大魔術師は教育した。
私を呼びに来た吉田氏に礼を述べ、織田と安形に声をかけて廊下に出ていく。
教室から出てすぐ左を見ると、男子生徒が5人ほど屯していた。見た目や雰囲気から察するに、私に対して友好的というわけでは無いのは理解するに難くない。彼らは私の姿を見るや否や、ニヤニヤとした嘲笑を顔に浮かべた。
「よお里中。久しぶりじゃんか。ちょっと話あっからついて来いよ。はは、お前に拒否権ねーけどさ」
おお……?これは俗に言う呼び出しというものか。なんというか謎にワクワクしてしまう。自分がこの立場になるということは未だかつて無かったことだからな。ここからどうなるのだろうか。高揚感を内に秘め、素直に私は彼らに着いていく。
先程よりは人気の割と少ない、階段の踊り場に連れて来られた。彼ら5人は私を囲むような立ち位置を取ると、リーダー格らしい少年が話しかけてきた。
「里中あ、お前やっと学校来たんだ。家に籠ってママに甘えてなくてよかったのかよ?それとも俺たちに遊んで欲しくなって出てきちゃった?オモチャにしてやろうと思った途端に来なくなるし、お前が戻ってくるまですげえ暇だったわー。他のオモチャ探して遊んどこうかって考えてたところだったって」
何面白いのか、少年たちは顔を歪めて私を笑う。
「でも丁度お前が戻ってきたからさあ。ほんとタイミングばっちりだったな。マジで虐められるために学校来たんじゃね?お前」
醜く嗤う彼らの表情は正直心地よい物とは言えない。
ただまあ、この程度で煽った気分になっていることを考えると、なんというか中学生というものは可愛らしいものだな、という微笑ましい感情さえ生まれてくる。
リーダー格の彼だけではなく、同じような煽り文句を言ってくる中、私は表情を不思議そうな物を見るように変え、そして呟く。
「ね、君らって誰だっけ」
彼らは挑発するとどういった反応を示すのか、非常に興味がある。
「ちょっと僕、興味無いものに記憶力割けなくてさ。名前何だったっけ、君たち」
この台詞を口にするや否や、彼らの表情が一変した。お、ここまで感情の変化が早いとは。これが若さか。
「……は?なに、何調子乗ってんの?お前の頭が足りねえんだろ。引き籠りのクセしてふざけてんじゃねえよ」
リーダー格は特に、人に侮られたり関心を持たれないことに苛立ちを覚える、プライドの高い性質であったようだ。今にも私に掴みかからんという程の捲し立て方で喋っている。他4人も、殺すぞなどという暴言を吐いているが、ここからさらに畳みかけよう。困ったように微笑を浮かべ、言葉を紡ぐ。
「ごめん、脳内隈なく探したけど、誰の名前も顔も知らないかな。初めて見た気がするけど、みんな…面白い顔してるね?」
煽っているというかこれ、本心なんだけどな。誰の顔も当然ながら本当に初見だ。
完全に限界を超えたらしく、リーダー格が私の胸倉を掴み上げてきた。
振り解いても良いが、少し考えついたことがあるのでそれを実行するとしよう。魔術を発動し、幻影を作成。また、音響もついでに追加しておく。なおこれらは私と彼らにしか感じ取れないように波長を合わせている。
「何?遊びたいのかな。別に良いけど、ちょっと状況が悪いんじゃない?」
意味あり気に階段の下に視線を投げかけながら問いかけると、少年らのうち2人程が上手く釣られて階下を覗く。
すると私の造り出した幻影にすぐに気が付き、井上だ、と小声で囁き焦燥を見せ始めた。
流石に教師に見つかるとまずいと感じたのか、彼らは及び腰になる。が、リーダー格はそんな中でも私への憎悪のような視線を変えない。周りにせっつかれてやっと、しぶしぶ私の制服から手を放し、言い放った。
「……放課後に体育館倉庫の裏に来いよ。逃げたら家まで行ってぶっ殺す…!!」
私は律儀にそのラブコールに返事を送ってあげる。
「うん、待ってるよ。ちゃんと全員で来てね?」
それをちゃんと聞いていたかは定かではないが、彼らは階段を上がって姿を消した。
また、私も発動した魔術を解き、井上教諭の幻影を霧散させる。
いやあ、登校初日にしてこんな大層なイベントに出会うことができるとは思わなかった。
さてさて、実に、実に放課後が楽しみだ。
終礼が終わると、私はすぐに体育館倉庫に行くべくして席を立った。そんな私を見た織田が、どこへ行くのかと私に問いかけてくる。職員室に用があるから、と事前に用意した答えを返すと、織田は何か思うところがありそうな表情になる。が、すぐにその表情を霧散させ、そうかと呟いた。
昼休みの呼び出しの後も少し話を聞かれたが、これはもしかして察しているのだろうか。久しぶりに学校に来た者が他の生徒に呼び出されるということから、何が起ころうとしているのかに。
…織田は中々の世話焼きなんだな。
そんなことを考えた私は、思わず出た笑みと共に言葉を紡ぐ。
「大丈夫、用事はすぐに片づけて来るから」
織田はそれを聞いて顔を上げ、懐疑的に本当か、と口にした。
「15分で戻るから、できれば一緒に帰ろうよ」
すぐに戻ってくるという宣言を聞いて、彼は念を押すようにこう言う。
「…一人で平気か?」
問題ないと私が返すと、諦めたように溜め息をつき、
「遅くなったら呼びに行くからな、……倉庫裏。」
と、昼休みの出来事を見ていたのだと明言した。
油断していたが、後をつけていたのだろうな。どこからか話を聞かれていたらしい。その上で心配をしてくれていたのだな。頭の下がる思いだ。
その案ずる気持ちを無碍にはできない。しょうがないので、予定を10分で切り上げることに決め、私はひらひらと手を振って教室を後にした。
教室で見た校舎見取り図の記憶を頼りに、体育館倉庫の裏手までやってきた。なるほど、ここならあまり人は来ないだろうな。まあ、放課後の部活動などがある団体が近くに来るかもしれないので、そこは魔術で誤魔化すとする。また、いくつか仕掛けをしたのちに軽く準備運動をして時間を潰しておく。さて、1、2分をそこで過ごした所で彼らが姿を現した。
きちんと全員で来たようだ。よしよし、偉いぞ。…だが、少し遅いのではないか。本当は私が来る前に来ておくべきであったろうに。そこは少々の減点要素だろう。メニューを一段階厳しく設定することとした。
遅れてやってきて早々に、彼らは私に罵声を浴びせ始める。ううん。それは別に良いから、早く始めたいものだ。
そう考えたので私も彼らに倣い、一煽りしてみようか。
唐突にふふふ、と笑い声を出し、彼らが私の笑みを訝しんだところで台詞を投げかける。
「いやあ……最近のゴミって技術が発達してるんだね。だって、喋るんだもん」
ネットの海で見かけた文言を弄ったものだったのだが、その効果は抜群のようだ。
リーダー格の表情は一瞬で憤怒に染まり、それ以外の取り巻きを怒りを爆発させている。リーダー格の声掛けで私の両腕が取り巻き立ちによって押さえられる。
「お前、生きて返さねえから」
おや、何やら軽々と殺害宣言をしてしまった。いやあ、最近の若者は怖いな。ああ、最近の若者はと言っても、近年の日本における若者の犯罪は件数がどんどん減少しているのだがな。まあその分だけ、自分の感情を内に溜め込んでしまう人々が増えては居るのだろう。突発的に気持ちが爆発してしまいやすいという傾向はあるようだ。
目の前で怒り狂う彼もそんな……いや、特に感情を溜め込む事情があるかどうかも窺い知れないので別にどうでもいいな。それは。
考える前に、一先ず状況の打開から入ろう。
私は身体をから力を抜くようにして、後ろに倒れる。そうすると、両手を押さえていた二人は急にかかった負荷を支えようとして倒れる方向に足を出して重心をのせる。そうなったタイミングで私は跳躍して身体を浮かせ、両者の首に脚を引っ掛け、そして一気に脚を閉じる。
ゴツン、という頭同士がぶつかる良い音と共に二人が崩れ落ちる。私はついでに、その倒れた身体の上へと着地する。
「さて――。それじゃあ、特別授業でも始めようか?」
私はそう口にすると、慈愛に満ちた笑みを投げかけるのだった。
それから約30分ほど。彼ら5人の拳を避け、捌き、そして転がしつつ悪い点を指摘していった。
用はまあ、稽古をつけていたわけだ。全員、拳の振り方が全くなっていなかったからな。
「そんなへなちょこなパンチでどうするんだ。全く届かないぞ?重心がまだまだ高いって言ってるだろう。足をもっと踏み込め。そして肩と背中の筋肉も意識する。」
こんな具合に、5人共を指導しつつ休みなく動かしていると、大半が体力切れで動けなくなっていった。今は既に、立っているのはリーダー格だけであり、それ以外は荒い息を吐きながら疲労困憊した様子で地に伏している。
かく言うリーダー格ももう限界に達しており、全身からは滝のような汗が流れている。膝も笑っていて、何とか気力だけで立っている状況。そんな風になりながらも、彼の心はまだ折れてはいないようだった。
「クソ…がぁ……!なに、が…へなちょこ……だ……」
因みにこの稽古は師匠直伝のもので、その指導を受けた者は概して、そこそこ強い格闘家と渡り合えるようになる。本職が魔術師であるにも関わらず、だ。
ギリギリとはいえ、それに30分ついてこれるような気力は中々に見上げたものである。
彼の性格はともかくとして、そこは割と評価できる点だろう。少しだが、私はこの少年のの認識を改めることとなった。
さて、そろそろ時間も差し迫っている。最後に、一度きちんと心を折っておくとしようか。
「いや、へなちょこだ。まるでなっちゃいない。……お終いに、本当の拳を教えてやる」
私は拳を握る。そして両足を広げ、腰を落とし、拳を握った右手を左手で包むような格好になり、そして心の中で呟く。
(さいしょは……ROCK)
同時に拳に魔力を溜めていく。これで軽く岩くらいは壊せる程度にパンチが強化されるだろう。
気絶しない程度に殺気も飛ばすと、少年は身体を強張らせて動けないような状況になった。
そうして固めた拳を、腕、肩、背中の筋肉と一瞬で連動させながら、顔面めがけて勢いよく突き出す。
ぶわり、と少年の周りの空気が揺らぎ、土埃が舞い上がる。
拳は彼の顔の真横を貫いて静止した。
その表情は恐怖に歪み、目元には今にも零れ落ちそうに涙が溜まっている。全身が震え、力が抜けていき、そして膝から崩れ落ちていった。
…よし、上手に折れたようだな。
しかし、ちょっとばかり魔力の拡散に指向性を持たせ過ぎただろうか。拳が速すぎて空気を押し出したかのように見える状況になってしまった。
それは今更仕方がないことなので、もう立ち去ることとしよう。
死屍累々と化した体育館倉庫裏を、時空収斂の空間を消しながら歩き去っていった。
空間外の時間は約10分が経過していたので、狙い通りのタイミングで戻れたようだ。これで織田には心配をかけなくて済んだな。そんなことを考えながら靴箱に向かっていると、丁度うちの組の靴箱に織田の姿が見えた。
織田は私に気づくなり、眉間にしわを寄せ、大丈夫かと声をかけてきた。
それを見て、解決した、傷一つないと答える。
彼は私の仕草に不自然な点が無いことを見回して確かめると、ようやく表情を緩めた。
そしてぶっきらぼうに、ならいいと呟くと、安形も待っているからと早く教室に戻ろうと私を急かす。
まだまだ互いの距離感を掴みかねていながらも、真摯に他人を思いやる気持ちを持つ彼に、私は心の中で感謝を思わずにはいられなかった。
教室に戻ると、帰り支度を済ませた格好の安形が、他の生徒たちと談話している光景が目に飛び込んできた。
また、私達が教室に入るや否や安形も気づいたようで、喋っていた生徒たちへ気さくに別れの言葉をかけると、小走り気味にこちらへ寄ってきた。
「お、ノブと里中っち一緒に戻ってきたかー」
「ああ、トイレから戻るときにちょうど合流した」
なるほど、織田はトイレに行ってくると誤魔化して下駄箱に来ていたのだろう。
「そかそか。そんじゃあ帰るか。あ、どっか寄り道でもしてく?」
あそこのたこ焼き屋が、いや甘いものを食いに、などと3人で愉快に話し合いながら、私達は教室から出ていく。
さあ、帰ろう。
この、得難き友となるであろう彼らと共に。
次話で最終話となります。
12/3 誤字修正 くやしい…でも修正しちゃうっ




