第118話 また会える
*
『本物の妹がいる』
嘘ではない。
だけど実証できないその頃、俺の言葉は虚言になった。
『ぼくもいもうとほしいなぁ』
『ちがう、ほんとにいるから』
『いもうとできるといいね』
そう言って遊んでくれた保育園時代の友達は、小学校に入学してすぐ俺から距離をとった。
『織斗くんのおうちはもう、妹生まれないのよ』
そいつの母親が言ったこと。
幼いながらに、その理由はちゃんとわかってた。
男手ひとつで大変ですね、祖父にそう言って同情の笑みを浮かべた。
嘘つきじゃない。
妹がいる、会いたい!
七歳の誕生日を迎えてもそんな虚言をいう俺から、クラスメイト達は徐々に距離を取り始めた。
何が悪いのかわからなくて一人、教室の隅の席で空を見上げていた。
「ほんとにいるのに、おれのいもうと」
ぽつりと呟いた声に、隣の席のやつが反応した。
「どんな子?」
振り返ると、やたら綺麗な男子が俺を見ていた。
艶やかな黒髪、整った顔立ち。
吸い込まれそうな漆黒の瞳が、俺の姿を映し出す。
「あ、えっと……」
しかし目が合った途端、彼は恥ずかしそうに視線をそらした。
「俺も弟いるから、可愛いって気持ちわかる……から」
ボソボソと言葉尻が小さくなり、やがてそいつは俯いて黙り込んだ。
見開いていた俺の目から、ポロッと涙がこぼれ落ちた。
それに気がついたそいつが、「は?」と惚けた声を出す。
「なんで泣く……あ、ごめん」
何を勘違いしたのか、そいつが口を噤んだ。
後で聞くところによると、亡くなったか何かだと勘違いしたらしい。
「また会えるよ、いつか」
そいつが言った。
俯きながら、小さな声で。
「生まれ変わったらまた、兄妹になればいい。そうしたら今度は、長い時間共に過ごして幸せにしてやればいい」
そのとき何故、そんなことを言ったのか、本人ですら未だにわからないという。
言葉もなくぼろぼろと涙を流す俺に、広が言った。
「会えるよ、またいつか……おまえら二人と俺は同じ時代、同じ場所に生まれ変わるから」
*
目を覚ました織斗は、病院のベッドの上にいた。しばらくぼーっとしていたが、ベッド脇に凛が座っていることに気がついて腰を上げる。
ノートパソコンのキーボード部分に頬を乗せて、居眠りしているようだった。
「すげー寝方……いや、疲れて寝たのか」
軽く深呼吸して、今見ていた夢のことを思い返す。
あの時だ。あの会話をしたことがキッカケで、広と仲良くなった。
虚言を口にしても広は笑わず話を聞いてくれて、しばらくしてあの話は妄想だったと伝えると、『本当は妹いない? 嘘だろ、そっちのほうが信じられない』とまで言ってくれた。
広と出会って以降、虚言は口にしないことにした。
信じてくれる友達がいたから、そんな人に出会えたから。
「あ、れ? 当主、起きたの?」
パチっと目を開けた凛の瞳が、織斗を捉える。
じーっと織斗を見つめたあと、弾かれたように椅子から立ち上がった。
「おき……起きてる! コウ、コウ! いや違う、父さん……父さーん!」
「うるっせーよ、凛! 大声出すな!」
「だってあんた死……死ぬかと思ったぁぁ!」
「……俺もそう思った。目覚めてよかったと思ってるけど、うるさくて感傷に浸れない」
「当主のくせに難しい言葉使わないで! ほんとやばかったんだから!」
「ヤスにやられた時よりマシだろ。あのとき俺、首切られてたから」
「だから! あの時よりやばかったの! 死ぬかと思った、ほんとに」
ぼろぼろと、ベッドに顔を埋めて泣き崩れる凛。
織斗はぽんぽんと、その頭を撫でた。
「あれー、当主さん起きたんだ」
凛の声を聞きつけた后がドアを開け、その背後からひょこっと、隆が顔を覗かせた。
「し、しし織斗くんんん!」
娘である凛と同じように、隆也がぼろぼろと涙を流して織斗に抱きついた。
「よかった、よかった! 死んじゃうかと思った! 当主様の息子が……僕の命より大切な、当主様の息子がぁ! あぁぁ、一番大切な命は凛だけど! でも僕の命よりも……」
「落ち着いてくれ、隆也。つーか俺、怪我してるから。痛いから」
「ちょっと、当主! うちの父さんのこと呼び捨てに……」
「その話は前に終わっただろ……それに隆也はどう見ても二十代、下手したら十代にも見えるし」
「いいんだよ、織斗くん。いいんだょぉー、僕のことは隆也と気軽に呼んで! 当主様と同じ顔、同じ声で! 僕のことを隆也と!」
「……気持ち悪いな、相変わらず」
凛と隆也を引き剥がし、織斗は后を見た。
タブレットに目を落としていた后だが、織斗の視線に気づいて顔を上げる。
「僕らは準備できてますよー。あとは当主さんの回復待ち」
「ありがとう、后」
「お礼を言うのはこっち……いや、まだ言えないですね。今は、まだ」
后が笑みを浮かべたので、織斗も同じように返しておいた。
「それで、あとどのくらいで回復できそうですか?」
「すぐにでも……って言いたいけど、一回寝る。さすがに無理、体力もたねー」
「でしょうね。死にかけてましたもん。うちの病院じゃなきゃ、死んでたかもですね」
「そうえば広が言ってたな、この界隈に緋末が絡んでない場所なんかないって。そうだよなー、病院みたいな頭良いやつばっかいるとこなんて、余計そうだよなー!」
「そちらの先生も、指示が的確で有能だったらしいですよ」
后が隆也に目線を送る。
ぱちっと目線がぶつかり、再び織斗に抱き着こうとする隆也を手で制する。
「寝るって言ってんだろーが!」
「だってかっこいいんだもん、当主様と同じ顔で、声で!」
「おい、凛! おまえの父親なんとかしろよ!」
「だから言ってるでしょ。うちの父さん、あんたの父親のこと崇拝してるって」
「崇拝ってレベルじゃねーだろが! 隆也のこれは!」
「父さんのこと呼び捨てにしないで!」
がやがやと言い争そう神木一族を見て、后は微笑んだ。
窓の外を見ると雲間から光が差し込んでいて、夜が明けるんだと思った。
もうすぐ、ようやく、夜が明ける。




