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第77話 宝物


「なぁ、緋末広。俺、お前の名前すげー嫌いなんだ。理由わかる?」

「……わかるわけないだろ」

「俺の人生さぁ、本当しんどくて……何回も自分を殺して生きてきた。死んではリセットして、また自分を殺してリセットして……きっかけは安い弁当一つだけど、原因は他にいくつもあって、それが重なって沸点を迎えた。緋末広、あんたの名前は俺をこんなにした原因の、最初の駒なんだよ。殺したい人間の一人だ」


 泰鷹が鉈を握り、大きく振りかぶる。

 抵抗しようとする広だが、やはり身体は動かなかった。


「解印」


 しかし背後から聞こえてきた声に、泰鷹が右腕を上げる。

 飛んでくる蔓の束を、泰鷹の炎が消した。


「早いな、当主様」

「……織斗?」


 笑みを浮かべる泰鷹と、ぼんやりと公園の出入り口を見つめる広。

 視線の先、公園の入り口には織斗が立っていた。

 織斗は広を一瞥したあと、その視線を泰鷹に向ける。


「もっと早く、この場所に気づけばよかった……」


 織斗が再び蔓を出すが、泰鷹の炎が空中でそれを焼き払った。


「なんで殺す気でやらないかなぁ? やっぱ甘ぇよ、当主様。解印」


 泰鷹の声と同時に放たれる炎。冷静にスペードのカードを掲げる織斗だが、ガッと、その腕を掴まれた。


「……は? っ……解印!」


 カードは手元を離れたが、織斗が印を唱えたことで術は発動した。

 振り返ると、織斗の背後に五人、見慣れない男達がいた。彼らは全員、手に持っているナイフや身に付けている服に赤い神木の術印を刻んでいた。


「なに驚いてんすかー、当主様。あんたの家臣すよ」

「家臣って……だって神木は、解散したって」

「おままごとやってる当主様の代わりに集めときました。褒めてくれます?」

「解散した、神木のやつら……」

「あ、大丈夫っすよ。そいつらただの家畜だから」

「かちく?」

「でもまぁ、使い捨てるまでは餌与えないといけないんでね」


 泰鷹は親指を立てて、パチンと音を鳴らす。


「やめ……織斗、逃げろ。血を流すな!」


 泰鷹の意図を察した広が叫ぶが遅かった。

 男の一人が、術印の描かれたナイフで織斗の右腕を切りつける。


「痛っ……」


 血がダラダラと地面に落ち、男たちがそこに術印を押し当てる。

 織斗の血が染み込んでいく、神木の術印。


「血……当主の、俺の」


 そこでようやく、織斗は彼らの意図に気がついた。

 ナンバーズでない術師が術を使うには、当主の血が必要なのだ。

 

「やめ……解ぃ」

「おせーよ、当主様」


 織斗が印を唱えるより先に、男の一人が動いた。

 飛びかかってくる男を避ける織斗だが、足首を別の男に斬られた。立っていることが困難で、地面に膝をつく。

 次の瞬間、織斗の手の甲にナイフが突き刺さった。


「いっ……っ」


 ナイフは織斗の手を貫き、先端は地面に達していた。


「織斗!」


 視界が霞んでいるので詳細がわからなかった広だが、何かが起こっていると立ち上がろうとした。

 だけどやはり押さえつけられた腕が上がらない。


「安心しろよ、こんなことで世界は終わらない」

「……おまえ……」

「わけわかんないだろ? 痛い? それとも辛い? あんたが悪いんだろうが。友だちなんかになるから。敵として一人で、孤独に死んでいけばよかったのに」


 愉快そうに笑う泰鷹が、広の目を見た。

 緋末特有の漆黒の瞳と、神木一族の色素の薄い淡い瞳、その二つの視線がぶつかる。

 泰鷹が、大鉈を両手で持って掲げた。


「逃げろ、広! 立つことくらいできるだろ!」


 織斗の言葉にはっとし、広が身体を起こす。

 だがやはり、うまく走れない。

 泰鷹は余裕の表情で広を追いかけ、大鉈を天に振り上げた。

 ダメだ、無理……

 なんだろう声が、誰かの泣き声が聞こえる。

 何故、と広が振り返った瞬間、花の香りが鼻を掠めた。


「やめろ、あやめ。行くな!」


 織斗の声が終わると同時、ピシャッと、広の顔に血が飛び散った。

 倒れ込んでくる人影。

 懐かしい、知っている匂い。


 緋末の屋敷、離れの庭を手入れしたあとの土、

 風呂上がりの石鹸、

 学校帰りの汗は最近になって制汗剤で誤魔化すようになった。


 そして先日、初めて出来た友達からもらったという、花の匂いを閉じ込めた香り玉のストラップ。


 カツンっと、それが、彼女が宝物だと言って大切にしていたかんざしにぶつかる。

 チリンと鳴る鈴の音、二つ目の宝物。


 かんざしは、母から譲り受けたという嫁入り道具。


 それ、一生自分で持ってろよ。なんて馬鹿な言葉は飲み込んだ。

 言わなくてよかった、いや、逆のことを言えばよかった。


 いつかそれを、自分の娘に渡せるといいな、って。


 どうしてそう言ってやれなかったのか。

 いや、そんなことを考える間もなかった。



 花の名前を持つ、少女の。

 宝物がその時、音を立てて壊れた。


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