42.顔合わせでお打ち合わせ
不定期更新です。
挿絵の依頼に来たメイガスはすでに去った。
一先ず受ける前提で進めていいですよと言う私の言葉にひどく安堵していたのが印象的だったかもしれない。
次はもう少し案件の内容を詰めてから来てくれるとのことだ。
まあ、今回の話だけでは、何を何枚描けばいいかさっぱりだったしね。
それはそれとして、カッパだ。
あっちはどうするのだろう?
疑問に思いワーナさんをみる。
ワーナさんはすでに日が暮れた外気を窓から浴びて涼んでいる。
カッパとか全く覚えてなさそうな、緩み切った顔つきだ。
きっと今日もやり切ったと達成感に浸っているのだろう。
ワーナさんは毎日課題を終えると、この行為に浸るのだ。
「ワーナさんはあのカッパの依頼どう思いますか?」
話しかけるとワーナさんがこちらを向いた。
まだ表情は緩んだままだ。
「カッパ? 今日の課題はダイコンなのであるよ〜」
発言までゆるゆるだ。
「課題じゃなくて依頼ですって。水被ったカッパが来てたじゃないですか」
「あー。あれか。とは言ったものの、私はサッパリなのだよ。サガナ姫の事ならミズカの方が仲が良かったのではないかい?」
少しはキリッとし直したワーナさんが言う。
ワーナさんもあのカッパの話はサガナ姫の事だと確信しているようだ。
「やっぱりサガナ姫の事ですかね?」
「そりゃそうなんじゃないのかな? 私は興味がないのであるよ」
いや。興味は持てよ。あんたへの依頼だぞ?
「じゃあワーナさんはあの依頼を受けないつもりですか?」
「そもそも、まだ依頼ですらないのであるよ」
「? どういうことですか?」
「直接”お願い”をされただけで、私にギルドを通しての依頼は来ていないのであるよ」
「つまりギルドを通していないから、依頼ではないってことですか」
「そうなのである」
「それなら実際にギルドを通してきたらどうするんですか?」
「そんなの断るに決まっているのだよ。私に国家間の問題なんて荷が重いからね」
とワーナさんはキッパリと言ってのける。
「まあ、そうですよね……」
「何だね、ミズカが受けたいのかね? あの依頼を」
「いや。私も荷が重いんで、受けたいってことはないんですけど……」
「何だね。煮え切らない言い方をして」
「いえ、サガナ姫とかっぱになんの関係があるのかなって、そう思いまして」
「あー。ミズカは知らないのだね。彼の国とカッパの関係を」
「カッパとの関係ですか??」
私は疑問符でいっぱいだ。
国とカッパって関係を持てるものなの?
「あの国とカッパは実に友好的な関係にあったのだよ。水の豊かな彼の国ではカッパが繁殖していて、お互い持ちつ持たれつの関係をずっと持っていたのさ」
「?」
カッパと持ちつ持たれつと言うのがわたしには、パッと思いつかない。
「不思議そうな顔をしているね。まあ知らないのだから仕方ないのかもしれないがね。彼の国はかっぱに新鮮な水を提供し、カッパは彼の国で川の運搬を行うことで共生を果たしていたのだよ」
「へー。そうなんですね」
興味のない声が出てしまった。
人がへーと言うとき大抵は興味がないときなのだ。
「まあそれも先日のクーデターで共生は難しい状況になっているのだろうね」
「そうなんですか?」
「そうなのであるよ。何しろカッパとの共生然り、異種族との共生を拒むがためのクーデターであったからね。このままではカッパどころか、その他の獣人族が国を追われるだろうよ」
ワーナさんの言うことに私は驚く。
カッパって獣人カテゴリなんだ……。
「そんなわけであるから、カッパとしても必死であったのだろう? わざわざ私なんかのところまで頼みにきたのだからね。きっと私に関わらず、色んなところに声はかけているんじゃないかな?」
「なるほど……」
人が『なるほど』と意味深に頷くとき、それは大抵どうでもいいと思っているときである。
「まあそれはなんとなく分かりました。とりあえず、ご飯にしましょうか」
「おう。もうそんな時間か! 今日はなんであろうな? 楽しみなのである!」
そう言ってワーナさんは率先してアトリエを出る。
私もそれに続く。
私はまだ衣食住をワーナさん宅に提供してもらっているのだ。
収入はあるので多少お金は払わせてもらっているが、街の宿屋よりも格安なのは言うまでもない。
これも未だに私がワーナさんへ課題を出すことに対する対価的なものだった。
その夜、私は夢を見ていた。
その中で私の視界にはカッパとサガナ姫が映っている。
「カッパー!! サガナ姫!! ご無事だったのですね!」
目から大量の涙を流し、それに反して頭から水をかぶるカッパ。
頭の皿から滴る水滴で本当に涙が流れているのかわからなくなるが、声音的に涙であろう。
「……カッパさん達も無事だったのですね?」
「はい! 私どもはクーデターの直接の被害は受けなかったので。しかし……」
「ええ……そうね。このままではいずれ、あなた達の住むところが奪われてしまうものね……」
「カッパカッパ」
カッパはうなずいているようだ。
「つきましては、サガナ姫には立ち上がって欲しく……!!」
「ええわかっている……。私もそのつもり……決して騎士団長を許すつもりはないのだものーー」
表情が怒りと悲しみに歪むサガナ姫。
元々が可愛らしいサガナ姫がそんな表情を浮かべるのだ。対比で凄みがより一層伝わってくるようだ。
その表情は決して美しいものではなかったが、不思議と私はその表情が嫌いではなかった。
ちょっと描いておこ。
私が空中でお絵描きを始めたあとも、話は続いていた。
しかしお絵描きモードのわたしにはその声が届かない。
集中仕切り見にくくも美しさの片鱗を見せるサガナ姫をこれでもかと宙へと書き残す。
姿形だけではない。
その雰囲気一つ逃さないよう、エフェクトを持って表現し切る! そう構想を練って私は一心不乱に描き続けたのだ。
結局、カッパとサガナ姫の会談をほとんど見るも聞くこともなく、私は夢の世界を目が覚めるまで過ごすのだったーー。
「うおー!?」
ワーナさんの声で私は起こされた。
場所は当然アトリエである。未だに私の寝床はここだけだ。
「何ですか? もー。朝から」
ワーナさんに文句をつけながら私は起き上がる。
「な、何なのだね!? これは!」
そう指差す先には、わたしにも記憶のないキャンパスが一枚あった。
「あれ? なんでしょうこれ? 随分とすごい形相の人ですね」
絵の中の人を指して私はそう言った。
「なんだかサガナ姫に似ている気もしなくはないですけど……なんなんでしょう?」
「いやいやまた君が描いたのであろう? 以前の森に通じる禍々しさがこの絵にはあるのだよ」
おっかなびっくりとした感じでワーナさんがアトリエ内へと足を進める。
「そんな怖がらなくてもただの絵じゃないですか」
「絵でも怖いのだよ! なんなのだよこれは。ものすごい威圧と怒りが伝わってくるのだよ!?」
「そうですか?」
「そうなのだよ!? 君は自分が描いたから感じないだけなんじゃないかね!?」
んー。そう言われても描いた記憶がない。
自分が描いたのだとしたら実に会心の出来だと言えるから、少し照れる。
えへへ。
「何をにやけているのかね!? この絵を早々にしまっておくれよ!?」
「えー」
「えーじゃない! こんな存在感の強い絵があっては私だって課題どころではないのだよ??」
そう言われては仕方ないので、渋々キャンパスに布をかけて部屋の隅まで運んでおく。
「ミズカはたまにえらいものを描くから気がおけないな……」
人心地えたようにワーナさんは語り、お茶の用意を始めた。
「あ、私の分もお願いしますね?」
「はいはいわかったのだよ」
数日後ーー。
「呼び出しがあるって言うから来ましたけど、なんですか?」
ギルドに来た私は、メイガスに尋ねる。
手はトーカちゃんの耳元をもふもふするので忙しく、されるがままのトーカちゃんも蕩けた表情をしている。
「来て早々、うちの職員を弄ばないでくれますかね?? まあそれは良いとして、先日お話しした件ですよ」
「先日? ダイコンですか?」
「ダイコンてなんですか。挿絵の件ですよ! と言うかいい加減、うちの職員を話してくれないですかね? やってもらは無ければいけない仕事があるんですよ!」
「あー。あのえっちーの案件」
メイガスの言葉で思い出した私がポンと手を打って思い出す。
それで手が離れてしまったからか、名残惜しそうにしながらも、トーカちゃんが手元を離れていってしまった。
「あ、癒しが……」
「癒しなら私の方が欲しいですよ全く! とりあえず会議室まで来てください! 時間は有限ですよ。ほらほらほら」
と、メイガスに追い立てられるように、ギルドの2階にある会議室へと向かった。
会議室に入ると、そこには見知らぬ人が待ち受けていた。
「こちら、今回の依頼主のドージンさんです。依頼内容の詳細を詰めるのであれば、ぜひ直接お話ししたいとのことで」
とメイガスが説明してくれる。
「あ、どうも。イラス……絵魔師のミズカです」
つい癖でイラストレーターと名乗ってしまいそうになったが、この世界では違うのだと、言い直した。
「はじめまして、ドージンです。さっそくですが。お話ししても?」
「あー。はい。よろしくお願いします」
そう言って私は席に着く。
メイガスは、座らないようで入り口近くで立ったままだ。
この場は当人同士でってことかね?
「ではまず具体的な話ですが、今回はパンチラ重視で描いていただきたいと思っています」
真剣な眼差しで言う事がパンチラッて色々終わってる気がするするが、まあ今は流しておこう。
私は続きを手で促す。
「と言うのも今回は学園ものなのですよ。ひょんなことから、女学院に転入してしまう主人公が、ラッキーだけでえっちー目にあうと言うものでして、その最たるものがパンチラというわけです!」
力強くドージンは言うけど、内容はすっごくバカっぽいって自覚あんのかな?
ないかな?
「あー。はい。なんとなくは分かりました。とりあえず原稿を頂いて、パンチラ重点でご用意すればって感じですかね」
「うん。そんな感じかな」
「枚数は何点で?」
「10点ほどお願いできればと思っている」
10点かなかなか大きめの案件になりそうだな。
報酬は大丈夫なのかなとメイガスをチラッと見ると、静かに頷いている。
報酬は問題ないようだ。
「基本はモノクロで問題ないですか?」
私がそう聞くとドージンは頷く。
「そうだね。8枚は挿絵で白黒で良いのだが可能なら、内開きに2枚カラーをお願いしたい」
「なるほど」
と頷きながら、私はまたメイガスに視線を向ける。
意図が伝わったのかメイガスが頷き、ドージンへと声をかける。
「ドージン様、カラーについては最初にお話がなかったと思いましたが……」
「そうなんだけど、あったほうが良いかなって」
かなってって、思いつきですか。
なんか、話口調が貴族然としようとしてる時と、幼さが出る時があって、いまいち人格が掴めないなこの人。
「それはいいのですが、カラーありですとその分報酬に上乗せが必要になりますが」
まさに今私が必要としていることをメイガスは伝えてくれた。
「そうなんだね。じゃあ上乗せで」
とドージンは随分と軽く言ってくれる。
貴族だから金は湧くほどあるのかね?
羨ましい限りですよ。
「それであれば私どもは問題ありません。ミズカさんも良いですか?」
こう言う場でだけメイガスは私にさん付けする。気持ち悪さを感じなくもないが、大人の対応ってあるよね。
「私も大丈夫です」
そういえばまだ具体的な金額を聞いてなかった気がするけど、まあメイガスなら妥当な金額で設定しているだろう。
ほんとはあまり良くは無いのだけれど、今回はメイガスを信頼することにした。
「あとは納期ですね。何時までに納品すればいいですか?」
私が聞くと。
「そうですね。多少修正をお願いすることもあるかもしれないので、早めに欲しいのですが、どのくらい時間が必要かな?」
とドージンは返してくる。
「んー。カラー2枚が2週間に白黒8枚が1ヶ月有れば助かりますね」
「それでしたらそれでお願いできますか。一応納期は2ヶ月って事で届けますけど」
そう言ってドージンさんはメイガスに向く。
「承知致しました。それで契約書をご用意致します」
恭しく頭を下げるメイガスにドージンさんは「よろしく」と声をかけて部屋を出て行く。
別にいいんだけど私みたいな下々に挨拶がないのは普通なのかね。
まあいいんだけど。
ただーー。
「原稿ってもう用意できるんだよね?」
私が問いかけたのはメイガスだ。当然だけどこの部屋に他の人は居ないんだもの。
「え?」
メイガスが不思議そうな声を出す。
「いや、原稿がないと描きようが無いんだから、当然もうあるんでしょ? って話だよ?」
「え?」
え? 聞こえてないのかな?
「まだないってことは無いよね? あれだよ? 制作は原稿が来てから2ヶ月だからね? その辺契約書にもちゃんと書いといてよ??」
私が念のために言うとメイガスは「まずったなー」って顔をする。
私、メイガスは私生活とか人間関係とか下手でも仕事はしっかりしてると思ったんだけど、間違ってたのかな。
「そうですよね。あー。ちょっとドージンさんと話してきます」
そう言ってメイガスも部屋を出ていった。
いや、大丈夫なのかなー。この案件がって言うよりもメイガスが。
普段しないミスをしているように見えるからこそちょっと心配だ。
働きすぎで脳みそ腐ってなきゃいいけど。
そう思いながら私も会議室を後にした。
私だけ残ってもほんと意味ないしね。
案件とか原稿とかは、まあメイガスが上手くやるでしょ。
とりあえず、私はアトリエで原稿が来るまで待ってればいいってことで。
他は知らんよ。
さて今日のワーナさんの課題ってなんだったけな?
そんなことを考えながら私は日常に帰って行くのでした。
でも、アトリエで待っていたのはワーナさんだけではなくて、溢れるほどのカッパとサガナ姫だったーー。
なんかすごい絵面なんですけど……。
あふれるカッパの中のお姫様……。
……きゅうり買ってきた方がいい?
盛り上がりにかけるけど、きっとこれからです!
きっと……!




