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第55話 荒療治



「よぉ、広。起きた?」


 ケラケラと笑いながら近寄る織斗を、広は疲れたような目で見返す。


「最悪だ」

「相変わらず寝起き酷いんだなー」

「織斗おまえ、俺の寝起き見たことあるっけ?」

「林間学校と修学旅行のとき。小学校の頃はまだマシだったけど、中学の時は酷かったな。寄るな下民ども俺は緋末の次期当主だぞ、頭が高い首を垂れろ、とか偉そうに同室の奴らに喚いてた」

「……あったな、そんな事」

「あの時も笑ったけど、相変わらず面白い寝ぼけ方してんだなー」

「あやめが緋末に来てからは、落ち着いてたんだが」

「あいつが? なんで?」

「俺を起こすコツを掴んだみたいで、二年前から毎日、あやめが起こしてくれてる」

「二年前から毎日? うへぇー、面倒くせぇな」


 腹を抱えて笑う織斗と、ため息をついて項垂れる広。

 ひとしきり笑ったところで、織斗が横目で遼馬を見つめた。


「どうする、こいつ」

「封印する」


 ジョーカーを取り出し、遼馬に歩み寄る広。

 しかし織斗が腕を掴んだことで、立ち止まった。


「ちょ、封印って、緋末のやつだろ?」

「家臣の不徳は当主である俺の責任だ」

「いやでも、戦意喪失してるみたいだし、このまま説得して家に連れて帰れば?」

「戦意喪失?」

「だって蹲ったまま動かねーし、尻尾切り落とされた事で力失って人間に戻れたんじゃねーの?」

「そんなわけないだろ。一度力を解放した人間は、封印されるか死ぬかどちらかするまで……」


 そのとき突然、足元に風が吹いたので織斗と広は地面を蹴って退いた。

 自然の風ではない、明らかに彼らを狙っていたもの。


「のんびりし過ぎたな」


 トランプを取り出し、日本刀を作り出す広。


「広が面白い決めセリフばっか言ってるから」


 同じくトランプを取り出し、自身の周囲に浮遊させてガードの術を使う織斗。


「面白くはない。決めゼリフでもない」

「十分面白いだろ。つーか広、その寝起きの悪さなんとかした方がいいぞ。あやめが居なくなったらどうすんの?」

「いなくならない」

「いやいや、いつかはお嫁に行っちゃうだろ?」

「いかせない」

「え、やっぱり広とあやめってそういう関係?」

「……まずはおまえから封印してやろうか?」

「あ、冗談です。すみません」

「あやめは従妹だ、恋情的なものはない。あえて言うなら、親心」


 日本刀を握った広が空へ飛び上がる。


「親心って……その歳で父親かよ」


 次いで、織斗もトランプ片手に広の後を追った。

 狙いは樹林で蹲る遼馬。彼自身に動きはないが、周囲に小さな竜巻が五つ起こっていた。

 広が刀を振るうと風が起こり、竜巻が二つ消えた。


「うわっ、すげーな」


 織斗も負けじとトランプを投げつけるが、術の威力が発揮できないまま竜巻に巻き込まれ消えてしまった。


「あれ? 全然効かねー、つか術が発動しない……」

「お前、術力ほとんど残ってなくないか?」


 広の言葉に、織斗はトランプケースの中身を見つめる。五十四枚あるはずのカードは六枚しか残っていなかった。

 カードの枚数は持ち主の術力と比例する、織斗の体力は殆ど残っていない。


「下がってろ、その状態なら足手まといだ」


 日本刀を握り、再び飛び上がる広。後を追いかけようとした織斗だが、胸元を叩かれて動きを止めた。

 視線を落とすと、胸ポケットから顔を覗かせる姫未の姿。


「緋末の当主の言う通りよ、織斗。下がって体力温存しときなさい」

「でも、俺が行かないと広があいつのこと封印するだろ?」

「? それで何が問題あるの?」

「リーダー自ら仲間に手をかけるなんて、悲しいだろ」

「でも、誰かが封印しないと」

「だから俺がやる。あいつが緋末の家臣なら、俺は敵だから」

「……敵対してる、っていう自覚はあるのね」


 頭を抱えてため息をつく姫未だが、やがて諦めたように顔を上げた。


「術力取り戻す方法、教えてあげよっか?」

「え、出来んの?」

「荒療治だけどね、ちょうど結奈ちゃんいるし」


 チラッと後ろを振り返る姫未。

 少し離れた場所、公園の入り口でペコペコとあやめに頭を下げる結奈の姿があった。





 戦闘を広に任せ、織斗は咲と結奈、あやめが居る公園の入り口まで戻った。

 術力がほとんど残っていない咲とあやめ、有り余る元気で必死にあやめに向かって謝罪する結奈。


「何してんの?」


 織斗が声をかけると、誰よりも先にあやめが振り返った。


「この人が、勝手に当主様を起こしたので」

「あやめちゃん、だからそれは、私が結奈ちゃんに頼んで……」

「咲さんは黙っていてください。咲さんを前にすると私はそのイノセント的な愛愛しさと見目麗しさで気が狂って怒りが治りそうになるので」

「……お前やっぱ、日本語おかしいよな?」


 きっと、織斗を睨みつけるあやめ。

 織斗はごめんと言って一歩後ずさる。


「そ、それより! お兄ちゃん、どうしたの?」


 険悪な雰囲気を打ち破るように、結奈が声を張り上げた。

 織斗も同じように、わざとらしく大袈裟に結奈に向き直る。


「そ、そうだった! 結奈に頼みたいことがあるんだ!」

「私に? ……(もしかして戦闘に行かなきゃいけない? えー、ムリムリ! あんな化け物と戦うなんてできない! か弱い女の子だもん!)」

「結奈ちゃん、心の声漏れてる……」

「え? (あれ、そういえば咲ちゃんとあやめちゃん、さっき普通に戦ってたよね? え、なに? 二人とも女の子じゃないの? こんなに可愛いのに……)」

「咲さんが可愛いのは同意します」

「でしょー、咲ちゃん可愛い……あれ? どうして心の声が……」

「あなた、そのおかしな癖、自覚した方がいいですよ?」


 呆れたようにため息をつくあやめに、困惑する咲。

 どう割って入ればいいか迷っていた織斗だが、間ができたことですかさず結奈の前に立った。


「結奈の術力を分けて欲しいんだ」

「……術力?」

「青い飴を織斗に食べさせるの」

「わっ、姫未ちゃん。可愛いとこ入ってるね」


 胸ポケットからひょっこりと顔を出す姫未に、結奈がキラキラした目を向ける。


「ていうか青い飴? でも、飴食べたら封印されるって……」

「回復色だけは封印術抜いてんだよ」


 結奈の頭上を飛んでいたブラックが、ポケットの中から飴袋を取り出して言う。

 パタパタと羽を広げ、結奈の手のひらの上まで飴袋を運んだ。


「お前の術は、俺ら召喚獣以外にも使える。まぁ、効果は薄くなるが」

「それで私の術力を、お兄ちゃんにあげるって事?」

「青色以外は使うなよ、他の色だと封印することになるから」

「えぇー、ややこしい……えぇっと、青色」

 

 ゴソゴソと飴袋を漁る結奈と、それを見つめて飴玉の色を確認する織斗。


「青色と藍色の違いが……水色って何色?」

「ふざけんなよ、結奈! そんなややこしい色入れてんなよ!」


 ギヤーギャーとやり合う織斗と結奈の会話に、あやめは呆れたようにため息をついた。


「咲さん、やっぱり……緋末の屋敷に戻ってきませんか?」

「神木は賑やかだからねぇ。今度遊びにおいで」

「ぜひ……ぜひっ!」


 淡々と喋っていたあやめの表情が一変。

 ぱぁぁと輝く眼差しで咲を見上げた。

 微笑みながら、咲は顔を上げて遠くを見つめた。

 遼馬に向かっていく広。

 劣勢というわけではないが……


「姿勢が悪い」


 脇腹を庇っているような、妙に鈍い動き。

 もしかしたら、思っている以上に傷が深いのかもしれない。

 そんな事を考えている間に織斗が回復して、咲の方へと視線を向けた。


「咲にも一つ、頼みがあるんだけど」


 あやめの視線を気にしながら語られる『お願い事』

 全てを聴き終えた咲は、自然と顔を綻ばせた。


「うん……織斗くんらしいね」


 いってらっしゃいと、兄の背中を見送った。

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