セリ7歳〜白髭医師メイプル〜
ある日、王家から招待状が届いた。
それは、王妃様主催の六歳から八歳の幼い少女達が集まるお茶会。
デュピタント前に正式なマナーを試せる催しで、本当は、拒否権などない。
しかし、六歳の時は、運良く風邪をひいていて出席を免れた。
無論、仮病でないかのチェックを受けた上で。
もう、顔馴染みと言っても良くなった、王家専属の白髭医師メイプル先生は、
「悪いな、ワシも、これが仕事なんじゃ」
と苦笑した。
五歳の顔合わせを逃げて以来、事あるごとにお茶会だ、演劇観賞会だ、音楽観賞会だとお呼びが掛かる。
その度に、私は、あの手この手で病気のフリをした。
いや、フリと言えば語弊がある。
だって、本当にお腹を下したり、蕁麻疹が出たりしているんだから。
こっちも、例の下剤を飲んだり、かぶれる葉っぱ触ったり、色々辛いのよ。
本当、そろそろ諦めて欲しいわ。
私達貴族は、八歳から十八歳まで王立学園で学ぶ。
私も、来年入学で、その前にルドベキア様と婚約を結ばせようと言う話が両家から出ている。
エーデルワイス家では、ルドベキア様の強い願いで、病弱な令嬢でも構わないと言ってくださっているの。
『ルドベキア様の強い願い』ってところは大事だから、二度言うわね。
「セリ嬢以上に、私に寄り添ってくれる方が居るとは思えない」
なんて言われたら、百年の恋が大炎上よ。
ルドベキア様の健康を取り戻した功績も大きいし、それに、王家のお呼びがなければ、すこぶる快調なのよ!
さーて、今回は、どんな手でお医者様に欠席のお墨付きを頂こうかしら。
なんて作戦を練ってたら、階段で躓いて、只今右足包帯グルグル巻きです。
白髭メイプル先生も、呆れ顔。
「今回は、捻挫か?」
「はい、面目ございません」
「原因は?」
「め、目眩が」
挙動不審の私に、先生は、大きな溜息をついた。
「精神的負担による体調不良」
「え?」
「じゃから、其方の病名は、精神的負担による体調不良じゃ。王太子殿下の事を考えると、上手くやらなければと緊張し過ぎるために、体調不良をきたすと所見には書いておこう」
私には、メイプル先生が、神様に見えた。
手を組んで祈りを捧げると、もっと嫌な顔をした。
「毎晩、メイプル先生の為に祈りを捧げます」
「ワシは、まだ、死んではおらぬぞ」
診察道具を片付けて、さっさと出て行こうとした先生が、最後にドアの前で振り返った。
「普通は、王太子妃になろうと皆足を引っ張り合うもんじゃ。何故、逃げる」
「逃げるなどと、滅相もない」
「まぁ良い。其方のような者には、王妃は向かん。せいぜい捕まらぬよう逃げおおせろ」
先生は、何処まで気づいているんだろう?
ニヤリと笑った後、手をヒラヒラさせながら去っていった。
オダマキ殿下も十三歳。
そろそろ正式な婚約者を決めないといけない。
いっそ、さっさと外国の姫君を連れてくればいいのに。
あぁ、でも最近では、発言や態度の悪さに、以前ほど人気はないのよね。
前世でも、うちの領地を引き渡さなければ、結婚させてもらえなかったくらいだもん。
「ふぅ、ま、一先ずは、うまく回避できたわね」
私は、サイドボードの引き出しを開けると、日記を取り出した。
そこに、今日の出来事を書き込む。
早くこの日記に、『ルドベキア様と婚約!』って書き込みたいわー。