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異界巡行の世界 箱舟天使は異界を旅して帰還する  作者: 七夜月 文
2章 --時計針止まるアークエンジェル--
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私は人形 1

 登山道を登り箱舟の入口があった場所を目指して戻っていく。

 ただでさえ柔らかい地面や坂道などを長距離を歩いてきた彼ら、絶えず汗を流すがそれでも逃げるだけの元気はあった。


 追っかけてくる向こうは飛び道具がないようで銃撃を恐れずじりじりと迫って来るだけ。

 走る速度よりは遅いが山を登るときもその速度は緩まず常に一定の速度で向かってきていた。

 赤い人形は木々や登山道の段差に引っ掛かり山に入って進みが遅くなったが、白い影は木々をすり抜けて迫ってくる。


「あれに触れたらどうなるんだろうね?」

「金縛りにでも会うんじゃないのか」


「恐怖で体が膠着しちゃうやつだっけ、サッカーボールが飛んできて咄嗟によけるって判断が出来なくなる奴かな」

「意識がある全身麻酔みたいなもんじゃないのか? 経験がないから何とも言えないが」


「赤い奴はどうしようか、銃が聞かないし数が多い。だんだん数が増えていってる。どこにあんな数」

「俺、今回は流石に生きて帰れないと思ってるんだけど。全滅したら誰も今日のことは覚えていないんだろうな」


「そもそも、人数が少ないんじゃないかと思うね。軍隊規模で人手がいるよ」

「ほんとにな」


 気を失っているエレオノーラを背負ったベニユキが後ろを振り返り迫ってくる人影を見た。

 グリフィンやウーノンたちが殿を務め持ってきた手榴弾やロケット弾を撃ちこみ轟音が山にこだまする。


「追ってきてるな、足意外と速いな山道でも変わらないように見えるしこのままじゃ追いつかれるよな」

「一体何で動いているんだか知らないけど、どれも一定の速度で追ってくるね」


「あんな数どこにいたんだよ、おっと!?」


 背負っていたエレオノーラが身じろぎしたためベニユキがバランスを崩し転びそうになった。


「ん……、なに? 戦闘! はなして!!」


 ベニユキの背で気を失い眠っていたエレオノーラが目を覚ます。

 何かに囚われている錯覚に陥り暴れだす彼女を宥めるようにベニユキが声を出す。


「起きたかエレオノーラ、ぐっすり眠っていたな今戦闘中だ歩けるか?」


 声を聞いて動きを止め近くにマルティンたちを見て落ち着きを取り戻し彼女はおとなしくなる。


「すみませんベニユキさん、自分で歩けます。ごめんなさい気を失っちゃって。武器、銃はどこに。あ、私アンバーさんたちのところに行ってきます」


 そういうエレオノーラをおろし彼女は武器を探して周囲を見回し今いる場所が山の中だと気が付く。

 そして銃を預かり手をつないで逃げているアンバーたちの方へと向かって行った。


「武器を持つのを拒んでいたエレオノーラも守られてばかりではなくなったねベニユキ君」

「もともと俺の判断ミスで殺してしまった最初の日は戦ってくれてただろ。それに武器がないと自分の身が守れないからな、ブラットフォードたちのような惨たらしい死に方はしたくないだろ」


 進んでいると隣を走っていたマルティンが何かに引っ掛かり転ぶ。

近くを走っていたテオが追い越しながら声をかけた。


「大丈夫か? 疲れて足がもつれたか」

「ああ、いや違うよ今何かに足を掴まれた……」


 見れば落ち葉の下に隠れていた木の根が足に引っ掛かっていた。


「いや、枯葉に埋まっていた木の根に引っ掛かったみたいだ」

「気を付けろよ」


 すぐに最後尾にいるグリフィンたちが追い付いて来てきて慌てて走り出す。

 数歩進んでまたマルティンが転んだ。


「この辺は、木の根がおおい……な。気を付けたのにどうして」


 水分が抜け細く硬く茶色く変色した人の腕がマルティンの足をつかんでいた。

 驚き振り払おうと足をけるように伸ばすと枯れ枝のような指が服を裂き肌に爪が食い込み脛に数本の赤い線が走る。


「何だこれは!」


 マルティンだけでなく戦いながら後退するテオやキュリルも同じように隠れた腕に掴まるように転び足元をみる。

 そして迷わず地面に向かって銃を撃つ。


「落ち葉の下に何か居るぞ!」


 背後にも足元にも敵がいて、周囲に他に何か居ないかついには空まで見て警戒を始める始末。

 自分たちが何しにここにいるのかすら忘れ生き残ることに夢中になっているとどこからか風の吹く音が聞こえる。

 音だけで実際に風は浮いておらず木々は静寂を保ち、銃声と枯葉を踏む足音がけが響いていた。

 聞こえてくる風の音は、オオォォとトンネルに風が吹き抜けるような音。


「風の音?」

「今度は何?」


 アンバーとガーネットが立ち止まりエレオノーラが追い付く、テンメイは足を止めず走り続ける。

 耳を澄ましガーネットが音の聞こえている方を指さした。


「向こうか、何の音なの?」


 進行方向のさらに先を見てアンバーが腰を抜かして崩れ落ち、彼女は倒れたまま腹を抱えて笑い出す。


「ひゃふ……ははっ、あはははははは! はっはっはっは!」


 気が付けば道しるべのある分岐点まで戻ってきていて、道しるべの上に銀色の木が生えていた。

 薄く雲のかかった日の光を受け鈍い金属の持つ光沢を輝かせる一体の巨像。


 人型の巨像にはいくつもの円が重なり合った幾何学模様が彫り込まれており顔の部分だけ目と口のような穴が開いている。

 指がやけに長く赤黒く染まった四本の腕を周囲の木々と同じように空に向かって伸ばし、泥や赤黒い何かと落ち葉がまとわりついた六本の脚が木の根のように落ち葉の積もる地面に力強く降ろされていた。


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