第四話 人工の灯りと星の光
*
午後八時半前、街の丘公園の入り口に人影が現れた。
他に人はいない、ベンチに座って俯いていた広が顔を上げる。
「……だっ」
広はとっさに口元を押さえ、改めてベンチに駆け寄ってくる咲の姿を見た。
淡いピンクのティシャツ、胸元にはファンシーなクマのプリント。下はえんじ色の短パンジャージ。見覚えのある、織斗と広が通っていた中学校指定の体操着だ。
ださい、クソダサ! と叫んでしまいそうになるのを、なんとか堪える。
「遅くなってごめんね、広」
「いや……それよりその服」
「可愛いよね、クマ! 広も好き?」
「クマは、別に……」
「鍋にすると美味しいんだよ」
「……そっちの好き嫌い?」
「え?」
「クマは、食べたことないな。じゃなくて服、その服どうした?」
「兄が買ってくれたの! ズボンは同じのが二枚あるから、それを」
「あ、そっか……」
正直に言っていいものかわからなかった。広はここにいない友人の服のセンスを疑う。
だがそんな事に気づいていない咲は広の隣に腰を下ろし、眼科に広がる街の夜景を見た。
「すごい光。空の星より綺麗」
「人工物だけど」
「私が住んでたとこからは、星しか見えなかったから」
「そっちの方がよっぽど……星しか見えなかった?」
「電車もバスも通ってない、山中の一軒家に住んでたの。小さな村のお医者さんやってる人の家で、七つ年上の師匠とそのお医者さん先生と、三人で暮らしてた」
情報が違う。と、広は思った。
緋真の家臣が調べてくれたデータ、神木本家の双子の妹が預けられた親戚宅と、職業も家族構成も異なる。
「……そっか」
追及はやめておけと頭の中で警告が鳴り、広はそれに従った。
上を向こうとしたが、空を見るのはダメだと視線を落とす。咲が神木の妹なら、織斗と交わした約束の「みんな」の中に入っていると思ったから。
咲はちらっと広を一瞥し、街の灯りに目線を戻す。
「昨日ね、広、私に高校生かって聞いたでしょ? 違うよ。学校に行ってないの、私」
「……学校に行ってない?」
「小学校の途中から行くのやめた。話し相手は先生や師匠、看護師さんや患者のお爺ちゃんだったから。同年代の人と話するの久しぶりで、ドキドキしてる」
「学校、行くのやめた理由は?」
広の言葉に、咲が振り返る。
しばらく見つめ合った後、笑顔を作った咲が別の話題を切り出した。
「戦い方はね、師匠から教えてもらったの」
「……師匠?」
話のそらし方が不自然だが、気にするべきではないのだろう。
広は何でもないように、咲の言葉を疑問系で返す。
「師匠は喧嘩が強くてね、中学時代は校内一位だったって。だから対人戦は慣れてるって、私を鍛えてくれたの」
「咲の身体能力は……喧嘩のスキルでどうこうなるものじゃないと思うけど。糸とか針は?」
「先生……あ、育ててくれた義父ね、その人がお医者さんだったから」
「…………?」
医療道具を使って武術を極めていた、ということだろうか。
話の内容が大雑把すぎて、広でさえうまく纏めるのは困難だった。
「楽しそう、だな」
「楽しい半分、しんどい半分かな? 学校に行かないなら山で生きれるようにしろ、サバイバル能力鍛えろって、崖から突き落とされたことあったし」
「……今の時代の人間がすることじゃないな」
「先生も師匠も、古い人だから」
愉快そうに笑う咲が再び、街の光に目を向ける。
「この光の中の一つにね、私の兄がいるの」
兄とは双子の、織斗のことだろう。
広は静かに、咲の話に耳を傾ける。
「たくさんの光の中に、たくさんの人がいる。人類が長い年月をかけて作り上げた景色、古い時代には見られなかった光景」
キラキラチカチカ、人工的な光が瞬く。
この中の一つ、繁華街から離れた住宅街のどこかに、織斗の姿があるのだろう。
「帰ったら話してみようかな、織斗くんに……」
ぽそっと呟いた咲の言葉。
しかし口にするつもりはなかったようで、慌てて顔を上げて広に言い訳する。
「織斗くんっていうのは双子の兄でね。明るくてキラキラしてて、いい人なんだけど……」
「……けど?」
「織斗くんから私の光は見えないだろうなぁ、って。たぶん、私に興味がないんだと思う」
「そんなことないだろ、妹ができて喜んでたけど」
「そうかな……喜んでた? 広、知ってるの?」
「……妹ができて、喜ばない男はいない」
「そうなの?」
「俺には理解できないけど、たぶん」
「広、混乱してる? 変なこと言ってるよ?」
「……俺のことはいいから。咲は兄と、うまくいっていない?」
「私には関心もってくれるけど、神木本家の双子の妹については、興味ない……のかな」
「……意味がちょっと、わからないんだけど」
首を傾げる広と同じ方向に目線を傾け、やがて咲が立ち上がって広に背を向けた。
「私、今日も黙って出てきたから、そろそろ帰るね」
「え? あ、そっか……いや、言えよ、ちゃんと」
「保護者みたいだね、広って」
「……それ、褒めてないよな?」
「褒めてはないね。でも、ありがとうとは思ってる」
ふわっと、咲が踵を返して振り返った。
夜の街を背景に、キラキラと笑顔を浮かべる。
「明日は用事があるから。明後日、また会いに来るね」
「明後日……わかった」
「おやすみ、広」
「おや、すみ」
手を振る咲につられ、広も片手を上げた。
咲の姿が見えなくなったところで、その手を額に持っていき項垂れる。
「やば……何の情報も引き出せてないし……しっかりしろよ、織斗」
ため息をついてベンチから立ち上がる。
そしてふと冷静になり、呟いた。
「なんで俺が、あの兄妹の仲介みたいなことしてるんだろ」
*
広があやめと合流したのは、その一時間後。
神木宅のすぐ近くにある公園で、広は織斗たちが家の中に入っていくのを見届けた。
玄関が閉まると同時に、あやめが公園へ入ってくる。
「時間稼ぎはこのくらいでいいですか?」
あやめの言葉に、広は穏やかに微笑んだ。
「問題ない、ありがとう。あやめ」
「私は見張っていただけです。当主様の指示通り、できるだけ長く戦いました。一人、正気を失った人が封印されましたが」
「正気を失った? 今日のやつらは過激派じゃないだろ? 俺もそんなに血を与えてないし」
「隠れ過激派ですね。かなり恨んでましたよ、神木のこと」
「それは……想定外だな。大変だったな、ごめん」
「いえ。私は緋真一族、当主様の家臣ですから」
「そうだな……家臣、だな」
ちらっと視線を送ると、あやめが不思議そうに首を傾げた。
「どうしました?」
「俺ってさ、父親ぽく見える?」
「……この場合、私は何と答えるのが正解なんでしょうか?」
「……ごめん、忘れて」
ぱっと視線を逸らし、早足で歩き出す広。
その背中を見つめていたあやめだが、やがてぶわっと顔を赤くし、それを隠すように小走りで広の後を追った。




