第94話 夜が明けない
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結奈を包み込んだ光が、トランプの中に吸い込まれる。
「結奈!」
窓から飛び出そうとした織斗だが、広の前にチカッと、封印術ではない光が見えたことで動きを止めた。
「やめ……やめろ、咲!」
住宅街の道路から飛び出した咲は織斗を一瞥し、すぐに広に視線を戻した。
不意打ちで狙った糸は、床に落ちていたトランプから噴き出た火で燃やされてしまった。
くるくると指に糸を絡め、咲は頭上から広に飛びかかる。
「……運動神経いいな、相変わらず」
その場から動かず、咲の姿を目で追っていた広だが、咲の糸が身体に触れる直前でトランプケースを拾い上げた。
「っ……」
広の姿が消えたことで、咲は背後に向き直って糸を放つ。
一瞬で、咲の後ろに回っていた広が日本刀で糸を切り裂き、「解印」と唱えた。
広に向き直った咲の背後で、緋末のトランプがふわりと舞う。
どちらに意識を向けるべきか、防御が間に合わないと考える咲だが、背後のトランプは横から飛んできた神木のトランプに弾かれて消滅した。
「……戦うか?」
広の言葉に、織斗は黙って手に持っていたトランプを握りしめた。
配置は咲の後ろ、一直線に並んでいる。
「……結奈ちゃんが、封印されたように見えたけど」
咲の言葉に、広がふっと微笑む。
「あぁ、自分から。封印されに行ったな。こういう場合は当主の印じゃなくても封印できるんだな、知らなかった」
「……どうして結奈ちゃん、そんなことしたの?」
「俺に聞かれても困る。だけど、問題はないだろう? 緋末当主である俺が、神木の人間を封印して何が悪い?」
「……そんなこと、思ってないくせに」
「…………」
「泣いていいぞ、広」
織斗の言葉に、広と咲はそちらを向く。
俯いていた織斗が、顔をあげて広の目を見つめた。
「さっき泣くなって言ったけど、やっぱりやめた。ちゃんと泣こう」
「……泣くための、理由がない」
「結奈の命は、おまえに預けとく」
その言葉に、広の指がピクっと動いた。
咲はその微かな動きを見逃さなかった。
じっと、広の顔を見つめる。
「これ終わったら、お前が正気に戻って、大丈夫になったら……結奈を返してくれ。それまでは、預ける」
「交渉だと言っただろ? 常盤泰鷹を引き渡せ、そうしたら今……」
「ヤスを手に入れておまえ、どうすんの?」
「どうする?」
「だってあいつを元に戻しても、復讐しても、あやめはもう……」
「どうしてそこで、あやめが出てくる?」
「…………は?」
織斗が顔を上げるタイミングと、咲が首を傾げるタイミングが同時だった。
広が、話を続ける。
「あやめなら今、屋敷にいない」
「いないって……そうだろうけど……」
「夢のことを、言ってるのか?」
「夢?」
「あの日、夢を見た。目が見えない、術が使えなくて、街の丘公園で常盤泰鷹に襲われて……あやめが、俺を庇ってくれて……」
日本刀を持った腕を下ろし、項垂れる広。
大きく息を吐き、再び顔を上げた。
「そうだな。あの夢の心地が悪くて俺は、常盤泰鷹を恨んでいるのかもしれない」
「いや、夢って……あれは現実で、あやめはもう……」
「どこかで迷子になってる。探しに行かないといけないんだけど、手がかりがないんだ……傘を」
「傘?」
「あやめが来た日、あいつ傘持ってなくて……濡れてたから、迎えに行かないといけないんだ」
しゅっと、広の持っていた日本刀の術が解けた。
警戒することも忘れ、織斗と咲は茫然と広の動きを見つめる。
「あぁ、そうだな。あやめが帰ってこないなら、あんな屋敷いらない……むしろあんな場所があるせいで、帰って来れないのかもしれない」
はぁーっとため息をついた広が踵を返した。
「遊びにこいよ、織斗、咲。緋末の屋敷に……死と共に、歓迎してやる」
そう言ったあと、広は地面を蹴って道路を離れた。
やはり動くことが出来ず、ただ広の背中を見送った二人だが、しばらくしたところで咲が呟いた。
「広……夢だと思ってる」
咲の言葉に、織斗が頷く。
「広は何でも持ってるすごいやつだけど時々、その身体で抱えきれない大きな荷物抱えて、処理しきれなくて、現実逃避するところがある」
「あやめちゃんがいなくなった事実を、受け入れられなくて……」
「あの出来事が……いや、たぶん今現在の現実全てを、悪い夢だと思い込んでる」
「夢を……広はずっと、夜の中にいる」
織斗は頷いて、一度目を閉じた。自分や咲は、たくさん泣いた。時間はまだ足りないけど、逃げてはいない。
現実を、彼女がいない未来を、受け入れる準備をしなければならないことが、わかってる。
「咲……行こう、緋末の屋敷へ」
織斗の言葉に、咲は彼に向き直る。
「目を覚まさせよう、起こそう、広を。そのために……強くなりたい……それと」
ぐっと、織斗が拳に力を入れる。
俯いて、表情を読まれないように。
「難しいな、切り替えるって。さっき、ちょっとだけ俺、頑張ったから。だから……少しだけ、泣いていいか?」
織斗の言葉に咲は唇を噛み、深く頷いた。
互いの目から、涙が落ちた。
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ガヂャッと、嫌な音が機械室に響いた。
緋末の屋敷。
モニターにナイフを突き立てて破壊した后が、荒い息を必死に整える。
「っ……ははっ、捕まらなかった、逃げ切れた! やっぱ天才じゃん、僕!」
后の笑う声が機械室に響く。
自分の声がうるさい。
そう思えてきたところで、后はナイフを引き抜いてキーボードを突き刺した。
「あは、はっ。また壊しちゃった、父さんに怒られる……」
機械はデリケートなんだから、丁寧に扱うんだよ。
そう教えてくれた父は、もういない。
頭痛を抑えるように、后は目を閉じた。
「捕まえてくれない……リンちゃんですら、僕に追いつかない。当主様は最初から、僕なんか……ずっと一人、誰もいないじゃないか、僕には……」
時折機械が発する無機質な音しか響かない静かな部屋で一人、后は機材にもたれて項垂れた。
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No.10「PM_10:00 – 騎士と駒」終了




