表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

大魔術師は帰還した。



3時間ほどは書店に居ただろうか。その間に、大半の日本語は学ぶことができたように思う。まだまだ略語などは網羅しきれていないとは思うが、それは追々で構わないだろう。しかし、この日本語とはなんとも面白い。ひらがな、カタカナ、漢字の三種類が文字として存在するというのが実にユニークだ。元々の文字の大本は中国という国から輸入した漢字だという事だが、色々とアレンジを加えて自分たちの言語に昇華させているのだから素晴らしい。この国の人々はアレンジというものが得意なのかもしれないな。獣人族が身体能力に長け、魔人族が魔術や呪術に長けているのと丁度同じようなものか。

ああ、一応行っておくが幼児向けコーナーは20分余りで卒業した。周りからの目も痛くなってきたし、やたらと子供たちが遊んでほしそうに絡んでくるから大変だったからな。子供は嫌いではないが、如何せん私の知識吸収の行動の妨げを行ってくることが多いため得意ではない。その後は少し上の年齢向けの書物に目を移し、小学生、中学生、高校生、大人向けとランクアップしていった。中でも特に面白かったのは辞書だった。一口に辞書と言っても様々な種類があり、興味をそそられた。和英辞典などはまだ早かったのでやめておいたが、そのうち挑戦しようという気持ちになった。まあ、英語はパッと見たところ、日本語よりは難解な言語ではなさそうだしな。

とにかくまあ、辞書は面白かった。紙が薄いにも関わらず、大抵のものが相当な分厚さであり知識量も膨大だった。20数冊は目を通したが、得難いものを得られたと思っている。特に役に立ったのは現代用語の辞書だ。今後生活していくにあたり、大切だと思われることが多く書いてあった。これで私も現代人として自然に溶け込める……と期待したいところだ。

おっと、そういえば私はこの身体の持ち主の名前すら知らなかった。これでは溶け込むなど大きなことを言えないな。財布に入っていた身分証を再び取り出して、改めて読んでみる。

里中信吾。それが私のこれからの名前になるらしい。おお、なんと中学2年生だったのか。顔立ちからもう少し低めの年齢と予想していたが、14歳か。日本人は童顔、というのは本当なのだな。これは人種…骨格が関係しているのだろうか。確かに平均身長は他国よりも低いようだが、それよりも顔のつくりが幼さを引き出しているのだろうな。日本人の顔立ちは、成長途中のように見えやすく、他国のように成熟が早くない。それはおそらく古くからの食文化も関係しているのかもしれない。日本では肉食文化は比較的近代に始まったようだから、顎の骨や筋肉、歯は欧米人のそれよりも発達してはいないものと思われるし。それに狩猟を主とする文化ではないことから、働き手が絶対的に必要というわけでもなく、子供の成長速度が緩やかでも問題がなかった、ということも予測される。


おっと。考えが完全に逸れている。まあ、思考は加速されているためにほんの一瞬のことだ。良しとしよう。

信吾。信吾か。これからの私の名前。魔術師としての私は死に、里中信吾として私は生きていこう。そう密かに決意を固めることとなった。

ところで、私の家はどこにあるのだろうか。日本でこの年齢であるのなら、一般的にはまだ親の庇護の元生活しているはずだが。財布の中を探してみると、住所らしきもの書かれたカードがあった。

と言っても、見たところで分からないのだが。地図と照らし合わせれば家の場所は特定できるのだろうか。まあ、最悪帰れずとも良い。それよりも今はこの日本という国を楽しみたい。きっともっと面白い文化が待ち受けているのだろうと期待が膨らむ。特に漫画というものは興味も大きい。試し読み専用の小冊子以外は読めないようにしてあったが。そういえば、グルメ漫画というものもあったな。表紙や裏表紙の絵しか見られなかったが、非常に飯が旨そうに見えた。

おっと。そんなことを考えていると、腹が……減った。そういえば昼から今まで何も食っていなかったな。そろそろ書店を離れて、腹に何か納めるとしようか。

さて、案内板を見る限り、一つ上の階に食事処が色々とあるようだ。移動を始める。

おお……これはなんという。辺りに香しい匂いが漂っている。昼時を外れているものの、出入りする人もちらほらと見かける。

一通り廻ってみるとするか。


決めた。ここだ。この嗅いだことのない濃厚な香り。なんとも食欲をそそられる。豚骨、というものか。骨からダシをとっているから、これほどまでに深みのある香りになるわけだな。それでは早速入ってみよう。


旨かった。非常に。満足だ。

食事中は考えるよりも味覚に集中してしまった。空腹であったというのも一役買っていたのだろうな。白濁した濃厚なスープが細くも噛み応えある麺にしっかりと絡み、口腔に吸い込まれていく。煮だされて輝くほどになった脂が舌の上で踊り、程よい塩辛さが際立つ。そして食欲を更に増加させるニンニクの香り。さらに、とろとろとした薄い肉が噛まずとも口の中で溶けていく。

暴力的なまでに美味であり、衝撃の強い食べ物であった。


さてと。腹ごしらえも済ませたところで、今日の宿を決めなくてはな。旅行誌を呼んで察するところ、この所持金では宿代は足りない。それに、未成年者だけで泊まるのは不可能だろう。

そうなると、今日の所は公園でいいような気がするな。うん。季節的にも冷えたり暑くなったりはしないだろうから、公園で十分だろう。日本の治安は世界有数らしいしな。まあ、一応は警報用の防犯魔術は掛けるが。

そうと決まれば、公園へ移動しよう。


外はすっかり日が落ち、夕暮れの様相を呈していた。知識を求めていると、やはり日が暮れるのが早いな。さて、公園に移動し、寝やすそうなベンチを探す。ああ、この大きさならいい感じだろうな。早速ではあるが寝るとしよう。多少はこの身体も消耗が見えるようだからな。横になり、防犯魔術をかけ、それでは。お休み。





光と、そして脳内に響いた警報で起きた。どうしたどうした。ここは法治国家日本ではなかったのか。やや混乱しながらも目を開ける。すると、目の前に居たのは二人の男。どちらも青い、同じ装いの服を着ている。その手にはライトが灯っており、非常に眩しく感じる。なんだ、この二人は?私がそう考えるとほぼ同時に、脳裏に浮かぶものがあった。

警官。そうだ、この二人は警官だ。辞書にも書いてあったし、漫画コーナーに置いてあったやたらと巻数の長い漫画ではこんな青い制服を身に着けている登場人物が表紙に載っていた。

そうすると、この二人は私が不審人物だと当たりをつけてここに来たのだろうか。そこまで考えたところで、警官の一人から声を掛けられた。


「こんばんは。ごめんね寝てるところ起こしてね。君、こんな時間に一人でどうしたの?家出かな?」


なるほど、家出少年が行く宛てなく公園で寝ていた、と読んだわけだ。まあ、ある意味そうなのだろうか?それはそうと、私には一応、布石を打って用意した答えがある。


「ああ、こんばんは。一先ず訂正から入らせてもらいますが、家出ではありません。まず、この時間にここに居るのは全くの予想外です。というのも、昼過ぎに髪を切りに家を出、髪を切ったのちに通った道で、誤って階段から落ちてしまったからです。体に打ち身や切り傷はできましたが、幸い大きな怪我はなく安心しました。その後遅めの昼食を摂りこの公園に来たわけですが、如何せん階段から落下したダメージは少なくないほど残っていたのか、体を横たえなければ少し辛い状況でした。そこで体力を回復させようとベンチで横になったところ、予想以上に熟睡してしまい、この時間まで公園に居ることになったわけです。以上が事の顛末になります。」


うむ、我ながら完璧な説明だろう。パッと考えた割にはな。


「あ、ああうん……。そ、そうか…。…えー、階段から落ちて、疲れて寝てたってことか。どこか大きな怪我はしてないかな。酷く痛むところがあればすぐに医者に行ったほうが良いからね。」


こやつ、若いながらちゃんと心配をするとは中々に人ができているな。表情から見るに、本当に心配しているようだし。


「いえ、有っても打ち身だけのようですね。ご心配有り難く頂戴いたします。」


「い、いえ。……あー、えーと。君、家はここから近いのかな。親御さんには迎えに来てもらえる?」


う、あまりされたくはなかった質問だな。私にわからないからな。しかしまあ、取りあえず身分証を見せておけば大丈夫だろう。親御さんには、と言っている辺りからすでに財布を取り出す動作には入ったため、そのままスムーズに学生証と住所の書かれた身分証を取り出して提示した。


「あ、身分証ね。…里中君か。住所は…ああ、あの辺り。そういえば交番に捜索の通報が入ってましたよね、坪さん?」


警官のうち私と話していたのは若い方なのだが、その若い方が後ろに控えている5、60代の警官に話しかけた。


「ああ、あったな。親御さんが電話してきたんだろうな。確かに里中という人からだったはずだ」


既に捜索の連絡が入っていたとは思わなかった。時刻は…9時前といったところか。まあ、そのぐらいであれば流石に探そうと考えるだろうな。


「だそうだから、一旦里中君は交番の方に来てもらえるかな。そこで親御さんに連絡して、迎えに来てもらうという形にするからね。」


良かった。これで宿無し生活が強制的に終了できる。短い時間だったが、世話になったな。公園。


「ええ、分かりました。随行させていただきます。」


そう述べ、私はベンチから立ち上がり、警官たちについていった。



その後20分余り、私は打撲痕を冷やすために貰った氷嚢を腕にあてつつ、警官の仕事ぶりや暮らしぶりを聞き及んでいた。現職の警官の話を聞けるというのは滅多に無い機会だろうからだ。貴重な20分間であった。ところで、磯谷と名乗った若い警官の彼が、私に対して敬語をよく使ったのは何故なのだろうか。日本には儒教の考えから年功序列というものが広く浸透しているはずなのだが。


それはともかく、我々の会話は打ち切られた。里中信吾の母親が現れたことによって。

交番の外に車が止まったことを認識するや否や、車から降りてきてこちらへ歩いてくる存在があった。


「信吾……!!」


声を掛けてきた人物へ目をやると、そこには30代半ばになるだろう女性が居た。なるほど、目尻の辺りや鼻の頭などから遺伝が伺えるな。親子と言われずとも要所要所が似ているため、血のつながりがあることが分かり易い。

それに遅れてもう一人、車から降りてくる人物がいた。

背格好は私より小さく、明らかに少年といった顔をしている。もしや、弟か。私には兄弟というものが居なかったために、多少なりとも憧れがあったのだ。


まあ、それはともかく。目の前で母親が私に色々と言ってきている。目にうっすらと涙を溜め、心配した、でも無事でよかったと言う様子には本当に心配していたのだろうと思わせるものがある。この人は良い母親なのだな、と心から感じる。母親は私が保護されるまでの証言を電話で聞いていたというのもあるのだろうが、その口から咎める言葉を一切発しなかった。それに対して私はごめん、とだけ言っておいた。あまり喋るとボロが出るだろうという判断からだ。


その後は、書類の手続きを少ししてから母親と弟共々警官に礼を言い、車に乗って帰宅の途についた。もっとも里中信吾にとっては帰宅だが、私は初めて行く場所なのだがな。まあ、それを考えると少し物悲しくなってしまう。私は思考を逸らし、車の計器へと興味を移していった。






お読みいただきありがとうございます。

1話が思案、3話が帰還と、韻を踏めている感じがします(狙っては無い)。

次の投稿は9月19日0時となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ