77話 転職の概念
ちょっと短くなりました。
「だって、元々俺は戦士だったからね。」
ネイヘルはそう言うと、静かに昔の事を語り始めた。
ネイヘルが魔法に憧れ始めたのは、必然的な事だった。
クリシュナードに生まれ、小さい頃から魔法に触れ合って暮らしてきたネイヘルは、物心ついた時には、もはや憧れと言うよりかは、将来自分が魔法使いになる事が確実とさえ思っていた。
偉大な魔法使いになるんだと、目を輝かせながら両親に何度も話した。
この世界では、ステータスに職業が表示されるが、小さい頃は何も書かれていない。
大体七歳から十歳までのある日、いきなり表示されるのだ。
大抵の国では、表示された日からそれに従って技術を学んでいく。
だが、クリシュナードでは少し違った。
クリシュナードでは、5歳の誕生日に教会で職業の適性診断をする。
この国において魔法使いというのは英雄であり、名誉であった。
国民は我が子が英雄になれるか、名誉を手にすることが出来るのか、期待と不安を抱えつつ教会に向かい、そこで適正を調べてもらう。
魔法使いの素質が有る者はすぐに魔法学校への入学手続きが行われ、それ以外は自分の適性の職業になるか、それすらも手放して生産職や販売職等になるかのどちらかだった。
そんな中、ネイヘルに伝えられた診断結果は、戦士に適正有り、だった。
ネイヘルはその時、酷く落胆した。
「ネイヘル、仕方ないんだ。元気を出せって。戦士も良いもんだぞ?」
「ほら、今日はネイヘルの好きなオーク肉のステーキよ。奮発したんだから。」
両親はネイヘルを励ましたそうだ。両親はネイヘルが魔法のことが好きなことは分かっていたし、魔法使いになると信じて疑っていなかったのだ。
その時に食卓に並んだオーク肉は少し値段が張るもので、ネイヘルの家では祝い事で食べられる事が多かった。両親は、ネイヘルが魔法学校に入学した時の為に、予め用意していたのだろう。
それも、ネイヘルにとっては辛かったのだ。
それから数日間、ネイヘルは何をする気も起きず毎日を過ごしていた。
両親がやっていた屋台も手伝わず、ただぼーっと部屋から外を見て過ごしていた。
両親もネイヘルに何と声をかければいいか分からず、ただ元気になるのを待っていた。
そんなある日、ネイヘルはふと思った。
こんな毎日を過ごしてどうするんだと。
ボーっとする時間があるなら、それを勉強なりなんなりに活かせばいいじゃないか、と。
そう思い立って剣を握り、独学で稽古を始めてみたりもした。
しかし、ネイヘルの心の中には、アークウィザードになった自分の姿がずっと居るのだ。
戦士に適性有りだと言われようが、ずっと消えることはないのだ。
じゃあ、それでいいじゃないか。
曲げる必要なんてない、曲げてはいけない。
なりたいものになって、やりたいことをやって、それが一番幸せに決まっている。
幸いなことに魔法学校も、魔法使い以外でも入学できるのだ。
なら、何十年かかったって魔法を覚えればいい。
「父さん、母さん。俺、魔法使いになるから。」
そう言った時の両親の顔は、未だにネイヘルの頭に残っていた。
驚き、悲しみ、心配。
色々な感情があって、色々な葛藤があって、それでも最後には「あぁ、分かった。」と一言、ネイヘルに伝えたのだ。
その日、ネイヘルの魔法学校入学が決まった。
「それからは大変だったよ。他の人達と比べて魔法の習熟速度も遅いし、その威力も桁違い。貴族の坊っちゃん達には馬鹿にされるし、他の人からも変人扱いされてた。そりゃそうだよ、だって戦士なのに剣も振らず、盾も持たず、ひたすら魔法の練習してるんだもんね。」
ネイヘルは鼻をぽりぽりとかいた。
ガチャリ、とドアの開く音が聞こえる。
どうやら他の職員が水を持ってきてくれたみたいだ。
俺達とネイヘルは職員にお礼を言う。
ネイヘルは一口水を飲むと、続きを話し始めた。
「それでさ、あっという間に五年。本当にあっという間だったよ。俺と同じ頃に入学した子たちも殆ど卒業しててね。俺より後に入ってきた子も何人も卒業して。でも、収穫も大きかった。ある日を境に、魔法についての情報がすんなり飲み込めるようになったんだ。すぐにステータスを確認したら、職業がマジシャンになってたんだよ。どういうことか分かる?」
「魔法学校で魔法を習っている間に、変わったんですか。」
「そう。俺は変わった。変われたんだよ。嬉しくて両親にすぐ伝えてさ、そしたら二人して泣き出しちゃって、俺も釣られて泣いちゃって。」
その時を思い出したのか、ネイヘルはつーっと一滴の涙を流した。
それを拭って、ネイヘルはコップに入っていた水を全部飲み干した。
「ふぅ、ちょっと長くなっちゃったけど、要するにステータスに表示される職業も、適性診断の結果も、当てにしなくていいんだよ。その時、その状態での推奨を表示しているにすぎないんだからね。」
「じゃあ、私がアーチャーなのは、小さい頃から弓の練習をしていたから……なんですか?」
「そう、だから今はアーチャー。だけどマジシャンになれるよ。それに必要なのは魔法の知識を蓄える事と、魔法を実際に使う事。そして、マジシャンになりたいって心から思う事。」
ネイヘルは自分の心臓あたりを親指でつついた。
「どれだけ真剣に魔法を覚えてても、シーフのオマケ、戦士のオマケとかで考えてたらマジシャンにはなれない。本気でマジシャンになる為に、本気で取り組んだら、君は変わる。」
ネイヘルはリーニャの顔をじっと見据えた。
リーニャは少し俯いて、ネイヘルの言葉を噛み締めていた。
そうか、転職って出来るんだな。でもゲームみたいに教会で変わってハイ終わりとかじゃなくて、本当に一からやり直して手に入れなきゃいけない。それは相応の覚悟もいるし、時間もいる。
「まぁ、すぐに入学してくれとは言わないよ。今は忙しそうだしね。だけど、考えてもいいくらい、君には素質が有る。俺なんかよりもずっとずっとね。」
ネイヘルはリーニャに微笑みながらそう言った。
リーニャも立ち上がり、お礼を言う。
「……そうね、ちょっと考えてみます。今日はありがとうございました。」
「うん。……あれ、授業風景とかは見なくてもいいのかい?」
「大丈夫です。それよりも大事な話を聞けましたから。」
「そうか……じゃあ、気をつけて帰るんだよ。」
こうして、俺達は魔法学校の正門へと送られた。
その途中で見えた校庭は、もう魔法の実技授業は終わっていたようで、ガランとしていた。
「いつでも待ってるからね。まぁ、出来れば俺が死ぬまでには入学してもらいたいと思っているよ。」
笑いながらこちらに手を振るネイヘル。
リーニャは、少し躊躇いながらもネイヘルに一つ質問をした。
「あの……ネイヘルさんも属性魔法の適性検査はしたんですか?」
「うん、したよ。入学してすぐに。」
「結果は、どうでしたか?」
「そうだね、全部ほぼゼロくらいだったよ。」
「ほぼゼロ、ですか……」
「ま、今ではCランクくらいの魔物なら頑張ったら勝てるくらいになったけどね。だから分かるんだ、君はもっと伸びるよ。」
「そうですか……ありがとうございました。」
俺とリーニャはネイヘルに深々と頭を下げ、ニーアとシロナとヒサメはペコリと小さく頭を下げ、俺達は帰路についた。
宿に帰る途中、何だかずっと喋らないのも気まずかったからリーニャに話を振った。
「それで、入学するの?」
「……正直、まだ悩んでるの。」
「でも、魔法は覚えたいんでしょ?」
「……うん。でも、マジシャンになるのは、何か違うかな……って、思って。」
「俺はマジシャンもいいと思うけどね。リーニャが魔法使いたいなら尚更。」
「ニーアさんを送り届ける頃には、決めようとは思ってるから、それまで、悩んでもいいかな。」
「うん、全然いいよ。送り届けるまでとは言わず、納得のいく答えが出るまで待つよ。」
「ありがと、ユウスケ。」
短いやり取りだったけど、リーニャが今真剣に悩んでるのは分かった。
今日一日くらいは、そっとしておいた方がいいかな。
宿についてから部屋を別れ、俺は一人でベッドに倒れ込んだ。
今日の話は、なんだかとても重要な話な気がする。
俺も含めて、皆は表示通りの職業になるものだと思っていた。
それに、多分殆どの人は自分の適性職業に疑問も持たないし、受け入れられないほど嫌と思ってない。
だから表示された職業を極めて行くし、実際それは効率的だ。
その時の適正な職業を表示されているのだとしたら、一番伸ばしやすいって意味でも有るのだから。
……じゃあ、その適正な職業って、何を基準に決められているんだ?
ステータス値なのか? でも戦士職でINTって伸びるものなのか?
レベルアップでのステータス値の上昇は、職によって伸びが違うんじゃないのか?
魔法を練習することによって、無理やりステータス値の上昇率を変えたのか?
もしかしたら、レベルを上げる以外にも、ステータスを上げる方法があるのか……?
これはちょっと調べてみたいところだ。
もし魔法を練習することでINT値を上げることが出来るのなら。
筋トレでSTRやVITを上げることも出来るのかもしれない。
時間が有る時に筋トレしよう。
あれ、この台詞って、ダイエット出来ない人の台詞によく似てるような……
まぁ、いいか。
今日一日の疲れを癒やすように、俺は夢の中へと意識を落とした。
最近、一話一話の区切り方が雑になってきているような気がしてきました。
気をつけます……




