第八話 お父様とお母様
自分の部屋が決まらないまま時間だけが過ぎていった。
「お食事の支度が整いましたのでご案内いたします」
音もなく現れたメイド服を着た女性に驚いてしまったが、俺が驚いていることに気が付いていないのか気を使ってくれているのか何事もなかったかのように振舞ってくれたのは助かる。誰かに見られているわけでもないから気にすることでもないとは思うけど、予期せぬタイミングで話しかけられるというのは心臓に悪いものだ。
ココの人達は気配を消していきなり話しかけるのが決まりなのかと思ってしまうが、当然そんなことはないだろう。
「いきなり話しかけられたからって驚きすぎだよ。もしかして、お兄さんってビビりなのかな」
そうだった、ぼーっとしてて忘れていたのだがこの建物の中にはシスターもいたのだった。俺が驚いていた場面を誰にも見られていないと思っていただけにシスターに見られていたというのはショックではあった。
「誰でも驚くタイミングだったと思うけどな。それよりも、ずっとここにいたの?」
「私は一回自分の部屋に戻ってたよ。そろそろご飯の時間かなって思ってお兄さんを迎えに来たんだけど、その時にちょうど愛華ちゃんの姿が見えたから隠れてたんだ。お兄さんが愛華ちゃんを見てどんな反応をするのか気になっちゃったからね」
「どんな反応って、別に普通だったでしょ」
「まあ、普通と言えば普通なんだけどさ、もっとこう男の子っぽい反応をしてもいいんじゃないかなって思ってるんだよね。ほら、愛華ちゃんって無駄に乳がデカいでしょ。男の人ってそういうのじっと見ちゃうもんなんじゃないの?」
「そう言われてみたらデカいなとは思うけどさ、そんなにじっと見るのって失礼でしょ。シスターだって……。ご飯ってみんなで一緒に食べるの?」
「ちょっと、何か言いかけてやめたよね。そういうのって良くないと思うんだ。言いかけたことはちゃんと言い切らないと良くないと思うんだよね」
俺はシスターの口撃とふくらはぎへの攻撃を耐えながらも何とかメイドさんの後を付いていった。あまり余計なことは言わない方がいいとわかってはいるけれど、ついつい思ったことが口から出てしまいそうになることだってあるだろう。そんな時でも俺は途中でグッとこらえて余計なことを言わずに済ませているのだ。それはとても立派なことだと思う。
それにしても、シスターから言われて改めて思ったのだが、このメイドさんの胸は今まで見た中でも相当大きい方だと思う。俺が中学生だったら視線を外すことが出来ないと思うくらいにインパクトがあるモノだった。それに、髪の色がピンクだというのも珍しいと思っていた。
「お好きな席にお座りください。本日の主役は真琴様となっておりますので、真琴様がお座りになってから皆さんお席に着きますので」
お好きな席に座ってくれと言われても困る。家でご飯を食べているときは席はもう決まっていたので悩むことなんて無かった。それ以前に、俺が引きこもりになってから家族以外の誰かと食事をとることなんて無かったのでどこに座るのが正しいのかわからない。
テーブルは俺が普段使っていたベッドと同じくらい大きい。家族以外の人と食卓を囲むというのが久しぶり過ぎるのでどんな話をすればいいのだろうか。そもそも、食事をとりながら会話をしていいのかどうかもわかっていないのだが。
とりあえず、用意されている椅子は五脚あるので三脚並んでいる方の真ん中に座るべきなんだろうな。でも、いきなり真ん中に座るというのは気が引けるので三脚あるうちの手前側に座ってしまおう。上座とか下座とかわからないので勢いだけで決めてしまったけど、きっと大丈夫なはずだ。
いつの間にか食堂に人が増えていた。俺と一緒に来たシスターとメイドさんの他に少女と男女が二人。おそらく、あの男女がここの主人である栗宮院午彪さんと奈緒美さんなんだろう。二人とも見た目が凄く若々しいのであの少女の兄弟だと言われても信じてしまいそうなくらいだが、一番年齢がわからないのが俺の隣にずっといるシスターなのだ。子供みたいにも見えるけれど、話している内容や時々出ている鼻歌は俺よりも二世代くらい上のように感じないこともないのだ。
悩んでいる俺をジッと見てくる四人の視線に耐えらえなくなった俺は一か八かの賭けに出て先ほど考えた通りの席へと座った。
この選択があっているのか間違っているのかわからないのでみんなの方を恐る恐る振り返ると、奈緒美さんだと思われる女性が俺の方へと向かって歩いてきたのだ。
「あら、真琴さんの隣が空いてるからママが座っちゃおうかな」
「ちょっと待って、その席は私が座るんだって。ママはパパの隣に座りなよ」
「嫌よ。今日はパパの隣じゃなくて真琴さんの隣に座るって決めてたんだもん。うまなちゃんがパパの隣に座ればいいでしょ。誰も隣に座らないとパパが悲しんじゃうよ」
「いや、パパは二人を見ながらご飯を食べることが出来るならそれでいいけど。別に拗ねてるわけじゃないからね」
仲良く喧嘩しているという表現が合いそうな三人を見て俺は自分の選択が大きく間違っているわけではないという事がわかってホッとしていた。
「あの三人はいつもあんな感じだから気にしなくていいと思うよ。お兄さんが来て三人とも舞い上がってるところはあるみたいだけど、これもいつもと変わらないからね」
俺の膝の上に座ったシスターがそう言ってくれたので一安心したのだけど、なんでこの子は俺の膝の上に座っているのだろう。そっちの方が気になってしまった。
「ちょっと、なんでイザーちゃんがお兄さんの膝に座ってるのよ。おかしいでしょ」
「おかしくないよ。私じゃなくてうまなちゃんが座ったら重くてお兄さんが困っちゃうと思うんだ。愛華ちゃんが座ってたらお兄さんは喜んじゃうかもしれないけど」
「ねえ、それってどういう意味かな。私より愛華ちゃんの方が軽いって言いたいのかな?」
「別に。そんな意味じゃないけどね。もしかして、うまなちゃんは自分でそう思ってたりするのかな?」
あれ、さっきの三人の喧嘩と少女とシスターの喧嘩は何だか雰囲気が違うように感じるぞ。もしかして、この二人って本当は喧嘩するほど仲が悪かったりするのか?
「はいはい、言い争いはそれくらいにしてくれないとせっかくのご飯がさめちゃいますよ。大人しく席についてお食事を始めましょうね」
メイドさんが手を叩きながら三人をそれぞれ席につかせようとしたのだが、俺の正面には午彪さんが座って俺の隣には奈緒美さんが座っていた。空いていた椅子を俺の隣に持ってきたことで強引に隣に座ったのがうまなちゃん。なぜか俺の膝の上に座っているのがイザーちゃん。
椅子が一つ空いていると思って見ていると、一般的に誕生席だと言われている場所にメイドさんが椅子を移動させて座っていた。
「旦那様の隣でご飯を食べるのはさすがに気まずいのでここに座りますね。では、配膳をお願いします」
何が何だかわからないまま初めての晩餐がスタートしたのだった。
食事を運んできてくれるメイドさんもいるのかと思ったけど、よくよく見ると一人だけメイド服のデザインが違うという事に気が付いたのだ。
「お兄さん。ちょっと愛華ちゃんの事見過ぎじゃないかな。さすがにそれは私も引くわ」
俺の膝の上に座っているシスターがそう言ったけれど俺はそういうつもりで見ていたわけではない。まあ、そんな事を言っても言い訳にしか聞こえないと思うので言わないけれど、そんなつもりではないのだ。




