誘拐事件 第四話
瑠璃の運転する車に乗るのは初めてだったが、街中でよく見かける教習車の運転のようだった。
免許を持っていない俺が言うのもおかしいと思うけど、もう少し流れに乗って車を走らせてもいいのではないだろうか。
それに、ウインカーを点灯するタイミングが異常に早いような気もする。
初心者マークのせいか誰でもわかるような高級車のせいか、それとも瑠璃の運転がそうさせているのか不明だが、後ろの車との車間距離がバス二台分くらいあるのは何か逆に落ち着かないものがあった。
スピードも出ていなくて安全運転のはずの車内はみんな無言で三人ともシートベルトを何度も確認していたのも印象的だった。
「とりあえず、第二倉庫にはついたね。これからどうしようか?」
「入り口が二か所と搬入口が一か所あるんで三人で別れましょうか。私は東側に回るんで先生は搬入口をお願いします」
「オッケー。兄貴も一緒にって言いたいところだけど、搬入口は何も起こらないだろうしイザーさんか愛華さんと一緒に行ってみたらいいんじゃないかな」
「三人バラバラで行動して大丈夫なのかな。相手は武器も持ってるみたいだし」
「大丈夫だって。お兄さんは心配性すぎるよ。それに、私たちもちゃんと武器は持ってきてるからね」
イザーちゃんが車のトランクから取り出したのは剣道で使う小手のような金属の塊だった。それを腕にはめたイザーちゃんが急にシャドーボクシングを始めたのだが、風を切る音が破裂音のようにも聞こえていた。
それと、あえて言葉には出さなかったのだが、うまなちゃんがトランクから小手を取り出すと車が少しはねたようにも見えた。今ならさっきみたいに屈みこむような体勢にならなくても車に乗り込めるような気もしていた。
「一人くらいは残しておかないとダメだからね。皆殺しだけはダメだからね」
瑠璃の言葉に頷いていたイザーちゃんと愛華ちゃんではあったが、二人とも瑠璃に返事は返すことなくそれぞれの持ち場へと向かっていった。
「お兄さんは私のそばからあまり離れないでね。私の手の届く範囲だったら安全だと思うよ」
「いや、それなら俺が先に行った方がいいと思うんだけど」
「大丈夫だって。私よりお兄さんの方が弱いんだから気にしなくていいって。それに、今のお兄さんじゃ魔王アスモデウスの相手は出来ないと思うんだ」
俺はイザーちゃんの前に立つべきだと思ってはいたが、初めて体験する誘拐犯との対峙に緊張して足を踏み出すことが出来なかった。
今からこのドアを開けて中に入ってく。そんな簡単なことすら出来なくなっていた俺ののどはすでにカラカラに乾いていて呼吸も少し苦しくなっていた。
そんな俺を急かすかのように聞こえてきた二発の銃声は完全に俺の動きを止めてしまった。
建物の外ではなく中から聞こえてきた銃声。
今この中にいるのはうまなちゃんと反対側から入っているはずの愛華ちゃん。
その二人が犠牲になっているかもしれないという可能性があるのにもかかわらず、俺の手も足も中に入ることを必死に拒んでいるかのように動こうとはしなかった。
「大丈夫。お兄さんが心配しているようなことは起きてないって。ほら、私に任せていいからね」
俺を見つめるイザーちゃんの顔は子供を優しく諭す母親のようにも見えた。
銃声が聞こえたという事は中で何かあったはずだ。
イザーちゃんもそれはわかっているはずだ。
それなのに、イザーちゃんは俺の手をそっと掴むとドアノブから優しく外してくれた。
手が冷たく震えているのはイザーちゃんも怖いと感じているからだろう。こんなに小さい子が勇気を出して中に入ろうとしているのだ。それなのに、俺はこうしている間も中に入ることが出来ずにいるのだ。
「もう終わっちゃってるかもしれないけどさ。一応、中に入ろうね。ほら、お兄さんも助けに来たんだよってうまなちゃんに教えてあげないと」
「でも、銃声が二発聞こえたって事は」
「それは自分の目で確かめようね。それとも、お兄さんは自分の目で確認するのが怖いのかな?」
怖くないかと言われたら怖いと答えたい。
だが、そんな事を言っても良いものなのだろうか。
イザーちゃんだって怖くて震えていたんだ。
俺が前に立たなくてどうする。
「じゃあ、お兄さんはゆっくりでいいからついてきてね」
俺の心配をよそにイザーちゃんはスタスタと奥へと進んでいった。
ココに取り残されるのも少し不安になった俺も恐る恐る後を付いていったのだが、階段を上っていると知らない言葉で喚いている男の声が聞こえてきた。
怒っているようにも聞こえるのに命乞いをしているようにも聞こえる。そんな不思議な言葉が聞こえてきたのだけれど、その言葉の意味は全く理解できずにいた。
「ねえ、何言ってるか全然わかんないんだけど。愛華も知らない言葉を理解しようとしてないで私のロープを解いてよ。ほら、早くしてくれないと痕が残っちゃうでしょ」
「ごめんなさい。でも、ロープを解いている間に逃げられちゃうかもしれないんで」
「別に一人くらい逃げても大丈夫だって。って言うか、イザーちゃんは一緒じゃないの?」
「ごめん、おまたせ。ちょっと色々あって遅れちゃった」
「遅いって。そんなの付けなくてもよかったのに。あ、お兄ちゃんも来てくれたんだね。嬉しいな」
椅子に縛り付けられてはいるがうまなちゃんの無事を確認することが出来て良かった。
うまなちゃんの足元に寝ている二人の男の顔辺りに血だまりが出来ているのは触れない方がいいだろう。
俺はなるべく視線を下に向けないようにしてうまなちゃんに近付くと、固く結ばれているロープを一つずつ解いていったのだ。
「お兄ちゃん、助けに来てくれてありがとうね」




