第92話 役立たず
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「なぁ、ブラック。姫未に会ったりしてない?」
神木家の階段に腰掛けていたブラックに、織斗が声をかけた。
先ほど咲を連れて帰ってきて、「なにしてんの、ブラック」と声をかけた織斗だが、しばらくして階段に戻ってきた。
そしてこの、姫未に関しての質問。
「姫未様? そういや見てないな。つーか俺より当主の方がよく会ってるだろ?」
「そうなんだけどさ。最近全然、現れないから」
「神出鬼没だもんな」
「それにしては期間が空いてるというか、最近は呼んでも出てきてくれない……姫未!」
突然の大声に、ブラックは耳を塞ぐ。
しばらくしたところで、耳当てを外して織斗を睨んだ。
「なんだよ、急に……あぁ、姫未様を呼んだのか。たしかに、来ないな」
「ちょっと当主!」
バッタンと、大きな音を立ててリビングの扉が開かれる。
頬に皺をつけた凛が、廊下を走って織斗に飛びかかった。
「うるっさいんだけど! なに考えてんの! 機械はデリケートって言ってるでしょ!」
「機械関係ないだろ、今。寝てるの邪魔されたから怒ってるたけだろ。それは悪かった、ごめん」
「気持ちがこもってない! ていうか私、寝てないから!」
「ほっぺに隆也のシャツの皺ついてる」
「愛情表現だから! 不思議に思ってたんだけどあんた、なんでうちの父さんのこと呼び捨てにしてんの? タメ語なの?」
「隆也がそうしろって言ったから」
「それにしても限度があるでしょ!」
「俺に言うなよ。おじさんって呼び続けたら泣いてやめてくれって言われたし、敬語だと無視されるし」
「……ごめん。うちの父さん、あんたの父親のこと崇拝してるから」
「知ってる。つーかお前、俺に盗聴器……そういえば、音量ってなに?」
「あぁ! あれ本当信じられない! 通信機の意味ないよね、ちゃんと音量あげてよ!」
「いやいやいや! なんでこっちで音量いじるんだよ! つーかその機械どこにつけてんの、マジで」
「話がそれてる! 今は父さんの話でしよ!」
「はぁぁ!? 終わっただろ、その話は! おまえ、本当は頭悪いだろ!」
「当主に言われたくない!」
言い争う織斗と凛に挟まれ、ブラックは盛大にため息をついた。
いつもなら放置するが、今は結奈が寝ているので静かにしてほしいとの気持ちで、二人の仲介に入る。
「あのさ、結奈が二階で寝てるから、静かにしてくれねーか?」
呆れたようなブラックの声に、ぴたりと喧騒が止む。
「二階? どの部屋で?」
「あんたの妹の部屋だよ」
「咲の部屋? いなかったぞ?」
「……は?」
「俺、家に帰ったら二階の部屋全部見るんだ。凛が悪さしてないかチェックするために」
「ちょっと当主!」
「でもどの部屋にも、結奈いなかったぞ? まさか押し入れ?」
「そんなところにいるはずないし、居ないなんてことも……」
その時、織斗の部屋からビーっという警報音が鳴り響いた。
織斗とブラックがびくぅっと体を震わせ、二階を見つめる。
「なんだ、この音……」
「侵入者!」
「しんにゅうしゃ? え、おい、凛」
「蜘蛛の巣にひっかかったの……蝶ならいいんだけど」
織斗を突き飛ばし、凛が二階へ登る。
「おい、凛!」
すぐさま凛を追って二階へ行く織斗。
廊下に一人残されたブラックは、ちらっと玄関に目を向ける。
「……侵入者?」
ブザーの音と同時に感じた、外にいる気配。
間違えるはずがない、それは、ブラックの主人である結奈のものだった。
*
織斗が部屋に入ると同時、凛がモニターを見つめたまま叫んだ。
「当主! 外!」
「外? は?」
「たぶん本人が来てる」
「本人? だから、何の話……」
「緋末の当主! 本人!」
「ひうらの……」
目を見開いた織斗は凛の背後を駆け抜け、道路に面した側の窓を開けた。
「広! ……と、結奈?」
神木家の敷地の道路には広がいた。その隣には、広に手を引かれて膝をついている結奈の姿。
俯いているので結奈の表情は見えないが、尋常ではないことは明らかだった。
織斗の声を聞き、広が顔を上げる。
「久しぶりだな、神木の当主」
「広……なんで結奈が……」
「あ、二秒待って」
そう発言した広が、日本刀を振りかざした。
シュッと風を切った刃の切っ尖には、右の羽を貫かれているブラックの姿。
「胴体を狙ったつもりだが……思ったより動けるな」
目線だけ向けて、広が言う。
ブラックは刃から抜け出し、しかし飛ぶことが出来ず地面に崩れ落ちた。
「胴体を狙った? 見誤ったな、緋末の当主もたいしたことねぇ」
「……強がりだな」
ブラックがもう飛べないことを判断した広は、日本刀の術を解除してカードをケースの中に収めた。
「二度目はない。次攻撃を仕掛けてきたら、お前のマスターを殺す」
その言葉に、ブラックは動きを止めた。
自分一人なら切り刻まれようと構わないが、結奈に手を出されるのは困る。
「大事なマスターだろ? 大人しくしてろ」
「ひ、きょうだろ!」
「卑怯? いわれたくないな、先に仕掛けたのはそっちだ」
「っ……結奈!」
ブラックが叫ぶが結奈は腕向いたまま、身動き一つしなかった。
面倒くさそうに舌打ちした広が、ブラックを睨みつける。
「喚くな。大人しくしていれば殺さない、すぐに返してやる」
「返す?」
「交渉をしにきた」
「交渉?」
「疑問系ばかりだな。馬鹿と獣に人間の言葉は難しいか?」
「てめぇ、ふざけやがって……」
体をあげようとしたブラックだが、結奈がいることを思い出して動きを止めた。
「そうだな、賢い選択だ」
自分一人ではどうにもならない。
当主たちは何やってる? と窓の方を見ると、そこには誰の姿もなかった。
「……は?」
ブラックが惚けた声を出す。と同時、再び広が舌打ちした。
「后、なにしてる?」
それはブラックにではなく、別の相手に話しかけていた。
広が耳元に手を当てたことで、ブラックは広に通信相手がいることに気がつく。
「妨害? あぁ、神木にも機械に詳しいやつがいたな……構わない。捕まる前に逃げろ」
通信相手に指示したあと、広は耳につけていたイヤホンを地面に放り投げた。
「使えないな、どいつもこいつも」
カツンっと響いた小さな音が、結奈の耳に届いた。
「…………使えない」
広の言葉を反芻し、結奈は投げ捨てられたイヤホンに目を向ける。
真っ白な、新品のような綺麗なイヤホンの側面に、傷一つ。
どうしてこのイヤホン、いま、捨てられたんだろう?
使えないから? 壊れたから? まだ使えるよ?
直したら未だ、使えるのに……
広に掴まれていると反対の手のひらを、結奈はぎっと握り締めた。




