11.心の平安:往
拝啓。
お仕事お疲れ様です。ここ二週間ほどは、きっと色々と立てこんでいらっしゃったんでしょう。それも仕方のないことです。こんなことで私があなたを見放すなんて、そんなことあるものですか。
この手紙より……私のことなどより、ぜひともお仕事を優先してください。これは単なる、娯楽の一種にすぎないのですから。
顔が見えないというのが、一番のポイントかもしれませんね。そうでなければ、私が最初からあんなに生意気なことを人様に伝えられるはずがありませんもの。
本音で話ができる――そう言ってくださると、私も嬉しいです。自分が抱いている感情が決して勝手なものではないのだと思うことができて、とても安心しました。
性癖とはまた、ひどい言いぐさですね。確かに自分でも少し変かな、とは思いますけど。それでも、魅力を感じてしまうのだから仕方ないではありませんか。
私がいわゆる『オジサマ萌え』だと言うのなら、あなただって『ロリータ・コンプレックス』と言われても仕方ないです。まぁ、ロリータというと一般的には最低でも十五歳くらいまでの子を指すんじゃないかと思うので、少し違うような気もしますけれど。
しかし、なんだか言い訳がましいですねぇ。実は少しぐらいその気があったりするんじゃないですか? ふふ。
イオリさんにお子様はいらっしゃらないんですね。ですが、溺愛するだろうというのは少し意外でした。子どもがお好きなんですか? あなたが子どもに囲まれて一緒に遊んでいるというイメージがあまりないというか、想像がつかないというか……とにかく、驚いています。
柊教授はこの間まで(先の手紙に書いた『雪の結晶』のことで)忙しそうにしていらしたので、とても尋ねられるような雰囲気ではなかったのですが……昨日、ようやくひと段落ついたようだったので、思い切って研究室を訪ねてみました。
そして、聞いてみました。年代も性別も、性格すらも異なった二人が、どこか似通ってしまうということがはたしてあるのですか? と。
柊教授は少し考えるそぶりを見せましたが、思ったよりもすんなりと答えてくれました。
「年代も、性別も、性格も……そんなものがバラバラだからといって、互いの魂が全く異なるとは限らないと思う。一見関係がなさそうに見える人間たちは、もしかしたら魂というレベルで深いつながりを持っているかもしれない。いわゆる、ソウルメイトというやつだね」
「ソウルメイト、ですか」
「うむ。前世、またそれ以前からの因縁だね。親子、兄弟、恋人同士……生まれ変わるたびに必ずどこかで出会い、かかわりを持つことになる。そういう縁を持った二人だということだ」
「必ず出会い、かかわりを持つ……」
「それは君の親兄弟かもしれないし、友人かもしれない。君が今日すれ違った人の中に、いるかもしれない」
それはもしかしたら、この私かもしれない。
わからないけれどね、と言って、柊教授はからからと笑いました。私もつられて、笑いました。
やはり柊教授は不思議な人です。レポートの締め切り日を忘れていて、当日に回収しないまま研究室に帰ろうとしたかと思えば、その直後には私が持った疑問によどみなく答えてくれたり……。
彼と話しているときには、人見知りなはずの私の心も不思議と落ち着いているんです。
気づけば、「雪の結晶は作れましたか?」という至極どうでもいい話題をこちらから振ることができるほど、私は柊教授と打ち解けていました(ちなみに、雪の結晶は綺麗に作ることができたそうです。実物を自慢げに見せてくれました。写真を撮らせていただいたので、同封します)。
あなたが柊教授の人柄に惹かれるのと同じように、私もまた、彼の雰囲気に惹かれました。やはり、あなたと似ているような気がして……。
ここにも、ソウルメイトがいるんでしょうかね。
燃え上がるだけが、恋ではありません。あなたはご結婚なさったことで、奥様にまた別の恋愛感情を抱き始めたのではないでしょうか。
今までとは違う、小さく、静かで、穏やかな恋情……。
それは、あまりに微かだったのかもしれません。よく探してみないと、気づくことができないほどに。
だけどあなたは、どうしても奥様を守りたかったんですね。だからこそ、あなたは仕事に打ち込んだ。家族を、養うために。
それが、あなたなりの愛情だったんですね。
だけど……その気持ちは、奥様には届かなかった。
家庭を顧みず仕事に打ち込むあなたを見て、自分は愛されていないんじゃないか、必要ないんじゃないか……そんな風に、誤解してしまったのかもしれません。
奥様は愛想をつかしたんじゃなくて、単に寂しかったのではないですか?
寂しかったから、だんだん心が離れていった。
同じ女として、私は奥様の気持ちをそう推測します。真実は、定かではありませんが。
あの子は彼と付き合うようになってから、ことさら明るくなりました。ますます周りに好かれています。こんな風に変化することもあるのですね。
彼女が恋を自覚した時――おそらく、私が協力してほしいと頼む少し前――、彼女はあまり楽しそうではありませんでした。どちらかというと、困惑しているような……こんなの違う、と、自分の感情を否定しているような。
私と彼が近づくようになってからというもの、あの子は徐々にやつれていきました。顔色は日に日に悪くなって、毎日泣いていたのか、まぶたも真っ赤に腫れていて……。
見ていて、とてもつらかった。
だから、生き生きしている今の彼女の方が、私は好きです。
その原因を考えると、落ち込んでしまうこともあるけれど。
誰も悪くない……あなたが書いてくれたその言葉に、今まで真っ暗だった道が一気に開けた気がしました。
私も苦しかったけど、あの子も同様に苦しかった。彼も、苦しんでいたかもしれない。そう思うと、今でも胸が締め付けられるほどに痛みます。
確かに彼には、不思議な魅力がありました。もともと整った顔立ちをしていたし、スタイルもよかったから、外見だけでも女の子が惹かれる要素はたくさんあったのですが。
私が一番惹かれたのは、彼が何を考えているか読めないところでした。いつもニコニコとした笑顔でいるけれど、その笑顔の奥に秘められた感情が、全く分からない。
そんなところを、魅力的だと思ったんです。
そんな彼が、初めて感情をあらわにした……あの子の話をするときの、彼の目。隠しようがないほどの、優しい愛情と激しい欲情。
負けた、と思いました。
私にも本音と思しき笑顔を向けてくれることがありましたが……それはあの子に向けられるものとは、種類も、感情の重さも、全く違う。
私を傷つけたくないと、彼は思ってくれたのでしょう。だからこそ、やんわりと私に気持ちを告げてくれた……。
今でも彼は、普通に接してくれます。だけど、前はよくしていたはずの、あの子の話題は出さなくなりました。
彼の優しさなんでしょうね。
だけど今の私には、それは凶器でしかありません。
あなたの言うとおりですね。二人の優しさに甘えて逃げていては、私は一生彼を忘れることなどできないでしょう。
今度二人を呼び出して、思い切ってはっきりと告げてみようと思います。
もう、遠慮はしないで、と。
誰も悪くはないのだから……誰の責任でもないのだから、と。
これを書いていると、この気持ちを解決することができるんじゃないかという希望が不思議と湧いてきます。あなたのおかげですね。
この調子で頑張って風化していきます。お手伝い、よろしくお願いします。
この手紙があなたの心に少しでも安らぎを与えられているようで、私も安心しました。これからも役割を果たせるように、頑張って書いていきますね。
なぜだかお酒の混じったあなたの方が、可愛さが増す気がします。……と書いてしまうと、あなたはまたムキになるでしょうか。
お酒がなくても本音を話せるようになったならば、いずれはお酒がない状態でも書いてくださいよ。シラフのあなたも、ぜひ見てみたいですね。
文面を通してではありますが、あなたのことをもっと知っていきたいです。どんどん、本音を語ってくれたらうれしく思います。
私も、包み隠さずお話ししますので。
かしこ。
七月四日 締め切りは守る人間・ミユキ
あまりしっかりしていなさそうなイオリ様
追伸。
締め切りを守れ、とは柊教授に言ってさしあげたいです。先ほども少し書きましたが、自分が指定した締切日をすっかり忘れていらっしゃったんですよ。危うく、レポートを受け取ってもらえないところでした。
高校の頃いましたねぇ…自分で宿題の締切指定しといて、いざ締切日が来ると回収するのすっかり忘れているちょっと抜けた教師が。
そういう時は、黙っておくのが鉄板なんですが…クラスの真面目ちゃんが(よせばいいのに)言ってくれるから、結局回収されたりしてたわけですよ。宿題やってなかったやつ涙目(爆)
ちなみに私は、ちゃんと締切日までには宿題やっとく派でした。
今回の題名は、ホオズキの花言葉。
ホオズキ(鬼灯)とはナス科ホオズキ属の多年草。また、特徴的な形をしたあのオレンジ色の実を指して『ホオズキ』と呼ぶ場合もあります。
オレンジ色の実はお盆などに使われるものとして有名かとは思いますが、その花は白色で、案外小さく可愛らしいんですよね。私が見た感想としては、ドクダミの花にちょっと似てるかな、という感じです。
ちなみにあの果実、昔は子供が鳴らして遊んでいたようで、その時の子供のほっぺたの様子から『頬突き』と呼ばれるようになったそうです。
花言葉は、今回の題名である『心の平安』のほかに『偽り』『欺瞞』などといったものもあるようです。一般的にはそちらの方が有名ですかね。




