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長くなったので、二回にわけます。

文乃が、千尋の「名のない小料理屋」を訪れて早2週間がたった。

この間は、前回嵐の日に訪れた、竹下グループのホスピス病院で扱ってもらえる可能性のある医薬品の選定をし、医師や薬剤師と幾度かのディスカッションを行った。それだけでなく、今年の新入社員が先週、文乃が課長を務める第一エリアにも配属されたため、OJTのプランを部下と検討するなど大忙しだったが、ようやく昨日目処が立ち、今日は久々に残業なしで帰宅できた。


「さてと、お風呂に入って寝るとしますか。」


誰が聞いてなくても、独り言が増えるお年頃。年取ったなあと思いつつ、着替えを取りに寝室へ行こうとすると、携帯が鳴った。


「もしもし?」


「おー、文乃!俺だよ俺!」


おれおれ詐欺か!っと突っ込みたくなる電話の相手は、文乃の3つ上の兄の恭輔だった。


「恭兄、声でかいってば…。珍しいね、恭兄の方から連絡してくるなんて。」


文乃が実家のある神奈川に戻ってきてからは、顔を合わせる機会も多いが、昔は年に1度会えるかどうかだった。なにせこのバイタリティーにありふれた兄は、世界中を飛び回りフラフラしていたのだから。それが、昨年実家の家業を継ぎ、ようやく一箇所に落ち着いたようだ。


「それがさー、今年は気候が良かったもんで豊作なんだが、俺らだけだと収穫が追いつかないんだよ。だからお前に手伝って貰おうと思ってな。どうせ明日暇だろ、お前。」


「ちょっと、私だって忙しいのよ。急には無理だってば。」


この所、休日出勤が重なって、部屋が大変なことになっている。この部屋をまず何とかしなければ。それに早朝から野菜の収穫は勘弁して欲しい。そう、私は忙しいのよ。


「そう言うなって。好きなだけ鎌倉野菜持ってっていいから。そんで彼氏にでも食わせてみろ。コロッとお前に落ちるぞ。胃袋をつかめ胃袋を!」


「そんなんで落ちたら今頃苦労してないわよ。」


半ば呆れながら兄の言葉を一蹴したが、はたと気づく。

千尋に差し入れしたら喜んでくれるのではないかと。


「…ねぇ、何種類位の野菜を収穫する予定なの?」


「そうだなぁ、10種はあると思うぞ。手伝う気になったか?」


それだけあったら、色んな料理に使えるのではないか。それに自慢じゃないが、実家で作ってる野菜は家族の贔屓目を抜きにしても、美味しい。

…うん、この間のお礼もあるし。


「も、もう今回だけだからね。何時に行けばいい?」


「さっすが俺の妹!サンキューな。それじゃ4時にはうちに来てくれ。5時から収穫する予定だ。」


相変わらず早いと思ったが、約束したからには明日は早起きしないと。


そう思い、早々に風呂に入ってベッドに入った。





ーーー翌朝@伊達家


兄「よーっ!!今日もいい天気だな!サクサク収穫すっぞー!」


母「ふみちゃん、ちゃんとほっかむりしないと日焼けしちゃうわよ〜。」


父「文乃、おはよ〜。」


文乃が車で実家に着くと、すでに家族は外で待っていた。

皆揃って作業着にほっかむり姿で軽トラの前でブンブンとこっちに向かって手を振っている。


文乃本人も同じ作業着を持ってきている。父がデザインしたというカーキ色の作業着の右腕には伊達印だてじるしとデカデカと刺繍が入っている。…父のセンスはいかがかと思うが、言うとしょんぼりするので黙っている。


とりあえず、家族に適当に相槌を打って、家の中に入り着替え、軽トラに乗って伊達家の畑へと向かう。


文乃の実家は代々、鎌倉野菜を作っている農家で、鎌倉山の近くに広大な土地を所有し、多種類の鎌倉野菜を栽培している。


代々受け継がれてきた独自の技術で作られる野菜は、どれも高品質で美味しいと有名で

、瞬時に完売してしまうため、直接契約がある相手としか取引していない。相手は伊達家が認めた者のみで、認めれば有名な店だろうと、無名だろうと、個人の家だろうと問わない。今では毎日のようにシェフや料理人自らが契約の交渉に来ているらしい。


「母さんと文乃は、トマトやなす、ピーマンのあるハウス内の収穫を頼む。父さんはビーツとスイスチャード、二十日大根、俺はあっちの畑で収穫してくる。」


恭輔が、一通り役割分担をし、それじゃあ解散!という合図の後、母親とハウスへ向かった。


まずトマトのハウスへ入ると、甘いいい香りがする。


普通のトマトからスイーツトマト、緑や黄色などカラフルなミニトマトなど様々だ。

早速作業に入り、黙々と収穫をする。文乃はこの集中できる収穫作業が結構好きだった。


母も黙々とやっていたが、だいたい収穫できたところで話しかけてきた。


「ふみちゃん、今日はありがとう。恭ちゃんが無理いったでしょう?」


ごめんね、という母はとても3人の大人の子供がいるとは思えないほど可愛いらしい。


この人の、ほわんとした優しげな雰囲気を自分やあの姉は、産まれる前にどこかに置いてきたようだ。


「大丈夫だよ。お母さん達にも会いたかったし、野菜もらう約束もしたから。」


「あら、そうだったの?ふふ、好きな男性に食べてもらいなさいね。男の人は胃袋掴むと間違いないわよ。」


「そ、そんなんじゃないよ。自分で食べるの!」


兄といい、母といい色々鋭い。


「ふふ、そういうことにしてあげる。さ、次はナスのハウスへ行きましょう。いい緑ナスがなっているわよ〜。」


千尋ならどんな料理を作るんだろう、と無意識のうちにあの優しい笑顔を思い浮かべた。




ーーー2時間後、軽トラには溢れんばかりの色とりどりの野菜が積まれていた。


ナス、ズッキーニ、トマト、バナナピーマン、からし菜、ルッコラ、スイスチャード、二十日大根、ビーツ、オクラ、ヤングコーン


軽トラで実家に戻り、シャワーを浴びた後、2籠分盛り盛り野菜を貰って自分の車に積んだ。


「もう帰るのか?」


兄が野菜を文乃の車へ運ぶのを手伝ってくれた。


「うん、家の掃除もあるしね。…今日はありがと。久しぶりに収穫したけど楽しかった。また来るよ。」


文乃がそういうと、恭輔がガシガシ頭を撫でた。


「礼を言うのはこっちだ。それに、ここはお前の家なんだから、いつでも帰って来いよ。」


父さん達だって楽しみに待ってるよ。

玄関に目をやると、父と母がこちらに向かって、また来てね〜、って叫んでる。


「うん、またねー!」


…家族ってあったかいな。

手伝いに来てよかった。


ほっこりしながら、千尋の店へ向かうために着替えるべく、マンションへ向かった。



ーーートゥルルル


「はい、もしもし」


3回目のコールで千尋が電話にでた。

あの、痺れるような美声を聞くのは2週間振りで、思わず緊張してしまう。


「ち、千尋さんこんにちは! 伊達です。この間の嵐の日にお世話になった。」


ふと、沈黙になる。もしかして千尋は自分の事など忘れてしまったのだろうか。

何故かキュッと胸が苦しくなる。


「こちらこそ、あの日はとても楽しかったです。ましろも時々キッチンの方にでてきて、貴方を探す素振りをみせてます。あの後、風邪は引きませんでしたか?」


どうやら杞憂だったようで、覚えていてくれた。嬉しくて弾みそうになる気持ちを抑えつつ、今日の要件を伝える。


「はい、おかげさまで風邪も引かず元気です!…あの、とても急なんですが、今日の夜、またお邪魔してもいいですか?」



「ええ、ただ今日は19時から予約が入っているので、22時頃でも大丈夫ですか?遅くてすみません。」


「はい!明日も休みなので遅くても大丈夫です。車停められますか?」


良かった。停められますよ…


千尋はそういった後、また少し考えごとをしているのか沈黙する。


「…伊達さん、お酒はお好きですか?」


「?はい、好きですけど…」


「実はいいお酒が手に入ったので、良ければ飲みませんか?帰りは私が送りますので。」


ゴクリと唾を飲む。

なにせ文乃の趣味の一つは晩酌なのだ。魅惑的な誘いには乗らずにいられない。

千尋が送ってくれるというが、終電に間に合うように店を出ればいい。


「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします。」


「誘って良かった。それじゃあ、22時にお待ちしてます。」


電話を切った後、時計をみる。まだ11時だ。

家事をして、その後は久しぶりに美容院に行こう。それでもまだ時間に余裕はある。


「よし、頑張るぞー!」


腕まくりをして掃除に取り掛かった。


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