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部屋の片づけを済ませた後、文乃が横浜に引っ越してきてから見つけた近所の美容院へ電話をすると、夕方に空きがあって予約できたので、一休みした後、黒のノースリーブのマキシワンピースに、デニム地のウェッジソール、麦わら帽子をかぶったラフなスタイルで徒歩3分の所にある「ル・ブラン」へ向かった。




にぎやかで活気のある場所よりも。静かで緑豊かな場所が好きな文乃が住んでいるのは、横浜でも郊外の閑静な住宅街にあるマンションだ。ニューヨークのセントラルパークをイメージしたという公園は、文乃も休みの日に度々訪れるお気に入りスポットとなっている。


その公園通りに沿って店を構えているおしゃれな区画に「ル・ブラン」はある。




長いこと南フランスに住んでいたという若い夫婦が経営するこの美容院は、まるでフランスから抜け出してきたような、レンガ造りの可愛らしい外観をしている。




「文乃さん、いらっしゃい!今日はどんな感じにする?それともお任せにする?」




ドアを開けて出迎えてくれたのは、担当してくれている奥さんの美緒さんだった。


165センチの文乃よりも高い長身と細身の体系に、ショートヘアが似合う美人だ。




「美緒さん、こんにちは!急だったのにありがとうございます。今日もお任せでお願いします。美緒さんに頼むと間違いないですから。」




ふと思って、いつもはしないトリートメントもついでにお願いした。


やましい気持ちはない。たぶん。




「あっ、そうだ。美緒さん、これ差し入れ。実家で採れた野菜ですけど、どうぞ。」




「いいの?ありがとう~!うわぁ、おいしそうっ!!お礼にホームトリートメントをサービスするね。」




夏野菜のカレーにしようかしら、なんて言いながら、旦那さんに野菜を渡して、こちらに戻ってきた。




「さて、お任せってことだけど、長さは変えてもいい?夏に向けて、少し短くした後に毛先にパーマかけて、肩の辺りで揺れる感じにしたいなと思うんだけど。元々きれいな栗色の髪だから染めるのはもったいないし。」




「うーん、そうですね。せっかくだし切ってみようかな。」




「そうこなくっちゃ♪」




うんと可愛くするねー!と言ってカットとパーマ、トリートメントをすること約3時間。


鏡の前には来る前とだいぶ雰囲気の変わった自分が映っている。




「うん、すごくいい!!文乃ちゃん、こういう可愛い髪型も似合うね!」




肩の辺りでフワフワと揺れる栗色の髪の自分がなんだが別人みたいだけど、ストレートロングの時よりしっくりくる。




「私も気に入りました!美緒さん、ありがとう!」




「いいえ~、どういたしまして。あっ、文乃ちゃん、来週の土曜日って空いてる?うちの庭でバーベキューするんだけど、よかったらおいでよ!お友達連れてきてもいいし。」




「わぁ、行きます!」




「オッケー、それじゃあまた近くなったら電話するね。」




最後にホームケア用のトリートメントの使い方を教えてもらって美容院を出ると、外はすっかり暗くなっており、着替えをしに急いでマンションへ戻った。




カーキ色のミモレ丈スカートと、黒のカットソーというシンプルな服に着替えて千尋の店へ向かう。


千尋の店の前まで着くと、ちょうど先客が帰るところだったようで、車に乗って挨拶する客人たちを見送りにでていた。


その車が出た後、すぐこちらに気付いて手を上げる。




「伊達さん、お店の裏に車を回してもらえますか?」




千尋は一旦店の扉に鍵をかけたあと、文乃を誘導し裏手へ回らせた。裏手にも玄関があったが、店の入り口とは違い、こちらは居住している人の出入りする入り口のようだ。




「伊達さん、こんばんは。さ、中へどうぞ。」


野菜の入った袋を千尋が持ってくれ、彼へ促されて正面の店に回ると、店の中からニャーニャーと鳴き声が聞こえる。扉を開けると、文乃の足にスリスリと擦り寄ってきた。




「ましろも伊達さんの事をお待ちしてましたよ。こちらの荷物は足元に置きましょうか?」




「それ、実は差し入れなんです。実家で採れた野菜なんですけど、良かったら食べてください。」




袋の中からいくつか取り出して見せると、千尋が嬉しそうに受け取った。




「ありがとうございます。どれも新鮮でおいしそうだ。早速今日の料理に使わせていただきますね。今日おすすめしたいお酒は日本酒ですが、伊達さんはお好きですか?」




日本酒――ー文乃の一番好きな酒だ。大好きだと伝えると、千尋も好きだそうで、話が盛り上がる。




早速キッチンへ入り料理を始めた千尋と、他愛のない話をしながらましろと遊ぶこの時間は、とてもゆったりしていて、心が落ち着く。


畑に生えていた、ねこじゃらしをましろにお土産として持ってきたが、気に入ってくれたようで、食いつき気味で遊んでいる。




「今日は東北の日本酒なので、東北フェアにしてみました。三陸産のホヤ刺と、サメ軟骨の梅水晶、山形のこんにゃくをしようした甘辛煮です。」




「わあ、どれもおいしそう!お酒はどれがおすすめですか?」




「そうですね、まずはすっきりとした青森県の豊杯にしましょうか。」




お好きなおちょこでどうぞ、と言って見せてくれたおちょこはどれも一点物のステキば代物だ。紺碧色のおちょこに注がれた豊杯はすっきりとしていて飲みやすい。


美味しいつまみに上手い酒、メインがでてくるころにはすっかりほろ酔いになってしまった。




「今日のメインは、マグロの窯焼きと、先ほどいただいた野菜のバーニャカウダです。お酒は福島の飛露喜にしてみました。これ、実は私が一番好きな日本酒なんです。中々手に入らないのですが、先日久しぶりに入荷したんですよ。」




今度はワイングラスに注がれて、サーブされる。先ほどの日本酒よりも、豊かな香りが広がる。




「ね、千尋さんもまだ夜ご飯食べてないですよね?一緒に飲みながら食べませんか?」




「それじゃあ、お言葉に甘えて。」




キッチンから出てきた千尋は、おちょこと箸を持ってきて、文乃の隣に座った。千尋から爽やかなマリンノートの香りがしてドキっとする。




「伊達さんからいただいた野菜、本当においしいですね。今度はチーズフォンデュもいいな。」




千尋は、自分の納得できる野菜を探していたところだったらしく、「伊達の野菜」(決して俺の何とか、に対抗して付けたブランド名ではない。)にとても興味を持ってくれたので、実家の連絡先を教えた。




「千尋さんなら、きっと兄達の御眼鏡にかなうと思います。」




その後は色んな話をして盛り上がった。


千尋はとても聞き上手かつ話上手、かつ酒豪だった。




楽しくて色んな話をして、気づけば終電の時間も過ぎ…


そして気づけば寝落ちしていた。




膝にましろを乗せたまま、カウンターに伏せてスヤスヤと眠る文乃の髪を撫でながら、千尋は苦笑した。




「まったく、俺だって一応男なんだけどな。」




こんなに安心した顔で寝られたら、手を出せないじゃないか。




そっとましろを文乃の膝の上から降ろし、文乃を抱き上げた。


自他共に認める大食いと言っていた文乃は驚くほど華奢で軽い。


そのまま自室のベッドまで運びそっと寝かせると身じろぎする。




「う~ん、千尋さん。もう一杯…」




むにゃむにゃと幸せそうに千尋の服を掴んでいる。




ちゅっ




そっと口づけをする。




にゃーにゃーと、足元でましろが抗議している。




「このくらいいいだろ。」




よしよしと撫でて、ましろをベッドの上に乗せてやると、文乃の隣で丸くなった。


名残惜しいが片付けに戻らなければ。




そして片付けをしてシャワーを浴びたら、彼女の眠るとなりで寝よう。


明日の朝、文乃が驚く姿が楽しみで仕方ない。




「おやすみ、文乃。」




そうして二人と一匹は眠りについた。



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