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星が重なる日(改訂版)  作者: 橘花


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暫定

ヴァルタ連合 派遣艦隊旗艦「エイカ」 外交責任者居室 深夜


扉を閉めて、アルセナは一人になった。


通信士は、下がらせた。ご苦労だった、朝に指示を出す、とだけ言って。通信士の顔には、聞きたいことが書いてあった。艦の全員が、この返信を待っていた。中身を、一刻も早く知りたいはずだった。


それでも、下がらせた。


返信は、一人で読むと決めていた。どんな内容でも、最初に受け止める顔を、誰にも見せないためだ。承認なら、喜びすぎる顔を。拒絶なら、揺れる顔を。艦の中で、外交責任者の顔は、艦の羅針盤の一つだ。針が振れるところを、人に見せるわけにはいかない。


机の上に通信文を置いた。新体制の印を、もう一度見た。旧議会の印は、円の中に帆の意匠だった。新しい印は、帆のない、ただの円だった。簡素なのか、何かを削ぎ落としたのか、印からは読めなかった。


封を切った。


本文は、短かった。


任務の継続を認める。相手方代表との会談を承認する。


そこまで読んで、アルセナは、止めていた息を、半分だけ吐いた。


承認された。会談は、行われる。


続きを読んだ。


会談において、新たな協定、約束、合意文書の類を締結することを禁ずる。会談の完全な記録を、終了後速やかに提出せよ。


ここまでは、想定の内だった。顔合わせに徹する。それは、こちらの方針とも一致している。禁じられたのは、最初からするつもりのないことだった。


完全な記録の提出も、異存はない。記録は、どのみち残す。提出も、どのみちする。


ただ、完全な、という一語に、アルセナは少しだけ目を留めた。報告ではなく、記録。要約ではなく、完全。この一語を入れた人間は、こちらの報告を、こちらの目で編集されたものとして扱う気だ、ということだった。信用しないとまでは言わない。だが、確認する。どこかで聞いた態度だと思って、少し可笑しくなった。ドラフォと同じだ。確認した上で信頼する。ただし、ドラフォの確認には、この文面のような冷たさはなかった。


問題は、次の一文だった。


なお、旧議会の任命に基づく貴官の外交代表としての地位は、新体制下における再審査が完了するまでの間、暫定のものとする。


暫定。


アルセナは、その二文字を、長く見た。


任命の日のことを、思い出した。


旧議会の議場だった。未知の海域への派遣任務。外交責任者の席は、最後まで埋まらなかった。有力な家の者は、みな理由を作って辞退した。成功の見込みが薄く、失敗の責任だけが確実な任務だったからだ。


回ってきた席に、アルセナは座った。断る理由を持たない者のところに、そういう席は回ってくる。任命状には、円の中の帆の印が押されていた。誰も欲しがらなかった任命状。それでも、任命は任命だった。あの紙一枚を根にして、この海までの全部が立っている。


その根が、今夜、再審査、という語の下に置かれた。


任務は継続。会談は承認。だが、任命の根は、審査にかけられている。会談の席に立つ代表の足元が、暫定という言葉一つで、薄い板に変わった。


沈めば良かったと思っている人間が、本国にいるのかもしれない。捨て駒が成果を持ち帰ることを、喜ばない人間が。あるいは、単に、全部の任命を機械的に見直しているだけかもしれない。文面からは、どちらとも読めなかった。どちらとも読めないように書かれた文面かもしれなかった。


最後に、もう一文あった。


追って、本国より使節を派遣する。詳細は別途。


それだけだった。使節の目的も、人数も、到着の時期も、書かれていなかった。


書かれていない、ということ自体が、情報だった。目的を書けば、こちらは備える。時期を書けば、こちらは数える。何も書かなければ、こちらは、ずっと待つことになる。いつ来るか分からないものを待つ側は、常に、待たせる側より弱い。


意図してそう書いたのか、単に決まっていないだけなのか。それも、読めなかった。


アルセナは、通信文を机に置いて、椅子の背にもたれた。


承認は、下りた。会談は、行われる。喜ぶべき夜のはずだった。実際、体の半分は、確かに安堵していた。


もう半分が、冷えていた。


暫定。再審査。使節。詳細は別途。


一つ一つは、手続きの言葉だ。新しい体制が、前の体制の任命を確認し直すのは、手続きとしては当然のことでもある。合理的に読める。全部、合理的に読める。


だが、と、アルセナは思った。合理的に読める文面で人を縛るのが、政治というものだ。


書きかけの想定問答が、机の端にあった。私たち。あなたたち。戦わない。


その一文を、暫定の代表が言うことになる。


「構わない」アルセナは、声に出して言った。誰もいない部屋で、自分に向かって言った。「言葉の重さは、肩書が決めるものではない」


そう言い切れるかどうかを、確かめるために、声に出した。


言い切れた。今夜のところは。


アルセナは、机の上を片付けた。通信文は、鍵のかかる引き出しに収めた。想定問答は、机の中央に戻した。優先順位を、物の置き場所で自分に示した。会談が先だ。暫定は、その後ろだ。


寝台に入る前に、窓から夜の海を一度だけ見た。


十日後、あの海の上で、向こうの代表と向かい合う。暫定の代表として、と本国は言うだろう。だが、海の上に立てば、肩書は波の音に消える。残るのは、言葉と、所作と、目だ。それだけで足りるように、この十日を使う。


足りるはずだった。あの朝から、いつも、あるものだけで足りるようにやってきた。


────


翌朝 エイカ艦橋


「承認された」


アルセナは、ドラフォとレナに、要点だけを伝えた。会談の承認。合意締結の禁止。記録の提出。そして、暫定の二文字。使節の予告。


ドラフォは、通信文の写しを、最後まで黙って読んだ。読み終えてから、一言だけ言った。


「暫定、だと」


声が、低かった。アルセナが聞いたことのない種類の低さだった。


「殿下は、あの朝からこの海で、一隻も沈めず、一人も死なせず、ここまで持ってきた。それを本国の机の上で再審査するのか。何を審査する。実績なら、この海に全部ある」


強硬派の指揮官が、外交責任者のために、腹を立てていた。


「指揮官」アルセナは、静かに言った。「ありがたいが、順序が違う。新しい体制には、前の任命を確認し直す権利がある。手続きとしては、正しい」


「手続きとしては、な」


「手続きの顔をした別の何かかどうかは、使節が来れば分かる」アルセナは言った。「今は、分からないものを分からないままにしておく。分かっていることだけで動く。分かっているのは——会談が、承認されたことだ」


レナが、口を開いた。


「向こうには、どこまで伝えますか」


「会談が正式に決まったこと。日取りの相談に入れること。そこまでだ」アルセナは答えた。「暫定の件は、伝えない。嘘はつかない。だが、こちらの内側の手続きを、向こうに背負わせる必要もない」


「隠さない、が原則では」


「向こうとの間のことは、隠さない」アルセナは言った。「これは、こちらの中のことだ。——ただ、レイスには伝える。通訳として席に着く者が、代表の足元を知らないでいるわけにはいかない」


レナは頷いた。頷きながら、昨夜からずっと考えていたことを、口にするかどうか、迷っていた。結局、口にした。


「使節の件は、どう備えますか。目的も時期も書かれていません。備えようがない、というのが正直なところですが」


「備えようがないものには、備えない」アルセナは言った。「その代わり、使節が何を見ても恥じないものを、積んでおく。記録を正確に。手順を正しく。会談を、成功させる。使節が監査に来るなら、監査に耐えるものを見せる。使節が別の何かを持って来るなら——」


アルセナは、そこで少し言葉を切った。


「そのときは、そのときに考える」


ドラフォが、腕を組んだまま言った。


「一つだけ、言っておく。本国が何を審査しようと、この艦隊の指揮系統では、殿下が外交責任者だ。暫定という言葉は、私の海図には載っていない」


言い捨てるように言って、ドラフォは自分の作業に戻った。


アルセナは、その背中に、何も言わなかった。言えば、この指揮官は、余計なことを言ったという顔をする。だから、言葉は胸の中に置いた。今夜の文面の冷たさと、今の一言の温度と。同じ組織の中に、両方がある。組織とは、そういうものだった。


────


同日早朝 ダーウィン基地 滞在区画


レイスは、艦隊からの定時通信で、承認の報を受けた。


会談、承認。日取りの相談に入れ。


その二つの指示の後に、殿下からの個人宛の通信文が付いていた。短い文面だった。


私の代表としての地位は、再審査の完了まで暫定とされた。会談の中身には影響させない。だが、通訳として席に着くお前は、知っておけ。


レイスは、その文面を、二度読んだ。


暫定。


言葉の意味は、分かった。分かった上で、分からなかった。この海で積み上げられたものを全部知っていて、なお、あの方の任命を審査し直す必要が、どこにあるのか。


だが、殿下は、この件を向こうに伝えるなと言っていない代わりに、伝えろとも言っていない。判断は、通信文の外に置かれていた。レイスは、少しだけ考えて、決めた。伝えない。これは、こちらの中のことだ。殿下なら、そう線を引く。実際、その通りの線が、艦隊への指示には引かれていた。


ただ、一つだけ、心に留めた。


今日の面会で、自分は、承認の報せだけを伝える。声を明るくして。会談が決まった喜びだけを、向こうに渡す。それは嘘ではない。喜びは、本物だからだ。


本物の喜びの後ろに、暫定の二文字を、自分だけが持って立つ。通訳とは、そういう仕事なのかもしれなかった。渡す言葉と、渡さない言葉を、両方抱えて立つ仕事。


────


同日 ダーウィン基地 隔離区画 面会室


「決まった」


レイスは、面会の冒頭で、そう言った。前置きは、なかった。


「アルセナ。来る。会う。正式」


面会室の空気が、一度に変わった。十六夜は、確認のために、ゆっくりと繰り返した。


「会談。正式に。決まった」


「決まった」レイスは頷いた。「本国。認めた」


記録者のペンが走った。十六夜は、席を立ちたくなる気持ちを抑えた。この報せは、一分でも早く官邸に届けるべきものだ。だが、その前に、この場で確認すべきことがあった。


「いつ。会う。カ」


日取りの相談が、その場で始まった。


レイスは、指を折りながら、日数を示した。それから、窓の外の空を指し、朝を示す身振りをした。


「十の日。後。朝」


十日後の、朝。風が変わる前の、海が素直な時期。ドラフォの見立てが、そのまま提案になっていた。


「十の日。後。朝。良い」十六夜は答えた。「確認する。私たちの。上。でも。多分。良い」


こちらも、準備はほぼ整っている。十日あれば、十分だった。


十、という数を、十六夜は指を折って確認した。レイスも、同じように指を折った。双方の指が、同じ数で止まった。数の確認は、いつもこうして、指で締めくくる。数詞は早い段階で確認済みだが、日付の行き違いだけは、絶対に起こせない。会談の日、片方だけが海に出ている光景は、想像するだけで冷える。


「十の日。後。朝。海」レイスが、確認の文を、もう一度、全部並べた。


「十の日。後。朝。海」十六夜も、全部繰り返した。


復唱。それが、今の二つの文明の間の、署名の代わりだった。


「一つ。伝える」レイスが、少し改まって続けた。「最初の。会談。約束。作らない。会う。だけ。話す。だけ」


最初の会談では、約束は作らない。会って、話すだけ。


十六夜は、驚かなかった。驚く代わりに、静かに可笑しくなった。それは、こちらの方針と、一言一句、同じだったからだ。


「私たちも。同じ」十六夜は言った。「会う。だけ。話す。だけ。約束。後で。ゆっくり」


レイスの表情が、緩んだ。


双方が、別々に考えて、同じ結論に着いていた。急がない。最初の一回に、多くを載せない。会うことそのものを、成果とする。


十六夜は、ミゼンの方を見た。


ミゼンは、まっすぐに座っていた。決まった、という言葉が出た瞬間から、姿勢が変わっていた。


「ミゼン。十の日。後。近くで。見る」十六夜は言った。


約束の確認だった。子供の頃、遠くから見た水の交換を、今度はいちばん近くで見る。


ミゼンは、頷いた。それから、ゆっくりと言った。


「十の日。後。私。両方の。ため。立つ」


十日後、私は、両方のために立つ。


どちらか片方の側ではなく、両方のために。会談の席で、ミゼンが自分に与えた役割が、その一言に全部入っていた。十六夜は、その言葉を、一字も落とさずに記録した。会談の記録には載らない種類の言葉だ。だが、この接触の歴史には、載るべき言葉だった。


面会を終えて、十六夜は廊下を早足で歩いた。


赤城の執務室の扉を叩き、開口一番に言った。


「決まりました。十日後の朝です」


赤城は、机の上の書類から顔を上げた。一拍の間があった。それから、短く言った。


「そうか」


それだけだった。だが、立ち上がって窓際まで歩き、また戻ってきたのを見れば、それだけではないことは分かった。


「官邸には」


「これから第一報を入れます」


「頼む」赤城は言った。「——十日か。長いような、短いような数字だな」


「準備には十分で、覚悟には少し足りないくらいの数字だと思います」


「うまいことを言う」赤城は少し笑った。「覚悟の分は、当日の朝に間に合わせる」


────


同日 官邸地下 夜


「十日後、洋上、午前。双方三名。第一回会談では合意文書を作らない。以上が、向こうとの間で揃った線です」


藤堂の報告は、簡潔だった。長い議論は、もう必要なかった。積み上げてきた準備が、そのまま決定になった。


「特使の最終訓令を、明日までに整えます。水の儀礼の手順書、想定問答、語彙一覧。全部、赤城特使と十六夜三尉に渡します」


「向こうの代表は、本当に来るんだな」黒崎が言った。


「来ます。レイスの言葉に、揺れはなかったそうです」


吾妻が、警備の最終案を示した。


「会談海域の周辺に、双方の護衛艦を等距離で配置します。会談艇は、こちらが一隻、向こうが一隻。双方の艇が海域の中心で舷を寄せ、渡り板を架けます。会談は、向こうの艇の上で行う案と、こちらの艇の上で行う案がありましたが——」


「どちらになった」


「交互案です。前半を向こうの艇、後半をこちらの艇で。ミゼンからの聞き取りで、向こうの作法では、招く側と招かれる側を一度の会談の中で入れ替えるのが、最も丁寧な形式だと確認されました。相手の板を踏む、という言い方をするそうです。相手の船の板を踏むことが、信頼の所作だと」


「水の交換に、板を踏む、か」黒崎は言った。「向こうの作法は、全部、体を使うんだな」


「海の上では、言葉より体の方が、遠くまで見えますから」白瀬が言った。


それから、白瀬は、静かに続けた。


「一点だけ、気に留めておくべきことがあります。向こうの本国の承認は下りました。ただ、承認の中身を、こちらは知りません。無条件の承認なのか、条件付きなのか。向こうの内側のことですから、聞くべきでもありません。ただ——約束を作らない、という方針が、向こうの現場の判断なのか、本国の指示なのかで、意味が変わってきます」


「どちらだと見る」


「分かりません」白瀬は、正直に言った。「ただ、どちらであっても、こちらのやることは変わりません。十日後、海の上で、誠実に会う。それだけです」


「向こうの内側に、何かあると感じているのか」黒崎が、重ねて聞いた。


白瀬は、少し間を置いた。


「感じている、と言えるほどのものはありません。ただ、向こうの本国では、体制が変わっています。体制が変わった国の外交は、外から見えないところで、揺れるものです。こちらにできるのは、揺れても掴めるものを、向こうの現場との間に、できるだけ多く作っておくことだと思います。名前。作法。会談の実績。掴めるものは、多いほどいい」


「了解だ」黒崎は頷いた。「十日だ。急ぐな。だが止まるな」


────


翌日 ダーウィン基地 基地司令部


訓令は、翌日の朝に届いた。


赤城と十六夜は、司令部の会議室で、届いた書類を机に広げた。特使の辞令。全権委任の範囲。水の儀礼の手順書。想定問答。語彙一覧。そして、会談の目的を定めた一枚。


その一枚には、短く、こう書かれていた。


第一回会談の目的は、両文明の代表が直接対面し、敵対の意思がないことを相互に確認することにある。合意文書の作成は行わない。


「こちらの訓令も、約束を作るなと言っている」赤城は言った。「向こうの方針と、完全に一致だ」


「双方の上が、別々に考えて、同じ結論です」十六夜は言った。「面会でレイスの提案を聞いたとき、少し笑いそうになりました」


「良い兆候だ。考え方の骨格が近い相手とは、会談がやりやすい」


赤城は、語彙一覧を手に取った。何枚もの紙に、確認済みの語が、意味と発音記号付きで並んでいる。あの朝には一語もなかった一覧だった。


「この一覧の語だけで、当日は戦うことになるんだな」


「戦う、は語彙にありますが、当日は使わない予定です」十六夜が言った。


赤城は、書類から顔を上げた。十六夜は、真顔だった。真顔で、冗談を言っていた。


「——そうだな」赤城は笑った。「使わない語を確認しておくのも、準備のうちだ」


十日間の計画を、二人で組んだ。前半の五日は、儀礼の所作の稽古と、想定問答の読み合わせ。後半の五日は、面会での最終確認と、体調の管理。最後の一日は、何もしない。空けておく。


「何もしない日を、入れるんですか」


「入れる」赤城は言った。「詰め込んだ準備は、当日、詰め込んだ形で崩れる。最後の日は、海を見て終わるくらいでいい」


────


同日 深夜 官邸廊下


白瀬はメモ帳を出した。


「会う」


今夜の言葉を書いた。


これまでの言葉が並んでいる。「確認できない」から始まった一覧が、名詞を積み重ねて、今夜、初めて動詞に辿り着いた。


会う。


あの朝から、どれだけの言葉が、この小さな帳面を通り過ぎただろう。艦影。沈黙。信号。水。名前。全部、会うための言葉だったのだと、今夜になって分かる。


白瀬は、頁を一枚ずつ、遡ってみた。


書いた夜のことを、一つずつ思い出せる言葉と、もう思い出せない言葉があった。思い出せない夜も、確かにあったのだ。何も進まなかった夜。進んだのかどうかさえ、分からなかった夜。そういう夜の言葉ほど、短かった。


短い言葉の夜を、いくつも越えて、今夜の言葉がある。


帳面の言葉は、一つも無駄になっていなかった。進まなかった夜は、進む夜の準備だった。そう言い切れるのは、結果を知った今夜だからだ。渦中の夜には、そんなことは分からなかった。分からないまま、それでも一語ずつ書いてきた。


外交とは、たぶん、そういうものだ。分からない夜に、それでも一語書けるかどうか。


十日後の朝、海の上で、二つの文明の代表が向かい合う。約束は作らない。会って、話すだけ。それを物足りないと言う者は、あの朝の海を知らない者だけだ。


会うことが、どれだけ遠かったか。


白瀬はメモ帳を閉じた。


廊下の蛍光灯が、いつも通りに唸っていた。あの朝からずっと、そうだった。


十日後も、この灯りはこうして唸っているだろう。ただ、その頃には、世界が少しだけ、今夜と違う形になっている。


そのはずだった。

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