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第四話 人工の灯りと星の光



 午後八時半前、街の丘公園の入り口に人影が現れた。

 他に人はいない、ベンチに座って俯いていた広が顔を上げる。


「……だっ」


 広はとっさに口元を押さえ、改めてベンチに駆け寄ってくる咲の姿を見た。

 淡いピンクのティシャツ、胸元にはファンシーなクマのプリント。下はえんじ色の短パンジャージ。見覚えのある、織斗と広が通っていた中学校指定の体操着だ。

 ださい、クソダサ! と叫んでしまいそうになるのを、なんとか堪える。


「遅くなってごめんね、広」

「いや……それよりその服」

「可愛いよね、クマ! 広も好き?」

「クマは、別に……」

「鍋にすると美味しいんだよ」

「……そっちの好き嫌い?」

「え?」

「クマは、食べたことないな。じゃなくて服、その服どうした?」

「兄が買ってくれたの! ズボンは同じのが二枚あるから、それを」

「あ、そっか……」


 正直に言っていいものかわからなかった。広はここにいない友人の服のセンスを疑う。

 だがそんな事に気づいていない咲は広の隣に腰を下ろし、眼科に広がる街の夜景を見た。


「すごい光。空の星より綺麗」

「人工物だけど」

「私が住んでたとこからは、星しか見えなかったから」

「そっちの方がよっぽど……星しか見えなかった?」

「電車もバスも通ってない、山中の一軒家に住んでたの。小さな村のお医者さんやってる人の家で、七つ年上の師匠とそのお医者さん先生と、三人で暮らしてた」


 情報が違う。と、広は思った。

 緋真の家臣が調べてくれたデータ、神木本家の双子の妹が預けられた親戚宅と、職業も家族構成も異なる。


「……そっか」


 追及はやめておけと頭の中で警告が鳴り、広はそれに従った。

 上を向こうとしたが、空を見るのはダメだと視線を落とす。咲が神木の妹なら、織斗と交わした約束の「みんな」の中に入っていると思ったから。

 咲はちらっと広を一瞥し、街の灯りに目線を戻す。


「昨日ね、広、私に高校生かって聞いたでしょ? 違うよ。学校に行ってないの、私」

「……学校に行ってない?」

「小学校の途中から行くのやめた。話し相手は先生や師匠、看護師さんや患者のお爺ちゃんだったから。同年代の人と話するの久しぶりで、ドキドキしてる」

「学校、行くのやめた理由は?」


 広の言葉に、咲が振り返る。

 しばらく見つめ合った後、笑顔を作った咲が別の話題を切り出した。


「戦い方はね、師匠から教えてもらったの」

「……師匠?」


 話のそらし方が不自然だが、気にするべきではないのだろう。

 広は何でもないように、咲の言葉を疑問系で返す。


「師匠は喧嘩が強くてね、中学時代は校内一位だったって。だから対人戦は慣れてるって、私を鍛えてくれたの」

「咲の身体能力は……喧嘩のスキルでどうこうなるものじゃないと思うけど。糸とか針は?」

「先生……あ、育ててくれた義父ね、その人がお医者さんだったから」

「…………?」


 医療道具を使って武術を極めていた、ということだろうか。

 話の内容が大雑把すぎて、広でさえうまく纏めるのは困難だった。


「楽しそう、だな」

「楽しい半分、しんどい半分かな? 学校に行かないなら山で生きれるようにしろ、サバイバル能力鍛えろって、崖から突き落とされたことあったし」

「……今の時代の人間がすることじゃないな」

「先生も師匠も、古い人だから」


 愉快そうに笑う咲が再び、街の光に目を向ける。


「この光の中の一つにね、私の兄がいるの」


 兄とは双子の、織斗のことだろう。

 広は静かに、咲の話に耳を傾ける。


「たくさんの光の中に、たくさんの人がいる。人類が長い年月をかけて作り上げた景色、古い時代には見られなかった光景」


 キラキラチカチカ、人工的な光が瞬く。

 この中の一つ、繁華街から離れた住宅街のどこかに、織斗の姿があるのだろう。


「帰ったら話してみようかな、織斗くんに……」


 ぽそっと呟いた咲の言葉。

 しかし口にするつもりはなかったようで、慌てて顔を上げて広に言い訳する。


「織斗くんっていうのは双子の兄でね。明るくてキラキラしてて、いい人なんだけど……」

「……けど?」

「織斗くんから私の光は見えないだろうなぁ、って。たぶん、私に興味がないんだと思う」

「そんなことないだろ、妹ができて喜んでたけど」

「そうかな……喜んでた? 広、知ってるの?」

「……妹ができて、喜ばない男はいない」

「そうなの?」

「俺には理解できないけど、たぶん」

「広、混乱してる? 変なこと言ってるよ?」

「……俺のことはいいから。咲は兄と、うまくいっていない?」

「私には関心もってくれるけど、神木本家の双子の妹については、興味ない……のかな」

「……意味がちょっと、わからないんだけど」


 首を傾げる広と同じ方向に目線を傾け、やがて咲が立ち上がって広に背を向けた。


「私、今日も黙って出てきたから、そろそろ帰るね」

「え? あ、そっか……いや、言えよ、ちゃんと」

「保護者みたいだね、広って」

「……それ、褒めてないよな?」

「褒めてはないね。でも、ありがとうとは思ってる」


 ふわっと、咲が踵を返して振り返った。

 夜の街を背景に、キラキラと笑顔を浮かべる。


「明日は用事があるから。明後日、また会いに来るね」

「明後日……わかった」

「おやすみ、広」

「おや、すみ」


 手を振る咲につられ、広も片手を上げた。

 咲の姿が見えなくなったところで、その手を額に持っていき項垂れる。


「やば……何の情報も引き出せてないし……しっかりしろよ、織斗」


 ため息をついてベンチから立ち上がる。

 そしてふと冷静になり、呟いた。


「なんで俺が、あの兄妹の仲介みたいなことしてるんだろ」





 広があやめと合流したのは、その一時間後。

 神木宅のすぐ近くにある公園で、広は織斗たちが家の中に入っていくのを見届けた。

 玄関が閉まると同時に、あやめが公園へ入ってくる。

 

「時間稼ぎはこのくらいでいいですか?」


 あやめの言葉に、広は穏やかに微笑んだ。


「問題ない、ありがとう。あやめ」

「私は見張っていただけです。当主様の指示通り、できるだけ長く戦いました。一人、正気を失った人が封印されましたが」

「正気を失った? 今日のやつらは過激派じゃないだろ? 俺もそんなに血を与えてないし」

「隠れ過激派ですね。かなり恨んでましたよ、神木のこと」

「それは……想定外だな。大変だったな、ごめん」

「いえ。私は緋真一族、当主様の家臣ですから」

「そうだな……家臣、だな」


 ちらっと視線を送ると、あやめが不思議そうに首を傾げた。


「どうしました?」

「俺ってさ、父親ぽく見える?」

「……この場合、私は何と答えるのが正解なんでしょうか?」

「……ごめん、忘れて」


 ぱっと視線を逸らし、早足で歩き出す広。

 その背中を見つめていたあやめだが、やがてぶわっと顔を赤くし、それを隠すように小走りで広の後を追った。


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