第17話 蜂蜜狩り
その日はよく晴れていた。出かけるには絶好の天気だ。
アメルはレオンと共に冒険者ギルドに訪れていた。
レオンが、街の外に出る前に準備したいものがあると言ったためだ。
そのレオンは、ギルドカウンターでラガンと話し込んでいた。
アメルは、それを戸口のところで見つめている。
彼女が待っている間、多くの冒険者たちが冒険者ギルドに訪れては色々な遣り取りを行って去っていった。
仕事を請け負ったり、魔物の素材を取引したり。
それらを見学しながら、アメルは自分もいつかはああいう風になるのかと思った。
一人前の冒険者になった自分が冒険者ギルドと取引する姿を思い浮かべて、早くそうなるように頑張ろうと改めて決意する。
そうして過ごしているうちに、ラガンと話を終えたレオンがアメルの元に戻ってきた。
手に、筒状に丸められた羊皮紙と鞘に収められた二振りの双剣を持っている。
「お待たせ」
レオンは羊皮紙を肩から下げている鞄に入れて、双剣をアメルに差し出した。
「今日はこれを使ってもらうよ。木でできた練習用の武器とは違う、本物の双剣だ」
「本物……」
アメルは双剣を受け取って、一本を鞘から引き抜いてみた。
鉄色の刃が光を反射してきらりと光った。紛れもない、本物の武器だ。
うっかり刃に指を滑らせたら簡単に怪我をするだろう、それくらいの鋭さがある。
柄の部分には、持ちやすいように布で滑り止めが巻かれている。装飾はなく、至ってシンプルな作りだ。
「初めて双剣を扱う冒険者が入門用として持つ武器だけど、それでもきちんと使えば魔物を仕留められるくらいの威力はある。うっかり自分を傷付けないように気を付けて持つんだよ」
アメルはレオンに教わりながら、鞘に付いている紐を腰のベルトに結んでしっかりと固定した。
位置は、腰の左右。引き抜いてすぐ構えられるように配慮した位置だ。
腰に下げた双剣を見て、アメルは言った。
「……何だか、一人前の冒険者になったみたい」
「冒険者になるにはまず形からって言う人もいるね。装備を整えるとついそういう気分になるよね」
レオンは笑って、さあ、とアメルの背に手を伸ばした。
「それじゃあ、出発するよ」
レオンの先導で、二人は目的地である森の前へとやって来た。
移動時間は冒険者ギルドを出てから三時間。街の外への外出としては、比較的近い距離ではある。
リンドルの森と似たような雰囲気を纏った樹木の群れが、二人の目の前に広がっている。
中から聞こえてくるのは、様々な種類の鳥の声。まるで会話をしているかのように賑やかだ。
此処は、通称ハニー・フォレストと呼ばれている。その名の通り、蜂蜜の宝庫として地元の人間には認知されている森なのだ。
というのも。
「今日は、此処で冒険者ギルドが発行した仕事を体験してもらうよ」
レオンは鞄にしまっていた羊皮紙を取り出して、アメルへと渡した。
羊皮紙を広げるアメル。
「ハニー・ホーネットの巣の採集。一般的に採集依頼と呼ばれてるものだね。魔物を倒す討伐依頼とは違って素材を収集する仕事だから冒険者になりたての人でも手軽にできる仕事だよ」
冒険者ギルドが発行する仕事には幾つか種類がある。
指定された魔物を討伐する討伐依頼。
指定された素材を収集する採集依頼。
指定された場所を防衛する防衛依頼。
依頼者を護衛する護衛依頼。
危険度が高い、難易度が高い仕事ほど報酬は多いが、そういった仕事をこなせるのは基本的に熟練の冒険者だけだ。
冒険者になりたての新米や狩猟の腕に不安のある冒険者は、まず難易度の低い仕事をこなして徐々に腕と自信を付けていくのが基本とされている。
今回レオンがアメルに用意した課題は、仕事の中でも初歩的な部類に入る採集の仕事だ。
渡された仕事受注書に書かれている内容は、ハニー・ホーネットの巣を三つ採集すること。
ハニー・ホーネットは蜜蜂の魔物で、花を探して森や平原を飛び回る習性を持っている大人しい生き物である。下手に刺激しなければ、まず襲われることはない。今のアメルでも仕事をこなすことは十分にできるだろう。
アメルは受注書をレオンに返して、頷いた。
「私、頑張るよ」
「どういう風に動けばいいのかは僕が教えるからね。じゃあ、行こうか」
レオンは受注書を鞄にしまって、腰に差していた剣をすらりと抜いた。
二人は木々の間に伸びている細い獣道を、周囲の茂みに注意しながら歩いていった。