4話 嫌悪
―――数分後、スカーレットを落ち着かせることに成功した………わけではなく
「グスッ…。アナスタシアァァァ…! うわぁぁん…!」
ずっとこの調子だ。スカーレットは席に座ったまま、天を仰ぎながら涙を流して号泣している。
アナスタシアはチラッと隣に目をやった。エミリーが何とも言えぬ表情をしている。その目は完全な無。虚空を見つめていた
うん…。十中八九エミリーは知ってたなこれ。失礼のないようにってこういうことか。僕が地雷を踏まぬようにって……
するとスカーレットがハンカチで涙を拭い、真剣な表情でこちらを見た
「今真剣な顔しても、もう遅…っ」
気づくと、アナスタシアはエミリーによって床に押し倒されていた。エミリーの顔はガチギレのそれだった
「良いですか、余計なことは言わないで……」
アナスタシアはコクコクと首を振り、ようやく解放された
「えっと……」
アナスタシアは座り直したが、スカーレットを直視出来ない
真剣な顔で見られると緊張する……
「……アナスタシア」
「は、はい!」
反射的に背筋を伸ばして返事をした。アナスタシアを動かしたのは恐怖ではない。スカーレットから冷気の様に溢れる見えないオーラ。当然、アナスタシアにも見えないので、アナスタシアは自身が緊張しているのだと錯覚
大丈夫!殺されない……多分
「貴女はアナスタシアの体で何をするのが目的なのかしら?」
「は、はい! えっと…、仲間を助けてアナスタシアさんに体を返す事が目的です! だからそのために協りょ―――」
「協力しましょう……」
え? 案外話が早い?
「そうね……」
スカーレットが立ち上がった。アナスタシアを見下ろすその目に怪しげな光が灯る
「あなたをさっさと追い出したいの……。話は終わり? 帰ってちょうだい」
「は、はい……」
アナスタシアは立ち上がり扉の前に立つ。扉をノックすると、先ほどのメイド達が扉を開けてくれた。アナスタシアは不安げな顔で振り返る
「アナスタシアお姉様、先に行っててください」
エミリーにそう告げられると、アナスタシアはすぐに立ち去った。
扉が再び閉じられ、場に沈黙が訪れる。口を開いたのはエミリーだった
「で、スカーレットお姉様はあの方が気に入らないのですか?」
「そうよ」
予想しなかった返答速度に、エミリーは声を漏らしそうになったが、すぐに取り繕った
「何故だかお聞きしても?」
「ねぇ、エミリー…。貴女、あの者からアナスタシアの体に入る前の話を聞いたのでしょう? 私の予想が正しければ子供だったはずよ」
「ッ―――!?」
「あら、図星かしら…?」
スカーレットは残ってた紅茶をズズズッと飲み干した。後ろの机に置いてあるソーラーの上に戻すと、再びエミリーに向き直った
「アナスタシアの体に入る前、貧しい家、もしくは貴族の生まれ…。どちらかの子供だったのじゃない?」
「生まれについては何も言われませんでしたが、年は15だったと……」
「ふふ、そうでしょ? あの者の言動で想像がつくわ……」
エミリーの瞳に映った微笑みを浮かべるスカーレットは、もはや恐怖すら覚えるほどの優しい笑みだった
「あの者が言った「どうせ引きこもりで顔覚えてもらえてないじゃん」という発言…。あれは言葉のあやではなく本心でしかないの」
「な、何でそれを…! まさか!」
「えぇ…。そのまさかよ」
エミリーが驚愕した顔で見つめたのは、彼女のすぐ横の本棚に置いてある台座の上で存在感を放つ紫の水晶玉
「まさか…。監視の為に映像水晶を廊下に配置していたのですか!?」
「ふふ、聞こえが悪いわね。アナスタシアが夜逃げしないように配置していたのよ」
「………で、スカーレットお姉様は何故その様な推測を?」
すると、スカーレットは立ち上がり、窓の外を眺めながら語る
「あの者は優しくて賢いの。周りの人間を助けるために行動出来るタイプの子よ。でもその賢さがいけないのよ……。普通の子供なら、仲間を助ける為に気持ちが暴走して自暴自棄になりながらも助けようとするわ。でもあの者…いや、あの子は違うの。周りを冷静に見て動きながら助けようとするの…。でも冷静に見えて本当は周りが見えてないの。だから平気で相手を傷つける」
エミリーは先ほどのアナスタシアの言動を思い返した
「あの時、アナスタシアお姉様を侮辱したのも…周りを見てないから?」
「違うわ」
スカーレットは断言した。なら何だと言うのか
「あの子はアナスタシアを見下してる、もしくは嫌いなの」
「!?―――どういうことなのですか!?」
エミリーが勢い良く立ち上がった。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、席についた。
するとスカーレットは親指を折る
「一つ目、貴族の出のあの子が、貴族なのにまともに社交的な行動を取らないアナスタシアを軽蔑してる説」
次は人差し指を折る
「二つ目、貧しい家の出のあの子が、貴族という立場にも関わらず…。自由に行動出来る場で何もしなかったアナスタシアを憎んでる説…。そのどちらかだと私は思うの」
エミリーは動かなかった。これまでの行動に説明がついてしまうからだ
「私は…こ、後者だと…思います」
スカーレットはキョトンとした顔をした後、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。
彼女はエミリーの背後まで移動し、肩に手を置いた。そして耳元で囁く
「安心して、私が手を打つわ。簡単な話なの。直接言いに行くの」
その言葉を聞いた瞬間、エミリーの顔から血の気が引いた。唇は恐怖で震えているようだ
―――ヴァイ様にね―――
その言葉がエミリーの鼓膜に残り続けた




