過剰な処罰は反対ですわ!
市場がある表通りはそこそこ整備されていた。
──しかし横道を外れたらスラムだ。薄汚れた格好の子どもたちが建物の陰からこちらを覗き込んでいる姿を見て、私は懐かしくなった。それを昔の自分や幼馴染たちの姿と被らせて、切なくも懐かしく浸っていた私は油断していたのだ。
何者かによってドンッと横からぶつかられて、気づいたときには私の手元にあった小さなバッグが消えたのだ。
「あっ、」
『このガキ! 客人に向かって窃盗を働くとは!』
私よりも反応が早かったのは、案内係の王宮の召使さん達だった。彼らはスリ犯を捕まえる人、スられたバッグを奪い返して私に返却する人と役割分担して対処していた。手慣れている風なのは、これが日常茶飯事だからだろう。
スラム出身のくせにあっさりスられた自分の平和ボケ加減に情けなくなる。
盗みの犯人は私よりも小さな少年。
彼は体の大きな大人たちによって地面に抑え込まれていた。地面に頬をくっつけて苦しそうな顔をしている。
『その悪い手をたたっ斬ってしまえ!』
彼らの怒声に、スリ犯である少年だけでなく、私もギクッとしてしまった。
私の聞き間違いでなければ──今、手を斬るって言った?
呆然としていると、下男の一人が腰に差した刀に手を付けていた。
『待つ、待つ! 斬る、いけない!』
半月刀を子供に向かって振り上げる男の前に立ちはだかって私は叫んだ。
焦って片言になるのは許してほしい。大事なのは伝わることなのだ。
いいか、盗みは悪いことだが、腕を斬ってもなんにもならないんだぞ!
ていうか重い! 私が嫌な気分になるからやめてほしい!
『公妃殿下、しかし』
『私が、叱る! 盗み、悪いこと。でも、食べるものない、原因!』
何かを言い募ろうとする男性の言葉に被せるようにして黙らせた私は、抑えつけられている少年と視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
少年は怯えた目をしていた。やせ細って飢えに苦しむ瞳。食べ物のことしか考えていない目だ。
過去の自分のことを思い出して悲しくなった。
『……人の物を盗むのは駄目。君、わかるね?』
私の問いかけに少年はブルブル震えていた。彼の焦げ茶色の虹彩は日本人だった前世の瞳を思い出させる。
『ご、ごめんなさい……』
彼も悪いことだとわかった上でやったのだ。そうでもしないと生き残れないから。
きっとお腹を空かせた家族がたくさんいるんだろう。
この子の気持ちは痛いほどわかる。
あいにく私はスリに手を染めたことは無いけど、そうするしかない気持ちは理解できるので胸が傷んだ。
『おなかすいてる? 家族たくさん?』
私の問いかけにグッと息を呑み、少年は泣きそうな顔をしていた。
苦しくて情けない気持ちでいっぱいなのだろう。わかるぞ、その気持ち。
彼の黒い頭をわしわし撫でると、私は立ち上がる。
『かまどを貸してください。使用料は支払います』
周りでこちらの様子を伺っていた市場の人たちの目を見て言うと、彼らは何を言われたのかわからないって顔をしていた。
「ハンナさん、あれを」
「かしこまりました」
出来るメイドのハンナさんは阿吽の呼吸で行動に移した。皆まで聞かずともわかっていたと言わんばかりに姿を消してしまった。
私、“あれ”しか言っていないのに素早いな。
「リゼット……まさか」
私の一連の行動を見ていたヴィックが嫌な予感がすると言いたげな顔をしていたので、「ヴィックは先に行って視察を続けていいよ」と返した。
私がこの国にあれを大量に持ち込んだ時点で私の行動はわかっていただろう。今更止めさせはしないから。
『ねぇ君たち、このくらいの石を集めてきてくれるかな?』
建物の陰に隠れた子どもたちにお願いすると、彼らはピャッと散ってしまった。
おや、怖がらせてしまっただろうか。
それから程なくして、がらがらがら……とどこからか荷車の搬入音が聞こえてきた。
『荷車が通るぞ、道を空けろ!』
誰かが注意を促した。人だかりが二股に分かれて道を作る。
国から持ってきたある物を運んで来る人夫たち。汗水たらしながら、大荷物を港からここまで運んでくれた。
彼らは私がこの国で雇った日雇いバイトさんである。お仕事を探してると言っていたので、荷物の運搬を任せたのだ。この暑さの中、船場から真面目にここまで運んできてくれた彼らにはしっかりお給料を払わなくては。
『ご苦労様です。ここまでのお給金は私のメイドから払ってもらってください』
『へぇ、ありがとうございます』
流石砂漠の民。この暑さにも負けない強靭な体を持っているな。
エーゲシュトランドの人が同じ条件下で働いたら、熱中症で途中行き倒れているかも。
『お名前をお呼びしますので、順番に受け取りにいらしてください』
事前に換金を済ませて布袋に小分けしたお給料はメイドさんに託してある。彼らはほくほく顔でそれを受け取っていた。
落下防止用の麻布を荷台に固定するために留めていた紐をほどくと、こんもりとサツマイモが出現した。紫色のそれを見たハイドラートの民たちは怪訝な表情を浮かべている。向こうでもこっちでも反応は同じだな。
『石、これでいい?』
『たくさん持ってきた!』
逃げたと思った子どもたちは素直に石を持ってきてくれた。私はそれにお礼を言って受け取ると準備を進める。使用許可を取ったかまどはそこまで大きくないので、小分けにして調理するしかなさそうだ。
さっそくかまどに火種をつけようと手袋を外した。
『待った! お姫様がやる仕事ではないよ』
『教えてくれたら、わしらがやるから』
しかしそこで見かねた市場の人が止めてきた。私が大公妃という地位の人間だからそんなことさせられないと慌てているみたいだけど、同じような出自なので私は気にしないんだけどな。
口頭で作り方を説明すると、周りの人たちが使っていないかまどを空けて、分散して焼き芋調理を開始した。私は現場監督よろしく、お芋がちゃんと適正に焼かれているかを確認するためにあちこち動き回った。
つたない異国語を使って、人に調理してもらった焼き芋。
焼きあがったそれを一つ手に取り、パコッと半分に割る。ほくほく湯気が出て、黄金の甘露がお目見えした。私がこくりと頷くと、かまど係を買って出たおじさんたちはほっとした顔をしていた。
『一人一個です。お腹空いているのは全員なんで、意地悪しないように』
焼きあがったものを提供するから並ぶようにと指示すると、空腹な彼らは飛びついた。
お金は? 本当に要らないの? と確認してくる人がいたが、これは個人的に持ってきたものだから、ハイドラートとの交易には関係ない。
事前にとても貧しい国との情報を得ていたので、役に立つと考えて持ってきたけど、案の定である。
『ありがとう』
焼き芋の受け渡しのたびにお礼を言われる。
究極のひもじさは私も知っているから彼らの気持ちはよくわかる。私もこういう風に炊き出しを受け取った経験があるから。
この国は枯渇しすぎて残飯あさりも自給自足もできない。狩りだって難しいだろう。あのサザランドよりも条件が悪い。良いところを言えば大寒波がなさそうなので、凍死する人がいなさそうではある。
『民のことに心を砕いてくれる高貴な人がダーギル様以外にもいるなんて』
一人がぼそっと愚痴るようにつぶやいた声が聞こえて、私はそれに引っかかった。
「ダーギル……?」
『我が国の第23王子殿下です』
聞き覚えのある名前だったので反応した私の疑問に答えるように、王宮の召使さんが付け加えるように教えてくれた。
エーゲシュトランドに喧嘩を売りに来たあの空回り王子か……
『ダーギル殿下が次の国王になってくれたら、何か変わってくれそうなのに』
ぼそりとまた別の人が愚痴った。
王族への不満が蓄積しているようである。
『こら、めったなことを言って寿命を縮めるな!』
『そうは言うが、あんただって同じこと思っているんだろう!』
『他の王族がわしらの暮らしを見に来たことがあるか!? 王宮で贅沢三昧しているだけじゃないか!』
『民のことを考えて下さっているのはダーギル殿下だけだ!』
何やら早口で召使さんと国民たちが口論を始めてしまった。
ところどころ聞き取れる単語からして、おそらく王族批判でもしているのだろう。
──この人たちはあの頃の私だ。変化を求めても自分たちには何の力もなくて、日々不満をくすぶらせていた。苦しかった過去を思い出して胸が苦しくなった。
「リゼット」
「!」
ヴィックにそっと肩を叩かれた私はハッとする。
いけない、ここでは感傷に浸っている暇はないんだった。
私はむりやり笑顔を作ると、新たに焼きあがった焼き芋を目の前の人に配っていった。
『熱いですからね』
ヒジャブのような布を身にまとった女性に差し出すと、涙を流したご婦人に手を握られた。
その手を持ち上げられて、おでこにくっつけられて何かをぼそぼそ祈られた。言葉の端から神様に向かってお祈りしているような文言が聞こえたけど、私、こっちの宗教あまり詳しくないからなぁ。
『ありがとう、あなたに神の祝福がありますように』
小さな子どもたちも焼きあがった芋を受け取り、『美味しい!』『ありがとー』と口々に騒いでいた。
そんな中であの少年はこちらをじっと見つめるだけで近寄りもしなかった。
スリ未遂少年が服の裾を握って気まずそうにしていた。さっきのことで貰いに行きにくいのだろう。私は焼きあがった焼き芋を一つ持って少年に近づく。
少年はびくっとおびえた表情を見せていたが、私は彼と視線を合わせるように身を屈めて焼き芋を差し出した。
『お金はいらないよ』
少年は震える手で焼き芋を受け取った。そしてがぶっとかぶりついた。
熱いよ、と言えばよかったと思ったけど、今の彼にとって芋の熱さより空腹のほうが大きいみたいだ。
はぐはぐと一生懸命に焼き芋を頬張るその瞳には新たな涙が滲み、決壊しそうになっていたので、ポケットからハンカチを取り出して彼の涙をぬぐってあげた。
それに驚いたのか彼は目を丸くして私を見上げた。
『このお芋、私が作ったんだよ。家族がいるなら、みんな連れておいで』
泣くのを堪えるようにグッと唇を噛みしめると、少年は食べかけの焼き芋片手にクルッと踵を返していった。
それを見送ったのち、私は市場全体を見渡した。ここに住まう人全員に行き渡ればいいけど……
「うさぎとか鳥がいたらなぁ……ラクダは大切な運搬係だし、食べられそうなのは体小さいし……こうなったら」
「狩りは駄目だよ」
私の独り言に反応したのはヴィックだった。
うぅん、こんな場所でも狩りはダメか……
「リゼット、空腹な人を放っておけないのはわかるけど、今回私達はたくさんの食糧支援に来ているんだ。私達の役目はここまでだ」
ヴィックの言うことはごもっともだけど……
実際に国民の声を聞く感じ、あの国王一家は何もしていないみたいじゃん。支援しても結局は……
「この後のことは国王が采配することだから、外国人である私達がしゃしゃり出ていいことではない」
冷静で、第三者目線な意見に私はむぅとする。
そうなんだけどさ。
わかっているよ、これ以上の介入は内政干渉になるからよくないって。
私たちが守るべきはエーゲシュトランドの国民と国土であって、ハイドラート国民は関係ないって。
せいぜい私が救えるのは数える程度だってわかっている。
あぁ、歯がゆい。
あの頃と同じじゃないか。私にはなんにも力がない。
「可愛い顔して怒っても駄目だよ」
「してないもん」
怒っているのは自分の不甲斐なさからだし。
「それと、刀剣の前に身を投げだしたのは良くないね? 下手したら君が斬られていた」
「……えぇ、私は1人の少年の未来を守るために行動しただけで」
「後でお仕置きだ」
そういってヴィックの美麗なお顔が降りてきた。ちゅっと軽くキスされると、周りで女性たちが黄色い声を上げた。
ヴィックぅ……国が違うんだからさぁ……
「君の優しさが他の男に向けられるのは妬けるな」
ぎゅむっと私を腕に閉じ込めたヴィックは大人げない発言をしていた。
いや、あの子まだ子どもだよ? 大公様が小学生くらいの少年に嫉妬しないでほしい。




