駒を育てる 1
空中に浮かぶように投影された複数のホログラムのモニター。
それぞれのプロフィールを読み返しホロクラムの女性、箱舟を操るAIのミカは額に指を置く。
様々な世界を旅して残った三度の戦闘記録。
『三つの世界を回り、いまだに生存率が五十%未満。予想していた進行状況に若干の遅れが……今までが上手くいきすぎていたということ? それとも、今回の人選が間違っていた? 大丈夫、時間をかけていけばきっと、今までと同じように』
彼女の周囲を取り囲むように投影される異形な怪物たちが闊歩する数多の世界。
そのいくつかを引き寄せ詳細情報を見る。
『どこもまだ早い、まだ』
文字と画像が映るモニター以外に一つ、暗くなったアイコン画面があり彼女はそれを手元に引き寄せた。
『……あいも変わらず誰もこちらのコールに返事がない……他の箱舟と連絡が取れない分、私が何とかしなければ。これ以上の遅れはいけない、やり直すチャンスは残り少ない……彼らで続けるか、次の人選でまた新しく始めるか……』
彼女の周囲に浮かぶ画像から一つを選ぶ。
『次はここにしましょう。少し脅威度は高いけど、今の彼らがどこまでなのかを計るにはちょうどいい。どうか私の期待を裏切らないで』
施設に電源を入れ礼拝堂のような広い空間に柔らかな青い光が灯る。
『はぁ、なんて身勝手な……。さぁ、今日を始めましょう』
--
すっかり慣れた狭いカプセルの中でベニユキは目を覚ます。
そして着替えを済ませ殺風景な部屋を出て廊下に出る。
「おはようございます、ベニユキさん」
「おはようエレオノーラ。いつも早いな。俺は起きるのが遅いのか?」
人によって起きる時間が異なるのか、ベニユキが部屋を出るといつも扉の前でエレオノーラと出会う。
「でも他にも後から出てくる人もいますよ、みんな一緒に出てくると通路が狭くなるから順番に起こしているとか?」
「ああ、そうかもな。まだ少し寝ぼけてて頭が働いてないな俺」
「マルティンさんたちは先に行ってるので行きますか?」
「そうだな、いつまでもここにいるとあのAIに怒られるかもな」
「マルティンさん憂鬱そうな顔をしていました」
「テンメイから昨日死んだことでも聞かされたのか」
礼拝堂へと向かうグリフィンやウーノンの背中が見え、彼らを追いかけ二人が礼拝所へと向かおうとすると廊下の一番奥の部屋が同時に開くと中からよく似た顔の長髪女性が出てくる。
振り返り彼女たちを見てエレオノーラが足を止めた。
「あの二人、いつも最後に入ってくる人たちですよね」
「ああ……そうだな」
何もわからないまま最初に向かった世界で、隠れている最中に襲われていた女性たち。
その時の彼女たちの悲鳴を思い出しベニユキは少し罪悪感にかられる。
部屋を出た彼女たちは目が合ったようでぎこちなく挨拶を交わすしぐさを見せ、礼拝堂に浮かう他の人の背中を見て追いかけようと移動を始めた。
そこで、こちらを見ているベニユキとエレオノーラに気づき二人のうちの片方がこちらを見て少し距離を取り少し警戒した様子で話しかけてくる。
「おはよう初めまして、なぁ、そこの人たち。ここはどこなんだ? 私たちはどうしてこんな建物にいる、何か知っているか?」
二人は黄金色を帯びた緑色の瞳し髪の長さも遠目からでは髪の分け方くらいでないと特別できないほどよく似ていた。
「奥で説明されるよ、多分信じないだろうから向こうで聞いて確かめるといい。あと、俺らもこれが何なのかわからない。多分ここにいる誰もよくわかっていないだろう」
彼女たちは何が起きているかわからない様子で尋ねてきた。
「なにそれ、よくわかんないよ」
「つまり、奥に進めば知っている者がいると。口で説明が難しいこと……いかんな、いろいろ考えてしまう」
ベニユキの返答に二人は腑に落ちない様子だったが、そんなこととはお構いなしにエレオノーラが問いかける。
「私、エレオノーラて言います、苗字はわかりません」
「私はアンバーだ」
「わ、私はガーネット。よろしくねエレオノーラ」
少し寝むそうで目が半開きのアンバーと反対に眉をきゅっと眉間に寄せた釣目のガーネット。
エレオノーラとガーネットが握手をし、そこで少し緊張が解けたようで三人は軽く会釈をして笑いあう。
「こちらはベニユキさん。頼もしい人です、多分この後の色々で分かると思います」
「ほぉ。何だろうか、ここはどこなのか気になるねぇ。こういう何かの施設というのは、私の心にすごく興味を引く。でも、あまりいい感じはしない雰囲気だ」
それ以上目が開かないのか半開きの目を輝かせるアンバー。
これから始めることに興味があるようでベニユキたちの後ろに奥に見える礼拝堂へと視線を向けた。
「二人はよく似てますよね、お知り合いですか?」
「どうだろう、なにも思い出せない。ただ、一目見ては私はガーネットとは初めてあった気はしないんだ」
「双子とか?」
「さぁ、記憶というか生きてきたという思い出がないんだ。でもそういう感じだと思うね。確証はないけど、ここまでそっくりだとねぇ」
そういって彼女たちはお互い顔を見合わせる。
アンバーは両手でガーネットの頬をつまんで引っ張ると彼女は鬱陶しそうに振り払った。
「そんな感じはするね、アンバーあなたに私はあった気がする」
「私もだよガーネット」
アンバーの髪が少し乱れておりガーネットはそっと手櫛で整え、アンバーは礼を言う。
四人は通路を進み礼拝堂へと向かう。
礼拝堂の前にある上に続く階段を見てアンバーは尋ねる。
「この上はどうなっているんだい?」
「さぁ、私も行ったことはないんですけど、人が降りてきているのでこことおんなじじゃないかって。そういえば、上から降りてきた人に尋ねたことなかったですねベニユキさん」
質問されあいまいな答えを返したことで信感を抱かせたせいなのか、初めから警戒視されていたのか会話に入れずエレオノーラの隣を歩くだけのベニユキ。
「んぁ、ああ。ブラットフォードが確か上から降りて来たと思ったから向こうに行ったら聞いてみるか」
アンバーの声は小さな声だったが、静かな通路は声を響かせベニユキの耳にも届く。
「彼はエレオノーラの何なんだい?」
「お友達です、一緒に戦う」
「ん? たたかう、とは?」
礼拝所に入ると四人の背後で廊下に続く扉が独りでに閉まる。
「え、なに!?」
慌ててガーネットが扉に駆け寄り開こうとするが彼女の力ではびくともしなかった。




