79話 クロトガ
2017/12/25 一部誤字と文章を修正しました。 案内人を兎人から羊人へと変更しました。霧の中を歩くイメージをしたら、羊の方が良さそうだったので。
ハルマーの力もあり、四日ほどであっさりとクロトガに着いた。
道中では盗賊なんかにも絡まれる心配があったわけなんだけど、ハルマーの実力を見ていたのかニーアの存在を知っていたのか、襲われることもなかった。
まぁ、何もないに越したことはないよね。
クロトガは獣人の国と聞いて、こう言っちゃ悪いけど原始的な生活をしてるのかと思ったけど、何というか、至って普通の街だった。
違うところと言えば、獣耳があったり尻尾があったりもふもふだったりするだけで、それ以外はアステニアやクリシュナードと何ら変わりない。
獣人の国というだけあって、ここに住んでる人達は顔がまるまる狼だったり、兎だったりと、アステニアとかでは全く見かけなかったガチ獣人も沢山いた。
ニーアにとって、もう何年と帰ってきてない故郷だが、やはり長年暮らしていた土地はそうそう忘れることもないらしく、所々変わった町並みを堪能しつつ家に向かっていた。
本当は俺達も別にニーアの家まで行かないといけないわけじゃないんだけど、どうせ来たからには少し観光もしておきたいしな。
勿論クロトガに来た本来の目的である、魔王の情報収集もちゃんと忘れてない。
こちらはハルマーと一緒に冒険者ギルドや酒場に向かうことにしている。
ハルマーは強者の情報をゲットする為にだが、目的地が一緒ならと言うことでまだ一緒に行動してくれるみたいだ。
キョロキョロしながら歩くニーアに続く俺達。
ここでも、俺達は目立っていた。
ニーアに向けた羨望の眼差し、人族である俺達のアウェー感、エルフであるリーニャの珍しさ、シロナとヒサメの存在。
ただ、アステニアやクリシュナードと違ったのは、シロナやヒサメに対してそこまで恐怖心というか、そう言う視線が少なかったことか。
やっぱり、獣人は自分の力に自信があるのか、一瞬驚きこそすれども、それ以上の何かは無かった。
そして意外なことに、治安が良い。
いや、意外は失礼だけども。
喧嘩してる人達も居ないし、何回か裏路地に入ったけど、ガラの悪い人達がたむろしている事もなかった。
こちらに向けてくる視線も、邪な視線は一切ない。
……まぁ、俺は分からないからリーニャとシロナとヒサメの意見をそのまま言ってるだけなんだけど。
ただ、やっぱり積極的に話しかけてくる気も無いようで、特に絡まれることもなくニーアの家に着く。
ニーアの家は、至って普通の一軒家だった。
「何もないけど、お茶くらいなら出せるにゃ。ま、上がって欲しいにゃ。」
そのままドアを開けて中に案内される。
玄関から見える限りでは、内装や家具などを見る限り庶民の家だ。
何か意外だな。Aランクの最強とまでなれば、かなり稼いでそうだけど……
まぁ、ニーアは結構物に無頓着そうだし、贅沢するのは飯だけで充分なのかもしれないな。
そのまま中に進み、居間まで案内されると、ニーアが机の前で立ち止まった。
ニーアは机の上にあった紙を拾い上げる。
「……手紙?」
どうやら、置き手紙のようだった。
ニーアはそれに目を通すと、申し訳無さそうな顔でこちらを見て謝った。
「ごめんにゃ、どうやら行く所ができちゃったみたいにゃ。」
「手紙に何か書いてあったんですか?」
手紙の内容を尋ねるも、ニーアは苦笑いをしながらはぐらかした。
「ちょっとにゃ、時間がかかりそうだから、先に冒険者ギルドへ行っててもいいにゃ。その後ここに帰ってきて欲しいにゃ。」
「……分かりました。でも、無理してお茶を用意してもらわなくても大丈夫ですよ?」
「いや、これはお礼にゃ。お礼は大切にゃ。恩を受けたら絶対返さないといけないにゃ。絶対にゃ。」
「わ、分かりました、分かりましたから。絶対戻ってきますから。」
食い気味で言い寄られ、しどろもどろになりながらも戻ってくる約束をした直後、ニーアは手紙を握ったまま風のように走り去ってしまった。
あれ、家の鍵大丈夫なの?
「そもそも、来た時から鍵開けてなかったし、元々鍵なんてしないんじゃないかしら?」
確かに鍵開けてなかったな。大丈夫かそんなセキュリティで。
……なんか、大丈夫そうだ。この国なら大丈夫そうな気がする。
「取り敢えず、冒険者ギルドへ向かってみるか。」
「そうね。」
「賛成だ。」
リーニャとハルマーの同意も得られたところで、冒険者ギルドへ向かうことにした。
ニーアの家の鍵は閉められないので、ドアだけしっかり閉めておいた。
冒険者ギルドは、目立っていた。
デカデカとした看板に、この世界の文字でデカく冒険者ギルドと書かれている。
「何だこの存在感は……?」
「やはり、身体能力が高い獣人族にとっては、冒険者が一番重要な仕事なのかもしれないな。」
「とにかく、入りましょ。」
リーニャに促され、俺達は中へ入る。
キィッと高い音が鳴ったドアの方向へ、中に居た人達の視線が集まった。
俺は中を見渡す。
冒険者ギルドの内部も、アステニア等と殆ど同じような作りだった。
受付があって、依頼ボードがあって、酒場があって……
酒場に居た一人が、ゆっくりと立ち上がってこちらへ向かってこようとした。
この人も狼耳とかではなく、顔がまるまる狼のタイプの獣人だった。
「俺が行ってくる。お前達は自分の用事を済ませていい。」
ハルマーが俺にそう言うと、その狼の獣人のところへと歩いていった。
荒事にならないと良いけど、と暫く観察していると、ハルマーは机にドンと手を置いたかと思ったら、酒を注文した。
机には、銀貨が一枚と銅貨が数枚置かれていた。
そのまま、一緒に酒を飲みつつ話を始めた。
成る程、あれが大人の対処か。
成り行きを見守った俺達はそのまま受付まで向かい、受付嬢のうさみみお姉さんに話しかける。
「あの、ここに魔王についての資料って有りますか?」
「あっ、はいっ!? あっ、魔王ですか? えと、魔王、魔王、魔王についの資料は、す、少しならあるんですけど、その、望むほどの情報があるかどうかは……」
「あれ、そうなんですか?」
おかしいな。レイフさんはクロトガなら詳しく知れるって言ってたのに。
保管場所が冒険者ギルドじゃないのか?
「じゃあ、魔王についての詳しい資料が置いてある場所ってどこかありますか?」
「そ、それは……」
詳しい資料の保管場所を尋ねると、受付嬢は口籠った。
なんだ? 言えないのか?
「教えてもらえま……」
教えてもらえませんか?まで言おうと思ったら、受付嬢の顔色が変わった。
俺の後ろを見て、青ざめた顔をしている。
俺は恐る恐る後ろを振り返った。そこには……
「ニーア……さん?」
用事があると言って家を出ていったニーアが、俺の後ろに立っていた。
ニーアは俺の隣に来ると、受付嬢に紙を差し出した。
「ここへの行き方、分かるにゃ?」
「えっ、あっ、あの、ここは……」
その紙には、暗号のような物が書かれてあった。
受付嬢が言い淀んでいると、ニーアはもう一枚の紙を差し出す。
それにも暗号のような何かが書かれてあったのだが、それを見た受付嬢はより一層顔を青ざめた。
「せ、せ、せ、専用の案内人を、お、お付けしますので!」
「ありがとにゃ。」
そう言った後、受付嬢は奥へと消えていった。
「……ニーアさん。それ何書いてあるんですか?」
「んー、ひ・み・つにゃ。」
ニーアはニヒヒと笑いながらそう言った。
「ユウスケ達も来たほうが良いにゃ。そこに、魔王の資料とか、強いやつとか全部揃ってるにゃ。」
「え、そうなんですか?」
「そうにゃ。色んな精鋭みたいなのの集まりだからにゃ。」
「何なんですかそこ……」
ていうか、なんでギルドの受付嬢がそんなことまで扱ってるんだ……
聞きたいことが山ほどあったが、取り敢えず胸の内にしまっておくことにした。
程なくして、奥から羊の獣人が出てきた。
天パーのようなくるくるとした白い髪に、巻き貝のように巻いている角がある、二十代後半くらいの女性だった。
「私が、案内します。名は、クルン、です。今から、出発します。」
「えっ、今からですか?」
「今から、です。」
思いの外低めの小さい声でそう言ったクルンは、そのまま歩いて冒険者ギルドの出口へ向かっていった。
やばい、置いてかれそうだ。
酒場の方へ走っていって、ハルマーに声を掛ける。
「ハルマーさん、急用なので行きますよ!」
「ん、あぁわかった。情報ありがとな。」
「おう、頑張れよ。」
ハルマーは先程まで飲んでいた狼の冒険者に一言お礼をいうと席を立つ。
狼の冒険者も酒で気分が良くなったのか、笑いながら見送ってくれた。
ハルマーは酒を飲んでいたのに全く酔った素振りがない。酒に強いのかな。
「で、急用ってなんだ?」
「どうやら、強者が集まってる場所があるみたいで、そこに魔王の資料もあるらしいので、今から行きます。」
「急だな。」
「なんか、案内人が今から行くって言うので……」
「そうか。」
全く動揺した素振りもなく了承したハルマーを見て、冒険者はここまで肝が座ってないとやってられないのかもしれないと思う俺であった。
クロトガの門を出て、俺達はずっとある方向へ進んでいた。
どうやら歩きで向かうらしく、黙々と先導するクルンについていく。
周囲は霧が立ち込めており、クルンの持つランタンで照らしても1メートル先も分からない様な感じだ。
「ところで、今から向かう場所ってどこです?」
「んー? クロトガにゃ。」
ニーアに質問すると、ニーアからは要領を得ない返答が帰ってきた。
「クロトガって、さっきの街じゃ?」
「あれは、クロトガの表面にゃ。」
「表面?」
「そ。観光とか、物資の流通とか、一般的な生活圏を取り扱ってる、門みたいな場所にゃ。」
「え、じゃあ今から向かう場所って、クロトガの中心ってことですか?」
「中心というか、心臓というか、そんな感じの場所にゃ。」
どうやら、結構ヤバイところに向かっているみたいだ。
心臓部って、普通よそ者は入れないんじゃ?
「そんな所、俺達が行っても良いんですか?」
「まぁ、にぃが許可したから良いんじゃないかにゃ?」
「適当ですね……」
「細かいことはわかんないからにゃ~。ニャハハ。」
随分適当だ……
でも、案内人が俺達を拒んでないってことは、大丈夫なのか。
「そろそろ、到着、します。」
案内人のクルンがそう言うと、立ち止まって右腕を上げた。
途端に、前の霧が晴れて視界が戻る。
目の前にあったのは、街というよりは集落とでも表現できそうな場所だった。
木で作られた簡易的なテントのような小屋がポツポツと並んでいるだけの、そんな場所。
ここらへんが特殊なのか、周囲の薄い霧のせいで陽の光はまともに入ってきておらず、焚き木の揺らめく火だけが淡く周囲を照らしていた。
その小屋を通り過ぎ、真っ直ぐと進んでいくクルン。
俺達も何も言わず、クルンについていく。
暫くして、一つ大きめの家が目の前に現れた。
大きめとは言っても、この集落の中ではの話で、アステニアやクリシュナードの一般的な家より少し小さいくらいだった。
その家の扉前で、クルンはこちらを向く。
「中へ、どうぞ。」
俺達は、顔を見合わせた。
この中に、誰が居るんだろうか?
まぁ、入ってみるしか無いわけなんだけどさ……
少々戸惑いながらも、扉を開ける。
「失礼しま~す……」
緊張からか小声になってしまった。
簡素な作りで、玄関から真っ直ぐ廊下が伸びており、突き当りの右に部屋があるらしい。
返事も無いので、そのまま恐る恐るゆっくりと進んでいくと、パチパチと音がなっている。
この奥の部屋に、暖炉があるみたいだ。
ちらりと部屋を覗くと、そこには金色の美しい毛並みをした狐耳の女性が柔らかそうな椅子に座っていた。
赤を基調とした綺麗な着物を着ており、それがより一層彼女を際立たせる。
「よく来たのう。まぁ、そこに座るがよい。」
俺達は、おずおずと部屋に入っていく。
この女性、見た目は二十代後半だが、見た目に似つかわしくないプレッシャーがあった。
「どうした? 座らぬのか?」
艶のある声で促され、俺達は横長のソファに座る。
ハルマーも含め、全員が緊張していた。
シロナも、ヒサメもだ。
それ程、彼女の存在は強大なものだと分かってしまうから。
「妾は金狐。名前はキンじゃ。安直じゃろう?」
キンが喋る度に、俺達の身体は固まっていく。
まるで、この部屋がキンに支配されているかのような錯覚に陥る。
「そう強張らずともよい。会話に興じるだけなのじゃからな。」
九本の尻尾を揺らし、クツクツとキンは笑った。




