で言うか・・・まあくれぐれも頼むぞ。改めて言うが、我々は公には存在しない組織の一員であり、真のターゲットは「リッター」という謎の知的生命体であることを常に忘れてはならない」
「はーい。それで室長の出した条件はわかりましたが、主任の考えた作戦ってどんなのですか?」
「それを今から説明する」
藤間主任の作戦はこうだ。
私は昨日、メイド長の長谷川さんに公安であることを明かし、「明稜学園に対して、ある反社勢力が報復を計画しているため、神宮路さやか嬢と学園の経営者一族である前園姉弟を密かに警護している」とウソをついた。
長谷川さんはそれを信じて、私を臨時のメイドとして邸内に迎え入れ、警護活動も許可してくれたのだ。
私たちはこの状況を活かして、私はさやか嬢の専属のボディーガードとして潜入捜査を続け、それを藤間主任がバックアップする態勢を取る。もちろん学園内でもさやか嬢を守る必要があるため、私を明稜学園高等部2年A組に転校させるのだそうだ。
その作戦を聞いた瞬間、
「よっしゃーっ! ナイスですよ藤間主任っ!」
「・・・なんか性格が変わってないか、神無月くん」
「コホン。失礼致しましたわ、おほほほほ!」
「この作戦、コイツに任せるのが心配になってきた」
「大丈夫ですってっ! それより話は変わりますが、どうして神宮路家はすんなりと協力してくれることになったのでしょうか。最初に長谷川さんをダマした私が言うのも変ですが・・・」
「実は昨夜、小野島室長が神宮路電子工業会長の神宮路蒼天氏と面会し、公安の秘密捜査への協力を取り付けてくれた。先方も孫のさやか嬢の安全確保につながるため、快諾してくれたそうだ」
「小野島室長って、財界にも顔が利くんですか」
「財界というより、神宮路電子工業と直接つながりがあるんだ。あの会社は一般の知名度はあまりないが、軍用のレーダーやリモートセンシング技術とそれに付随する要素技術で、その業界では有名な企業なんだ。米軍にもその技術は採用されていて、我が国との次世代戦闘機の共同開発を何十年も続けて来た理由の一つに、その技術の囲い込みと他国への流出阻止が目的だったとされているほどだ」
「そんな凄い会社だったんですか。でもどうしてそれが公安と?」
「我々が使用している思念波の補助デバイスも、実は神宮路電子工業の技術が使われている。その関係で国の研究所を通じて神宮路蒼天氏とは色々とやり取りをさせていただいているのだ」
「そういうことだったんですね。それで私はいつから転校すればいいのかしら」
「数日内には転入手続きが完了するはずだ。2年A組は5人も退学者が出たばかりだから、間違いなくそこに補充されるだろう」
「了解しました。待っててね瑞貴、婚約者の私がすぐにあなたのもとに行くから!」
「おい! 絶対に正体を明かすんじゃないぞ」
「はーい、わかってまぁす」
「・・・・・」
水島さんが毎朝ウチに来るようになってから数日が経った。
愛梨は相変わらず不機嫌だったが、母さんが水島さんを歓迎したため、あからさまに彼女を排除することはなくなっていた。それでも車の中では、俺と一緒に3列目シートに座り続けて警戒は怠らなかった。
母さんはそんな愛梨に呆れながらも、2列目シートにアリスレーゼと並んで座る水島さんに話しかける。
「アリスちゃんのお世話を全部お任せできて、本当に助かってるわ水島さん。ウチがもう少し大きければ、あなたに下宿をさせてあげられたのに残念だわ」
「え! 私に下宿を・・・はい、とても残念です」
アリスレーゼの世話をさせるために同級生を下宿させようとする母さんの発想もどうかと思うが、そういった余計な一言が愛梨の感情を逆なでする。
「部屋が余ってても、そんなの絶対にダメ! 水島さんもイチイチぬか喜びしないで!」
「ご、ごめんなさい、愛梨ちゃん」
朝から不機嫌マックスの愛梨が、水島さんに対して小姑のようになっている。
その時母さんがふと思い出したかのように、
「そう言えば今日、2年A組に編入生が入るのよ」
「編入生?」
「神宮路さんの家のメイドさんで、葵菖蒲さんていう女の子よ」
「葵菖蒲って確か・・・そうだ、あの時の黒髪の美人メイドだ」
俺が思い出すと、アリスレーゼも、
「エキゾチックな美しさを持つ侍女さんでしたわね。でもあの方がわたくしたちと同じ年齢だとは存じ上げませんでした」
すると愛梨がすぐに噛みついて、警戒を始める。
「なによ、そのエキゾチックな美人って。また新たな野獣が出現したよ・・・」
「愛梨には女子全員が野獣に見えるようだが、神宮路さんのメイドは警戒しなくてもいいと思う。姉さんと水島さんもそう思うだろ」
「そうね。とてもお綺麗な方でしたが、さやかさんのお話では、例の事件で学校周辺が騒がしくなったのを心配されたお爺様がつけてくれた新しいボディーガードだそうです。ですのでミズキとは関係ないですし、警戒は必要ないと存じます」
「私もそう思う。それに前園くんのためなら、私がこの身体を張って守るから、安心して愛梨ちゃん。私を助けてくれた前園くんに報いるには、それぐらいしかしてあげられないから・・・」
「身体を張ってって・・・水島さんの決意表明なんか聞きたくないし、むしろ安心できないんだけどっ!」
チャイムが鳴って朝のホームルームの時間になったが、愛梨は俺の隣に立ったまま自分の教室に行く様子がない。
「おい愛梨、早く行かないと遅刻扱いになるぞ」
「大丈夫よ。少しだけならって、お母さんから許可をもらったし、編入生の顔だけ見たらすぐ帰るって」
「まったく・・・。どうしてお前はそう女子ばかりを目の敵にするんだ」
「それは私のシックスセンスに警報が鳴り響いているからよ。特にそのメイドは、お兄の貞操を奪いかねない危険な猛獣だって」
「アホか! 顔だけ見たらすぐに帰るんだぞ」
「へいへい」
それからすぐに兵衛先生と母さんが教室にやってきたが、後ろに編入生を連れているのを見て、男子たちが喜びの雄たけびを上げる。
「転校生キターーっ!」
「今度は純和風のどえらい美少女の登場だよ!」
騒がしくなった教室を静めるため、兵衛先生が黒板を叩く。
「みんな静かにしろ。見ての通り、またこのクラスに新しく編入生が入った。葵くん自己紹介を」
「はい。私は葵菖蒲と申します。実は神宮路さやかお嬢様のボディーガードとして雇われたばかりで、この学園でも警護を担当することになりましたが、ここに来るまでは通信制の高校で勉強していたため、早くこのクラスに馴染めるよう頑張ります。みんな色々教えてね」
「「「はーい!」」」
そのフレンドリーな雰囲気に、男子のボルテージは最高潮まで上がった。
「おい愛梨、編入生の顔を見たんだから、早く教室に帰れよ」
俺は愛梨をせかすが、愛梨は彼女の顔を見て硬直していた。
「愛梨・・・彼女がどうかしたのか」
「・・・ううん、よくわからないけど、すごく嫌な予感がするの。それに彼女の顔をどこかで見たような」
「そうなのか? まあお前は学外にも友達が多そうだし、ギャル友の中に彼女もいたのかもな」
「そう言うのじゃなくて、もっとこう危険な感じの。でもこの肌がひりつくような感覚はどこかで・・・」
「どうした?」
「・・・神無月・・・弥生」
「神無月弥生って昔隣に住んでたあいつか? 俺はあまり覚えてないけど、あいつはこんな美少女じゃなく、もっとガサツな男みたいな感じだったはず」
「そうなんだけど、彼女の顔を見てるとあの忌まわしき過去の記憶がフラッシュバックのように甦ってくるの。ううっ! の、脳がうずく・・・」
「なに中二病みたいなこと言ってるんだよ。もう用事も済んだんだから早く教室に戻れ。母さんもこっちを睨んでるぞ」
「はーい。でもお兄、あの女には気を付けてね」
「わかったから早く行け!」
ついこの間まで葛城真央が使っていた席に葵さんが座ると、後ろの扉から教室を出ていく愛梨の姿をじっと目で追いかけていた。
そして愛梨が出ていった瞬間、彼女が俺の方に目線を移して、わずかに微笑んだような気がした。
次回、編入してきた葵菖蒲が早速瑞貴たちにアプローチを開始します。お楽しみに。
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