第46話 緋真当主と家臣
広とあやめは民家の屋根を降り、走ってきた少年と向き合った。歳はあやめよりも少し幼い、小学校五年生の男の子。
緋真一族にありがちな整った綺麗な顔に、細い体躯。
「屋敷で待っているよう言っただろ、遼馬。こんなところで何してる?」
広に言われ、遼馬と呼ばれた少年は立ち止まって広を見上げた。
「ごめんなさい、当主様。戦いを見てみたくて。よく見えなかったんだけど、終わり……ました?」
恐る恐る、窺うような視線。
広とあやめは目を合わせ、やがて広がため息をついた。
「お前を宿縁抗争に連れて行く予定はしばらくない、と以前伝えたはずだが?」
「でも、僕だって緋真だし、戦えますよ」
「ランドセルを背負ってるお子ちゃまはお家に帰って寝てろ。という意味ですよ」
あやめの言葉に、遼馬が目つきを厳しきする。当のあやめはツーンとそっぽを向き、素知らぬ顔だった。
「あのな、遼馬。あやめの言葉は悪いが、結局はそういうことなんだ」
「……わかりません」
「お前はまだ幼い。うまく戦えるとは思えないし、その小さな身体で術力に耐えれるかわからない」
「術力に耐えれる?」
「ナンバーズ以外のやつは俺から術力を借りる形になる。身体など何かを対価にして。美優がいい例だ、血が薄いのに力を解放して身体を蝕まれた」
「美優って、市原結奈に学校で攻撃をしかけた人……でしたっけ? 翼竜になった?」
「あなた、知らないんですか? そんな無知状態で戦いたいとか言ってたんですか?」
「し、知ってます! ていうか、あんただってちょっと前までランドセル背負ってただろ!」
「私はほぼ不登校だったので、ランドセルは殆ど背負ってません」
「胸張っていえることじゃないだろ!」
まるで子犬のように、遼馬はあやめに噛みつく。
広はあやめを諭し、遼馬に向き直った。
「だからお前には血を与えない。それ以前に、戦ってるの夜だしな」
「僕なら大丈夫ですよ……」
「大丈夫の根拠は?」
「根拠? えっと……そうだ、試しにちょっとだけ血を分けてください。道具も用意してます」
遼馬は懐から、二十センチ程の長さの短刀を取り出した。短刀と呼べるほどのものではない。プラスチックでできた、その辺の雑貨屋で安く売っているようなオモチャの剣。
柄の部分に、緋真の術印が青のインクで描かれていた。
「お前に血を与える気はない」
呆れ顔の広が、オモチャの剣を遼馬の胸に押し返す。
「そもそも、どうしてそんなに戦いたい?」
「緋真の人間だから、僕は」
「俺は家臣に神木との戦いを強要してはいない」
「でも僕は当主様のために、お役に立ちたいと……」
「俺のためだと言うなら、この時間は布団の中に入っていてくれ」
「……神木を、倒したいんです」
「なぜ?」
「神木は敵だってみんな言ってるし」
「みんなが言ってたから。それが理由か?」
「いえ……戦いに参加してみたい、だけです。僕ら緋真ですよ、神に選ばれた術を使える特別な一族ですよ? その辺の一般人とは格が違うのに、その力を使えないだなんて……」
「なるほどな、よくわかった」
「ほんとですか! じゃあ僕に術力を……」
「例え適齢になったとしても、お前に血を与えることは今後一切あり得ない」
「……え?」
「これ以上は無駄話になる、帰るぞ」
目もくれず、広はトランプを収めて歩き出した。
はっとした遼馬が、慌てて広に手を伸ばす。
「と、当主様……!」
「早く帰ったらどうですか、お布団の中に」
「ち、調子に乗るなよ! 落し子のくせに!」
その言葉に、ピタッと広が歩みを止めた。
一瞬、目を見開いたあやめだが、広が立ち止まったことに気がついて踵を返す。
「無駄話をしてすみません、当主様。帰りましょう」
「遼馬……」
「当主様、帰り……」
「あやめ、俺いま、遼馬に話しかけてるんだけど?」
にっこりと微笑んだその裏の表情を読み取り、あやめは息を飲んだ。
謝罪の言葉をいいたかったが声が出ず、遼馬に歩み寄る広を横目で見つめる。
「その言葉、どこで聞いた?」
「あ……いえ、えっと……」
しゃがみこんで目の高さを遼馬に合わせる広の低い声、射抜くような視線に、遼馬は顔を強張らせる。
大量の汗が身体中から吹き出した。
「学校? 動画……はまだ与えてないよな、テレビ? それとも、屋敷の大人たちが言ってた?」
「ちが……違いま、す……テレビで、の、ドラマで……」
すっと、表情を消した広が立ち上がって遼馬に背を向けた。
「おまえ、先月から一人部屋になったんだっけ?」
「は、はい……親がいない子たちの、集合管理棟で……」
「一人部屋はまだ早かったな。あの場所の制度もよくない、見直すか」
「いえ、僕は……」
「帰るぞ、遼馬。あやめも」
淡々と言い放ち、歩み始める広。
ぎこちない動作で広の後を追うあやめ。
尻もちをついた遼馬だが、振り返ったあやめに睨まれ慌てて腰を上げた。




