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第92話 役立たず

*



「なぁ、ブラック。姫未に会ったりしてない?」


 神木家の階段に腰掛けていたブラックに、織斗が声をかけた。

 先ほど咲を連れて帰ってきて、「なにしてんの、ブラック」と声をかけた織斗だが、しばらくして階段に戻ってきた。

 そしてこの、姫未に関しての質問。


「姫未様? そういや見てないな。つーか俺より当主の方がよく会ってるだろ?」

「そうなんだけどさ。最近全然、現れないから」

「神出鬼没だもんな」

「それにしては期間が空いてるというか、最近は呼んでも出てきてくれない……姫未!」


 突然の大声に、ブラックは耳を塞ぐ。

 しばらくしたところで、耳当てを外して織斗を睨んだ。


「なんだよ、急に……あぁ、姫未様を呼んだのか。たしかに、来ないな」

「ちょっと当主!」


 バッタンと、大きな音を立ててリビングの扉が開かれる。

 頬に皺をつけた凛が、廊下を走って織斗に飛びかかった。


「うるっさいんだけど! なに考えてんの! 機械はデリケートって言ってるでしょ!」

「機械関係ないだろ、今。寝てるの邪魔されたから怒ってるたけだろ。それは悪かった、ごめん」

「気持ちがこもってない! ていうか私、寝てないから!」

「ほっぺに隆也のシャツの皺ついてる」

「愛情表現だから! 不思議に思ってたんだけどあんた、なんでうちの父さんのこと呼び捨てにしてんの? タメ語なの?」

「隆也がそうしろって言ったから」

「それにしても限度があるでしょ!」

「俺に言うなよ。おじさんって呼び続けたら泣いてやめてくれって言われたし、敬語だと無視されるし」

「……ごめん。うちの父さん、あんたの父親のこと崇拝してるから」

「知ってる。つーかお前、俺に盗聴器……そういえば、音量ってなに?」

「あぁ! あれ本当信じられない! 通信機の意味ないよね、ちゃんと音量あげてよ!」

「いやいやいや! なんでこっちで音量いじるんだよ! つーかその機械どこにつけてんの、マジで」

「話がそれてる! 今は父さんの話でしよ!」

「はぁぁ!? 終わっただろ、その話は! おまえ、本当は頭悪いだろ!」

「当主に言われたくない!」


 言い争う織斗と凛に挟まれ、ブラックは盛大にため息をついた。

 いつもなら放置するが、今は結奈が寝ているので静かにしてほしいとの気持ちで、二人の仲介に入る。


「あのさ、結奈が二階で寝てるから、静かにしてくれねーか?」


 呆れたようなブラックの声に、ぴたりと喧騒が止む。

 

「二階? どの部屋で?」

「あんたの妹の部屋だよ」

「咲の部屋? いなかったぞ?」

「……は?」

「俺、家に帰ったら二階の部屋全部見るんだ。凛が悪さしてないかチェックするために」

「ちょっと当主!」

「でもどの部屋にも、結奈いなかったぞ? まさか押し入れ?」

「そんなところにいるはずないし、居ないなんてことも……」


 その時、織斗の部屋からビーっという警報音が鳴り響いた。

 織斗とブラックがびくぅっと体を震わせ、二階を見つめる。


「なんだ、この音……」

「侵入者!」

「しんにゅうしゃ? え、おい、凛」

「蜘蛛の巣にひっかかったの……蝶ならいいんだけど」


 織斗を突き飛ばし、凛が二階へ登る。


「おい、凛!」


 すぐさま凛を追って二階へ行く織斗。

 廊下に一人残されたブラックは、ちらっと玄関に目を向ける。


「……侵入者?」


 ブザーの音と同時に感じた、外にいる気配。

 間違えるはずがない、それは、ブラックの主人である結奈のものだった。



*



 織斗が部屋に入ると同時、凛がモニターを見つめたまま叫んだ。


「当主! 外!」

「外? は?」

「たぶん本人が来てる」

「本人? だから、何の話……」

「緋末の当主! 本人!」

「ひうらの……」


 目を見開いた織斗は凛の背後を駆け抜け、道路に面した側の窓を開けた。


「広! ……と、結奈?」


 神木家の敷地の道路には広がいた。その隣には、広に手を引かれて膝をついている結奈の姿。

 俯いているので結奈の表情は見えないが、尋常ではないことは明らかだった。

 織斗の声を聞き、広が顔を上げる。


「久しぶりだな、神木の当主」

「広……なんで結奈が……」

「あ、二秒待って」


 そう発言した広が、日本刀を振りかざした。

 シュッと風を切った刃の切っ尖には、右の羽を貫かれているブラックの姿。


「胴体を狙ったつもりだが……思ったより動けるな」


 目線だけ向けて、広が言う。

 ブラックは刃から抜け出し、しかし飛ぶことが出来ず地面に崩れ落ちた。


「胴体を狙った? 見誤ったな、緋末の当主もたいしたことねぇ」

「……強がりだな」


 ブラックがもう飛べないことを判断した広は、日本刀の術を解除してカードをケースの中に収めた。


「二度目はない。次攻撃を仕掛けてきたら、お前のマスターを殺す」


 その言葉に、ブラックは動きを止めた。

 自分一人なら切り刻まれようと構わないが、結奈に手を出されるのは困る。


「大事なマスターだろ? 大人しくしてろ」

「ひ、きょうだろ!」

「卑怯? いわれたくないな、先に仕掛けたのはそっちだ」

「っ……結奈!」


 ブラックが叫ぶが結奈は腕向いたまま、身動き一つしなかった。

 面倒くさそうに舌打ちした広が、ブラックを睨みつける。


「喚くな。大人しくしていれば殺さない、すぐに返してやる」

「返す?」

「交渉をしにきた」

「交渉?」

「疑問系ばかりだな。馬鹿と獣に人間の言葉は難しいか?」

「てめぇ、ふざけやがって……」


 体をあげようとしたブラックだが、結奈がいることを思い出して動きを止めた。


「そうだな、賢い選択だ」


 自分一人ではどうにもならない。

 当主たちは何やってる? と窓の方を見ると、そこには誰の姿もなかった。


「……は?」


 ブラックが惚けた声を出す。と同時、再び広が舌打ちした。


「后、なにしてる?」


 それはブラックにではなく、別の相手に話しかけていた。

 広が耳元に手を当てたことで、ブラックは広に通信相手がいることに気がつく。


「妨害? あぁ、神木にも機械に詳しいやつがいたな……構わない。捕まる前に逃げろ」


 通信相手に指示したあと、広は耳につけていたイヤホンを地面に放り投げた。


「使えないな、どいつもこいつも」


 カツンっと響いた小さな音が、結奈の耳に届いた。


「…………使えない」


 広の言葉を反芻し、結奈は投げ捨てられたイヤホンに目を向ける。

 真っ白な、新品のような綺麗なイヤホンの側面に、傷一つ。

 どうしてこのイヤホン、いま、捨てられたんだろう?

 使えないから? 壊れたから? まだ使えるよ?

 直したら未だ、使えるのに……


 広に掴まれていると反対の手のひらを、結奈はぎっと握り締めた。



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