第7話 “攫われる兆候”と、初めての防衛戦
村に戻ってからの数日は、静かだった。
いや――静かすぎた。
あの鉱山での出来事が嘘のように、何も起きない。
「……逆に不気味だな」
セローナの言葉に、誰も否定できなかった。
ジャスミーはいつもより魔法の練習に集中している。
サンガーデンは森の方角を見ている時間が増えた。
そして俺は――リーナと話す時間が増えていた。
「ジネンさん、この薬草、効きますか?」
「うん、いいと思う」
「よかった……」
そんな何気ないやりとり。
それが、妙に心を落ち着かせる。
(このままでいいなら、それでいいんだけどな)
そう思った瞬間だった。
⸻
夜。
村の外れに、不自然な“静寂”が落ちた。
風が止まる。
虫の声が消える。
「……来る」
サンガーデンの声は短い。
次の瞬間――
森から“黒い影”が滑るように現れた。
「っ!」
セローナが剣を抜く。
だがそれより早く、影は村の中へ侵入していた。
「速い……!」
ジャスミーが息を呑む。
その目的は明白だった。
一直線に――リーナの家へ向かっている。
「まずい!」
俺は走り出す。
リーナの家の前。
扉が破られようとしていた瞬間――
「やめろ!」
セローナの剣が影を弾いた。
金属音。火花。
「ほう……」
影が初めて“声”を出す。
低く、乾いた声。
「守護者か」
「貴様ら聖・女神教の者か」
セローナの声は冷たい。
影は答えない。
代わりに、手を上げた。
空間が歪む。
「拘束術式……!」
サンガーデンが矢を放つ。
だが矢は空中で止まる。
「魔力干渉か……!」
ジャスミーが叫ぶ。
「な、なにこれぇぇ!」
魔法が効きにくい。
明らかに“対能力者戦用”だ。
「リーナを離せ!」
俺は家の中に飛び込む。
震えているリーナ。
その手首には、淡い魔法の鎖。
「……ジネンさん……」
「大丈夫、すぐ終わる」
俺は手をかざす。
「ヒール」
光が鎖に触れる。
だが――消えない。
「……っ」
初めてだ。治せない。
「それは“封印術式”だ」
影が静かに言う。
「治癒では解けない」
その声は冷たい。
「彼女は適性がある。回収対象だ」
「ふざけるな」
俺は一歩前に出る。
「人をモノ扱いするな」
「我々は救済している」
影は淡々と続ける。
「選ばれた者だけが、女神の器となる」
「……選んでるつもりか」
その瞬間、空気が変わった。
外で激突音。
セローナとジャスミー、サンガーデンが戦っている。
だが影は複数いる。
最初から“回収部隊”だった。
「ジネン!」
セローナの声。
「中の者を優先しろ!」
「わかってる!」
だが鎖が解けない。
リーナは涙を流している。
「私のせいで……」
「違う」
即答した。
「お前は何も悪くない」
俺は深く息を吸う。
(治せないなら――“戻す”んじゃない)
(“壊す”)
治癒魔法を逆転させる。
いや、正確には――
「構造そのものを見ろ」
魔力の流れ。
歪み。
そこに“異常な結び目”がある。
「そこだ」
俺はその一点に手を当てた。
「ヒール」
光が一点に集中する。
そして――
パリン、と音がした。
鎖が砕ける。
「……っ!」
リーナが自由になる。
「逃げるぞ!」
俺はリーナの手を掴む。
外へ飛び出す。
その瞬間――
影のひとつが動いた。
「確保優先対象、変更」
その視線は――
リーナではない。
俺だった。
「……やっぱりか」
サンガーデンの矢が影を射抜く。
セローナが割り込む。
「ジネンを狙っている!」
ジャスミーが叫ぶ。
「え、え、あたしじゃないの!? よかったぁぁぁ!」
大きな胸を撫で下ろす。
「そこ喜ぶな」
影は撤退を始める。
だが最後に一言。
「“治癒の核”確認」
「次は必ず回収する」
そして消えた。
⸻
夜明け前。
村は守られた。
だが誰も安心していなかった。
「……本格的に狙われているな」
セローナが言う。
「ジネン、お前の力が原因だ」
「わかってる」
俺はリーナの方を見る。
彼女はまだ震えていた。
でも――俺の手を離さなかった。
「……ジネンさん」
「うん」
「怖かったです」
「もう大丈夫だ」
そう言うしかなかった。
⸻
その夜。
リーナは小さく呟いた。
「……私、何もできない」
「そんなことない」
俺は即答する。
「ここにいるだけで、十分意味がある」
リーナは少しだけ笑った。
「じゃあ……ずっとここにいたいです」
その言葉に。
胸が少しだけ痛くなった。
(でも、いつかここを離れる)
それは、もう決まっている未来だった。
⸻
その頃、遠い場所で。
「対象確認」
聖・女神教の“本部”にて。
「治癒の核、確保優先度を最大へ」
静かに。
世界が動き始めていた。




