4話 二度目の登録
ギルド内はかなり静かだった。受付嬢と冒険者の男がカウンター越しに小声で会話しているのが一番大きな音と言える。雰囲気はシーンとしていて暗い
離れちゃ駄目…
蒼華が小声で呟いたのを確かにアリスは聞いた。アリスは蒼華の上半身鎧の部分、腰の辺りを掴んだ。蒼華の鎧はプレートアーマー、そして腰には剣。傍から見れば凄い迫力のある装備だ。しかし今の蒼華は迫力がない。まるで借りてきた猫のようだ
蒼華が緊張している理由をアリスは分かっている。当然異世界人差別の事だ。ゆずきがエレンタウンで受けた仕打ちはかなりのものだ。何もしていないのに単なる嫉妬で嫌われる…。その辛さをアリスは…かつてのゆずきは知っている。そしてケノタウンは奴隷商売などが普通に行われ、餓死する子供が当然のようにいる街だ。エレンタウンより待遇が酷いのは、真下のアリスから見える蒼華の顔を見れば分かる
蒼華はそのまま少し下を向きながら受付に向かう。既に異世界人として顔が割れてる以上、決して顔を見せてはいけない。そんな気持ちが手の震えに表れている。その様子をアリスは心配そうな顔つきで右隣から眺める
そして蒼華達がついたのは一番端のカウンター。そこには気だるげな様子の女性が座っていた。カウンターに突っ伏しているがきちんと制服を着こなしている。長くてウェーブがかかった長い黒髪が顔にかかって、右目が隠れているため、左目しか見えない状況。アリスとは髪がかかってる目も、髪色も真逆である
「………んっ、」
ようやく蒼華達に気づいて顔を上げた。すると腕を伸ばしてからあくびをした
「うーす。どうも。なんか用っすか?」
こちらの世界とか、蒼華達が元いた世界とか、そういうの関係なく、こんな最悪な接客態度は滅多に見られないだろう。見た目からして20手前あたりだろうか
「この子の冒険者登録をお願いします…」
すると受付の女性は後ろに倒れそうになり、なんとか踏みとどまった。彼女の左目が最大まで見開かれ、口をあんぐり開けている
「ちょ、こんな小さい子供戦わせるってどういう神経なんっすか!?」
暫く蒼華は黙った何故なら目の前の女性が言ってることはごもっともだからだ。数秒の沈黙を経て、受付嬢は再び口を開いた
「はぁ…あんた自分の子供に愛情とか無いんっすか?その子が本当にあなたの子供なのかは知りませんけど、この子が死んでも良いんっすか?あなたがどう思うかは知りませんけど、子供は金稼ぎの道具じゃ———」
「違う…」
蒼華が呟いた言葉に、流石の受付嬢も口を動かすのをやめた。しかし目はしっかり蒼華が被ってる布を見ていた。次の言葉を待っているようだ。その目は真剣で、アリスを庇おうとしてた気持ちが本気だったと伝わる
「違う…私は、私はこの子が大好き。だからこそ。今!戦う術を教えないとなんです…!」
その声に何人もの冒険者が振り返った。受付嬢は気にする様子もなく、引き出しを漁っている
蒼華…。君は僕がエルフだから、自分が寿命で先に死ぬことを考慮してくれてるんだよね?この異世界だといつ死ぬかも分からない。現に僕だって一回死んだ。でも蒼華は、それを仕方のないこととして受け止めて前を向き、別の者を助けようとしてくれている…ありがとう。ありがとう。ありがとう。何回言っても足りないぐらい。こんなに責任感がある人は初めて———あれ…?
気づくと、アリスの頬には涙が伝っていた。泣いていた。抑えきれなかった。今でもとめどなく溢れてくる。手でいくら拭っても止められない
「蒼華お姉ちゃん…」
アリスは蒼華を見上げた。蒼華のその目元は涙で湿っているように見えたが、その目に諦めはなく、希望が見えていた
受付嬢は、少しばつが悪そうに目を逸らした。やがて立ち上がり、90°頭を勢いよく下げた
「すいませんした!最近は子供を使って金儲けしようとする奴らが多くて、勘違いしてました…」
蒼華はふっと微笑んだ。口元だけしか見えなかったが、その笑顔には演技も計算もない
「この子を守ろうとしてくれて…ありがとうございます」
蒼華もゆっくり頭を下げた。暫くお互いが頭を下げてる状態が続いた。やがて二人は頭を上げた
「あ、えっと…お名前聞いても良いでしょうか…?」
蒼華の言葉に、受付嬢は拍子抜けしたが、すぐ普段の顔に戻ってから口を開いた
「あ、ウガーフっす。ウガーフ・ニュータっす」
そこからはスムーズに登録が進んだ。アリスは泣き止み、ウガーフがカウンター越しに土下座した。蒼華が、アリスが字を書けるという事に気づいて感動のあまり、布の下で号泣しだしたのは言うまでもない
アリスが記入を済ませると、ウガーフが記入した冒険者カードを眺めて確認する
「えっと…名前がアリス…。使用武器は未定。年齢が10歳っすか…。出来るだけ名字の記入も頼みたいっすけど…」
ウガーフが少しこちらを伺う様な言い方をした。無理なら無理しないで大丈夫と言いたげだ。根が良い人だとよく分かる
すると蒼華がアリスの肩に手を置いた。その手は優しかったが、確かなものだった
「この子の名前はイサキョウ…アリス・イサキョウよ」




