第四話 忌み子として産まれた
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「千二百年も続いていた家だからな、家憲は多々あるが、神木家に生まれる双子の女児は忌み子というのも、その一つだ」
「……イミコってなに?」
神木家のリビング。
向かい合って座る元助の言葉に、織斗はいつもの調子で軽く聞き返した。しかし元助は黙ったままで、ツッコミを入れるどころか答えようともしない。
「呪われた子って意味かな。その子が属してる組織に不吉や災いをもたらす存在」
織斗の質問に答えたのは、花瓶に腰掛けて座る姫未だった。以前、織斗が封印を解いた時から色が変わっている。
ピンク色の混じった紫陽花を指で突きながら、姫未が話を続ける。
「本家に限らず、神木に男女の双子が産まれるたび、災害が起きたり戦が激しくなったり、色々重なったらしいの。だから女児のほうを無き者にすべし、ってのが家憲ね」
「女児のほうって、なんで……」
「双子が跡取りの次期当主だった場合、そっちを殺すわけにはいかないでしょ? だから男児には手を出させないような家憲にした」
「女児が当主になれば……」
「無理ね。術力はどうあっても長男から長男へ受け継がれてきた、主呪が選ぶのも本家長男。当たり前のように女児が殺されてたけど、あまりにも酷だし本家にまで災いは飛び火しないって事で、途中で本家の双子限定に変わった。元助、これ知ってるっけ?」
話を振られ、元助は動作もなく「はい」とだけ答えた。
「過去の文献で読みました」
「えー、そんな事まで書いてんだ。意外としっかりしてたのね、神木家」
「え、で、その昔の言い伝えというか噂話的なので、咲は殺されるはずだったってこと? 災いの原因が双子の女児って証拠もないのに?」
割って入った織斗の言葉に、姫未がふっと小さな笑みを浮かべる。
その視線を元助に向けると、元助は気まずそうに俯いていた。
「いいわね、織斗。いい意味で神木っぽくない」
「は?」
「元助、話続けたほうがいいんじゃない? 織斗はもう当主だし、咲ちゃんは本当の事知ってるっぽいから、もう誤魔化せないわよ」
「え、なに? 誤魔化すってなにが、爺ちゃんが?」
「……悠斗が神木を解散した本当の理由は、咲を生かすためだ」
ぽそりと溢したような元助の言葉、弱々しい声。
ブチっと紫陽花の花びらを千切る姫未から逃げるように元助は目をつむり、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「家臣の数が減ったといっても、神木は由緒ある一族には変わりない。先祖の意を守ろうと家憲に対しても忠実で、殺されて当然という空気が当時はまだあった。悠斗達は咲を生かそうと、医者まで巻き込んで最後まで隠し通した。退院してお前たち二人と役所への届けを見て驚いたよ。『現代での殺人は罪として裁かれます。それでも家憲に従うというのなら神木一族から逮捕者が出ることになりますが、どうしますか?』とな。やられた、賢すぎた、お前達の両親は」
「……俺の親だからな」
「いや、ちょっと待って。あんたの親なら頭悪いはずでしょ?」
織斗の微妙な冗談の言葉に、思わず姫未が口を挟んだ。
軽く笑った織斗だが、すぐに表情を切り替えて元助に向き直る。
「で、産まれたものは仕方ないから咲は殺されなかった?」
「あぁ、だが、家臣は……いや、わしら古い世代は納得しなかった。せめて男児と女児を引き離す手配しようとしたら、その頃にはすでに神木は崩壊しかけ半年後には今の状態に、こちらの住所は一切告げず家臣と完全に縁を切り、いつの間にか神木家解散となっていた」
「爺ちゃんが騙かされるとか、マジで父さんと母さん頭いい……俺の脳は、爺ちゃん譲りなのかもな」
「おい、織斗。ギャグを挟まんと我慢ならんのか、お前は」
元助が顔をあげ、織斗を睨んだ。席について初めて、孫と目が合う。
しかしはっとした元助が、またすぐに視線を逸らした。
「神木解散して場所も秘密にしたなら文句言うやついなくなったじゃん。なんで咲、ここで暮らしてなかったの?」
「…………」
「爺ちゃん?」
「元助」
姫未にも声をかけられた事で、元助はようやく顔を上げる。
目をつむり唸っていたが、観念して目と口を開いた。
「術力を次世代に引き継ぐまで当主が死ぬ事はない、という言い伝えがあってな。悠斗達が亡くなったのは、お前達が二歳の時だ」
「あぁ、事故だっけ? ……え、違うよな? 父さんたちが死んだのは関係ないよな?」
「千二百年の歴史の中で、当主が若くして死んだことはなかった!」
元助の声は大きくなっていた。
織斗の肩がびくっと跳ねる。一呼吸おき、元助はなんとか声のトーンを落とす。
「どうしても関連付けてしまう、神木に生きてたらそれが普通になる、忌み子の災いだと」
「え、待って。それで咲を?」
「命を取られないだけマシだと思え。と、当時のわしは、そうまで思っていた」
「言い伝えだろ、ただの」
「だから、今までこんな事はなかったんだ! 怖くなった、これ以上何か起きたら……本家長男である織斗の身にまでなにか起きたらと」
「ねぇ」
口を挟んできた姫未の声に、織斗と元助が目線を花瓶のほうへとやる。
不機嫌が目に見えていた。姫未の視線は紫陽花に向いたまま、プチプチと花びらを千切っている。
「言い訳はいいから。それで咲ちゃん、どうなったの? 手放したとしても管理してないのはおかしい、見張りくらいつけてはずでしょ? なのに元助、咲ちゃん見た時びっくりした顔してた。二人を引き離したあと、何があったの?」
元助は再びうつむき、膝の上で握った拳をぎゅっ握りしめる。
「管理はしていました。最初は神木とは関係ない場所へ、次に連絡がついた遠縁の家臣の家へと預けましたが……七年前、あの子が十の時です。死んだと聞かされました」
「死んだ?」
「旅行中に川に流され行方不明になった、と。しかしその話がどうも妙で、問い詰めたら家出されたと白状した。それだけではない、預けられからずっと、あの子は……」
*
「虐待されてた」と、咲が言った。
街の丘公園、同じベンチに座る広と咲。
咲は顔を伏せたまま話を続ける、時計の針は十時近くを指していた。
「その家には私の他に本当の子どもがいて、幼いながらに立場の違いがはっきり分かったし、差別されていることも理解できた。双子の女児がいかに悪か、そのせいで当主夫妻が亡くなったんだって。親殺しとまで言われた」
咲は顔をあげ、左耳の後ろから首筋にかけて指でなぞった。
古い切り傷の跡。
「夏休み前だったと思う。その家の本当の息子を傷つけてしまった」
咲は古傷をなでながら、当時のことを振り返った。
その家には兄弟がいた、咲より四つ歳上の兄と、一つ下の弟。
夕方だったと思う、兄の方と口論になった。
理由はよく覚えていない。
気がつくと、彼の手のひらが綺麗に裂け、血が吹き出ていた。自分の手元には、工作で使う普通のカッターナイフ。
刃の部分に滴る、どろっとした赤い液体。
異様に痛い左耳を手で押さえ、部屋を飛び出した。
どの道をどう通ったのか覚えていない。気がつくと海辺にいて、砂浜に蹲って涙を流した。
「その時に師匠、育ててくれた人に拾われて……逃げている最中、私が何を考えていたかわかる?」
咲の言葉に、広は首を横に降る。
「きっとまだ死んでない。あの人、こんなことじゃ死なない。もっと強く斬りつけなきゃダメだ、って」
咲の身体は震えていた。
ぎゅっと腕の力を強めて自分を包み込む。
「そんなことを思ってる自分が怖くなった。私、ここにいたら何をするかわからないと思って……この話を、織斗くんと、したかった……」
膝を抱え、そこに顔を埋める咲。震える肩を抱くべきか迷って、広は手を引いた。
織斗に聞いて欲しかった。ということは本来、ここにいるべきなのは自分じゃない。
手を握るのは、抱き締めるのは双子の兄、織斗の役割だろうから。
だけど何故、それほどまでに織斗を求めるのだろう。産まれてから離別するまでたった二年間、覚えてもない時期を共に過ごしただけなのに。
そう思うが聞くことはできない。
広は黙って、咲の言葉を待った。
「広が緋真なら……緋真の力で私のことを調べたなら、最初からバレてたと思うんだけど」
そして咲が、話を始めた。
「私、嘘ついてることが一つある」
「嘘?」
「名前、サキじゃなくて、本当は……」




