アイドルたる
「それじゃ、仕事に行ってくるね?」
「戸締まりだけよろしく頼んだ」
彼女達に笑顔を向けて俺は家を出ようとして
リーフィアとニナはそれに答える
「はい、わかりました」
「お兄ちゃん気を付けてねー」
「あと、お肉がもう無くなりそうなので、市場で買って帰って来ていただいても良いですか?」
「…了解した」
彼女達がこの家に来てから、2週間
大分この生活にも慣れてきたのだろうか
こんなふうな朝のいつものやり取りがそう感じさせて
「ニナとシロナはなにか必要なものはない?」
「お菓子食べたい!」
そう言うのはニナで
「別に無いけれど…強いて言うなら愛情?」
そんな皮肉を漏らすのは、言うまでもなくシロナだ
「お菓子ね、了解」
そう言って玄関で革靴を履いて、彼女達に声を掛ける
「じゃ、行ってきます」
「「いってらっしゃい」」
シロナはひらひらと手を振るだけだが
お見送りしてくれるだけ、多少なり進歩と言えて
初日の彼女の剣幕を見た時には、どうなるかと思ったが…
ーー「…仕事に行ってくる?」
「ご主人様は心底、救いようの無い馬鹿なんですか?」
寝巻き代わりのスエットからスーツに着替えて
自分の部屋を出ると
シロナがタブレット端末をぼんやりと眺めていた
「おはよう、シロナ」
「随分と早起きなんだね」
まだ空は薄暗く、正しいか分からないリビングの電波時計は
朝の4時半を指し示している
彼女はこちらをちらりと見て
「何時に起きたらいいか、何も仰られて無かったので」
こちらの不手際だと言わんばかりだったが
シロナは眠そうに欠伸を噛み殺していて
「もしかして、寝てないのかな?」
「…ご心配には及びませんよ」
「2日、3日寝なくても、どうにかなりますから」
タブレット端末に視線を戻した
シロナはつまらなさそうに返事を返して
俺はシロナの眺めるタブレット端末を取り上げる
「シロナ、お昼過ぎまで寝てなさい」
無感情な金色の瞳が俺を見て
「それは命令ですか?」
昨日のやり取りを思い出して、言い淀みそうになるが
「…命令だ、ちゃんと寝てくれるかな?」
彼女はそれに笑みを返して
「では、寝かせていただきます」
「何かあれば遠慮なく起こしていただいて結構です」
そう言って、まだ寝ている二人の横に潜り込んだのを見て
「大丈夫、特に起こさないからゆっくり寝て」
そんな俺の言葉に、いたずらっぽい顔を浮かべて
「例えば…夜這いとか」
「劣情を抑えきれなくなったとか」
「性欲を発散したいとかね?」
…内容全部一緒じゃねぇか
もはや、ただのケダモノ扱いだった
「ちょっと夕方まで家開けるから」
「戸締まりだけちゃんとしといてくれ」
そう言って部屋を出ようとした俺に
布団に転がったままのシロナは声を掛ける
「…新しい玩具でも買いに行くんですか?」
その声は、諦めきったような響きを持って
飽きたら買い換えるから、粗悪で良いと
彼女がそう笑った時みたいで
「いや、仕事行ってくるだけだよ」
「というか、どんだけ飽きっぽいって思われてんの?俺」
そんな風に苦笑いをしてしまい
「…仕事行ってくる?」
「ご主人様は心底、救いようの無い馬鹿なんですか?」
底冷えするような冷たい響きでそれは告げられて
振り向いた先に居たのは
無表情でもなく、笑顔でもなく
ただ、俺を睨みつける、怒りを携えたシロナだった
「奴隷のゴミ屑には寝ろって言って」
「自分は仕事に行く?」
「慈悲ですか?、偽善ですか?」
「それとも…嫌味なんですかね」
「お前達は働き口もない、ただのゴミ屑だから」
「代わりに働いてやるってそういう話?」
「馬鹿にしないでもらえます?」
言葉を差し込む余裕すらなく、叩きつけられるそれは
憐れまれた怒りだろうか?
「違うよ、そういう話じゃない」
「君達はアイドルだから」
「簡単に身売りしちゃいけないって話だよ」
「無価値だからとか、ゴミだからとか」
「憐れむような理由じゃない、ただのエゴで」
そして、シロナを見据えて告げる
「それでも、もしそう思うなら」
「君達はアイドルになるしか無いんだ」
「それ以外のすべてを俺は望まない」
「働くことも、家事も、快楽も」
「……愛情すらも」
「随分と非情なご主人様だこと」
「無理難題を押し付けて、右往左往するのを眺めたいだなんて」
「とんだサディストね?」
その言葉に俺は笑みを浮かべる
ーーそうだよ、そこに有るのは愛情でも同情でも
そんな綺麗事なんかじゃないんだよ
彼女達はアイドルたる素質があるからここに居るだけで
それ以外何一つとして価値が無いんだって言うなら
俺に抱く感情なんて、どうでもいいんだよ
「簡単な話だろ?」
「奴隷が嫌なら、ゴミじゃないなら」
「アイドルになるしかない」
「それだけが、ここにいる意義で、それが全て」
「だから、少し寝てなよ」
「目の下にクマがあるアイドルなんて誰も見たくない」
その言葉にシロナは笑みを浮かべて
「えぇ、よく分かりました」
「私達はアイドルって商品なんですもんね?」
「そこに、有るのは優しさじゃ無い」
……理解が早くて助かる
「声も笑顔もアイドルとしてバッチリだ」
「期待してるよ、シロナ」
それだけを言い残して、玄関から出る
ーーそう、彼女達はアイドルたる素質があって
そして未だ大切な物が足りていない
なら、俺がそれを埋めるだけの話で
そうやって始まった生活を思い出して
俺は職場への道を急ぐのだった




