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彼女にフラレて山を彷徨ってたら妖刀拾った  作者: 綺常 虎依(きつね こより)
三章

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第66話 叫び



 静寂がその場を支配する。

 刃のない模造刀を構えたまま、正面に意識を向ける。

 模造刀とはいえ金属製、持った感覚は変わらない。

 

 銀髪を後ろで束ねた女が、同じように模造刀を構え俺を見ている。

 偉月さん。以前、一緒に猫を助け、叛鬼衆の戦いで俺を止めてくれた人。

 その偉月さんが俺に刀を向けていた。

 

「佐藤さん、準備はいいですか」

「大丈夫っす」

「では、始めます」


 その言葉を言い終わると同時に、俺は踏み込んだ。

 横に刀を振るう。だが偉月さんは半ば不意打ちのような俺の動きに一切驚く様子は見せなかった。


「ッ」力を流される。


 流れるように、偉月さんが俺に斬りかかる。

 単純に速い。だが、見えている。


 数センチ程の幅を残し首の前を刀が通る。

 空気を切り裂く。


 偉月さんの腰から肩の方向に、刀を振るう。

 甲高い金属音と共に、力を受け流される。


 まただ。まるで水を斬っているような感覚。

 おそらく単純な力なら、影静の力を共有している俺のほうが強い。

 だが、技量の差で受け流されている。


 どこを攻撃しても、隙が見えない。

 なら、隙を作るしかない。


 俺は、力よりも速く刀を振るうことを意識する。

 振るう。より速く。


 打ち合う鈍い音が連続して鳴る。

 

「これでも、対応してくるんすかッ」


 打ち合うペースを上げても、偉月さんの守りを崩せない。

 足りない。もっとだ。もっと速く。


「っ」


 偉月さんが少しだけ目を見開く。

 ほんの一瞬。偉月さんの動きが遅れた。


 俺は偉月さんの刀を払う。

 胸から上が、空いている。


 隙。刀を握りしめる。

 勝った。俺は反射的にそう思った。

 避けることはできない。


 だが、偉月さんは俺の目の前に踏み込んだ。


「なっ」


 刀を振り切れない。一瞬の間。

 それを偉月さんは見逃さなかった。

 刀が払われる。


「あ」

「終わり……ですね」


 俺の首に、刃のない刀が押し付けられていた。

 紛うことない俺の負けだ。


「まじか、勝ったと思ったんすけど」

「……紙一重でした」偉月さんが刀を鞘に収める。


 クソ。お互い本気ではないとは言え、悔しいもんは悔しい。

 

「恋詩、おつかれさまでした」

「影静」


 壁の近くで、戦いを見ていた影静が俺に近づいてくる。

 怒っている様子はない。


「怒りませんよ。狙いも悪くありませんでした」

「……でも負けた。途中、隙って思ったんだけどな」


 作られた隙。誘い。

 そして俺は引っかかってしまった。


「そうですね、もう少しよく見るべきでした。それに、勝ちを確信した瞬間というのは相手からしても付け入る隙になりやすい」

「……最後まで油断するなってことか」

「はい、そういうことです。偉月、大丈夫ですか」


 影静が偉月さんに近寄る。

 どういう心配なんだろうと思ったら、偉月さんの両手が真っ赤になっていた。


「うわ、偉月さんすみません、大丈夫ですか!」


 血の気がひく。加減しているつもりだったが、十分ではなかったようだ。


「大丈夫です、このくらいならすぐに引きます」

「本当すみません」

「謝ることではありません。試合をお願いしたのはこちらなのですから……そろそろ食事にしましょうか」

「っはい」


 俺たちは修練場を後にした。


*



 俺と影静が龍堂家に来てから2週間ほど。


「やっぱ落ち着くな、ここ」


 縁側に一人座りながら呟く。俺の目の前には、いかにもというような日本庭園が広がっていた。

 中央に見事な池があり、色とりどりの鯉が優雅に泳いでいる。


 なんかあれだ。ヤクザの親分の家。そんな雰囲気。

 壁に囲われた広大な敷地。メインとなる本邸と、いくつかの離れがある。


 住んでいるのは偉月さんとその家族だけではなく、数人の使用人。

 使用人である。現代なのに。皆龍堂に連なる人間だそうだ。


 ここの生活は思った以上に快適だ。

 豪華な食事が3食タダで出てくるし、いつ見ても中は清潔だし、布団はふかふかだし、龍堂の人間と一緒なら外にも出ることはできる。

 囚われているという感じはしない。


 なんというか、旅館にいるような感覚に近い。


「……」


 もうずっとここに居たいくらいだ。

 そんなとき、にゃーんと後ろから鳴き声が聞こえた。


「おっ、元気?」


 オレンジと黒の毛並みの猫が、廊下から俺を見ていた。

 ハム蔵。前に偉月さんと一緒に助けた猫。


「よっ」


 俺はハム蔵を捕まえ、抱きかかえる。

 ハム蔵も全く逃げる様子はなく、俺の胸に頭を擦りつけまくる。


 雲一つない青空と、遠くから聞こえるセミの声。

 手元には猫、目の前には立派な日本庭園。流れるゆっくりとした時間。


 風情というのか、情緒というのか、そういうのを感じる。

 ドーパミンに支配された現代人には、こういうのが必要だ。うん。

 スマホなんていらないんだ。


「はぁ」


 とは言っても、さすがにそろそろスマホを買わないといけない。

 柊子たちとも連絡とれてないし。


 夏休み直前に、叛鬼衆との戦いがあったから、それ以降、俺は音信不通の状態。

 急に学校に来なくなり、家にもいない俺のことをあの二人は心配しているだろうか。

 

 柊子は意外と心配症だから、割と気にしているのかもしれない。

 まあ考えたところで仕方がないが。


 トントンと廊下の方から、こちらに向かって歩いてくる足音が複数聞こえた。


「恋詩さん」


 低めの女の声。振り向くと、偉月さんに似た銀髪の女性と、その後ろに穏やかそうな印象を受ける少年の姿があった。ハム蔵の身体が少し強張った気がした。


「沙夜さん、それに晴」


 龍堂沙夜《りゅうどうさや》。偉月さんの母親。龍堂家を仕切る龍堂隆成《りゅうどうたかなり》の妻。

 偉月さんよりも背は大きくないが、それでも女性にしては大きい方だろう。


 明らかに偉月さんとの血の繋がりを感じる。

 でも偉月さんのように大きい子どもがいるほどの年齢には見えない。

 姉と言われた方が納得する。それほど、若く見える。


 切れ長の瞳。覇気のある顔立ち。隙のない所作。

 見た目は凄く偉月さんに似てるけど雰囲気は全く違う。

 沙夜さんからは静かな威圧感のようなものを感じる。


 沙夜さんの後ろにいるのは、晴と呼ばれる使用人の少年だ。

 久龍晴《くりゅうはる》。龍堂の分家の生まれで、この家に仕えているらしい。

 優しくて、穏やかな奴。


「ここでの生活には慣れましたか?」

「はい、だいぶよくしてもらってます。むしろ何もしてないのが心苦しいっていうか」

「そんなこと思う必要はありません。私たちがここでの生活をお願いしているのですから。欲しいものがあればなんでも仰ってくださいね」

「うっす、ありがとうございます」


 一瞬スマホが欲しいということが頭に浮かんだが口には出さなかった。

 さすがに高価なものは申し訳ない。


 俺に声をかけた後、沙夜さん達は去っていった。

 

 みゃああ。まるで一息つくように、ハム蔵が鳴き声をあげた。

 

「なんだ、緊張してたのかお前」


 ハム蔵は沙夜さんのことが少し怖いようだった。

 強張っていたハム蔵から少しずつ力が抜けていく。


「まぁ、ちょっと分かるけどな」


 暴力の気配とでも言うのだろうか、殺伐とした雰囲気を沙夜さんからは感じる。自分でもなんでそう感じるのか分からない。表面上は俺に対して凄く優しいはずなのに。


「……そういや、まだ隆成さんに会ったことないな俺」


 龍堂家当主、龍堂隆成。沙夜さんの夫。この家に来て2週間。なのに俺はまだ会ったことがなかった。任務か何かでずっと家に帰っていないのだろうか。


 どんな人なのだろう。

 あの沙夜さんの夫なら筋肉隆々のいかにもヤクザのような感じなのだろうか。それとも意外と優しそうな温和な感じの人だったりするのか。


 まあ、いずれ会うことになるだろう。


「……」


 風と、水が流れる音。そして遠くでは蝉の声も聞こえる。

 俺はハム蔵を撫でながら、改めて池の方を見た。一匹の紅白模様の鯉が近くに来ていた。


「やってみるか、また」


 俺は、その鯉に向かって右手をかざす。


「……」


 回れ。右に回れ。そう念じる。

 だが、鯉は特に変わった様子なく無造作に泳いでいる。


「回ってみろ」


 その瞬間、鯉がくるっと右の方を向いた。

 一瞬、瞳の奥が熱くなったような気がした。


 だが、鯉はまた左を向き、他の鯉と共に適当に泳いだ。


「駄目か」


 今の俺にはすべき事がある。

 黄金の輪。偉月さんが言うには御子の証と呼ばれる特別な力。


 その力を把握すること。

 今の俺は、この力を知らないといけない。


「……」


 以前戦った腕のない武者。朱里といた高台で空に浮いていた存在。

 あいつらのことを思いだす。

 彼らがどういう目的で、動いていたのかは分からない。


 分かるのは、彼らは人の生命をなんとも思っていないということ。

 影静と同じように狭間を操ることができ、異形すら支配下に置いているということ。


 あいつらはきっと俺の敵だ。そして叛鬼衆にとっても。

 偉月さんが言うには、ここ最近は狭間の周期そのものがおかしいらしい。

 以前よりも格段に異形の数が増えているとか。


 彼らの仲間がやっているのか、それとも自然現象か。

 俺達には情報がまったくない。


 いずれ、必ず戦うことになる。

 そんな気がする。


「それまでに、ちゃんと把握しねえと」


 何故、自分が御子と呼ばれる存在なのかは分からない。

 それでも自分の武器になるものは、きちんと扱えるようにしないといけない。


 じゃないと守れない。

 影静も、朱里も、たぶん他の人達も。


「神様、本当にいるんなら色々教えてくれないっすかね」


 一人呟く。


 本来叛鬼師は、神の世界と繋がった時に名を告げられるらしい。

 その時にその神が司る力も知ることができるとか。


「……」


 当たり前のように何も聞こえない。

 神様のお告げ的なものはないらしい。

 

「はぁ、なんか一周回ってイライラしてきた」


 ぐうとお腹が鳴った。お腹が空いた。

 俺はハム蔵を床に置き、ゆっくりと立ち上がった。

 そうして時間が過ぎ、また夜になった。


*


 ぼうっと格子状の天井を見る。

 なんか同じところを見続けると目が錯覚を起こしそうな感じがした。


 小さな置き時計を見ると深夜2時半頃。

 丑三つ時。


「……」


 寝れない。

 体力が有り余っているのか、脳が覚醒していた。

 隣の布団に視線を向けると影静が寝息を立てていた。


「……」


 無理だ。あと数時間目をつぶっていても眠れそうにない。

 ゆっくりと布団から起き上がった。


 物音をたてないように廊下に出る。

 そして縁側に出た。


 なんとなく外の空気を吸いたい気分だった。

 月明かりが、美しい庭園を照らしていた。

 

 暗闇と静寂。その中でも耳を澄ますと色々な音が聞こえてくる。

 そんなとき遠くで叫び声のような声が聞こえた。


「なんだ、今の」


 影静の力によって強化されていなければ、絶対に聞こえなかったろう声。

 誰かが遠くで叫んでいる。男の声だ。こんな時間に?


 忍び足でゆっくりと玄関に向かい靴へと履き替える。

 誰も気づく様子はない。


 そして外へ出た。

 まだ声は続いている。


 東の方向だ。


「……あまり近づかないほうがいいって言ってたっけ」


 東の方の奥に離れの一つがあることを知っていた。

 使用人からは近づかないほうがいいと忠告されていたことを思いだす。

 理由は教えてはくれなかった。


 だが、近づかないほうがいいと言われると逆に気になる。

 俺の足はそこに向かっていた。


 足を進める毎に、声は大きくなっていく。

 とは言っても、普通の人間は全く気づかないほどの声。

 

 そして倉庫のような建物の前に辿り着いた。やっぱ、ここだ。

 夜の静寂と、俺の強化された聴覚でなければ全く気づかなかっただろう。

 普通の人間が、ここの前に立っていても気づかないだろう叫び。


 心臓がバクバクと音をたてていた。


「殺させて、お願いだ。俺に殺させてくれ。沙夜ぁぁぁぁ」


 興奮した男の声。尋常じゃない内容に、背筋が凍った。

 なんだよ、これ。誰かが閉じ込められている?


 心臓の鼓動を強く感じる。冷や汗が額を伝った。


「沙夜ああああ、偉月ぃぃぃ、ここか……ら?」


 急に男の言葉が止まった。

 まずい。


「誰だ、お前誰だ。俺の家族じゃない。お前だれだあああああああああああああ」

「……」


 よし。一旦逃げよう。

 これは多分、知ったら駄目だった奴だ。

 怖すぎる。


 俺は踵を返し、そこから離れようとした。


「あ」


 銀色の髪が風になびいていた。

 月明かりが美しい銀を輝かせる。


 視線の先には無表情の偉月さんが俺を見ていた。



8月から書こうと思ってたのに、いつの間にか9月になってました。良ければ今章もお付き合い頂けると幸いです。

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