硝煙煙る戦場 1
目覚めたベニユキは着替えて部屋を出る。
もう何日とこの施設内に居て代り映えなく見慣れた建物の中。
いつものように部屋の前で待っていたエレオノーラが、部屋を出てくるベニユキを見て挨拶をした。
「おはようございますベニユキさん。体の調子はどうですか?」
「おはようエレオノーラ、別に良くもなく悪くもなくって感じか」
「今日も頑張りましょうね」
「ああ、今日はなんかやる気に満ち溢れているな」
エレオノーラと話しているとベニユキを見つけて、目覚め着替え同じく部屋を出てきたマルティンが近寄って来る。
「おはようベニユキくん。気は進まないが今日も頑張ろう」
「ああ、そうだな」
淡い青い光に照らされた長椅子が皆同じ方向を向いている礼拝所のような場所へと進む。
このどこにあるのかわからない施設を出るための唯一の出入り口、異世界へと行くためのエレベーターがありまたこの施設を管理するAIが挨拶をする場所。
ともに何度か戦ったキュリルやテオなどを連れ長椅子の一つに座るグリフィンたちが手を振った。
「やぁ、おはようベニユキ君。体の調子はどうだ?」
「いつもと同じ感じだ」
「なんかみんな体の調子を聞いてくるな? 変な感じがする」
「そうです、よね。えッとですね」
エレオノーラがためらいがちに何かを口にしようとしていると、よく似た顔の二人の女性は入ってきてベニユキを見つけ歩み寄ってきた。
二人の背後で礼拝所と寝室をつなぐ扉が閉まる。
「やぁ、おはようベニユキ君。昨日は大活躍だったね」
「アンバー、死んだら前日の記憶がないんだよ。おはようございます」
ガーネットの言葉を聞いてベニユキは知らない間に自分が死んだことを察する。
「俺は昨日の? 戦いで死んだのか?」
ベニユキの問いに皆がぎこちなくうなずく。
そして皆が反応に困っているとグリフィンが答えた。
「ああ、エレベーターが上がり始める前に襲ってきた怪物から皆を守るためにな。昨日は何て言っていたか狂乱電荷の世界だったか。空気中に電気が滞留し、充電いらずの機械たち。そいつらが自己学習し自己発展する、家庭用電化製品が誤作動し人を襲うなんとも狂った世界だった。負傷し満身創痍だった君は最後、トラックほどに巨大化した電子レンジに食われたよ」
集まってきていたウーノンやアイン、キュリルやテオたちも皆が目を背ける。
「あの!」
静まり返っていたところにかけられた突然の声に振り返ると、ベニユキの知らない二人が立っていた。
癖っ気の黒髪の男性と明るい茶髪の三白眼の女性。
誰なのかとベニユキが尋ねる前に二人は頭を下げた。
「昨日はありがとうございました!」
「昨日? ああ、俺が死んだ」
癖っ気の男性は明るい声であいさつをする。
「ども、ホルテンっす。よろしくお願いします」
「……ネシェル。昨日は、ありがとうございました」
同じく三白眼の女性も遅れてベニユキにお礼を言った。
頭を下げる二人に記憶がないベニユキは困惑する。
「ああ、よろしく……。とはいえ昨日の記憶がない俺ははじめましてなんだがな。そうかこういう感じになるのか、なんかもやもやするな。俺は昨日、君らに何したのか教えてくれるか?」
頭を掻きながらベニユキが尋ねると二人は答え始めた。
「俺は、走り回るミキサーたちからかばってくれました! 肉も骨も抉られて腕を捥がれたですけど、なんか朝起きたら治ってました!」
「私は……あの、手もみ式マッサージ器……に握りつぶされそうになったところを」
自分で言っていることに違和感を覚えネシェルは首を傾げる。
「何言ってるんだ私」
「大丈夫、ここはそういうところだから。これからも頭おかしくなるようなことが起きるよ」
「そうなんですか……いやだな」
グリフィンが付け加えた。
「ベニユキ君は襲って来た扇風機から逃げている最中に、俺らと分断されて彼らと逃げていた。テンメイ君やブラットフォード君たちもいたが、彼女らは途中でやられ君ら三人がいろいろあったのちに合流、戻ってきたんだよ」
「そうだったのか。本当に何の記憶もないから実感が全くないな」
「ただ言えることは、前回の戦い敵の殺傷能力が極端ん位低く、誰も楽に死ねない戦いで、生き残った皆の意識が変わったとだけ言っておこう」
「そう、なのか」
話していると礼拝所の青白い部屋の光量がだんだんと落ちて暗くなっていく。
ベニユキや一緒に話を聞いていたアンバーたちは手近な長椅子に腰掛け舞台の方を向き、部屋が暗くなると舞台の上に光の粒子が集まりはじる。
そして明るくぼんやりと光る幽霊のようなホログラムの体を持ったこの施設を管理するAIのミカが現れた。
『皆様、おはようございます。本日もお願いいたします』
彼女はどこか嬉しそうにし軽く手を叩いて、その後ゆっくりと辞儀をする。
『前回の戦いで皆さんは最低でも一度は死なずに箱舟へと戻ってくることが出来ました。ですので今までの戦いから判断し、こちらで判断した世界の脅威度を上げようと思います。それによって皆さんはより強い怪物の相手をしていただきます。激しい戦闘の末また生前率が下がるかと思われますが、皆さまなら私の受けた使命の達成ため、皆さまが元の世界と記憶を取り戻すため、きっと生きてここへと戻ってきてくれると信じています』
部屋が明るくなると舞台の前には武器が並べられていた。
『それでは、本日も世界へ通りていただきます。どうぞ舞台の前へとお集まりください』
部屋の明かりが戻り皆が舞台の前に用意される武装を取りに立ち上がる。
蛍光色のオレンジ色の防弾チョッキが目立ち目を引く以外は目立ったものはない。
見覚えのないものもあったが、新たに増えた武器の少なさにベニユキは隣にいたエレオノーラに尋ねる。
「昨日も聞いたのかもしれないけど、もう一つの箱舟から新しい武器はもらえなかったのか?」
「はい、あくまで自分たちが集めた武器だけしか作ってくれないみたいなんです。だから昨日の世界で集めた武器だけ」
新たに増えたであろう先端に電極のついた槍を持つエレオノーラ。
気が付けば彼女も救急箱だけでなく、しっかりと大型の銃を持ち弾薬などを選んでリュックに詰め込んでいる。
「昨日は何を集めたんだ?」
「またどこかの施設に入って武器の情報の入った機材を取りに行かされました。多分この棒みたいなやつです」
そういって床から胸ほどの長さのある槍を手にするエレオノーラはリュックを背負って他の武器のもとへと向かって行く。
「ベニユキさん、私あっちに行ってきますね。物が増えてだんだんとものがいろいろなところに行くようになってきましたから」
「ああ、わかった。さて、俺も早く決めないとな」
ベニユキも散弾銃を持って皆とともに舞台の上に上がった。
武装も増え皆がバラバラな武装を持つ中、バットと剣を持つキュリル、重機関銃をもったアインとウーノンなど、何度かの戦いで気に入ったあるいは手になじんだ武装を持っている。
そしてベニユキの知らない間に知り合った二人も個性的だった。
背中にタンクを背負いそこから延びる配線がつながる身長ほどある長い銃を持ったネシェルがベニユキの隣に立つ。
むすっとした顔のままネシェルは呟くように言葉を発した。
「……昨日の借りは返します」
「何度も言うことになるだろうけど、昨日の記憶が俺にはないんだけどな」
「それでも、そういうの嫌なんで」
「まぁ、あまり無茶をしないでくれよ。ところでそれはあの地下世界で持ってきた武器か。やっぱり銃身が長いな」
「……何ですかね? わからないです。私死んでたんじゃないですかね」
「ああ、いらないことを聞いたな」
金属だろうと焼き切る二本の剣を持つホルテンもベニユキのそばへと寄ってくる。
「おっす。俺も、今日は足を引っ張らないよう頑張るっす!」
「皆が憂鬱な中、元気なんだな」
「昨日はびっくりしちゃったけど、ちょっとゲームの中の世界みたいでワクワクしてます」
「死んでも生き返るっていうんならそれも近いかもな。ただ痛みも世界も本物だよ、化け物の鳴き声も誰かの悲鳴も耳にこびりつく」
「っすね。今日起きたときも少し昨日のベニユキさんのことがフラッシュバックしたっす」
剣だけでなく彼の足にはホルダーが巻かれ二丁の拳銃が納められていて、ポーチには替えの弾倉が見える。
皆が舞台に上がるとエレベーターの中央にミカが現れ、ささやかな挨拶を済ませるとエレベーターが下へと向かって降下を始めた。




