第16話 魔族の呪い
その時間は長くも感じ、短くも感じた。
アメルが見守る中、レオンは少しずつ体を動かし、乱れた息を整えながら上体を起こした。
随分と疲れているようだった。アメルに向ける眼差しに、僅かながら陰りの色が見られる。
「……ごめんよ。びっくりさせてしまったね」
「…………」
アメルはふるふると首を振った。
ふー、と静かに息を吐き、レオンは前を見つめたまま言った。
「……僕は、魔族に呪われてるんだ」
「……呪い?」
問いかけるアメルに頷いて、続ける。
「少しずつ体が弱っていって、最後には死ぬ……そういう呪いを掛けられているんだよ」
レオンは語る。
二年前。魔族と熾烈な戦いを繰り広げていた彼は、魔族を率いる長の地位にあった一人の魔族と刃を交えた。
強力な魔法を操るその魔族と戦い続け、彼は遂に、その魔族を討伐することに成功する。
しかしその魔族は、死に間際に最後の魔法をレオンにかけた。
それは、術を受けた者を徐々に衰弱させ、死に至らしめる強力な呪法だった。
術者が亡き今、レオンに掛けられた呪いを解く方法はない。
心臓が悲鳴を上げるその度に、彼の体からは少しずつ生命力が奪われて、それまで使えていた戦技は使えなくなっていく。
緩やかに死に近付いていく我が身。しかしそれと向き合いながら、レオンは残された時間を人のために使うと決意したのだ。
それが、勇者としての最後の使命なのだと、自分に言い聞かせながら──
「……君が一人前の冒険者になる時、僕はこの世にはいないかもしれない。でも、決めたんだ。僕が、君を立派な冒険者に育て上げてみせるって」
レオンはアメルの方を向いた。
穏やかな微笑みを浮かべて、彼女の目をまっすぐに見つめて。
「こんな僕だけど……これからも君の教官としていさせてくれるかな」
「…………」
アメルは目を伏せた。
こんなに元気なのに……死んじゃうんだ。レオン。
さっきみたいに苦しんで、そのまま、動かなくなって──
それは、ひょっとしたらもう目の前に迫っている未来なのかもしれない。
アメルが一人前の冒険者に成長するところを見ることなく、目の前からいなくなってしまうかもしれない。
そんなのは、嫌。
彼女は思った。
彼女には、レオンに掛けられた呪いを解くことはできない。
レオンに定められた残りの時間は、もう変えることはできない。
それでも。
自分が一人前の冒険者に成長するまでの時間を、努力次第で縮めることならできる。
レオンが目の前からいなくなってしまう前に、立派になった姿を見せて安心させることはできる。
だったら。精一杯頑張ればいいのだ。
これなら安心して旅立つことができるだろう? そう言ってあげることができるようになるように。
一生懸命、訓練しよう。勉強しよう。
きゅ、と唇を引き締めて、アメルは伏せていた目を上げた。
胸元に手を当てて、ゆっくりと、しかし力強く、言った。
「……私、必ずレオンに一人前の冒険者になったところを見せるよ。そのために訓練も、お勉強も、頑張る。だから」
レオンの頭がことりと傾く。
彼は、待っているのだ。アメルが言う言葉の続きを。
「これからも、私に色々教えて」
「……ありがとう」
レオンは目を閉じて小さく礼の言葉を述べた。
アメルの言葉を深く噛み締めているのだ。
どうやら……僕は、
ふっと笑って、独りごちる。
僕は、最高の教え子に出会えたようだね。
その教え子のために、頑張らなければ。そう思うと、自然と全身に力が入った。
彼は静かに立ち上がって、倒れていた椅子を起こした。
「……明日は、街の外でちょっと特別な訓練をするよ。たくさん体を動かすから、今日はもうお休み」
「……うん」
浴室へと向かうレオンに、アメルは立ち上がりながら声を掛けた。
「お休みなさい、レオン」
「お休み、アメル」
街の外に行くんだ……訓練、何をするんだろう。
新たな課題に胸が高鳴るのを感じながら、アメルは寝室に移動した。
寝床に入り、目を閉じて深く深呼吸をする。
疲れていたこともあって、彼女が眠りに就いたのはそれからほどなくしてのことだった。




