『雨の中の雲』
人は欠けてばかり
大広間の中には約20人ほどの人がいた。
篠儀家の上の奴らや一目見ればわかるようなヤクザである。
ヤクザはこちらをギラリとした目で睨み付けている。
その目は正しく、信用できるかどうかを見定めている目だった。
そのことに気付いたのか篠儀のお嬢様はにやりと口を歪ませる。
「大丈夫だよ聿さん。この人たちは私のシマの人だから」
「あんたのシマ?」
まだ成人もしていない女の子から『シマ』なんていう物騒な言葉が出てくることはそれほど『こちら側』ではおかしなことではなかった。
ただもう一つの方『私の』というほうに引っかかったのだ。
「篠儀家はヤクザにも手ぇ貸してるのか?」
「ちがうよ。聿さん」
お嬢様は首を横に振る。それとともに長い手入れされた髪が揺れる。
「篠儀家自体にヤクザを運営するところがあるんだよ」
「ハッ。ヤクザなんかもってなんの意味があるんだ。たかが人から金を持ってくるだけだろ」
そういうと、ヤクザと思われる一人が激昂する。
「なんだとテメエ!!俺ら『黒凪組』を侮辱するっていうのか!!ああ!?」
男は唾を飛ばしながらそう怒鳴りつけてくる。
「黒凪組か・・・随分とでかい組持ってるんだな」
黒凪組はここ最近のヤクザの中でもトップクラスの組だ。
警察や大物政治家と繋がっているんじゃないかという噂が所々で立っていたが、組自体が名家の中にあると考えたやつはきっと一人もいなかっただろう。
最近では、組も規模がどんどん広がっていて、いまや10000を超える大所帯となっている。
現在のヤクザからではあり得ない規模である。
「ヤクザってだけで退いていく輩なんていっぱいいるからね。いわゆる看板みたいなもんだよ」
「やめとけ。あとからここの面子が保てなくなるだけだぞ。しかもよく見ればど素人なやつらばっかじゃねえか」
素人か素人じゃないかは筋肉の付き方や姿勢などですぐわかる。
行使者同士が会った時はそこを見て対象がどこまでの実力かを見定めるものである。
そういうとヤクザの一人が動き出す。
「テメエ!!いい気になってんじゃねえぞ!!」
そう言って、こちらに近づいてくる。
篠儀の奴らがざわつく。。
そのヤクザは俺の襟をつかむ。
「テメエみたいな無法者が俺達みたいなやつにはむかえると思ってるのか?」
と、唾を俺の顔にかけながら叫んでくる。
俺はその襟をつかんでいる腕をつかみ、半回転回す。
そうするとヤクザは体を回転させ、床に顔をへばりつける。
その後、そいつの襟を持ち、立たせて、腹に目掛けて横から回転蹴りを打ち込む。
「ぐぇ・・・」
という声をだし、男を床にたたきつける。
「無法者なんて言うのは分かってんだよ」
ただ・・・、と俺は続ける。
「テメエらみたいな不毛なやつらに言われる筋合いねえんだよ」
そういうと、周りのヤクザが大声を張り上げながら、飛び掛かってくる。
その中の一人が大きく振りかぶって殴り掛かってくる。
俺はその拳を受け止め、顔面目掛けて蹴りを打ち込む。
「ぐほっ・・・」
という声とともに、男の歯が口から飛んでいく。その後、よろめいた男を掴み、もう一人の男に投げ飛ばす。
その男は、投げ飛ばした男を受け止められるわけもなく、一緒に床にたたきつけられる。
「この野郎!!」
といい、巨漢の男が、タックルしてくる。その姿は赤いマントを持っている闘牛士に突進してくる、闘牛のようだった。
俺は、その男に向かって、イスを投げ飛ばす。そのイスは男の頭部に見事命中。男はその場で倒れる。
その男に向かって俺は走っていき、頭を掴み、そのままズルズルと引きずる。床には赤い血のアートが完成する。
そして、そのあとに肩までその男を持ち上げて投げ飛ばす。
ヤクザ共の腰は引け、ちっぽけなプライドと精神力だけで、立っているように見える。
「おい・・・・さっきまでの威勢はどうした?」
一人一人の顔をじっくりと見まわす。その顔は恐怖と後悔の色で染まっている。
俺は一歩、踏み出す。
ヤクザは一歩下がる。
「そこまでだよ聿さん」
篠儀のお嬢様はそう俺に言い放つ。
「フン」
と俺は鼻をならす。
「あんた、俺を測っていただろう?」
そう言うと、篠儀のお嬢様は顔を歪ませニヒルな笑みを作る。
「どうしてそう思ったの?」
俺はそれにそう応える。
「お前の目はまるで草食動物の動きを読んでいる肉食動物のような目だった」
「へえーすごいね聿さんは」
そう言うと篠儀のお嬢様は目をギラつかせこちらを睨みつける。
俺はそれを感じ取らないかのようにして口を開く。
「にしてもまあ・・・行使者に対してよくもまあ使えるか使えないかそんなことを考えられるんだか」
「ふふっ・・・実はね、いちさん。私も行使者だったりするんだよ」
「ほお・・・」
俺は感慨深い顔をする。
だが、心の中では心底驚いていた。
篠儀のお嬢様が『行使者』だと?
「だからね。聿さんの戦闘を見て分かったの」
「何がだ」
そう言うと篠儀のお嬢様は年相応の可愛らしい表情になって口を開く。
「いちさんは強い。並大抵の行使者の実力じゃないね」
だから、と篠儀のお嬢様は続ける。
「私のボディーガードを務めてほしい」
「ああ、当然だ」
俺は元からそのつもりできたし、そもそも断る理由など一つとして無かったのだから、今更断る気は無かった。
「そういえば、俺は一体どれくらいあんたのボディーガードをやれば良いんだ?」
そう言うと篠儀のお嬢様は微笑む。
「今日だけでいいよ」
「今日だけ?なんだそれは、まるで今日鬼流が来ることを把握しているみたいじゃないか?」
そういうと篠儀のお嬢様は首を傾げる。
「あれ言ってなかったけ?聿さん、今日来るんですよ。鬼流風鈴が」
「どういうことだ?」
「美麗アレをいちさんに渡して」
そういうと後ろで立っていたメイドが「かしこまりました」と言い、一通の手紙を持って、俺の元へと歩いてくる。
周りでヤクザの倒れていることなど御構い無しとこちらに歩いてくる。
「こちらになります」
と言い、一通のその手紙を渡してくる。俺はそれを受け取ると、中身を読み始める。だが、読み始めると言っても経った一言しか書いてなかった。
『今日、篠儀菜季を殺す 鬼流風鈴』
随分とまああっさりとシンプルな文章だ。だがその文章の一語一語には、殺意が込められているのは明らかだった。
「もう一度言います」
篠儀のお嬢様は続ける。
「私のボディーガードを務めてほしいです」