つまりご自分のことをおっしゃっていますのね?
夜は王宮で歓待を受けた。
大広間の中心には国王がいて、その周りをたくさんの夫人と子供が囲んでいる。もちろん国王お気に入りの第14夫人は国王の隣におとなしく座っている。
王族の数が多くて圧巻の一言である。
特に若い女性の服が見れば見るほどベリーダンス衣装っぽい。
フェイスベールで口元を隠した彼女たちは妖艶そのもの。化粧の仕方もあるんだろうけど、うちの国にはない美しさがあるので、同じ女性であっても見惚れてしまう。
彼女たちのゆったりしたハーレムパンツから覗くくるぶしにはアンクレットがついている。肌は健康的な小麦色で、細い腰を惜しげもなく晒していた。
一方で男性陣は露出少なめだった。市場にいる人たちよりもいいものを身に着けているけど、質がいいものを使用していて、装飾が多い以外はそこまで変わりはない。
ぐるっと一周見渡したけど、ここにいる人は健康体に見える。市場で見た民たちの痩せ具合とは全然違う。
年単位で人道支援を施してきたはずなのだが、どうにも引っかかる。
ヴィックには、「これ以上の干渉はするな」と指摘されたので何も言えないのが辛い。
この国の状況は、私が住んでいた旧サザランドと被って見えて複雑な気分になる。国としての面子を保つために、こうして豪華な歓待をしてくれるんだろうが、どうせならそのお金を民たちへ分配して還元してほしいと思うのは、間違った考えなのだろうか。
『おひとつどうぞ』
『いや私は結構』
ヴィックは王女からの酌をお断りしていた。
旅先だし、明日も朝早くから視察に出かけるつもりなので酔いを持ち越したくなかったのだろう。国から付き従ってきた従者が淹れて毒見された紅茶を飲んでいた。
異国に来てまで紅茶。もしかしてこっちの水が合わなかったのだろうか。
断られた王女が一瞬顔をしかめたように見えた。プライドを傷つけられたのだろうか。彼女はあっさりと離れていった。
あれ、私にはお酌してくれないんだ? あぁ、女は自分で注げって国なのかな? まぁ私お酒飲まないんだけどね。
ドレス姿の女性を見て育ったヴィックの目には、ここにいる若い女性たちは薄手の布を巻き付けただけの過激な姿に見えることだろう。しかし彼の顔色は変わらなかった。
動揺を見せないよう隠しているのか、それとも肌を見せすぎだから内心引いているのだろうか。
『公妃殿下、お飲み物はいかがですか。柘榴ジュースとプラムジュースがおすすめですよ』
『あ、じゃあ柘榴ジュースを……』
私に優しく話しかけてきたのは、ジュースの入った壺のような入れ物と杯を持ってきてくれた女の人だ。私のお母さんより年上の女性で、浅黒い肌に赤茶の髪。金で縁どられた濃緑色の一枚布を頭から被っていた。ヒジャブとはちょっと違う着用方法だ。
他の女の人は年齢に合わせた服装で目いっぱい着飾っているのに、この人は比較的質素な格好だった。宝石類も何も使用してないから、一瞬召使いさんかと思ったけど、彼女の二の腕には王の妻である入れ墨が彫られていたので、夫人であると思い直す。
血の様に真っ赤なジュースを空の杯に注ぐと、彼女はそれをあおった。
わざわざ目の前で毒味をして見せてくれたのだ。害意はないと示してくれたのだろう。
国王の奥さんがそんなことまでしてくれるなんて。
お礼を言おうとして、私は「ええと」と言い淀んだ。彼女が国王の何番目の夫人か思い出せずにいたからか、第9夫人のファティマさんだと教えてもらった。
柘榴ジュースは初めて飲む味だったけどとても美味しかった。
この国では絨毯の敷かれた床に置いた料理を囲んで食べる風習だ。
食べきらないほどのご馳走を囲むようにしてみんなでシェアして食べていたが、私は昼間の空腹なハイドラート国民たちを思い出してあまり食欲が湧かなかった。
それをファティマさんはどう思ったのか、食べやすい料理をおすすめしてくれて、お皿に盛ってくれた。
お礼を言って受け取るとスプーンを手に取って食べたが、やはり食が進まなかった。慣れない暑さに体がついていけずに食欲が湧かないのかもしれない。
こうして私が豪華なお料理を食べている間も、街の人達は空腹に喘いでるんだろうなと思うと悲しくなってくる。
過去の自分を見ていると錯覚してしまうから尚更に。
食事はそこそこに、私は外交を頑張ることにした。
私の拙いハイドラート語に合わせておしゃべりしてくれたファティマさんから、『息子がごめんなさい』的な謝罪されたんだけど……あれ、もしかしてこの人って……。
とはいえ、相手のお母さんを責め立てるつもりはない。そこは苦笑いで済ませておいた。
文句なら本人に直接言う。まぁその本人はこの場にいないけど。
おそらく参加自粛してるんだろう。
夫人たちには夫がいるので、美麗なヴィックに見惚れても変な気を起こしてないようだった。
──しかし、未婚の王女たちはギラギラとヴィックを狙ってる気配がしてとても嫌な感じがする。あちこちから視線が飛んできて私まで落ち着かない気分にさせられる。
『聞くに大公殿、市井に降りて炊き出しをしたとか』
先ほどまで年若い夫人にデレデレしていたハイドラート国王がヴィックに質問を投げかけてきた。
『えぇ、いけませんでしたか?』
それに対してヴィックは悠然たる態度で返していた。
国王の威圧感に負けないその態度を見ていると、ヴィックは特権階級の育ちなんだなぁと強く実感する。
『私の妻が空腹な民の姿を見たくないと言うもので。炊き出ししたものは妻の私財から出したものです。今回支援として持ち込んだ食材には影響ありません』
ヴィックの言葉を受けた国王はちらりと私を見た。値踏みするようなそれに私はドキッとしたけど、動揺を表に出さぬよう作り笑いを浮かべた。
臆することはない。今の私はエーゲシュトランド公妃なのだ。堂々としていればいいのだ。
『……あまり甘やかすと民たちが怠けて働かなくなるので、なるべく勝手な真似はお控えいただきたい』
苦言のようなそれに、ピクッと眉間にしわを寄せそうになった。
なにそれ。なんか嫌な言い方。
つまり私のしたことが迷惑だって言ってるのね。
ヴィックはハイドラート王からの発言を受けてすぅっと目を細めていた。ハイドラート王を観察するように目を眇める。
『……大人から子供までやせ細っている者の姿を多く見かけましたが、私どもの支援品は国民に行き届いているのでしょうか?』
『そのことだが大公』
『過ぎた貧困は犯罪の原因にもなる。そして私どもの支援は無限ではない。自分たちでどうにかする努力も必要だとは思いませんか?』
ハイドラート王が何かを言いかけたが、ヴィックは発言を許さず、至極ごもっともなことを言っていた。
そうなんだよなぁ。こういうのって支援しても支援しても終わりが見えないんだよなぁ。
国難があるのは大変だろうし、力になってあげたいとは思うけど……支援に慣れきったら自分で何とかしないで他国に甘える癖ができてしまうと思うんだ。
会ったばかりの印象だけでしかないが、王族一同には国をよくしようとする姿勢が全く見えない。
自分たちさえよければそれでいい。民のことなんて掃いて捨てるほどいる駒の一つとしか考えていないのだろう。
ここにいる彼らを見ていると旧サザランド伯爵家を思い出して嫌な気分になるのは私だけだろうか。
『ここはあなたが支配する国でしょう。他国に頼り続けるのは弱体化につながる。まさに今あなたが仰ったとおり、国全体が怠けて働かなくなりますからね』
『ぬ……』
先にハイドラート王が言った言葉を引用してヴィックは牽制する。ぐうの音が出ないのか、ハイドラート王は口ごもっていた。
だよね、支援してあげている国に対して言えた口じゃないよね。
私のしたことは余計なお世話だったかもしれないけどさ、自分の国民が飢えに苦しむ姿を見て何とも思わないの? 国民があっての国王なのにその姿勢はおかしいよ。
そもそもエーゲシュトランドの支援が半永久的に続くと考えているなら大間違いだし、それこそ自己紹介なんだけど。
怠けてしまってダメになってるのはそっちじゃない? ヴィックは民たちの生活がよくなるようにと支援してきたのに全く成果が出てないじゃない。
踏ん反りがえっているだけが王様の仕事じゃないんだぞ。




